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2021年3月

2021/03/31

■湯島サロン「5年生存率25%のがん体験から気づいたこと」報告

小細胞肺がんサバイバーの岩崎さんのサロンには、10人を超す参加者がありました。
岩崎さんと同じように、厳しい状況を体験した方も少なくありませんでした。

テーマが重いだけに、どんな雰囲気になるかなと思っていましたが、岩崎さんが淡々と自らの体験を紹介し、そこで気づいたことや課題などを前向きに話してくれたので、みんなそれぞれに気づきや思いを持てたサロンになったと思います。
まだ闘病中にもかかわらず、冷静に体験を語り、参加者の質問にも誠実に応えてくれた岩崎さんに感謝します。

岩崎さんはサロンのために「小細胞肺がんサバイバーの独り言」と題するパワーポイントを作ってきてくれました。
最初に、岩崎さん自身の小細胞肺がん治療の経緯を時系列で紹介してくれました。詳細な経緯報告なので実に生々しい話ですが、実に淡々と。
そして、標準治療(化学療法と放射線)の副作用と後遺症について話してくれた後、告知から現在までの3年間での気づきを話してくれました。

気づきに関してタイトルだけ書けば、「玉石混交のがん治療」「情報収集に無関心ながん患者」「半信半疑(half-truth)のがん関連情報」、さらに「新しい治療法への期待」といった内容です。
私も体験がありますが、がん告知を受けた当人や家族は、がんに関する知識を得ようと最初は手当たり次第に情報を集めます。しかし、そのあまりの情報の多さと玉石混交さに疲れ切ってしまいがちです。岩崎さんの話は体験した人は痛いほどに共感し、未体験の人にはいざというときの参考になったと思います。

新しい治療法の話やドラッグ・リポジショニング(既存薬、開発中もしくは開発中止となった医薬品を活用し、当初想定していた疾患とは異なる疾患の治療薬に転用すること)の話は元気づけられる話でした。

もうひとつ具体的な話としては、がんの転移を防止するという意味で、岩崎さんが自由診療で服用している薬の話もありました。この話は参考になった人も少なくないでしょう。私は初めて知る話でした。

岩崎さんは最後に「スタック・イン・ザ・ミドル(真ん中、どっちつかず)層への無関心」という話をしてくれました。がん患者に関する情報やエピソードは、末期癌やステージ4からの奇跡の生還(もしくは悲劇)の話、もしくは初期に発見できたという幸運な話が多い。これは、がんに限らず、多くの病気に関しても言える。

5年生存率は25%だったとはいえ、小細胞肺がんもスタック・イン・ザ・ミドル的な病気なのだそうです。岩崎さんは、自分のような「どっちつかず」の患者、いわゆる「スタック・イン・ザ・ミドル層」も、再発や転移に怯えているにもかかわらず、希望を与えてくれる、光明を見出せるような話は皆無に近い。ネット記事も参考になる書籍も見当たらない。しかし、重症患者の事例はあまり参考にならない。

岩崎さんは数年前に脳梗塞を体験していますが、その時もまさしくスタック・イン・ザ・ミドルで、有益な情報は得られなかったそうです。

がんの闘病に関する書籍は多いですが、重篤にまで至っていない患者にとって参考になる情報は少ないというのです。ここを何とかできないだろうか、というのです。

こういう話の後、参加者からも自らの体験談を紹介したり、岩崎さんに具体的な質問をしたり(かなりぶしつけな質問にも岩崎さんは答えてくれました)、密度の高い3時間でした。私はかなり疲れ切りましたが。

内容をうまくお伝え出来ずにすみません。
岩崎さんの話のポイントをまとめたパワーポイントをぜひ読みたいという方がいたらご連絡ください。岩崎さんの了解が得られれば送らせてもらいます。
こういう体験談がきちんと語られ、情報がしっかりと蓄積される仕組みがあるといいなとずっと思っています。「半信半疑(half-truth)のがん関連情報」を集積し、データバンク化するだけでも意味があるように思います。
妻ががんで亡くなった後、私もそうした取り組みをしたいと思ったことがあるのですが、気力が戻らず取り組めませんでした。岩崎さんが言う、スタック・イン・ザ・ミドル層、あるいは初めてがん宣告を受けた人向けの、人間もつながっている情報バンクができるといいですね。

実際にそうした仕組みを作るには私はやや歳をとりすぎました。どなたか取り組まれる方はいないでしょうか。

Iwasaki2021

 

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■節子への挽歌4965:手賀沼のエビ

節子

一昨日、ジュン家族が手賀沼公園に遊びに行ったときに、沼エビを捕まえてきました。
にこが喜んで、わざわざ見せに来てくれました。
一晩家において、明日は池に返しに行くと言っていましたが、残念ながら夜のうちにエビは死んでしまいました。
見せてもらったときには元気だったのですが。

娘は、にこのために昆虫などの生き物を時々捕まえますが、一晩だけおいて、翌日には逃がしてやります。
私はできるだけ世話をして飼っておこうとしてしまうのですが、娘は自然の生き物をむやみに飼ってはいけないという考えなのです。
まあ私としても、そういう考えの方がいいと思いますが、一方では飼いたいという思いも強いのです。

にこ母娘は今日も手賀沼公園に行きました。
今日はエビが捕まるでしょうか。
私が一緒に言ったら、エビもメダカもつかめられると思うのですが。

今日はいい天気の1日になりました。

 

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■「贈与」と「交換」

自然界ではいろいろな変化があり、そのせいで、私たちの食生活の食材も大きく変わってきています。

子どもの頃の好物が今ではもう食べられなくなっているものも少なくありません。
地球温暖化などというと何やら大きすぎてよくわかりませんが、身近なところでもさまざまな変化が起きています。しかし、そうしたことはグローバル化した市場社会では、新たなビジネスの発生によって、むしろ利用され、問題が見えなくなっているような気がします。

「変化」は必ずビジネスチャンスにしていくのが、資本主義のあり方ですが、もしかしたらそれは問題を先延ばしにしているだけかもしれません。
経済や産業のパラダイムを変えなければいけないと私は思い、できるだけそういう意識で行動しています。

福岡に住んでいる友人が、毎年、わざわざ椎田の浜まで潮干狩りに出かけて行って、おいしいアサリを送ってきてくれます。
椎田のアサリは、大きくてともかくおいしくて、椎田のアサリを一度食べてしまうと他のアサリは食べたくなくなるほどです。
しかし、年々、アサリが見つけにくくなってきたということはお聞きしていましたが、今年はついに潮干狩り禁止になったそうです。

その代わりにと、今年は合馬の筍が送られてきました。
友人といっても、私より少し年上の方なのですが、「春の挨拶」をしないと落ち着かないというのです。本来は私の方こそ、挨拶すべき立場なのですが、なぜか長年、その方の方が挨拶してきてくれるのです。
それに対して「返礼」するような「失礼」なことは、私はしません。
お返しもしないのは失礼ではないかと思う人が多いでしょうが、お返しなどしたら、商品交換と同じくなってしまい、その方の「挨拶」の気持ちに応えられないような気がするのです。
もちろん受け取ったお知らせの電話はしますが、お返しはしないまま、こういう関係が長いことつづいています。

先日、湯島のサロンで、こういうことが少し話題になりました。
金銭取引と贈与とはどこが違うのか、という話題です。
贈与を意味する「ギフト」には贈り物ということ以外に「毒」という意味があります。

贈与を受けてしまうと意識的にも無意識的にも、「借り」の気分が生まれます。
なにかでお返ししたくなる。
それで贈収賄が成り立つわけです。
先日話題になった総務省官僚の会食事件は、どんな言い訳をしようが、政策決定に影響を与えていますし、菅首相も無関係ではありません。
贈与はそれほど大きな力を持っているのです。

贈与ほど恐ろしいものはないのですが、多くの現代人は贈与で自らの身を守ろうとしているようにさえ思います。
今回、筍を送ってくださった友人は、そういう気持ちが全くない方ですので、返礼など考えては失礼なのです。長年もらいっぱなしですが、そんなことは微塵も気にはされないでしょう。おかしなお返しをすれば、もしかしたら2度とアサリは届かなくなるし、私たちの関係も変わるかもしれません。

ところでなぜアサリが取れなくなってしまったのか。
これも実は「贈与」が関係しています。
自然の贈与に甘えすぎて、アサリをとりすぎてしまったのでしょう。
最近は養殖した貝をまくところもありますが、それでは単に浜辺を利用しているだけに過ぎません。
自然からの贈与に対する「お返し」を考えると、もしかしたらこれまでの贈与交換経済とは違った「贈与」概念がわかるかもしれません。

改めてまた最近、贈与について考えだしていますが、考えれば考えるほど、贈与は難しい。

ところで、合馬の筍というので、刺身で食べてみましたが、残念ながらちょっと時間がたっていたのでえぐみがあってだめでした。
それであく抜きをして今日は煮物にしてもらいます。

筍は私の好物なのですが、筍もまた食べられなくなるのでしょうか。
自然から贈与される食べ物が大好きな私としては、やはりもっと自然との付き合いを深めようと改めて思います。
それこそが一番の「お返し」ではないかと思うのです。
贈与のお返しではなく、一方的な贈与こそが大切なのではないかと思います。

そういえば、「挨拶」も、贈与ですね。

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2021/03/30

■第7回益田サロン「破傷風菌やジフテリア菌から考えた自分というものについて」のご案内

細菌学者の益田昭吾さんの第7回サロンは、前回の「利己と利他」のテーマをさらに掘り下げて「自分とは何か」を考えてみることになりました。

益田さんからのメッセージです。

破傷風菌は破傷風の原因になる毒素が効果を発揮するためには自分が死なないとなりません。つまり破傷風をおこす菌は死んでしまいます。すると破傷風菌の自分というのはどうなるのでしょうか。
またジフテリア菌は毒素を作らなくてもジフテリアを起こさない常在菌として安定した生存が期待できます。毒素を作るジフテリア菌の生存は不安定にあります。ジフテリア菌も自分が保持していた本来の生き方を忘れているようです。

何れも細菌ですが、病原体というものは自分を忘れているようにも思えます。生物が自分を忘れると同時に依存している環境のことも忘れてしまうと考えられます。
本来の関係としては生物が環境を破壊するはずがないのですが、この点、病原体と人間は考えている以上に似たところがあります。
病原体は単純な生き方をしているようですが、人間も見方によっては同様にあるいはそれ以上単純な生き方をしているのかもしれません。

益田さんも書いているように、最近、私たちは自分(人間)というものを忘れているのかもしれません。病原体から学ぶことはたくさんあるようです。
病原体の話から、私たちの生き方を少し考えてみようというサロンですので、決して、難しい講義ではありません。

わからないことは質問すると教えてくれますし、益田さんも参加者と一緒に、いろいろと考えようという姿勢をお持ちですので、質疑応答スタイルのサロンです。
どなたでも歓迎ですので、気楽にご参加ください。

〇日時:2021年4月11日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「破傷風菌やジフテリア菌から考えた自分というものについて」
〇話題提供者:益田昭吾さん(細菌学者/慈恵医大名誉教授)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

 

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■節子への挽歌4964:合馬の筍と蔵田川柳

節子

福岡の蔵田さんから荷物が届きました。
毎年の、アサリかなと思って封を開けたら、合馬の筍でした。

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手紙によれば、今年はまたアサリが減少していて、潮干狩りが禁止されたそうです。
蔵田さんは、寒い中を毎年、自ら出かけて行って、採集していたのですが、今年は残念ながら行くことができず、それでは「春の挨拶」ができないということで、代わりに合馬の筍を送ってくださったのです。
合馬の筍は、そうめったには食べられないので、うれしい限りです。

荷物には「精鋭作家川柳選集」が同封されていました。
蔵田さんらしく、何の添え書きもありませんでしたが、9年前から始めた川柳の腕をどんどん上げているのです。その選集にも自薦の30首が掲載されていました。
いずれも蔵田さんらしい、あったかいものばかりです。
少年のような輝きを、蔵田さんはいつまでも持ち続けているのです。

電話をしたら、今日も川柳の集まりで不在でした。
奥様と話したのですが、奥様は陶芸を楽しんでいて、庭には自作の動物たちが宅入るようです。
奥様はもう一つ、健康麻雀も楽しまれているようですが、ご夫婦で楽しんでいるのかなと思ったら、蔵田さんは付き合わないそうです。
高齢者のゆっくりした麻雀は付き合えないのだそうです。
これまたいかにも蔵田さんらしい。

最近、九州に行く機会がありません。
昨年は行きたかったのですが、コロナでいけませんでした。
蔵田さんにもしばらくお会いしていません。
節子がいたら、コロナも無視しても行ったかもしれませんが、一人だともう長旅をする元気が出ません。

九州には会いたい人が数名います。
今年は行けるでしょうか。

さて合馬の筍ですから、刺身がいいのですが、娘が料理してくれるかどうかが問題です。

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■福井の東尋妨の茂さんたちの活動への支援のお願い

福井の東尋妨で、平成164月から、岩場をパトロールして自殺企図者への声かけ活動に取り組んでいるNPO法人心に響く文集・編集局の茂幸雄さんから、「蘇(よみがえる)」と題した写真集が送られてきました。

