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2021/06/16

■節子への挽歌5050:ワクチン

節子

ワクチン接種が進んでいるようで、急にまた会食の呼びかけなどが増えてきました。
そいう風潮にはあきれるしかありませんが、しかしそういう現実を拒否するわけにもいきません。
なかにはあまり会いたくない人からのお誘いもあるのですが、誘いを断るのはあまり気持ちのいいものではありません。
できることなら縁を切りたい人からの誘いでも、私には断る勇気がありません。
憂鬱ではありますが、まあそうはいってもあってしまえば、それなりに楽しく過ごしてしまうことも多く、それがまた自己権をを引き起こします。
困ったものです。

湯島のサロンをお願いしていた友人からは、全員、ワクチン接種している条件でサロンをやってもいいという連絡が来ました。
肝心の私がワクチンを接種することはないでしょうから、このサロンもまた開催されることはないでしょう。
残念と言えば残念ですが、仕方ありません。

新型コロナにおびえるかと思えば、ワクチンには絶対の信頼を与えてしまう。
そういう生き方は私にはできません。
しかし、いまや社会はそうなってしまった。
チョムスキーやフレイルが言っているように、もはや現代の先進国の住民たちはみんな家畜化教育の成果を享受することになれてしまったのでしょう。
そこまでして生きたいのかと思いますが、私もそう変わらないのかもしれません。

先日も近くの人から、もうワクチン受けましたか、と言われて、私は受けませんと言ったら、確信犯ですね、と言われました。
ワクチンを受けないことは「犯罪」になる時代になってしまっているようです。

節子なら、たぶんワクチンを接種したでしょう。
節子にも接種しないように私は説得したでしょうか、節子が同意する可能性は低い気がします。
逆に節子に説得されたら、私も接種したかもしれません。
節子に誘われたらたとえ地獄でも同行したでしょうか。
そういう生活があった頃が懐かしいです。

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