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2021/04/12

■節子への挽歌4975:私の「自分」には節子が入っています

節子

昨日は湯島で、病原菌を切り口に「自分とは何か」を話し合うサロンを行いました。
その報告は時評編に書きましたが、とても示唆に富むサロンになりました。
いろいろと考えることが多かったです。
さすがにサロンでは話しませんでしたが、この問題を考える際の私の関心は、節子と私は一体として私なのではないか、ということです。

サロンでは、自分をできるだけ広く拡大していくと、世界で起こっているあらゆる問題は自分とは無縁ではないと思うようになるというようなことは話しましたが、最近の私にとっての「自分」はかなり広がっています。
とりわけ節子はかなり私と一体になっている気がします。
ですから実際にいま一緒に生きているかどうかは、あまり本質的な問題ではないような気もします。

まあそれはともかく、自分をどう捉えるかは実に面白い問題です。
私は節子と結婚する時に、一応それまでの人生をできるだけ白紙にしようと思いました。
当時はまだまだとんがっていて結婚を契機に新しい人生を生きようと思い、それまで毎日書いていた日記をすべて廃棄し、住所録さえ廃棄してしまいました。
いまから思えば実にばかげた若気の至りとしか言いようがありません。
まあ当時はそんな生き方をしていたのです。
ですから私の第2の人世は、節子とともに始まったのです。

しかし、いつの間にかまた節子と会う前の友人たちとの交流も復活しました。
それは当然と言えば当然ですが、同時に節子の友人知人との世界ともつながりだしました。
しかし、それはある意味で、節子と一緒に自分(たち)の世界を育ててきたと言えるかもしれません。

それは単に人のつながりという意味ではありません。
価値観や生き方という意味です。
ですから今の私は、私だけで育てて来たのではありません。
半分は節子が創ってきているのです。

最近なぜか改めてそういう実感が強くなってきています。
現世との別れが近づいてきているわけでもないでしょう。
なぜなのか。
でも節子に限らず死別した友人たちが、突然心に現れてくることがあるのです。
もう少ししたら、きっと私の「自分」も、形を失ってみんなと一体になるのでしょう。

今日はちょっと変なことを書いてしまいました。
でもまあご心配なく。
先週の心身不調の状況から抜け出し、気持ちがまた前向きになってきています。

もう春ですから。

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