茂さんたちは、この活動を17年近く続けていますが、これまでに700人を超す人たちと遭遇し、その再出発を支援してきています。
この写真集は、自殺をする寸前の姿(オーラ)を写したものです。「自殺防止活動をしている全国の方たちの参考になるのでしたら写真集にしても良い」と同意が得られたものだけを写真集にしたそうです。
「自殺を考え、岩場で佇んでいる姿」からは、写真とはいえ、様々な声が聞こえてきます。


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私も以前、茂さんたちと一緒に「自殺に追いやられる人のいない社会」を目指しての活動をしていましたが、茂さんたちからは気付かせてもらうことがたくさんありました。
茂さんたちの活動拠点の一つでもある茶坊「心の響くおろしもち」店でおろしもちをいただいたこともあります。
自殺者が減りだしたので、私自身は、その活動は一区切りつけさせてもらっているのですが、最近また若い世代の自殺が増えてきているのが気になっています。
コロナも大変ですが、茂さんにもまた東京に来てお話をしてもらいたいなと思っています。
茂さんに会うと、誰でもが必ずと言っていいほど、元気になるのです。

この写真集は、送料込みで11500円で送ってくれます。
この写真を見るだけでも自殺の抑止力になると思いますが、料金は茂さんたちの活動資金にもなります。申込先は下記のとおりです。
ぜひ多くの人に支援してもらえればうれしいです。

9130863 福井県坂井市三国町東尋坊641143
NPO法人 心に響く文集・編集局
telfax 0776817835
http://toujinbou4194.com

私に連絡いただいても結構です。
まとめて購入も大歓迎です。

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2021/03/29

■節子への挽歌4963:地元のまちづくりを少し再開です

節子

数年前から地域の開かれたインキュベーション型のプラットフォームづくりに取り組んでいます。そのために3年ほど前にわが家でキックオフミーティングを開催、名前も「我孫子まちづくり編集会議」ととりあえず決めました。数年前に、その全国版を立ち上げたかったのですが、キックオフのフォーラムを一度やっただけで止まっていたのを継承しようという思いがあったからです。
しかし、動き出したところでコロナが流行りだし、集まりが難しくなってきたため、動きにくくなりました。

それでも昨年は2回、公開の発表会を開催しました。
しかしその後、コロナ流行が我孫子にもやってきて、ますます活動しにくくなりました。

このままだと立ち消えかねないので、今日は有志でのミニミーティングでした。
結局、6人しか集まれませんでしたが、湯島サロンの仲間が2人参加してくれました。
そこで改めてまちづくり編集会議への私の思いを少しだけ話させてもらいました。
私自身は、最近の小遣い稼ぎ気分のボランティア活動が生理的に嫌いなのです。

しかしそういう思いの人がとても多いので、そういう人ではない人に声をかけているのですが、それもあって活動はなかなか進まないのです。
今回の参加者は、共感してくれたと思いますが、このあたりは実に微妙です。

節子がいたら、花に関する活動を提案してくれたでしょう。
節子の後を継いでくれている花かご会の代表の山田さんには声をかけていますが、あまり負担をかけてもいけません。
いささか悩ましいところです。

地域の活動は私よりも節子の方が地道に取り組んでいました。
節子がいたら、今とは全く違った展開ができただろうなといつも思います。

Matidukuri

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2021/03/28

■節子への挽歌4962:節子も知っているおふたりのこと

節子

湯島での3日連続サロンが終わりました。
毎回、10人ほどの人が集まりました。

サロンはそれぞれに面白かったのですが、やはり思う方向には向かわず、特定の人が「啓発的」な発言をする方向はますます強まった気がします。
そういう発言が続くと私もついその挑発に乗ってしまいます。
困ったものです。

今日のサロンには久しぶりに杉本さんが参加してくれました。
杉本さんは、身の引き方をしっかりとわきまえている方です。
自らが立ち上げ、いろいろな成果を上げてきたNPOも、ご自分で清算しました。
メンバーの一人だった私としては、誰かに引き継げないかと思いましたし、最初は杉本さんもそう思って候補者を探していました。
しかし、それをあきらめ清算したのです。

同じような行動をとった人がもう一人います。
こちらは私よりも若いHさんです。
Hさんは、自らが立ち上げた学会を10年で解散すると決めていたのですが、実際にそうしました。
さすがにこれは残念でしたが、今もそのコアメンバーだった人たちが集まりをつづけています。私にもいつも案内が来ますが、あまりに世代が違うので、まだ参加したことがありません。

杉本さんもHさんも、考えてみれば、節子もよく知っている人です。
いずれも孤高の人ですが、私とは少し考えが違いますが、その考えにおいても尊敬できる人です。節子も、お2人には敬意をもっていました。
節子の闘病を知って病院まで来てくれたのがHさんで、訃報を知ってすぐにわが家まで来てくださったのが杉本さんです。
その時の思いは忘れることはないでしょう。

こう書いてきて、気がついたのですが、いずれも立ち上げの時にそれぞれから相談があり、いずれも会計監査を引き受けていました。
おふたりは面識がないはずですが、なにやら不思議な相似性を感じます。
私はおふたりのように凛として信念を実践する孤高な生き方はできません。だらだら無意味に生きることしかできません。
人の人生は、決められている。最近ますますそういう思いが強まっています。

 

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■節子への挽歌4961:久しぶりの武田さんの鰻

節子

昨日は久しぶりに武田さんに鰻をご馳走になりました。
1年以上前から言われていましたが、なかなか機会が来ませんでした。
武田さんも気になっているようで、昨日はあんまり鰻も食べたくなかったのですが、あまり先に延ばすのも悪いので、朝、突然思いついて電話したのです。

それで御徒町で会い、タクシーで本郷3丁目の石橋亭に行きましたが、あいにくタクシーの運転手が場所を知りませんでした。
それで近くと思うところで降りたのですが、場所がわかりません。
そういえば、もう1年ほど来たことがなかったのです。
そこらしきところを探しましたがわかりません。
どうも最近、記憶力がまた一段と弱まったようです。
ここだったはずだがと思うところに行くと、記憶とは全く違う風景なのです。

それでお店に電話したら、すぐ近くだったのですが、お店の人もうまく説明できず、迎えに行くからそこにいるようにと言われました。
武田さんには悪いことをしました。
待っていると御主人が自転車でやってきました。
調理の手をとめてきてくれたのです。
石橋亭は、ご夫婦でやっているお店なのです。
迷惑をかけてしまいました。

武田さんは特上を頼もうとしましたが、私には大きすぎるので上にしまし
最近は食欲も小さくなっているのです。
武田さんは、せっかく迎えにまで来てくれたので特上にしたかったのかもしれません。
配慮不足でした。

コロナ騒ぎの最中なので、静かに食べるのがルールなのですが、それを無視して、また国家論などで論争になってしまいました。
困ったものです。
しかし最近の武田さんはちょっと気弱になっている感があります。
反論のしがいがない。
鰻は美味しかったのですが、議論はあんまり美味しくなかった気がします。

武田さんは長年の仕事を一切やめて、いまは本を執筆中です。
2種類の本をかなりのところまで書き込んでいるようですが、完成させたくないのではないのかと思うほど、リライトを重ねています。
サロンにはほかにもコミーの小宮山さんが突然参加しました。
みんなやはりリアルに会って、話をしたのではないかと思います。

人とは直接会いにくい今の状況はどう考えてもおかしいです。
不思議な時代ですが、何やら人類の未来を予感させます。

 

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2021/03/27

■節子への挽歌4960:娘がいるから生きている

節子

昨日、湯島のサロンに久しぶりに榎戸さんが来てくれました。
彼女は知らなければよかったことを知ってしまい、そのために自分の生き方を変えてまで、その「社会問題」に取り組んでいる人です。
最初は母親がご健在で、その「事件」の当事者だったのですが、無念なことに母親を見送ることになってしまいました。
今も活動はしていますが、本来であれば海外での悠々自適な暮らしを楽しんでいるはずだったのに、今は資材を投入して活動をつづけています。

その彼女がぽつりと言いました。
娘がいるから生きている、と。

昨日のサロンで、今度「生きる意味」をテーマにしたサロンをやろうと思っていると言ったのですが、昨日の感じではなかなか難しそうです。
でも榎戸さんのこの言葉で、やることにしました。

この挽歌では最初の頃に書いていた記憶がありますが、私に「生きる意味」を与えてくれたのは「節子」でした。それは別に思っていただけではなく、時々、他者にも口にしていましたから、知っている人も少なくありませんでした。
ですから、節子がいなくなった後、私は生きる意味を失ってしまい、生き続けられるだろうかと心配した人もるわけです。

結果的に、それからもう14年目になってもまだ私は生きている。
我ながらおかしいなと思ったこともあるのですが、最近は、節子が現世にいるかどうかは問題ではないのだということに気づきました。
そう考えるのはなんだか詭弁のような気もするのですが、そのあたりのことを話し合えればと思っているのです。

でもまあ難しいでしょうね。
しかし、生きている以上、必ず「意味」はあるはずです。
それを話し合うのは、それこそ意味があるはずです。

この歳になって、こんな青臭いことを考え出すとは、いかにも未熟すぎる。
自らの愚かさが、歳と共にわかってくる。
それはあんまり楽しいことはないのですが、自らの愚かさに気づくことは成長のあかしでもありますから喜ぶべきことです。
ただちょっと遅過ぎますが。
困ったものではあります。

 

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■3日連続サロンがはじまりました

湯島での3日連続サロンがはじまりました。
緊急事態宣言解除の直後にあたってしまったので、残念ですが、解除とは関係ありません。

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初日のオープンサロンは、参加者が少ないだろうから途中で上野公園の桜を見ながらのウォーキングサロンにしようかとひそかに考えていたのですが、予想に反して10人ほどの人が来てしまいました。困ったものです。
しかもお一人、実に久しぶりに来てくださった方がいて、彼女が最近取り組んできた話を含めて自己紹介してもらったのですが、それがまたちょっとハードなもので、これに関しては別途サロンをやってもらうことにしました。
「茶色の朝」を正面からテーマにしたサロンになりそうです。

コロナも怖いですが、茶色の朝はもっと怖い。

そこからみんなそれぞれに最近の活動なども含めて話をしてもらいました。
テーマがないほうが話は盛り上がります。
最後にやってきたのは20代の大学生です。
コロナで大学もリモートばやりですが、彼も来年は休学するそうです。

参加者のお一人は、いろんな会に参加しているそうですが、この湯島のサロン以外は、ほとんどがリモートになっていると話してくれました。
そういえば、サロンの前に湯島に来ていた人が、最近ほとんど歩かないので、ここに来る途中の58段の階段が大変だったと嘆いていました。
リモートばやりで、人間の足は退化し、そのうち、植物のような生命体に進化するかもしれません。
そういえば最近は半径3キロ以内で生きていこうというような提案をしている人もいるらしいです。
社会はどうなっていくでしょうか。

オープンサロンですので、話はさまざまに広がり、時間も3時間も続きました。
私は早く終わって上野公園に行きたかったのですが、行きそこなってしまいました。
それで考えたのですが、今年は一度、ウォーキングサロンを企画することにしました。
最近はウォーキング哲学サロンというのも広がっているようですので。

サロンの報告にはなっていませんが、途中、2つのグループに分かれてしまって議論がされるなど、なにやら議論は盛り上がっていました。大きなテーマは「コロナ後の経済と政治はよくなるのか」でした。壊れるという意見もありましたが、良い方向に行くのではないかという意見もあったので、私は後者を信ずることにしました。
いや、良い方向に向かうように自らの生き方を質さなければいけません。

2日目の今日は、「5年生存率25%のがん体験から気づいたこと」。
闘病中の岩崎さんが、コロナ感染のリスクを負いながらも話しに来てくださいます。
今回はいつも以上に注意してサロンに向かいたいと思います。

参加者は、必ず玄関であるコール消毒し、入室後、手洗いをしっかりとお願いします。

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2021/03/26

■湯島サロン「下り電車に乗り換える意味」報告

これからの「しあわせ」をどこに求め、「生き方」をどう変えるか、をテーマにしたサロンは、10人の参加者があって、議論はにぎやかでしたが、私の不手際でテーマそのものの話し合いは不発に終わり、参加された皆さんには失望させてしまったことと思います。お許しください。まあ、その割にはみんな楽しんでいたような気もしますが。

時代の変化はみなさん強く実感されているにもかかわらず、肝心の価値観はあまり揺らくことなく、自らの生き方はしっかりと堅持している人が多かったようです。そういえば、私自身もそう価値観や生き方は変わっていないなと気づきました。

おひとりだけ、価値観が変わり生き方を変えようとしている人がいましたが、その人の生き方の変化は、たぶん参加していた人たちの多くも共感する生き方の変化のような気もしました。その人がいま大切にしているものは、「人と畑」だと言います。
もしかしたら、その人の生き方の変化が今回のテーマの本質につながっているかもしれません。

