■「生きている人間」の時代は終わったのでしょうか
最近はあまり評判がいいとは言えないイタリアの政治哲学者ジョルジェ・アガンベンはCOVID-19パンデミックが世界中に広がった背景に関して、最近の2つの「傾向」を指摘しています。
2つの傾向とは、「例外状態を通常の統治パラダイムとして用いるという傾向」と「人々の意識のなかに恐怖状態が拡散されている傾向」です。
そしてこう書いています。
「諸政府によって課される自由の制限はセキュリティへの欲望の名において受け容れられるが、当の諸政府こそがセキュリティへの欲望を駆り立て、その欲望を充たすべくいまや介入をおこなう」。
緊急事態宣言に関して、多くの人がもっと早く出すべきだったというようになり、野党さえもがそういう主張をするのを見ていると、アガンベンの指摘にうなづかざるを得ません。
日本には野党というような存在はほとんどありませんが(二大政党制度とは野党を追い出す仕組みですから)、それでもまさか政府に緊急事態宣言をせかせるとは思ってもいませんでした。しかし、それ以上の驚きは、国民の多くがこんなに簡単に自らの人生を政府に預けてしまったことです。
日本はまさに家畜国家になってしまったとしか思えません。
何のための人生か。さびしい限りです。
そんなわけで、最近はいろんな人に八つ当たりしています。まるで「あおり運転」しているようだと気づいて反省しています。迷惑を受けた人には謝ります。
ところで、アガンベンはこうも書いています。
「最近の措置は事実上、それぞれの個人を潜在的なペスト塗りへと変容させている。これはちょうど、テロに対する措置が、事実上も権利上も全市民を潜在的なテロリストと見なしていたのと同じである」。
そしてこうも言っています。
「この措置のうちに暗に含まれている自由の制限よりも悲しいのは、この措置によって人間関係の零落が生み出されうるということである。それが誰であろうと、大切な人であろうとも、その人には近づいても触ってもならず、その人と私たちのあいだには距離を置かなければならない」。
もう「生きている人間」の時代は終わったのでしょうか。
生きていれば、病気にもかかり、事故にも合う。
昨年話題になったアレッサンドロ・マンゾーニの「いいなずけ」を1年遅れで読んでみようと思います。
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