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2020/12/24

■節子への挽歌4853:節子がいなくなってしまった年末は寒いだけです

節子

新型コロナの感染者がますます増えています。
今年はコロナに振り回された年でしたが、年末になってもその勢いは弱まるどころか、ますますの広がりです。
最近はわが家に来る人もみんなマスクをしていますので、来客への対応はたとえ玄関口でもマスクを置いておかねばいけません。
私自身も最近は電車内でマスクをするようになりました。
コロナ感染者は増えているのに、電車が混みだしてきたからです。
どうも世の中はちぐはぐです。

まあ、ちぐはぐのまま、今年は終わるのでしょう。
何しろもう1週間ほどで今年も終わります。
にもかかわらず年末という感じが全くしません。

節子がいたころは、1週間ほど前からもう年始の準備で大変でした。
しかし今は来客もなく、家族も少なくなったので、おせちも最小限になりました、特に準備もありません。
それに今年は倉庫状況なので、花を飾るところもありません。
簡素なお正月になりそうです。

年賀状を書かなくなってもう10年近くになります。
これも以前は大仕事で、3日ほどかかって、節子の版画を転用させてもらって、年賀状を書いていました。
一番多かったころは1500枚近くも年賀状を出していましたが、節子からは多すぎるといつも言われていました。

節子は数の上では、私の十分の一でしたが、書き上げる時間は私と同じくらいでした。
宛先も一つ一つ手書きでしたし、何よりも、1枚ずつ時間をかけて書いていました。
私も必ず手書きのメッセージを書いていましたが、節子には粗雑だと言われていました。
手紙は書けばいいというわけではない、というが節子の持論でした。

年末は、節子の存在感が大きくなる季節でした。
節子がいたから年末が楽しかったと言ってもいいかもしれません。
節子がいなくなってしまった年末は、ただただ寒いだけです。

今日は寒いので午後はずっと本を読んでいました。
目がしょぼしょぼになってしまいました。

 

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