また参加者の何人かは「親や家族やペット」が大事だと言います。自分の思い通りに生きることが大切だと言った人もいました。でもそれはいまそうなったのではなく、以前からのようです。
お金とか社会的地位とか、は、これまでも実は誰も本気では求めていなかったのかもしれません。私もマスコミや書籍などで洗脳されてしまっていたのかもしれません。
今回のサロンで、私が一番反省させられたような気がします。

サロンの最初に3つのことを話させてもらいました。

1月の神山さんのサロンで、「これまでの数十年は、幸せになるためにみんな上り電車に乗ろうとしていたが、下り電車に乗って幸せになる国づくりをしようという大きな波が広がっている」という話があった。

その時、私は3つの疑問を持った。「上り電車に乗らずにいた人たちはどうなったのか」「出てきてしまった“故郷”はどうなったのか」「上り電車と下り電車に乗る人の動機は違うのか」。

私の素朴な気持ちとしては、上り電車の先の都会に比べ、その始発駅のある故郷の方が豊かなのではないか。よく「限界集落」と「過疎地域」とか言われるが、それこそが本当の豊かさではないのか。私たちは間違った認識をさせられているのではないか。

そして今回は、「あなたが目指す生き方、生きる上での大事な価値」「それは以前と変わったのか、変わったとすればその理由は何か」「変わらなかったとすれば、その視点から見て社会は変化しているのか」という問いかけをさせてもらったのです。

ところが、どうやらほとんどの人が、別に価値観も幸せ感も変わっていないようで、そうした話し合いには入らないまま、しかしなぜか盛り上がってしまいました。
そこで、話し合いが一巡したあと、なんとかテーマに沿った話し合いに持っていこうと、最近のサロンで話題になった、いくつかの新しい生き方を提示させてもらいました。

「電車に乗って鉱脈を探し続けるノマド」「神山さんからメーリングリストに投稿のあったダウンシフター」「メーリングリストに投稿のあった吉本さんのような夢追い人」「哲学のサロンをやった遠山さんのように常に前に進もうとしている人」、あるいは「農福連携サロンで宮田さんが示した地域共生社会の主体者、つまりいま住んでいるところを掘り起こす生活者」などです。

こうしたさまざまな生き方の基軸にあるのは、「電車に乗るか乗らないか」「昨日と同じ今日を善しとするか変化を善しとするか」、つまりは「経済成長に加担するかどうか」です。経済と生活は、どういう関係にあるかを考えたかったのです。
しかし、残念ながらその試みも功を奏さず、なにやら別の話で盛り上がっていました。
みんな幸せそうでした。

あきらめの悪い私としては、ぜひこのサロンのリベンジサロンをやりたくなりました。

そこで今度は、直球で「あなたの生きる意味は何ですか」というテーマのサロンをやろうと思います。「生きる意味」を真剣に考えている人、そんなことなど考えることもなく意味もなく惰性で生きている人、生きる意味を失ってしまった人、いずれも大歓迎です。ただし、理屈や知識ではなく、自分の人生を踏まえた経験談議ができればと思っています。

4月に企画しますので、ぜひご参加ください。

Kudari

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■節子への挽歌4959:人はみんな記憶やさまざまなものの中に生きている

節子

昔、近くに住んでいたYさんの娘さんからユカにメールで写真が届いたそうです。
チューリップが今年も咲いたというお知らせです。

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このチューリップは、節子に献花に来てくださったみなさんに一時期、お渡ししていたチューリップの球根だと思います。
ミニバラやチューリップをもらっていただいていた時期があり、その一部をわが家にも残していたはずなのですが、わが家のものはすべてもう枯れてしまったようですが、こういう形でどこかの残っていると思うと元気が出ます。
ネパールでもチューリップが咲いたというお知らせをTさんからも以前、写真を送ってもらったこともありますが、ネパールでも今年も咲いているかもしれません。

Yさんは節子と同世代だと思いますが、節子もいろいろとお世話になったはずです。花火に来てもらったこともあるかもしれません。
一昨年、久しぶりにYさんのお2人の娘さんたちが家族と一緒に花火を見に来てくださいましたが、Yさんはいらっしゃれませんでした。
でも大元気のようです。

最近思うのですが、人が現世にいるかどうかはさほど大きな問題ではないのかもしれません。人はみんな記憶やさまざまなものの中に、生きている。
そんな気がしてきています。

 

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2021/03/25

■節子への挽歌4958:節子の痛みさえ理解できていなかったかもしれません

節子      

奇妙なトラブルに少し巻き込まれました。
と言っても私は仲介者としてなのですが。
別に頼まれたわけではありませんし、私が介入する必要もないのですが、些末な誤解から発生しているような気もするので、まあこの際、関わろうかと思ったのです。

2人も女性で、公的な活動もしている人たちですその一人からメールが届いたのですが、なんとその相手からも翌日、メールが届きました。
こうなると無視するわけにはいかない。
しかも、その結末次第では、地域社会にも影響がないわけではないからです。
まあ思わせぶりな書き方になっていますが、さすがに私でも内容は書けません。

こういうトラブルに関わって、これまでどれだけの時間とお金を失ってきたでしょうか。
加えて精神も消耗してきた。
不思議なのは、そういうことが起こったのはすべて、節子がいなくなってからです。

なぜでしょうか。
私を止める人がいなかったからでしょうか。
そうではないでしょう。
私は止められるとさらに突っ込む性格ですから。

もしかしたら、節子を失ってから、他者の「痛み」がわかるようになったからかもしれません。
いまから思えば、それまでは「節子の痛み」さえあまり理解できなかったような気さえします。
娘に言わせると、今でも私は他者の本当の痛みは判っていないようです。

今日は忙しい1日でした。

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2021/03/24

■節子への挽歌4957:メダカが一匹死にました

節子

元気に冬を越したメダカの中には、一匹だけ2年目の冬を超えたメダカがいました。
昨日まで元気だったのですが、今朝、死んでいました。
今年もまた卵を産んでくれると期待していたのですが。
とても残念です。

しかし、このメダカの死で、春の到来を実感しました。
いのちが芽吹きだす春が死から始まるのは、私にとっては実に納得なのです。
死は生とともにあるからです。
ベランダのプランターもそろそろ芽を出しはじめるでしょう。

今日は気持ちの良い晴れた日になりそうです。
今日から湯島でも集中サロンが始まります。
今日から木曜日だけ休んで4回連続でサロンを開催するのです。
これだけやれば、みんなも付き合いきれないでしょう。
誰も来ない1人サロンが実現できるといいのですが。

季節が変わり、サロンの気分も変えたいです。
最近はどうも思ったようなサロンになりません。
節子がいたら、ちょっと違うんじゃないのかといいそうですが。

ところで、メダカが子供を産んだら、湯島にもまたメダカ水槽を復活させようと思っています。
前回は、ミニバラも持っていきました。
少しずつ湯島も元に戻していきたい気がしています。

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■湯島サロン「新しいノウフク(農福連携)のカタチ」報告

「農」も「福祉」も実践しながら農福連携に取り組んでいる熊本の宮田喜代志さん(熊本地域協働システム研究所相談役)のお話は、いつも、現場の動きと政策の動きを並べて話してくれるので、気づかされることが多いです。
宮田さんは現場とともにある研究者なので、毎回、内容が「深化」するのも魅力のひとつですが、今回は、特に九州地域での農福連携現場の実態調査に取り組んだ結果も踏まえてお話をしてくださいました。生々しい現場の動きがわかり、とても明るい先行きが見えてきた気がします。
また最初に、改めて農福連携に関する全体像(前回よりも深化しました)を整理してくれたので、初めて「農福連携」という言葉に出会った人にもわかりやすかったと思います。私も改めて頭が整理できました。

Miyata202103

「農福連携」というと農業と福祉の話と思われがちですが、その先にあるのはこれからの地域社会、生活コミュニティの姿、つまり私たち(都会人も含めて)の生き方につながる話なのです。今回は、これまで以上に、そうしたイメージがはっきりしてきたように思いますが、それも頭で考えた結果ではなく、宮田さんの実践のなかから行き着いたことなので説得力があります。
今回のお話のタイトルは「農が福祉とひとをつなぐ」。そのキーワードは、「小さいことはいいことだ!」です。
まさにこれからの社会のあり方を示唆しています。

宮田さんは、農福連携を進める意味は、地域共生社会の主体である「小農」が育ち、その人たちの新しいネットワークが生まれてくることにあると言います。
そして、そうした動きをいくつかの実例から説明してくれました。
工業化社会の中で、農業は「第一次産業」と言われて、産業の一分野に位置づけられてしまってきましたが、食=生という原理を踏まえれば、農業は私たちの社会の根源的基盤といってもいいでしょう。
それは同時に、多様な農作業を通して、人と人、人と自然(環境)をつないでいく働きも持っています。
さらに農は、実に多様な「作業」の組み合わせであり、工業における効率性指向の「分業」とは違った、個人の力を活かしあう「協業(協働)」を可能にします。
そこにすでに「福祉」の要素が含まれていますから、おのずと人々が支え合う地域共生社会が生まれていくわけです。

農福連携によって、「農」も「福」も意味を広げ形を変えてきています。
たとえば、「福」は当初は障害を持つ人たちに焦点があてられていましたが、その対象は次第に高齢者、シングルマザー、生活困窮者、引きこもり、刑余者、外国人へと広がり、さらにはすべての人たちを包摂するようになってきているそうです。
それに合わせて、「農」もまた形を変えていく。
そして、それが、「働き方」や「福祉の形」を大きく変えていくことになるでしょう。

そこからこれからめざすべき社会のあり方が見えてくる。
今回の宮田さんの話から、私はそんな展望への確信が得られました。

ちなみに、サロンでは「組織化」に関する議論もありましたが、組織そのものの意味も変わっていくように思います。例えば、今回、宮田さんは「ネットワーク」という言葉を使われましたが、私は野菜などの根っこのように、土壌とも絡み合いながらどんどん広がっていくリゾームのイメージを持ちました。農や福から考えていくと、これまでの工業社会の組織とは全く違った組織論も見えてきます。

宮田さんは、しかし、ビジョンだけを語ったわけではありません。
どうすれば「農福連携」が成功するのか、そして「生産(経済)のための農福連携」ではなく「善き生活のための農福連携」という理念をどう守り発展させていけるかについても、事例も含めながら、具体的に話してくれました。
その話は、そう簡単には報告できないので、関心のある方はぜひ宮田さんの話をいつかしっかりと聞いてほしいです。宮田さんはいま農福連携のテキストなどにも取り組んでいるようですので、関心のある方はぜひ宮田さんにアクセスしてみてください。

サロンの中で、宮田さんは、「2500年かかって作り上げてきた日本の農業を、私たちの世代でなくすわけにはいかない」と言いましたが、とても共感します。
日本の、とりわけ「小農」たちの現場に残されている大きな知恵を、私たちは改めて学び直すことで、いま私たちが直面しているさまざまな問題を乗り超えていく道がひらけていけるように思います。

これから宮田さんが東京に来る頻度は増えるようですので、時々、農福連携サロンを開いていただきたいと思っています。農福連携の動きには、私たちのこれからの生活を考えるためのヒントが山のように詰まっているように思いますので。

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2021/03/23

■節子への挽歌4956:気持ちが少しずつ軽くなってきています

節子

先日、データ消去したパソコンを引き取ってもらい、書籍も大きな箱に7箱、引き取ってもらい、だいぶ片付けが進みました。
まだまだ大変な状況ですが、だんだん住みやすくはなってきています。

もっとも物を片付けるだけであれば、実は大して問題ではないのですが、物についている記憶や感情を整理するのが大変なのです。
だから一挙には片づけられないのです。
しかし片づけを始めて半年近くたちますが、気持ちの上でも少しずつ軽くなってきている気がします。

改めて、物を持つことの負担感に気づかされています。
物がないほうが豊かに生きられることはわかっているのですが、どうもまだ物があったほうが豊かに生きられるという感覚から抜け出せないのです。
と同時に、物を捨てることへの抵抗がやはりあるのです。

たとえば2年間放置していたミニコンポが使おうと思ったら、なぜかうまく作動しません。
娘はもう壊れたのだから捨てようというのですが、なぜかすぐには捨てられません。
直してみようと思い立って、捨てないことにしました。
娘たちは昭和の人だというのですが、いとも簡単に捨ててしまう娘たちの行動にいささかの違和感があります。
親の生活を見て育ったはずなのに、どうしてこうも違いができたのでしょうか。
節子も、そう簡単には捨てられない世代でしたから、整理すればするほど、いろんなものが出てくるのです。
しかし、娘たちは、即断で捨てることができるのです。

育った環境で人の価値観や行動は違ってくるのでしょう。
最近そのことを痛感させられています。

私も時代に合わせて、少し行動を変えなければいけません。
いや、歳に合わせてだよと娘は言いますが、まあいずれにしろ周りから物がなくなると気持ちが軽くなる。
お金もなくなると豊かになるということに、これはつながっているはずなのですが。

