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2021/03/20

■節子への挽歌4953:地下鉄サロン事件から26年目

節子

今日は地下鉄サロン事件から26年目です。
事件の時にわが家はトルコに家族で旅行中でした。
アンカラからカッパドキアに向かうバスの中で、この事件を知りました。

そのおかげでわが家は誰も事件には巻き込まれていないのですが、別の意味でこの事件は深く記憶に残りました。
バスのガイドさんがこのニュースをみんなに伝えてくれました。
たしか毒ガスがまかれたというのが第一報でした。
乗客からもしかしてサリン?という声が上がりました。
まさかとは思いながらも、起こるべくして起こった事件のような気もします。
そのニュースを聞いて、日本は一変してしまったなと思いました。
サリンを公共鉄道にばらまくことができるのだということを日本人は気づいてしまったのです。

しかし本当に驚愕したのは帰国してからです。
思っていた以上に生々しい被害の多さに改めて驚愕しました。
日本は変質していくという思いを改めて確信しました。
人間には超えてはならない一線がありますが、一度超えてしまえば、それは日常に組み込まれてしまいます。
そして以来思っていた通りに日本の社会は次々といろんな一線を越えだした気がします。

そして私の生き方もまた変わりだしました。
その途中で、しかし、節子ががんの宣告を受けてしまったのは、思ってもいなかったことです。
別の意味で私の人生は一変しました。
人生はなかなか思うようには進みません。

トルコのカッパドキアは不思議な景観で、太古の核戦争の廃墟だなどと言われて紹介されたこともあるところです。
まさにこの世とは思えない景観でした。
その印象も含めて、サリン事件は私には忘れられない衝撃でした。

あれから26年。
よくまあ私は行きつづけられたものだと改めて思います。

 

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