■第11回万葉集サロン「再びの人麿」報告
番外編を含めて、升田さんの万葉集も12回目です。
毎回の報告でもお伝えしていますが、升田万葉集サロンはただ万葉歌を読んで楽しむだけではありません。万葉の歌を通して、日本列島に住んでいた人たちが、「人間」として覚醒していくのを追体験しようというのです。こうした取り組みは、これまであまりなかったように思いますが、話がどんどん深まっていくので、一度立ち止まって、これまでの話を整理してもらいました。
これまでのサロンで語られてきたことを改めて総括して理解が深められたのですが、文字(論理)でまとめるといささか難しくなり、初めての方にはちょっと戸惑いがあったかもしれません。初めて参加された方から、翌日次のようなメールが届きました。
本日は、びっくりぎょうてん、驚きの会でした。
さまざま思うことがありました。
万葉の古代は、本当におおらかに毎日を過ごしていたのですね。
神の世界を借りて婉曲表現を使う世界。
現代なら反グローバリズムですが、そこが好きです。
いろいろ展開できる内容でした。
升田万葉集サロンの雰囲気をちょっと感じてもらえるかもしれません。
まとめの話の後、升田さんはいくつかの歌を読んでくれましたが、そのなかで、近江荒都に寄せる柿本人麿と高市黒人の歌を通して、東歌のおおらかな霊的世界がどう変わっていったのかを感覚的に感じさせてくれました。
話し合いでは、歌から言葉にそして文字へという変化も少し話題になりました。
また「神の世界」と「人の世界」も話題になりました。
今回また面白い話がありました。
「あなた」という言葉に、「あ(吾)」と「な(汝)」と「た(多)」が凝縮されるという話です。
これまでサロンに参加されてきた人にはちょっと気になる話です。
升田さんが整理してくれた、これまでの話の骨子は、1200字ほどの短い文章ですが、1冊の本に匹敵するほど示唆に富む内容です(私の個人的意見ですが)。関心のある方がいたらご連絡いただければお届けします。
これだけを深く話し合うサロンをいつか番外編として企画できればと思っています。
私は、今回のサロンの話で、上代日本の世界に少し触れたような気がして、数日は興奮状態になっていました。言葉の誕生の秘密もわかったような気がしました。
以下は勝手な私の妄想です。
東歌を文字にしたのはだれかという質問も出ましたが、東人たち(日本列島に住んでいた人たち)はきっと鳥のさえずりのように音声を発していた(歌を歌っていた)。それを文化人類学者ならぬ朝廷の官僚たち(多くはいわゆる渡来人)がやってきてフィールドワークを行い、それを人類学者がよくやるように、自分たちの「知識」で整理していく。その過程を通して、形式化された歌が生まれ、言葉が生まれ、文字が整理されてきた。
そして個人の意識や意思が育ちだし、人の関係が構造化され、社会が生まれた。
あくまでも私の妄想です。
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