 

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2021/03/22

■節子への挽歌4955:自治会の新しい組長が決まりました

節子

やっと自治会の来年度の組長が全員確認できました。
今回、各戸を訪問したり、電話したりして、いろいろと気づいたことがあります。

まず休日の午前中でも在宅されていた人が意外と多かったことです。
1/4が完全に留守、さらに子供だけが在宅の家も含めると1/3になります。
もう一つは当然と言えば当然ですが、例外なく表札はありました。
最近は表札も出さない家もあるそうですが。

第2は自治会活動を引き受けているのが予想以上に男性が多かったことです。
感じとしては、半々くらいの感じです。

第3は、予想以上に近隣づきあいは少ないようです。
日常的な付き合いは意外と少ないようです。

第4に、高齢者の夫婦世帯が多いことです。
それに伴侶をなくしたのか、高齢者おひとりの世帯も少なくありません。
なかには、推測ですが、昨年、伴侶をなくされたと思われる方もいます。
地域コミュニティとして、そういう人を支えるような仕組みがあればいいのですが、どうもそういう機能はいまのコミュニティには期待できないのかもしれません。

そして最後に、みんなとてもいい人ばかりだということです。
なかには再訪問しても不在で、しかも電話もなかなかつながらなくて、ちょっと不安に思った人もいたのですが、仕方なく留守電を入れておいたら、ていねいに電話番号を調べて折り返してくれた人もいます。

電話に関しては、留守電にしている家が多いのも最近の特徴のようです。
わが家もそうなのでが、最近は不審な電話も多いための自衛策のようです。
私もそれに気づいて、2回目以降、留守電に伝言を入れるようにしたのですが、そのおかげでそのあとは電話に出てくれるようになりました。
実におかしな時代になったものです。

もう一つ残念なのは、今回、みなさんのお宅を回ってごあいさつしたのですが、お互いにマスクをしていたので、たぶんこれからどこかでお会いしても挨拶もできないでしょう。
何のために各戸を回ったのかなあ、とちょっとむなしい思いもしました。

せっかくの自治会活動であれば、人間的な付き合いを少しでも増やしたいと思いますが、どうもなかなか難しそうです。
コロナは地域コミュニティも変質させかねないようです。

 

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■湯島サロン「関係から考える」のご案内

湯島サロンの最近の常連の一人だった坪田さんが、岡山に転居し、新たに岡山で塾を主宰することになりました。それで、湯島のサロンにも参加できなくなりますので、転居前に湯島で「最後のサロン」をすることになりました。
坪田さんのメッセージを案内に代えさせてもらいます。

私(坪田知己)は、世の中はどのようにできているのかに、関心を持ってきました。
参考としたのは、中根千枝の『タテ社会の人間関係』、平野啓一郎の『私とは何か――「個人」から「分人」へ 』(講談社現代新書)でした。

そこで考えたのは、社会は「個人の集合」ではなく、「関係の集合」として見るべきだというものでした。
兵庫県に住み京都大学でゼミに参加している友人にそれを話したら、「ならばガーゲンを読まなくっちゃ」と言われ、昨年9月に、ケネス・ガーゲンの『関係からはじまる』(ナカニシヤ出版)が出たので、5000円もする大著を買って読みました。
まさに目からウロコでした。これまでの勉強の7割ぐらいが無駄だったと言う感覚です。
有名なデカルトの「我思うゆえに、我あり」で、西欧は「神様の思し召し」を脱却して、人間中心主義の時代に入りました。
そのこと自体は、「進歩」だと思います。

しかし「個人」や「個人の自由」を称揚するあまり、世界は虚妄の世界に突入しています。例えば、トランプが叫んだ「アメリカ・ファースト」、新自由主義、資本主義の行き過ぎによる格差の拡大など。
人間は相互に助け合って生きているはずです。ところが「敵を撃破する」という動物のような野蛮さが世界を覆っています。会社の中でも、出世競争を強いられ、ライバルと闘わさせられます。
ガーゲンが語る「社会構成主義」は、その愚を指摘します。

ということで、今回の議論は「社会構成主義とは何か」を私がレクチャーし、同時に私なりの「社会とは何か」を話します。それについての、皆さんの感想をお聞かせください。
以上が坪田さんからのメッセージです。
いまさら「社会構成主義」や「人間中心主義」でもないだろうという人もいるかもしれませんが、坪田さんは実に素直に、「目からウロコ」「これまでの勉強の7割ぐらいが無駄だった」と言っています。そこを聞くだけでも面白い議論ができそうです。
それに坪田さんが書いている論点も、どれをとっても興味深いです。

みなさんのご参加をお待ちしています。

〇日時:2021年4月18日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
〇テーマ:「関係から考える」
〇話題提供者:坪田知己さん(文明デザイナー)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2021/03/21

■節子への挽歌4954:また朝早く目が覚めてしまいました

節子

また早く目が覚めてしまいました。
もう一度眠ろうと思ったのですが、いろいろと考えているうちに起きたほうがいいかと思って、起きてしまいました。
パソコンを開いたら、またメールがいろいろと届いていました。
私と違い、夜型の人が多いようです。

まだ外は暗いのですが、出窓に置いた花が目立っています。
整理途中のため、せっかくの出窓もまだ物置場になっていますが、そこに昨日、お墓に持って行った庭の花の一部が添えられています。
庭で最多立派なさざんかです。

 Sazanka20210321

 

仏壇の置き場も狭いので、最近、節子に供える花も出窓に置くようにしたのですが、まあ彼岸では時間も空間も折りたたまれているでしょうから、いいでしょう。
花の後ろにはフクロウが雑然と置かれています。
これも行き場がなくなって、今いろんなところに置かれています。
一部はなんと玄関の外にまで置かれています。

節子は一時期、リンゴの置物を集めていたことがありますが、それはほとんどもう姿を見なくなりました。イランに行ったときに、気にいったのが見つかり、わざわざ後で買いに行ったのを思い出しますが、まあコレクションというのは、その人にとっては価値があっても他の人にとっては無意味なものなのでしょう。
フクロウもまとめて廃棄処分したらどうかと娘から言われています。

物の価値とは不思議なもので、人によって全く違います。
ですから私がどんなに大事にしている者でも、家族にとってはごみのような存在かもしれません。
誰にとっても価値がある「お金」は不思議な存在です。
しかし、誰にでも価値のあるものは、個人にはあまり価値がないともいえるでしょう。
お金は手段としては、価値はありますが、無人島に流れ着いたら何の役にも立たないでしょう。でも今の時代は、そのお金が価値を持っている。不思議な時代です。
まあ、そんなことを言うので、私は変な人と思われているのでしょうが。

私が愛読している年に3回出版されている『談』という雑誌があります。
最近私は、雑誌は一切読まなくなりましたが、『談』だけは熟読します。
その最新号に山田広昭さんの「贈与のモラル」というインタビュー記事が載っていましたが、今朝はそれを読みました。

山田さんの著書『可能なるアナキズム』を読みたくなって、ネットで調べたら、なんと5000円を超す本でした。最近、ほとんど本を買っていませんが、この本は買いたくなったのですが、5000円と言われるとちょっと躊躇します。
仕事で収入があった時なら、気になる本があればすぐに書店に注文していましたが、その陰で山のような書籍がたまってしまった。だから本を買うのは最近躊躇するのです。
それで、基本的には図書館から読む本だけを借りるようにしているのです。
おかげで真剣に本を読むようになりました。

まだ書籍の整理は途中で止まっています。
有無を言わさず整理していくために5日後にブックオフに6箱引き取りに来てもらうことにしました。といってもまだ箱詰めできているわけではありません。適当に6箱と決めたのですが、大きな箱なので300冊くらいでしょうか。
これから本の選択です。
こうでもしないと本の整理はできません。
リンゴやフクロウと同じで、書籍は私には価値がありますが、家族には無価値でしょう。
また誰かにとって価値のありそうな本は、たぶん今回の選択からは外れるでしょうから、一応、今回はブックオフに買い取ってもらうのですが、値はほとんどつかないでしょう。
でも5000円くらいにはなるでしょう
それで『可能なるアナキズム』を買えるかもしれません。

外が少し明るくなってきました。
今日は千葉県の県知事選挙です。

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2021/03/20

■節子への挽歌4953:地下鉄サロン事件から26年目

節子

今日は地下鉄サロン事件から26年目です。
事件の時にわが家はトルコに家族で旅行中でした。
アンカラからカッパドキアに向かうバスの中で、この事件を知りました。

そのおかげでわが家は誰も事件には巻き込まれていないのですが、別の意味でこの事件は深く記憶に残りました。
バスのガイドさんがこのニュースをみんなに伝えてくれました。
たしか毒ガスがまかれたというのが第一報でした。
乗客からもしかしてサリン?という声が上がりました。
まさかとは思いながらも、起こるべくして起こった事件のような気もします。
そのニュースを聞いて、日本は一変してしまったなと思いました。
サリンを公共鉄道にばらまくことができるのだということを日本人は気づいてしまったのです。

しかし本当に驚愕したのは帰国してからです。
思っていた以上に生々しい被害の多さに改めて驚愕しました。
日本は変質していくという思いを改めて確信しました。
人間には超えてはならない一線がありますが、一度超えてしまえば、それは日常に組み込まれてしまいます。
そして以来思っていた通りに日本の社会は次々といろんな一線を越えだした気がします。

そして私の生き方もまた変わりだしました。
その途中で、しかし、節子ががんの宣告を受けてしまったのは、思ってもいなかったことです。
別の意味で私の人生は一変しました。
人生はなかなか思うようには進みません。

トルコのカッパドキアは不思議な景観で、太古の核戦争の廃墟だなどと言われて紹介されたこともあるところです。
まさにこの世とは思えない景観でした。
その印象も含めて、サリン事件は私には忘れられない衝撃でした。

あれから26年。
よくまあ私は行きつづけられたものだと改めて思います。

 

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■節子への挽歌4952:孫と一緒にお墓参り

お彼岸なので孫のにこも一緒に午後、お墓参りに行きました。
お墓のまわりにつくしんぼがたくさん芽を出していました。
にこがお墓に生えてきていた野草を抜いてくれましたが、つくしんぼだけは残してくれました。

節子
見ていましたか。

今日の供花はいつもと違い庭の花を持っていきました。
孫が娘と一緒に切り取ってくれたのです。
例年よりもちょっと地味ですが、白と黄色と赤と桃色と彩りもきれいでした。

お彼岸ですので、今日は本堂にまわりお礼も言ってきました。
孫もお賽銭は慣れていて、しかも本堂の前でていねいなお辞儀までしてくれていました。
帰宅してからみんなで節子に供えていたおはぎを食べました。
いつもは午後、友達と遊ぶために近くの手賀沼公園ににこは遊びに行くのですが、今日はそれをやめて、節子の仏壇の前で3時間近くも遊んでいきました。
色入りと遊んでいましたが、3色入りのクレヨンを見つけて、紙に絵も描いてくれました。

いつもは友達と遊びに行くのをやめて、節子の位牌の近くで遊んでいたのがとてもうれしく感じました。
にこは、何かを感じていたのでしょうか。
そういえば、以前、お墓に行ったときに、節子が見えたと言っていました。
子どもの見ている世界は、たぶん私とは違うのでしょう。

2021032011

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■節子への挽歌4951:自治会全域をまた歩きました

節子

自治会の会長を4月から引き受けることになったのですが、その関係で新しい組長の確認のために自治会全域をまわってきました。
せっかくなので、4月から回覧担当のお2人にも同行してもらいました。
案内役は、私、のはずだったのですが。

前に現在の担当の中村さんに案内してもらい30分弱で回れたので、大丈夫だろうと思っていたのですが、回りだしたら、途中でわからなくなってしまいました。
普段歩いたことのない地域もあって、道も入り組んでいるので、そう簡単ではないのです。それにしても自分の記憶力のいい加減さに驚きました。
逆に同行した人は、犬の散歩で地域をいろいろと歩いているので土地勘があって、むしろ私がお2人にあんなされる結果になってしまいした。
すべてを回り終わるのに1時間半もかかってしまいました。
その上、お留守の家が6軒もありました。

節子はこういう活動が好きでした。
前にも私は会長役を引き受けたことがありますが、あの時も節子は闘病中でした。
節子が元気だったら、きっといろんな活動を起こしたことでしょう。
自治会の役員でなくても、以前は近くの子どもたちとジャガイモ堀りをやってカレーライスパーティをしたり、オリエンテーリングなどをやっていた記憶があります。
いまのところに転居してからは、何もやらないうちに病気になってしまいましたが、節子が元気だったら、いろんなことを企画したかもしれません。

自治会ではないですが、節子は駅前の花壇づくりをするグループも立ち上げました。
その会は今も続いていますが、節子がいたらどうしていたでしょうか。
地域の活動はやはり女性が向いているような気がします。

