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2021/02/02

■節子への挽歌4906:過去の世界がまたかなり消えていきました

節子

また片づけを再開しました。
ともかく生活空間が半減したので、物を捨てないといけないのです。
娘たちはいとも簡単に捨てますが、私はやはりなかなか捨てられません。
今日は片隅に積んでおいた雑誌を処分することにしました。

雑誌もかなり廃棄したのですが、私にとっては思い出の強い何種類かの雑誌が捨てられずにいたのです。
いずれも書店で売られている雑誌ではなく、機関誌や会員誌、社外誌など薄いものですが、それでも20年以上の累積となるとかなりの分量になるのです。
私は雑誌はあまり読まないので、中身はほぼ読んでいませんが、なぜか愛着が強く、所有しているだけで私の活動を支えてきたような気分が不思議とあるのです。
それを廃棄するのは、なんとなくその関係者と縁が切れるような気がして、捨てられない。困ったものです。
しかし、いつになっても片付かないので、今回思い切り廃棄することにしました。

雑誌類の中から、節子の記事の乗った雑誌も出てきました。
これはやはり今回はまだ捨てられませんでした。
私が寄稿した文章が乗っている雑誌や私がかかわった報告書などは、比較的簡単に捨てられるのですが、数少ない節子の関連した雑誌はやはり残すことにしました。
しかし私以外の人は読むこともないでしょう。
娘たちが読むかもしれませんが、たぶんそう関心はないでしょう。
私も、実のところ、その内容にはほとんど関心はないのですから。

ついでに名詞も廃棄することにしました。
かつては毎年1000枚を超す名刺をもらいました。
それを捨てられずにいましたが、今回、過去のものはすべて廃棄することにしました。

一応、1枚ずつ見ながら廃棄していますが、意外な人と接点があったようです。
あんまり記憶はないのですが、自分の昔の生活はもうかなり忘却の彼方に行ってしまっているようです。
しかしなかには、なぜか鮮明に思い出す人もいます。今はもう亡くなった方も少なくありません。その後、交流が途絶えている人もいます。

人とのつながりは、本当に不思議なものです。

 

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