■節子への挽歌4883:今日もあたたかな陽射しを楽しんでいます
節子
今日はあたたかな日になりました。
ちょっと気になっていた体調も完全に正常化し、今日は気分も上々です。
しかし、相変わらず世間は、いやな空気が蔓延しているように思います。
新型コロナ感染に関する「けなし合い」や「煽りたて」はますます深まっているような気がします。
テレビを見ていると気分はどんどん暗くなります。
今日も在宅ですが、テレビは観ないようにしています。
しかし、私も最近また、昨年の春と同じように、COVID-19に絡めとられてしまっているようです。
生活もかなり影響されてきました。
自分では生き方は変えていませんが、生き方は自分一人で決められるものではありません。
誰かに会うのも自分からはなかなか言い出しにくいですし、外出もますます少なくなっています。
もともと一人でイベントに行くというのは好きではなく、節子がいなくなってからは、展示会やコンサートなどはほとんど行かなくなっています。
以前も、どこかに行きたいときは必ず節子を誘っていました。
また節子に誘われたらできるだけ行くようにしていました。
ですから節子がいたころはよく出かけましたが、今はもうさっぱりです。
会食はもともと好きではなく、誘われなければいくことはありません。
おいしいものやめずらしいものを食べたいという思いはほとんどありませんし、話をするのは大好きですが、飲食はないほうが私には向いています。
ですから、不要不急の外出は、私には元々縁遠かったのです。
そんなわけで、新型コロナ騒ぎが始まってからは、私にはうれしいことが多いのですが、それでもやはり人との接点が激減してきたことの影響は出始めています。
節子がいたらそんなことはなかったのでしょうが、最近は人とあまり会わないことからくるストレスがあるのかもしれません。
数日前から生活にまた「音楽」が戻ってきました。
節子がいなくなってから、私の生活から消えたことの一つが音楽でした。
今日も音楽を聴きながら、陽射しの中で、空を見ていますが、なぜか涙が出てきて来ます。
音楽は一種のタイムマシンです。
音楽を聴くと、昔を思い出します。
そして昔は、いつも涙を誘います。
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