少なくとも、節子がいたら一緒に楽しい活動になったことでしょう。
そう思うといささか残念です。

 

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■節子への挽歌4950:夜中にまた本を読んでしまいました

節子

昨夜はまた眠られずに、夜中に起きて、アリストテレスの本をよみました。
いまさら何でアリストテレスというかと言えば、先日のサロンでアリストテレスが取り上げられていたのです。
私の理解とはかなり違っていたのですが、鈴木さんとメールのやり取りをして、改めて少し確認したくなったのです。
何しろ人の記憶は、自分の都合のいいようにどんどん組み替えられてしまいますから。

昨日、岩波新書の古い本があったのを思い出して、探し出したのです。
何しろまだ書類は整理中ですが、新書関係に関してはまだ廃棄処分していませんので、遺っているはずだと思ったのです。

しかし、なにしろ雑然とした山積み状況なので、探し出すのに苦労しました。
もしかしたら別のところ(かつての仕事場)に送ってしまっているかもしれないと不安でしたが、何とか見つけ出しました。
その本は岩波新書の「アリストテレスとアメリカ・インディアン」。
私が30代の時に読んだ本ですが、そのタイトルの不思議さから印象に強く残っていました。
しかし、その本を探している過程で、もう一冊の本が見つかりました。
これも岩波新書の「アリストテレス」。これはもう忘れていました。

昨夜寝る前に読もうと2冊を枕元に置いておきましたので真夜中に、目が覚めてそれを手に取ったのです。
「アリストテレスとアメリカ・インディアン」の内容は記憶にはあまりなかったのですが、読みだしてみたら、どうもアリストテレスとは関係のない話でした。
アリストテレスの「先天的奴隷人」説を踏まえてアメリカ先住民たちを虐殺していったスペインの動きに公然と異を唱えたスペイン人ラス・カサスの話でした。
それはそれで興味がありますが、就寝時、少し読み出して眠くなってしまい、そのまま寝てしまいました。それでもう一冊の「アリストテレス」を読んでみました。
これは本のことは憶えていませんでしたが、内容は何となく覚えていて、私のアリストテレス理解の元はこの本なのかと思えるような内容でした。
それでついつい読み続けてしまいました。

何となくほかの本も読みたくなって、今朝は早く起きて、また本アサリをやってしまいました。
かつて古代ギリシアの会をやっていた時に入手していたギリシア哲学関係の4冊の文庫本が見つかりましたが、同時にギリシア哲学とは関係はないのですが、『老子』と『荘子』の本が見つかりました。最近、鈴木さんから私の考えが老子にも通ずるところがあると言われたのを思い出して、それも引っ張りだしました。

というわけで、今日は読む本がたくさん出てきてしまいましたが、実はそれどころではないのです。
今日はちょっと忙しい1日になりそうです。
本を読む時間はないでしょう。

それにしても早く本の整理をしないといけません。
そうしないとゆったりできる場所もつくれず、お客様を迎える場所もないのです。
困ったものです。

 

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2021/03/19

■節子への挽歌4949:脳外科の定期検査

節子

定期的に脳外科に検査に行っています。
今日はその検査日でした。
毎回もっと水分を飲めと言われていますが、今回は最近水分をよく撮っているようで検査値が改善されていますよと言われました。
たしかにこの2週間ほど、毎日、余分に1000㏄程の番茶を飲むようにしているのです。
その成果が出たのでしょう。

次回は心臓の超音波検査をするそうです。
私の嫌いなMRIよりはいいですが。

病院の脳外科の患者は高齢者が多いです。
なかには医師からMRI検査を受けるように言われたのか、待合室で看護師にもう2回もMRIをとっているので今日は取りたくないと大きな声で交渉している人がいました。
その気持ちはわかりますが、そもそも病院に来なければいいわけで、私は病院に来た以上はもう完全に医師のいいなりに従うようにしています。

高齢でご夫妻で来ている患者も多いです。
私は病院までは娘に送ってもらい、一人で対応していますが、病院での夫婦の語らいは意外と少ない。
まあコロナが問題になっている時期ですから仕方がないとしても、夫婦で話をするのが一番の薬なのではないかと思いますが。

そんなことを思いながら帰宅して少し経ったら新潟のKさんから電話です。
心身共に調子が悪いので電話したというのです。
Kさんは私の声を聴くと元気になるというのです。
私が薬替わりですが、それを知っているので、副作用が起きないようい今回は注意しました。
時々言わなくてもいい一言を言ってしまう悪癖が私にはありますので。

脳外科では状況はよくなっていると言われたのですが、夕方から何や嫌な気分に襲われだしました。
頭がもやっとしてきました。
昨日ちょっと頑張りすぎたからでしょうか。

そういえば、今日病院で測った血圧が下は100を超え、上は200を超えていました。
これはちょっと異常に高い。

注意しなければいけません。
歳をとると身体はもろくなるものです。
困ったものではありますが、こればかりは仕方がない。

 

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2021/03/18

■節子への挽歌4948:パソコンを10台廃棄処分します

節子

今日はパソコンの整理をしました。
パソコンのデータ整理ではなく、パソコンそのものの整理、というか処分準備です。

パソコンはデータも入っているのでそう簡単には廃棄できません。
そのため、これまでパソコンを買い替えても古いのはそのままにしていたのですが、それが10台以上たまっているのです。
当初使用していたマックは2台とも処分していますが、遺っているのはウィンドウズのデスクトップ5台とノートパソコン4台、それにマック1台です。
よくまあこれだけ廃棄せずに残しておいたものだと呆れますが、同時にパソコンもよく買い替えたものです。

1台は節子が使っていたノートパソコンです。
データは以前整理しましたが、メールやアドレスなどはそのままです。
記録として残そうかとも思いましたが、残しても読み直さないなと思い、消去しました。
消去のうまい方法がわからずに時間がかかりました。
今回は7台だけデータ消去をし、回収してもらおうと思います。

これで少し空間ができました。
並行して、今日もまた名刺の整理をしました。
昨日のようにゆっくりやっていると大変なので、今日はいささかスピードを上げ、1000枚以上の名刺と別れを告げました。

というわけで、今日は朝から夕方まで、過去を白紙にする1日でした。
なにやら気分的にすっかり疲れてしまいました。

しかし忘れていたことを少し思い出したこともあります。
懐かしい名前やメールアドレスが出てきたりしました。
いまや有名になりすぎて、連絡を取りにくくなっている人もいますし、会っているとは思ってもいなかった人の名刺が出てきたりもしました。
ちょうど最近、その人の訳した本を読んだところだったので、連絡を取ってみようかと思う人もいました。私でさえお会いした記憶がほとんどないのですから、彼はもっとないでしょう。実は彼の父親から紹介されたのだと思いますが、その父親も今はもういません。

でもまあそんなことをやっていたら、なかなか人生は整理できません。

物理的な意味での片づけはなかなか進みませんが、精神的にはかなり進んでいるような気がします。
まだしばらくかかりそうですが。

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2021/03/17

■節子への挽歌4947:粘菌学者の前田さん

節子

名刺の後にまだ未整理のままの節子関係のものが入っている箱の整理をしました。
なんかも手掛けていつも途中でやめていた箱です。
何通かの手紙が出てきました。
前と違って今回はどうやら読む気が起きたので、読んだりしていたためやはり整理が進みません。
しかし、いろんな人がいました。

大阪大学教養部の封筒に入ったちょっと厚い手紙が出てきました。
宛先には私も入っていましたので、差出人はすぐにわかりました。
大阪大学の教授だった前田みね子さんです。

ハワイのキラウエア火山のツアーでご一緒したことがあって、それからお付き合いが始まったのです。
封を開いてみると、長い手紙と地図と写真が出てきました。
前田さんが大島のい行ったときの詳しい説明と地図と写真でした。
と言っても観光で回った写真でも地図でありません。
火山や植生などが詳しく書かれています。
イラストまでついていて、それこそ自然観察者の観察記録みたいです。

読んでみたら、おすすめコースまで書かれていました。
しかも、キラウエアにご一緒した東大の中村教授(もう亡くなられていますが)の推薦場所まで書かれています。
記憶にないのですが、もしかしたら節子が大島に行きたくて、コースを相談したのかもしれません。

前田さんは粘菌を専門にする生物学者です。
学者らしくない、とても親しみの持てる方で、節子も忌憚なく付き合えたのでしょう。
キラウエア火山ツアーで同行したみなさんに声をかけて一度湯島で集まったことがありますが、その時には前田さんはたしかアメリカでした。

その前田さんも、もう亡くなっています。
ハワイから戻った直後に、前田さんから粘菌関係の著書が送られてきました。
いまも大事にしています。

前田さんからの手紙は、生物学者らしく、実にていねいに大島の説明をしてくれています。前田さんのお人柄がしのばれます。
節子はいい友達に恵まれていました。

他にもいろんな手紙が出てきてしまい、やはり今回も整理はできませんでした。
あの頃の節子は、たぶん幸せいっぱいだったでしょう。
とてもあったかな思い出をたくさん思い出せます。

みんな不思議な出会いだった気がします。

 

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■節子への挽歌4946:300人との別れ

節子

また身の周りの整理を再開しました。
今日は最初にとりかかったのが名刺の整理でした。
一度試みて途中で挫折していたことです。

節子が闘病生活に入る前には、私はたくさんの人たちと会う生活に身を置いていました。
毎年1000枚前後の名刺を使っていましたから、出会った人数もかなりです。
ですから名刺の数もかなり残っています。

ときおり整理はしていましたが、名刺には人がついているのでなかなか捨てられません。
今日は缶に反っていた名刺を300枚ほど処分しました。
一括して処分すれば簡単ですが、さすがにそれはできません。
1枚ずつ名前を見ては思い出しながら処分しました。
ただ残念ながら顔を思い出せるのは1~2割だけでした。

全く忘れていた方もあります。
こんな人に合っていたのだとか、こんな組織と付き合いがあったのだとか、驚くようなこともありました。

今日整理した缶に入っていた名刺は、2000年ごろのものが多かったのですが、そのころは企業とも行政ともNPOとも、ともかくいろんなところとの付き合いがありました。
地域で言っても沖縄から北海道まで全国でした。
その頃はもしかしたら、節子よりも仕事に心を入れ込んでいたかもしれません。

1枚の名刺から思い出されることも少なくありません。
300枚ほどの名刺を処分するのに1時間以上かかってしまいました。
おわったあと、なにやら300人の人と別れたような気分でした。

ちなみにどうしても廃棄できずに残してしまった名刺が10枚ほどあります。
みんな今は付き合いのない人です。
その後、どうされているか気になって、連絡を取ってみようかどうか迷っています。

とても疲れました。

 

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2021/03/16

■節子への挽歌4945:久しぶりに花売り場

節子

温度が上昇し、温かな1日になりました。
久しぶりにジョイフル本田に花を買いに行きました。

節子が元気だったころは、春になるといつもいろいろなところに行って花木を仕入れていました。
そうして茂っていた庭の花も、節子がいなうなってからは手入れ不足でほとんど枯らしてしまいました。
しかし次女が同居することになったので、彼女がまた庭を復活させてくれるでしょう。

今回は2階で同居している長女が、部屋の花を買いに行くというので私も付き合ったのですが、いろんな花を見ていたら、2階のベランダでのプランター菜園だけではなく、私も花を植えたくなりました。

今日はとりあえずミニバラを買ってきましたが、また枯らしてしまうのが心配です。
ベランダ菜園もそう簡単ではなさそうです。

 

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■湯島サロン「GDPにはどんな意味があるのか?」報告

「GDPの原理」をエンジニア的に整理し、それが何に使えるか、そしてその「限界」は何かに関する沖さんの考えを紹介し、それをもとにみんなと話し合うサロンでした。
いろんな分野の人が12人集まりました。

Okigdp

沖さんはまず、そもそもGDPってどうやって計算するのかというところから話し出し、最後に9つの課題を提示してくれました。
さらに話し合いの補助線として、最近広がりだしている「新解釈マルクス」の「物質代謝論」と「価値と社会の富」の話を付け加えてくれました。

議論はまずGDPの理解から始まったのですが、計算手続き論に焦点が行ったので、肝心のGDPとは「国内の生産活動で得られた付加価値額の総合計」という定義論とは全く無縁の話で混乱してしまいました。
参加者の一人が、GDPはストック(国富)の話ではなく、フロー(生産)の話だと言ってくれましたが、話し合いの勢いがついていたため、それでは落着しませんでした。
これもまた日本の知の現状を示唆していて面白いです。

沖さんがあげた9つの課題の最初は、「国民が豊かになるには?」でした。
沖さんにとっての関心は、おそらく「国民が豊かになるための指標」としてGDPは適切かどうかという投げかけだと思いますが、参加者の多くは「GDPありき」で考えているようで、みんなGDPに好意的だった気がします。

