■節子への挽歌4885:ウイルスよりも注意しなければいけないことはたくさんあります
節子
Tさんから母親が認知症になり介護を受けるようになったとメールが来ました。
Tさんに限らず、そういう話が増えています。
新型コロナの関係で、人との接点が大幅に減っていることと無縁ではないでしょう。
認知症の進行を止める手立てとして、できるだけタッチし話しかけることが効果的だと言われますが、それが非常に難しくなっています。
それは認知症に限った話ではありません。
人は、タッチしあい話し合うことで、生命を維持する生物だと私は考えていますが、それが難しくなっているために、精神的にダウンしている人も少なくないはずです。
思考力も同じかもしれません。
人はだれかと話し合いながら考えを深め広げていきます。
実際に声を出すことで、思考は大きく変わります。
一人で考え抜いたことと誰かと話しながら考えたこととは、おそらく全く違うものになるでしょう。
私は、思考は一人でするものではないと考えていますので、誰かと話し合うことが減ってしまった今は、私の思考力も大きく減退しているはずです。
私がどんどん内向きになって、世界が狭窄になってきているのは、最近話し合うことが減ってきているからです。
時間的にも短視眼になっているのではないかと思います。
私はそれでも一人暮らしではないので何とか精神のバランスをとっていますが、独り暮らしの人はちょっと心配です。
今日は久しぶりに湯島に出かけます。
久しぶりにいろんな人と話すことができるのが楽しみです。
昨今の状況ではどれほど集まるかと思っていたのですが、またまたちょっと心配なほど集まりそうです。
みんなも鬱積しているのでしょうか。
| 固定リンク
「妻への挽歌20」カテゴリの記事
- ■節子への挽歌5354:「畑に行かない券」のプレゼント(2022.05.30)
- ■節子への挽歌5353:81歳まできてしまいました(2022.05.30)
- ■節子への挽歌5352:落ちてきたひな鳥(2022.05.27)
- ■節子への挽歌5351:畑に2回も行きました(2022.05.26)
- ■節子への挽歌5350:元気がだいぶ戻りました(2022.05.25)
コメント