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2021/06/18

■社会の実相が見えなくなってしまった

いまも私はブログを書いていますが、日記のような内容の退屈なブログになってしまっています。
以前は「時評編」と「挽歌編」があり、社会を生きるビオス編とむき出しの自分をさらけ出すゾーエ編とに分かれていました。
挽歌編は毎日、時評編もほぼ毎日書いていました。
さまざまな分野に関してそれなりの問題提起をし、自分でも行動していました。

しかし今は時評編はサロンのお知らせと自分の生き方の反省くらいで、週に1~2回くらいしか書き込めなくなりました。
社会に対する関心が弱まったのも一因ですが、そればかりではありません。
社会が見えにくくなってきているのです。
新聞やテレビから見えてくる社会は、どうも実体がつかみにくい。
ネットから見えてくる社会は私の見たい世界でしかありません。
いずれからも社会の実相は直接的には見えてこない。
社会の実相が見えなくなれば、時評編は書けなくなります。
頭は反応しても、心身が動かないからです。

かつてはそれなりに行動していましたから、行く先々で実感できた実相もありました。
しかし最近は出歩く範囲は狭くなり、出会う人も限られてきました。
社会は遠くなってしまった。

そんなわけで時評編が書けなくなっています。
しかし、これは私の言い訳でしかありません。
見ようと思えば実相は見えてくる。
以前の自分に戻ろうと思います。

ブログの時評編を再開することにしました。
とても難しいとは思いますが。

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