私自身は、そもそも今のような状況においては、「生産」という言葉の捉え方そのものを変えないといけないと思っています。
つまり、環境問題の深刻さから考えれば、「生産」は「環境消費」と位置づけることが必要で、そもそも「生産活動」そのものの意味合いが変わってきているので、GDPという概念そのものが、私たち生活者の豊かさとは全く相反する指標になっていると考える必要があると思っています。経済成長も同じで、経済成長が私たちの生活を豊かにするという発想をそろそろ捨てるべきだと思うのです。

こうした考えに基づき私は30年前に生き方を変えましたが、当時はエコノミストの友人からは私の無知を笑われ、話し合いにもなりませんでした。当時はみんな経済成長至上主義でしたが、今なら少し話し合えるような気がしていました。
サロンではそういう話し合いをイメージしていましたが、やはり「経済成長」発想から抜け出しての話し合いはいまなお難しいようです。
多くの人の発想の根底にはやはり金銭経済パラダイムがあるようですが、それがある以上、経済成長発想からは抜け出せないでしょう。

沖さんの課題の最後には、「付加価値」と「喪失価値」があげられていました。
今回はこの議論はありませんでしたが、成熟社会における経済においては、重要な課題だと思います。
いつかこのテーマに絞った話し合いもできればと思います。

しかし一度植え付けられた発想のパラダイムは、なかなか変わりません。
前回の「善悪」にしても、今回の「豊かさ」にしても、どの視点で考えるかで真反対の評価にもなりかねません。そんなことにも気づかせてくれたサロンだったと思います。

沖さんの提起した「国民が豊かになるには?」に関しては、来週のサロン「下り電車に乗り換える意味」で少し取り上げたいと思います。

 

 

 

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■湯島サロン「生きるために哲学は大切です」報告

30代の行動する若者、遠山さんによる「生きるために哲学は大切です」をタイトルにしたサロンは、天候が悪かったにもかかわらず、10人の集まりになりました。
遠山さんよりも若い人の参加がなかったのが、ちょっと残念でした。

「哲学」と言うと、日本では高齢者の問題と思いがちの人が多いですが、私は若い世代にこそ「哲学」が大切だと思っています。しかし日本では、「哲学」はなにやら難しい「学問」に仕立て上げられ、敷居の高いものにさせられています。
しかし、哲学は本来、「知を愛する」ことですから、若い世代のものだと思います。
私自身は、この歳になって「哲学」などという言葉を使うことさえ気が引けます。

それはともかく、私にとっては全く意外だったのですが、遠山さんはアリストテレスの「二コマコス倫理学」の話から始めました。そして、そこから遠山さん自身が得た気づきの結論として、次の3項目を上げました。

善・悪は、人にあるのではない、人のなす行為にある。
「人格」は、己の判断した行為の積み重ねで決する。
すべては自分の責任である。

そこから話し合いがはじまりました。
突っ込みどころ満載の結論ですので、そこから激しい異論や疑問のぶつけ合いが始まるだろうと思いました。しかし、話し合いは盛り上がりましたが、どうもこの結論は多くの人には素直に受容されたようでした。若者がいたら全く違う展開になったような気がします。

今回のサロンは、遠山さんの話を受けて、参加者それぞれが自らの生きる指針としての『哲学』を考えようというのが趣旨でしたので、意外とみんなすんなりとその結論を引き受けられたようです。これも意外でした。

話し合いはいろいろと広がりました。

私と同世代の参加者が、哲学とビジネスとどうつながるかの質問をされました。
これはとても興味ある話題でした。
しかしだれもいま話題の渋沢栄一の「論語と算盤」や近江商人の「三方良し」を口にしなかったのが意外でした。ビジネスに関わっている人であれば、すぐに「コーポレート・フィロソフィー」「企業理念」という言葉を思い出すでしょうが、今回はそういう分野で活動している人は誰もいなかったためかもしれません。
私も、話題がアリストテレスからだったので、そうしたことには言及せずに、アメリカのアスペン会議やグレートブックセミナーの話をしてしまいました。

「哲学」と「思想」、さらには「宗教」。「倫理」と「道徳」の話も出ました。
そんな感じで話題はいろいろと広がり、遠山さんも含めて、みんなそれぞれに気づくことはあったようです。ただ、いずれも経験からの話には至らずに、抽象的な話から抜け出せませんでした。
それがサロンの限界かもしれません。

一度、「哲学カフェ」スタイルのサロンをやってみようかと思いだしました。
これまではどうも抵抗があったのですが。

Tooyama

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2021/03/15

■節子への挽歌4944:「先生」という呼称

節子

サロンへのうっ憤を少し吐き出したついでに、もう一つ書きたくなりました。
これも最近のストレスの一つです。

湯島のサロンで、時々、話す人を「〇〇先生」と呼ぶ人が出てきたのです。
湯島のサロンの趣旨をまったく理解していない。
蹴とばしたくなりますが、まあいつも我慢しています。

私も時に「先生」と呼ばれそうなときがありました。
学校の教員や病院の医師であれば、学校や病院で「先生」と呼ばれてもいいでしょうが、そうではない私が「先生」と呼ばれて私が感ずるのは、一言でいえば「不快感」です。

説明するのはやめますが、私は医師や教員でも学校や病院以外では「先生」と呼ぶのは失礼だと思っています。
ですからたとえ大学教授でも医師でも、湯島では「先生」などと呼ぶような失礼なことはしません。

そういう考えを持っているので、私自身、「先生」と呼ばれるのは本当に不快なのです。
しかし、そう相手に行っても、相手は私の謙虚さと受け取ってしまうので。
私は「謙虚」なのではなく、「心底不快」なのですが、それがわからない。
たぶん学校で洗脳されてしまい、さらに社会に出て狡猾に生きてきたとしか思えない。
そういう人には同情しますが、どうも好きにはなれない。

湯島のサロンはもちろんですが、私は相手が中学生でも高校生でも、「〇〇くん」とは呼びません。もちろん親しい人は別にして呼び捨ては絶対しません。
会社時代も後輩であろうと新入社員であろうと必ず「さん」づけで呼んでいて、ある時に上司から「嫌味」のようなことを言われたことさえあります。

湯島ではサロンが始まる前に基本的にここではだれも同じ立場ですと説明しますが、にもかかわらず「先生」などと呼ぶ人が最近出てきたのです。
どうでもいいように思われるかもしれませんが、個人の尊厳の村長を理念とするサロンの雰囲気は、そうした小さなことで変化していくのです。
だから誰かが「先生」という言葉を使うと、蹴とばしたくなるのですが、それを我慢しているとストレスがたまってくる。
困ったものです。

私のそういう姿勢を一番理解してくれていたのは、たぶん、節子です。
ただししっかりと理解するまでかなり時間がかかったと思いますが。
そして、私のそうした生き方を支えてくれたのは節子です。
私の今の生き方の半分は節子が創ってくれた。
そう思います。

他者をどう呼ぶか。
それでその人のすべてがわかるような気がします。

節子はいつも、人の本質を感じて、私に気づかせてくれました。最近節子がいないので、なかなか人の本質を気づかせてもらえないのが残念です。
それが必ずしも悪いわけではないのですが。

 

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■節子への挽歌4943:悪貨は良貨を駆逐する

節子

最近、サロンがますます面白くなくなってきました。
そのためもあって、私もまた余計な発言をしすぎてしまい、ますますおかしくなってしまう。
その連続です。

なぜ面白くないかと言えば、中途半端なコピーアンドペーストの議論が流行っているからです。
こんなところで書くのはあまりフェアではないのですが、実際のサロンでも一応、時々明言してはいるのですが、だれも自分がその対象だとは思っていないようです。
困ったものです。

改めて先週、サロンやクラブ関係の本を読み直しました。
私はサロンをかなり美化していますが、読み直してみると、ロンドンのコーヒーハウスにしてもパリのサロンにしても、もしかしたら今の湯島のサロンのようなものだったのかもしれません。
実に俗悪で退屈な場だったような気がしてきました。
もしそこから近代が生まれてきたのであれば、現在の社会の俗悪さや退屈さは、当然の帰結なのかもしれません。
どうも私は、美化しすぎていたようです。

しかし節子が参加していたころのサロンは面白かった。
本で読んだりテレビで仕入れたような情報を話す人はいなかった。
自分の体験を語り合い、そこからみんなで考える雰囲気があった。
みんな表情があったのです。
いまはみんな表層的な知識に依存している人が増えてしまった。

まあテレビで100分で名著などという軽薄な番組が流行っている時代であれば、それも仕方がありません。
しかしサロンをやるたびに最近は滅入ることが多いのです。

悪貨は良貨を駆逐するとは、本当によく言ったものです。
改めて一度、昔のようなサロンをやってみたい気もします。

 

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2021/03/14

■節子への挽歌4942:ご馳走することよりもご馳走されることの方が大切

節子

昨日は湯島のオフィス近くの地中海料理ビストロでランチをごちそうになりました。
アメリカ大統領選挙結果の予想で、中嶋さんとランチを賭けていたのです。
地中海料理のビストロは中嶋さんの友人がやっているお店です。
メインをピッザにしたのですが、これが大きなピッザで、食べきれませんでした。
おいしい料理でした。

そして今日は、リンカーンクラブの武田さんにランチをごちそうになりました。
武田さんは焼き肉を提案しましたが、ヘビーなので海鮮料理にしてもらいました。
というわけで、連日、ご馳走してもらっています。

まあそんなわけで、相変わらず人様のご厚意によるお布施に依存して生きています。
節子がいた時代は全く真逆かもしれません。
誰かのごちそうになる生き方など、考えられなかったでしょう。
できれば誰かにご馳走する生き方をイメージしていました。
それがどうして真逆になってしまったのか。

しかし今にして思えば、この生き方は私に向いています。
ご馳走することよりも、ご馳走されることの方が、大切なのだと気づいてから、私の生き方は変わったような気がします。
さて明日は娘のごちそうになりましょうか。

 

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2021/03/13

■節子への挽歌4941:大震災の追悼番組のメッセージ

節子

一昨日は東日本大震災から10年目でした。
テレビではほぼ終日、それに関連した番組を流していました。
津波で大切な人を亡くして、人生を一変させてしまった人たちがたくさん登場していました。
それをずっと観ていたのですが、その影響が昨日からの気分に出ているのだなと先ほど気がつきました。

人は独りでは生きていません。
必ずだれかのために生きている、あるいは誰かと共に生きている。
その人が災害や病気で亡くなると人生は一変します。
目に見えるところでも変わりますが、目に見えないところ、さらには本人も気づかないところでも変わってします。
本人が気づくのは、もしかしたら10年がたってからかもしれない。
テレビを何となく見ていて、改めてそう思いました。

大切な人がいなくなって、一人で生きているように見える人もいます。
しかし、そういう人にもたぶん、実在しないかもしれないですが、あるいはもうなくなってしまっているかもしれませんが、きっと「生きるための誰か」がいるのではないか。
そういう人がいないと、人は生きていけないような気がします。

大切な人との別れを乗り超えて、明るく前向きに生きている人もいる。
しかし、そういう人こそ、きっと大きな悲しみと不安を、どこかに抱えているのかもしれません。
人は外観からはわからない。

2日経って、やっと大震災の追悼番組のメッセージが伝わってきた気がします。
亡くなった人も、遺った人も、すべての人に祈りをささげたいと思います。
とても悲しい。

涙が出てきました。
これで今日も元気に過ごせるかもしれません。

 

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2021/03/12

■節子への挽歌4939:孫とおひなさまパーティ

節子

本来であれば、4939は桃の節句です。
つまり33日に書くはずでしたので、その日のことを書くことにします。

同居して初めてのひな祭りです。
ジュンが手作りの回戦手巻き寿司を用意してくれました。
それで一緒に食べましたが、孫のにこはお寿司が大好きなのです。
ユカも一緒に4人で食事でした。

昨年末から同居はしていますが、食事は基本的に別々です。
ですから一緒に食事をするのは月に数回です。
にこはまだ卵アレルギーもありますから、調理は気を付けなければいけません。
にこも、以前に大変な目にあったこともあるので、食べ物は絶対に母親の了解を得てからでないと食べません。

2階にやってきたにこにおやつを上げても、母親の許可ないと食べません。
親子の関係を見ていると、子どもというのがいかに母親に依存しているか、あるいは母親をいかに信頼しているかがよくわかります。
やはり母親は父親とは違うのだなと改めて思います。

にこはおもちゃなどもあまり欲しがりません。
年始のお年玉に「なんでもプレゼント券」を上げてあるのですが、まだ欲しいものを言ってきません。
今日も何か欲しいものはないのかと聞いたのですが、いらないというのです。
あんまり物欲がないようです。

2階に来て、時々、にこでも大丈夫なお菓子をあげても、いつも1つか2つしかとりません。
自分の分と、時に両親の分で多くても3つです。
もう少し物欲があってもいいのにと思いますが、子どもというのはみんなそうなのかもしれません。

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■節子への挽歌4938:ちょっと沈んでいました

節子

ちょっと気を抜いてしまっていて、今日、気がついたのですが、またまた挽歌を10日も書いていませんでした。
実は気にはなっていたのですが、まさか10日もとは思ってもいませんでした。
驚くほど時の速度が速い!

