■節子への挽歌4803:「私が消えてからならば構いません」
節子
先週の話なのですが、書いておこうと思います。
実名を出せないのが残念ですが、私より10歳年上の女性から小冊子が送られてきました。
前から話は聞いていたのですが、父親の自伝です。
コロナの生もあって、これまでの活動をすべてやめられたおかげで、時間ができたのです。
読ませてもらって、私が予想していたものとは全く違いました。
かなり衝撃的な話で、さらに日本の伝統文化に関わる話です。
たぶん私の別の友人が興味を持つだろうなと思い、私の読後感と併せて、友人にも読ませたいと連絡しました。
残念ながら、断られました。
返事にはこんなことが書かれていました。
あの原稿は、50年前に***と言う名の出版社から依頼を受けて書いたのですが、キャンセルになりまして、原稿のままで50年間眠らせていました。
私も今では平均寿命を超えまして、老化現象も一人前で難聴のみならず体力全般、人並みに衰えてきています。それでコロナのお陰で毎日が閑になりましたので、目の黒いうちに形に仕上げようと思い立って、印刷まで漕ぎつけたのでした。読者は実は佐藤様お一人と思っていました。一気にお読み頂いて光栄です。(中略)
実は、あの元原稿を亡父にはまだ見せていなかったのです。つまり内容に関して亡父の許可が得られていません。(ですから)***界の人には見せたくないのです。このような言い方は可笑しいですが、私が生きている間は叱られそうで恐いのです、お笑いください。消えてからならば構いません。私がこの世から消えました時には、誰がご覧になっても全く構いません。
私が読ませたいといった人をネットで調べたようです。
いかにもこの人らしい言葉です。
その後のやりとりもいろいろあったのですが、彼女の生きた世界を垣間見た感じです。
彼女を節子に会わせたかったと改めて思いました。
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