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2021/02/16

■湯島サロン「サロンって何の意味があるのだろうか」報告

急に思いついて呼びかけた「サロンって何の意味があるのだろうか」ですが、9人の人が集まってくれました。
ただサロンによく参加される方が多かったのが、いささか残念でした。
なぜならサロンによく来てくれる人は、今のサロンにさほど不満はないでしょうから。
案の定、今のサロンの肯定論が多かったです。
「肯定」からは何も始まらない恐れがあります。

なかには、このサロンの呼びかけを読んで、私がサロンをやめようとしていると受け取った人もいたようです。だからやってきたという人もいました。
私にはそういう意図はなかったのですが、そう受け止める方がいるからには、もしかしたらそういう思いが私にあったのかもしれません。自分でも気づかない思いもあるでしょうから。でも幸いなことに、なぜこんなサロンを呼びかけたのかと叱られることはありませんでした。

参加者からは、湯島サロンの意味がいろいろと出されました。
話を聞いているとそれぞれにとってそれなりの意味もあるようです。

このサロンに来ると、「自分に出会える」という主旨の声がいくつかありました。
実は私もそう思っている一人ですが、同じ思いの人がいるのだとちょっと安堵しました。
湯島のサロンで、自分でも気づかなかった自分が生まれてくるととてもうれしいです。
できればそこから「新しい物語」が生まれてほしい。

湯島のサロンをもっと豊かにするためにどうしたらいいか、改善点(湯島サロンの欠陥)があるのではないかと問いかけましたが、あまり出てきませんでした。異論が出ない活動にはあまり価値がなく持続もできないというのが私の考えですが、欠点を引き出せないのは主催者の責任です。ここは大いに反省。

ただ、ホスト役の私については意見が出ました。
私はどうも「本態性天邪鬼」なのだそうです。
私には初めて聞く言葉ですが、単なる天邪鬼ではなく「本態性」なのだそうです。
ただその「性格の悪さ」がサロンには必要だという指摘もありました。
これは私を褒めているのか貶(けな)しているのか、よくわかりませんが、みんな笑いながら話していましたので、当の本人としては微妙な感じです。
何をどう変えたらいいのか、迷うところです。

私が今のサロンにどういう不満を持っているかは少しだけ話させてもらいました。
簡単にいえば、意見のぶつかり合いや暴論や激論があまりないということです。
なんだか「今様」にきれいにまとまっている気がするのです。
たぶんその理由のひとつは「知識」ベースになってきているためではないかと思います。
そのためか、時にサロンを「勉強会」とか「セミナ-」などという人もいます。

たしかに、サロンでは新しいことを学ぶこともありますが、それはサロンの趣旨ではありません。サロンはやはりそれぞれが自分に気づき自分で考える場になってほしいのですが、なかなかそうはならない。
初対面でも激論ができる場にしたいと思っていますが、お互いに遠慮があるのかもしれません。論争の起きない話し合いは、私にはあまり意味を感じません。
以前はもっと激しい「個人の意見のぶつかり合い」がありました。

それでも呼びかけ人の私としてはいくつかの気づきがありました。
できるだけこれからのサロンの企画や運営に活かしていこうと思います。

今回参加されなかった方は、いろんな異論や批判もお持ちでしょう。
最近のサロンは退屈だが、こんなサロンだったら行きたいという人もいるかもしれません。実はいまも個人的には時に厳しい指摘も届いてはいるのですが、できれば公開の場でそういう意見も話し合えればいいなと思っています。
忌憚ないご意見や要望をこれからも是非お聞かせください。
辛辣なご意見が歓迎ですが、できればやさしく指摘してもらえるとうれしいです。
よろしくお願いします。

誰もが自由に話して聴いてもらえる、こう言う場はあまりないという意見もあったのですが、こういう場を作るのはそう難しくはありません。
できればみなさんも、それぞれにそういう場づくりに挑戦してほしいと思います。
それが湯島サロンを始めた時の、私の思いの一つでもありましたから。

サロンの報告も、あまりに主観的なので気にしていますが、まあこればかりはきちんとした報告を書く能力が私には不足しているのでお許しください。
何しろメモを取るのがとても苦手ですし、そのうえ、最近は記憶力も減退していて、時に話し合いの内容を思い出せないのです。したがって「報告」ではなく「感想」になっているかもしれません。参加された方が補足してもらえるとうれしいです。

サロンをやりたい方がいたらご連絡ください。
湯島のサロンは、みんなで育てる「コモンズ・サロン」ですので。

Salonsalon

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