この10日間はいろいろとあっていささか精神的にも不安でした。
しかし10日もたまっているとは思ってもおらず、さてさて何から書けばいいか迷います。

2日の週は、あまりこれと言ったことはありませんでした。
ただ気楽に引き受けていた自治会の会長の仕事ですが、考えたら4月になる前にいろいろと準備しておかなければいけないことに気づいたのです。
それでまずは役員会の会場をとろうと場所探しを始めたのですが、なんと全く空いている場所がない。
どうやら新年度からコロナ関係の緊急事態が解除されるため、いろんな活動が一斉に再開されるようです。
そういえば、副会長をお願いした大西さんも、休止していた水彩画教室を始めると言っていました。

まあ混乱の始まりは、それなのですが、それからいろんなことが続けて起こりました。
いや、起こったというよりも、気づいたというべきでしょうか。
自治会の来年度の組長を決めてもらい町会費を集め持ってきてもらうのも、私の仕事だと気づきました。
前回もそうだったか記憶があいまいですが、これはちょっと不合理なので、私から次に引き継ぐときには改善しようと思いますが、とりあえずは私がやらなければいけません。なにやら気が重くなってきた。

いろんなことが重なるもので、他にも「やらなければいけないこと」がなぜかどんどん出てきました。
そのうえ、いささか不愉快な案内まできました。ちょっと困っていたことがあって、どうにかしないといけないと思っていた件なのですが、それを引き取ってもいいという案内が来たのです。同じように迷惑を受けている人もいるだろうからと納得していたのですが、娘に言われてよく読んだら、さらに50万円必要だということがわかった。
ある会員権をバブル期に購入したのですが、そのあと始末です。
いまの私にはほとんど現金はないので、対応できないのですが、なぜ債権が債務になるのか、これも気が重い。

人間関係の行き違いもあります。
良かれと思ってやったことが、またまた裏目に出てしました。

というように、私にとってはあまり気分の良くないことが続いているのです。
残念ながらまだ解決したわけではありません。
それにその合間にも気が救われるようなうれしいこともありました。

気を取り直して、挽歌を再開します。

友人が、どうしたのかとメールをくれましたが、たぶんしばらく挽歌を書いていなかったのを心配してくれたのでしょう。
他者に心配をかけてはいけません。
今日からまた毎日2つ以上を書いていくように努力しようと思います。

 

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2021/03/11

■「個人的なことは政治的なこと」

朝日新聞には「多事奏論」というコーナーがあって、編集委員のみなさんが分担で書いています。
昨日、高橋純子さんがとても共感できることを書いていました。読まれた方もいるかと思いますが、私がとても共感したのは次の文章です。

 「個人的なことは政治的なこと」です。雇用差別やセクハラなどは個人が個人的経験を政治問題化し、改善されてきました。そのことを、頭の片隅にでも置いておいてほしいと思います。

 これは、高橋さんがある大学で講義した時に、以前書いた記事を資料として配布したところ、一人の学生から「個人的なことが書かれているだけ」と感想が寄せられたので、その学生への返信で書いたことだそうです。
政治の出発点を、国家から個人へと転換する時期に来ていると思っている私には、とても納得できる話です。

 湯島では、時々、「茶色の朝サロン」として、個人がちょっとおかしいと思うことから「政治」を考えようということをやっていますが、やはりほとんどの場合、制度や政策からの議論になりがちです。
森さんと同じだと叱られそうですが、とりわけ男性はそうです。

 企業と同じで、日本の政治の世界は「男性の文化」に覆われているような気がします。
そこを変えていく必要があると思います。
しかし、それは、女性政治家を増やすなどということでは全くありません。
政治の文化を変えるのは、そんな話ではないように思います。

 

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2021/03/10

■3月オープンサロンのご案内

3月はサロンが多くて、オープンサロンを土日に開催することができなくなってしまいました。それで3月のオープンサロンはやめようと思ったのですが、ある人から3月はいつやるのかと問い合わせがありました。
それで、毎月開催すると決めた以上、開催しようと考え直しました。
話し合いたい話題には事欠きませんし。

それでサロンの合間の平日ですが、開催することにしました。
ちなみに3月の最後の週は、週に4回のサロンです。
こうもサロンが多くなると、とても付き合い切れないと思う人が多いと思いますが、実は私もその日、湯島であるミーティングを行うついでのサロンなのです。

ですから、まあ気が向いたらお越しくださいという感じの、いつも以上に気楽なサロンですので、よろしくお願いします。
時間があるのなら、上野公園に桜を見に行ったほうがいいかなという気もするのですが、参加者が少ない時にじっくりと話したいという方がいたら、どうぞ。

〇日時:2021年3月26日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

 

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2021/03/09

■第6回益田サロン「利己と利他」報告

細菌学者の益田昭吾さんの第6回サロンのテーマは「利己と利他」でした。

ドーキンスのセルフィッシュ・ジーン(利己的遺伝子)の話から入ったのですが、いつも以上に盛んな問いかけと話し合いで、益田さんがせっかく用意してくださった話の1割しか話せなかったと嘆くほどの盛り上がりでした。
それにしてもみんなどんどん詳しくなってきていて、私のような落ちこぼれにはついていくのが精一杯で、益田さんの話の内容報告は難しくなってきています。印象的な報告しかできず、サロンの議論の面白さをお伝えできないのが残念です。

今回のキーワードは、「利己と利他」「主体性」「有用性」「一子相伝と特許制度」でした。これだけ聞いてもつながらないかもしれませんし、想像を膨らませられないかもしれませんが、たとえば、家族の中での夫の立場の特異性や名物和菓子屋さんがなくなったというような、実に具体的な生活話題にまで話は広がっていました。その一方で、益田さんからは万葉集や金銭化された社会の問題まで指摘されていました。そういえば、AIやAI社会の話も出ていました。

こうして話が思わぬ話題に広がったり細菌やウイルスの話に戻ったりして展開されるのが、益田サロンの面白さなのです。私のように、ほとんどこの世界に無知な者でも、話し合いに入れてもらえます。みなさんもぜひ一度遊びにお越しください。

私が気になったことを3つ紹介します。

テーマの「利己と利他」ですが、問題は、「己とは何か、他とは何か」ということです。これに関しての話し合いもありましたが、己と他をどう捉えるかで、利己と利他は入れ替わります。さらには、己と他が構成している「環境(社会)」の捉え方も変わります。
それは生き方にも大きな影響を与えます。
湯島サロンに対する私の一つの期待は、みんなの己がどんどん広がり、利己と利他が融合することでもあります。己の世界が広がると煩わしさは増えますが、にもかかわらず生きやすくなるように思います。

もう一つは益田さんが提起した「私物化」の問題です。
益田さんは、自分が所有する有用な遺伝子はなるべくほかで使ってほしくない、有用な遺伝子ほど増殖させたくないというのが生命界の現実ではないかと言います。本当にいいものは自分だけで独占したいというわけです。それって、適者生存という進化論とどうつながるのかという疑問も含めて、私自身まだ十分に消化できていませんが、生命界には、みんなに役立つものこそが私物化される傾向がある。それが「一子相伝」や「門外不出」、さらには特許制度に現れていくのだというのです。
ここでも「己と他をどう捉えるか」が重要になってきます。

益田さんはまた、「usefulな遺伝子が集合してuselessな主体性を産む」という話もされました。私にはますます理解困難でしたが、どこに視点を置いてusefulかどうか判断するのか、そしてそもそもusefulとは何なのか、という問題に気付かせてもらいました。この話は、益田さんはサロンでかなりきちんと話してくれましたので、私だけがあまり理解できていないのかもしれません。もう少し考えたいと思っています。

益田サロンは、話を聞けば聞くほど、知らないことが見えてくる。
知らないことをどのくらい知っているかこそが知識であると思っている私には、いつも刺激的なサロンです。

益田さんは今回も、話したかったことのほとんどが話せなかったと言っていましたので、きっとまた続きのサロンがあるでしょう。
それを楽しみにしたいと思います。

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2021/03/08

■湯島サロン「日本発〈世界共通教育〉の提唱」報告

世界中の子どもたちの義務教育の15%を、共通の内容にしていくことを目指す「日本発〈世界共通教育〉の提唱」をしている渥美さんのサロンには、10人を超える人が参加しました。実践者も多く、教育への関心の高さを感じます。
分断のために使われているともいえる現代の「教育」をパラダイムシフトすることに共感し、その教育の具体的なイメージとメソドロジーを知りたかった人が多かったように思います。なかには、「日本発」というところに関心があった人もいたようです。
「教育」、とりわけ「子どもの教育」は湯島のサロンではよく話題になるテーマです。

渥美さんは長年アメリカのビジネス界でグローバル教育に取り組んできましたが、2001年、ニューヨークで9.11の同時多発テロに遭遇。それを契機に、子どもと学校教育におけるグローバル教育の必要性に目覚め、以来、古今東西の児童文学や玩具の研究などに取り組み、世界共通教育プロジェクトを立ち上げて、最近、「世界共通教育宣言」を発表しました。

サロンでは、渥美さんのこれまでのビジネス界での活動から始まり、なぜ今、世界共通教育が必要か、その目指すところは何か、さらに世界共通教育実現にとって大切なことは何かについて説明してくれました。

渥美さんは、長年、グローバル教育の基礎ツールとして使ってきた、ご自身が制作した「文化の世界地図」を踏まえて、世界には3つの文化コード(価値体系)があり、それぞれについて学ぶとともに、それらが構成している全体世界(グローバル世界)を時空間的な展望の中でつかむこと、そしてそのうえで、自国のことと地球全体のことをバランスよく考えていくことが必要だといいます。

今回は時間がなかったせいか、子どもにそれをどう「教育」していくのかまでは話が行きませんでしたが、渥美さんが示唆したのは、例えば、ローティーンの若者が「世界目線」と言語能力を持つと正義が爆発するという例として、アンネ・フランク、セヴァン・スズキ、クレイグ・キールバーガー、マララ・ユスフザイを紹介しました。
渥美さんが、子どもの教育によって未来が変わるだろうと思ったのは、そういうローティーンの若者たちに注目しているのです。

話し合いはかなり激しいものでした。
その理由の一つは、たぶん「ビジネス」と「教育」「子ども」「生活」の世界との「言葉」や「思考」、渥美さんの用語を使えば、「コード」や「プロトコル」のずれだったような気がします。
そのため、例えば「グローバル教育」や「地球管理」「正義」という表現に違和感を持った人もいて、そういうところで議論が前に進まなかったような気がします。
また、ローティーンの若者たちが「世界目線」をもつようになれたのはなぜか、実際にどういうように子供たちの教育を実践するかなどについての議論もしたかったのですが、今回は教材の話が中心で、そこまで行けませんでした。

ちなみに、渥美さんの考えや世界共通教育の詳細は、サイトや教材が作成されだしていますので、それを見てもらえばと思います。
https://globaljinzai.jp/

湯島のサロンでもよく話題になりますが、これまでの教育はどちらかと言えば、「国民」を形成するための「教育」であり、「分断」に通ずる側面があります。そうではなく、人類全体の視野や思考力を持つ「コスモポリタン(地球市民)」を育てる「教育」へとパラダイムシフトを進めることにはいまはだれも否定はしないでしょう。
しかし現実はどうも反対の方向に向かっている。
大学におけるリベラルアーツへの関心も弱まっていますし、教育のビジネス化はますます進んでいます。

一時期、バックミンスター・フラーの宇宙船地球号をベースにした教育や文化交流が注目されたこともありますが、21世紀に入ってから再びナショナリズムや「〇〇ファースト発想」が広がり、結果的に「分断」や「対立」へと教育も向かっているような気さえします。もちろん今なお文化交流や環境教育は続いていますが。
そういう状況の中で、渥美さんの「世界共通教育」の理念には共感します。
ただ問題はその方法、さらにはそもそも「教育」とは何かという問題の問い直しです。

サロンでも「教育か訓練か」という言葉も出ましたが、そういう意味では最近広がりだしている「哲学カフェ」はまさに「教育」のパラダイム転換の一つですし、一部に批判や懸念はありますが、子どものためのSDGs教育も新しい地平を開きだしています。
明治維新以来の学校制度は根本から見直されるべき時期に来ているように思いますが、最近のコロナウイルス感染症のおかげで、学校教育も大学教育も大きく変わろうとしています。
ただ問題は、どちらに向かうのか、です。
そういう意味で、世界共通教育という理念は、しっかりと考えていく価値のあるテーマだと、改めて思いました。

ただ私の考える教育は、そもそもが世界共通であるだろう「子どものこころ」をどれだけ大事に守っていける環境をつくれるかにポイントがあるので、イバン・イリイチの「脱教育」の世界にどうしても行きがちなのですが。

