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2021/06/15

■節子への挽歌5049:着るものはできるだけ少なく、食べる物もできるだけ少なく

節子

関東も昨日梅雨入りで、今日は雨の予想だったのですが、今朝は晴れました。
やわらかな朝です。

しかし、昨日も雨だったので、畑作業はいつも以上に泥だらけになるのでやめました。
特に作業衣もないので、次々とズボンが汚れて、ただでさえ少ないズボンがますます少なくなってしまいます。
作業衣と外出着は分けろとユカは言いますので、できるだけそうしていますが、いつの間にか間違ってしまい、どれもこれもみんな汚れてしまうわけです。
困ったものです。
だからちょっと見、ホームレス状態の衣服が多くなってしまったのです。

会社時代は、普段着と外出着は分けていました。
しかし会社を辞めた後、その区分は次第になくなり、いまはどこでもユニクロのコットンパンツとTシャツです。スーツやジャケットはほとんど着なくなりましたし、靴さえ履かなくなった。
これでは緊張感がなくなるのも当然です。

一昨日のサロンに話に来てくれた友末さんは、ネクタイにスーツで来てくれました。
けじめをつけるためと言っていたような気がしますが、にもかかわらず、あまりにカジュアルに対応してしまいました。失礼だったかもしれませんが、そういうことさえ、最近は気づかなくなってしまった。このスタイルはもう直りそうもありません。

テレビで時々見るカンファレンス風景に、昔はこういうはれやかな場にも出ていたなあと思うことがあります。自らが主役になって登壇する場もありましたが、いまはもう全く縁がありません。たまにはああいう場もいいかもしれないとしばらく前までは思っていましたが、最近はそういう思いもなくなりました。
にもかかわらずネクタイはまだ2~3本残していますし、スーツまでも2~3着残っています。もう着る機会はないでしょうが、なんとなくまだ愛着はあるのです。

服装は生き方も変えていくのかもしれません。
いや、生き方が服装を変えるのかもしれません。
いずれにしろ服装は生き方につながっている。

ユカは、もう少しいい物を着たらと言いますが、そういうことは私には全く無縁です。
いい服を着ていいものを食べる。そういうことの意味が私には理解できないのです。
着るものはできるだけ少なく、食べる物もできるだけ少なく、というのが私の好きな生き方です。

昨日、少し食べすぎたのを後悔しています。

 

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