できればまた「子どもの教育」あるいは「教育とは何か」のようなテーマのサロンを開催できればと思います。話題提供や問題提起をしたい方がいたらご連絡ください。

Atsumi2

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2021/03/07

■湯島サロン「下り電車に乗り換える意味」のご案内

先日の「トカイナカ構想」をテーマにしたサロンで、話題提供してくれた神山さんが、時代は今、「幸せ探しは上り電車で行く時代から下り電車に乗リ時代に変わってきた」という話をしてくれました。「上り電車から下り電車に乗り換えよう」という神山さんの呼びかけは、参加者の共感を得ていたように思います。

ただ報告にも書きましたが、「上り電車生活」と「下り電車生活」とは目指す「幸せ」の意味も違うのではないか、そうでなければせっかく乗り換えた意味がないのではないかと思うのですが、サロンでは時間の関係もあって、それに関する話し合いはあまり掘り下げられなかったような気がします。

そこで、改めて「なぜ上り電車から下り電車に乗り換えるのか」を話し合うサロンを開くことにしました。問題はこれからの「しあわせ」をどこに求め、「生き方」をどう変えるかという、湯島ではよく話題になりテーマを改めて話し合おうというサロンです。

言い換えれば、私たちはこれからどんな生き方を目指すのか、という話です。
前回参加しなかった方も気楽にご参加ください。

世間でよく語られるような「分析的・観察的な話」ではなく、思い切り個人の生活のレベルでの話にしたいと思いますので、実際の自分の生き方に重ねながら話し合えればと思います。いつもお話ししているように、一人称自動詞での、しかも生活用語での発言を中心にしていきたいと思います。
どんな話になるか、わかりませんが、よろしくお願いします。

サロンの開催日もあえて、土日ではなく平日の昼間を選びました。

〇日時:2021年3月24日(水曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「下り電車に乗り換える意味」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

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2021/03/05

■これまで読んだすべての本を読み違えていたのかもしれない

ミャンマーでの政府に対するデモの様子をテレビで見て、いつも考えてしまいます。
もし日本で同じような動きが起こったら、私は生命の危険を感じながらもデモに参加するだろうか、と。
あるいは、日本とミャンマーの政治状況とで何が違うのだろうか、と。
香港でのデモはその後、どうなったのか。
それも気になります。
もう日本のようになってしまったのだろうか。

そういうことを考えていると、コロナ感染症の話題などには興味を失います。
あるいは、緊急事態宣言とは何なのだろうかと考えてしまいます。

世界的にいま、民主主義に背を向けた動きが広がっているようです。
おかしな言い方ですが、民主主義(個人の尊厳の尊重)とは無縁なデモクラシー(大衆による統治)が広がりだしている。
その時の、デモス(大衆)とはいったいどういう存在なのか。

最近ようやく自分の楽観主義に疑問を感ずるようになりました。
オルテガの「大衆の反乱」をもう一度読み直そうと思います。
というよりも、これまで読んだすべての本をもしかしたら、読み違えていたのかもしれない。そんな気が最近してなりません。
いまさらもう読み直すことはかないませんが、見えていた世界が最近大きく崩れだしています。

だから元気が出ない。
困ったものです。

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2021/03/02

■湯島サロン「トランプ現象から見えた陰謀の世界」報告

「陰謀」という言葉のためでしょうが、中嶋さんの「陰謀論」サロン(今回は4回目)はファンと拒否者がいて、メンバーは偏りがちなのですが、今回は数名初参加がありました。2人とも陰謀とは無縁の世界の人です。たぶん。
今回は、話題提供者も中嶋さんに加えて、北川さんが参加してくれました。
ちょっと広がりが出てきたような気がします。つづけることの成果?です。

北川さんは昨年末のアメリカ大統領選挙情報に矛盾を感じ、調査研究者らしく事実を追いかけていくうちに「陰謀論」につながってしまったそうです。
今回は、陰謀論を踏まえてトランプ現象から見えてきた世界の権力構造をマクロ的に整理してくれた中嶋さんと、事実から陰謀論へと行きついた北川さんの話をお聞きしました。演繹発想と帰納発想の組み合わせです。

フリーメイソンやプロトコルなどといったおどろおどろしい陰謀論の話は出ませんでしたが、マスコミ情報で描く世界とは別の世界の存在の可能性を示唆してくれるサロンになりました。こういう時期であればこそ、「常識」に疑いを持つこと、あるいは「見方を変える」ことは大切です。もちろん陰謀論を信ずるということではありませんが。

湯島のサロン参加者の中にも陰謀論には否定的な人も少なくないですが、「与えられた情報」で世界を見ることの限界を自覚することも大切です。「陰謀」という言葉に踊らされていては世界は見えてきません。

ただ今回もあまりに情報が多かったので、それを消化するだけでも大変でしたし、話し合いの時間も十分とれなかったのが残念でした。
ずっと聞いていた初参加の人が、最後に「途中で気分が悪くなった」と口にしたのですが、こうした話に触れたことのない人にとっては「あまりに衝撃的な話」が多かったことでしょう。しかし、そう発言した人は翌日、「そんな「世界」であり「人間」なのだから、自分もその中の一人としていやでも目をむけなければなりません。目をそらさないためのサロンです」とメールをくれました。ちょっとうれしいメールでした。
サロンで紹介された話が本当かどうかはともかく、そういう話が語られていることは事実です。それを無視しては世界は見えてこないはずです。

話の内容は簡単には紹介できませんが、大きな枠組みとしては、DS(ディープステイト)とそれに抗う勢力とが、世界を牛耳ろうと争っていて、その象徴的な表れが今回のアメリカ大統領選挙に読み取れるというのです。
中嶋さんは、その両陣営を構造化し、世界の権力主体を振り分けてくれました。
そして、北川さんは、今回のアメリカ大統領選挙の気になる点を調べていくとこんなことが見えてきたということを細かに紹介してくれました。大統領選挙にまつわる不正を否定しきれないという材料もたくさん示してくれました。

中嶋さんは、今回で4回目になりますが、これまでに話したことはほぼ正しかったといいます。たしかに現象面的にはその通りです。だからと言って、陰謀論が証明されたわけではありませんが、陰謀の存在を否定することもできません。
詳しい内容は紹介できませんが、おふたりに頼めば、たぶん話してくれるでしょう。
おふたりからは気になるメッセージもありましたが、それは公表は避けましょう。私も陰謀には巻き込まれて謀殺されたくありませんので。はい。

私の感想を最後に書いておきます。
アメリカや世界を操る陰謀もさることながら日本での陰謀の展開にも関心を持ちたいと思います。そしてそれと世界の陰謀論とのつながりも気にしたい。
また、「陰謀論」モデルは、都合の悪い事実から目をそらせるための方策の一つですが、同時に都合の悪い事実を暴くための入り口の一つでもあります。陰謀論をエンタメ的な話題で終わらせることなく、その陰に隠された、私の生活にもつながってくる「隠された意図」を見つけ出したいと思いました。

ところで最後に中嶋さんは、なんと日本の古代史に言及しました。
ついに中嶋陰謀論は日本の成り立ちにまで視野を広げてしまったようです。
「日本人・ユダヤ人同祖論」とか「アレキサンダー大王は日本に来た」とか、次回の予告?のような話をしていました。
陰謀論者の狙い通りに、次回の中嶋サロンは日本古代史が話題になりそうです。
困ったものですが、まあ面白そうですね。

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2021/03/01

■節子への挽歌4937:もう3月

節子

3月になりました。
今年は例年になく時間の進む速さが速い。
なぜでしょうか。
困ったものです。

進む時間が早く感ずるのは、生活が充実していないからかもしれません。
生活が充実していても時間は早く進みますが、今年の私の場合は、そうではないでしょう。
生活はあきれるほど充実していないのです。

今日もまた何もせずに1日を終わりました。
今日やったことと言えば、コーヒーを5杯飲みなたがらパソコンに向かっていことぐらいでしょうか。
途中、本も読もうとも思ったのですが、眠くなってしまい気づいたら寝ていました。
風邪をひいたら大変なので、あわてて本はあきらめて、録画していた映画の「ペリカン文書」を見ました。この映画はもう5回ほど見ていますので、時々画面を見るだけでいいので、パソコンをやりながらでも大丈夫なのです。

最近昼間眠いのは夜あまりよく眠れないからです。
なぜか夢をよく見る。
あまりいい意味ではありません。
夢の中でもなぜか頑張っているのです。
誰かを説得している、誰かを正そうとしている。
あるいは自分がだれかに追い詰められている。
道に迷ってさまよっている。
この歳になってまだまだそんな夢しか見られないのは困ったものです。

今日の夕食はアサリの炊き込みご飯だそうです。
いい香りが漂ってきました。
お風呂も沸いたようです。

夕食前にお風呂に入って今日は早く寝ようと思います。
まあ最近はいつも早く寝ているのですが、今日はさらに早く寝ようと思います。
今日中に連絡すると言っている約束が2つありますが、明日に延ばしてもらおうと思います。まあ許してくれるでしょう。何しろ時間が早く進みすぎているのですから。

これで今日はおしまい。 

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■2月オープンサロン報告

今回のオープンサロンは、「茶色の朝」シリーズも兼ねてとご案内しましたが、なかなかそうはならず、結局は雑談的サロンから抜け出せなかったような気がします。

一応、進行役の私としては、最近の政治状況を踏まえて、話し合いのテーマを「なぜ人は嘘をつくのか」に設定して、意見をぶつけ合いたかったのですが、みんなもう、「嘘」には慣れきってしまっているのか、興味を感じてもらえなかったような気もします。

私は、たとえば山田広報官事件に関しての国会での質疑のやり取りを見ていて、みんな山田さんが「嘘」をついているのを知った上での茶番というか、演技をしているとしか思えないですし、山田さん自身は逆に「嘘」をつきとおすことが仕事だと思っているのではないかと思うのですが、もしそうなら、現代において「嘘」とはいったい何なのかを話し合いたいと思っていたのですが、なかなか話し合いに乗ってくれる人がいません。
もうみんな「茶色の社会」になじんでしまったのでしょうか。

「嘘」と「真実」の境は必ずしも明確ではありません。
トランプ支持者にとっての嘘は、バイデン支持者にとっての真実であり、その逆もまたそうでしょう。
あるいは、真実を言わないような「言わない嘘」もあるでしょうし、逆に、言葉にはしない「言わない真実」もある。

同じ「事実」に触れても、全く真反対に解釈する人がいますが、そういう場合、お互いに相手の発言が「嘘」だと思うこともあるでしょう。そこから理解し合いながらの話し合いがはじまれば、新しい事実にたどり着けるかもしれません。

私は、意図的にはあまり嘘はつきませんが、他者から見れば嘘をついている場合も少なくないでしょう。それを指摘され、受容できれば、私の世界は広くなりますが、自分の意見に固執すれば、世界は狭くなるでしょう。

そんな話し合いをしながら今の政治を考えたかったのですが、見事に不発に終わりました。
「政治と嘘」のテーマは、面白いテーマなのですが。

意見をぶつけ合う話し合いは不発でしたが、代わりに「企業の広報」問題でちょっと熱い話し合いになってしまいました。知識のぶつけ合いなので、意見の話し合いではありませんでしたが。
しかも熱くなったのは3人だけで(私も当事者になってしまいました)、他の人は退屈だったでしょう。進行役としては大いに反省しています。まあ時々やってしまう失敗ですが、サロンのホストとしては失格ですね。困ったものです。すいません。

そんなわけで、茶色の朝サロンはなかなか難しいです。
来月こそは成功させたいと思います。

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■湯島サロン「新しいノウフク(農福連携)のカタチ」のご案内

「農」も「福祉」も実践しながら農福連携のあり方を実践的に研究している熊本の宮田喜代志さん(熊本地域協働システム研究所相談役)のサロンを今年も開催できることになりました。

宮田さんには毎年、1~2回のサロンをやってもらっていますが、そのおかげで宮田さんの活動を通して、日本における農福連携の動きを実感させてもらっています。
その先にはこれからの日本社会のあるべき姿のようなものも垣間見えてくるのが、宮田さんの活動の魅力です。

今回は、「新しいノウフクのカタチ」ということで、地域に広がるノウフク連携を通して、市民協働の可能性を宮田さん風に報告してもらおうと思います。
宮田さんのことですから、具体的なさまざまな実践や具体的な動きを紹介してくれるでしょうが、宮田さんによれば、その底流にあるのは、やはり「小さいことはいいことだ!」のようです。
1980年代に言葉だけ流行ったこの言葉(スモール イズ ビューティフル!)も、改めて宮田さんからお聞きすると安心します。何しろ宮田さんは、現場に立脚した実践者であり研究者だからです。

「新しいノウフクのカタチ」は、これからの生活コミュニティに重なっています。生活を支えるのは、福祉と食と農だからです。昨今の経済成長の世界とはまったく別の経済がそこにあるように思います。
コロナが突き付けた問題も踏まえながら、これからの生き方をちょっと考えてみるサロンになればと思っています。

〇日時:2021年3月21日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「新しいノウフク(農福連携)のカタチ」
〇話題提供者:宮田喜代志さん(熊本地域協働システム研究所相談役)
〇会費:500
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

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