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2021/06/09

■節子への挽歌5043:先送り人生と「お迎えを待っている」感覚

節子

私自身の時間はゆっくりと進むようになったので、世間的な時間とのずれが大きくなってきました。
節子がいた頃の1日を、2~3日かけて過ごしているような気がします。
それでも何とか不都合が生じないのは、もしかしたら新型コロナのおかげで、世間的な時間の速度もゆっくりしてきたのかもしれません。
しかし時計の時間は相変わらずですので、実際にはいろいろな問題も起こるわけです。
誰かが時計の時間の進みを遅らせてくれればいいのですが。

畑もベランダ菜園も、その後、一向に進展がありません。
困ったものですが、まあ本人、つまり私がその気にならないのだから仕方ありません。
節子がいたら、督促されるかもしれませんが、いまは誰も督促してきませんし。
そんなわけで、相変わらず「先送り人生」がつづいています。
どこかで「破綻」が来るのかもしれません。

そういえば、先日、湯河原の電気料金を払っていなかったようで(振込していた銀行の残高がなくなったようです)、半年分の支払い請求書が届きました。
支払おうと電力会社に電話したら、もう契約が打ち切られていることがわかりました。
半年放置していたためでしょうか。
慌てて半年分を支払いましたが、こんなことなら早く契約を打ち切っておけばよかったと思います。
さすがにコロナの関係で、湯河原にはもうずっと行っていないのです。
どんな状況にあっているでしょうか。

不動産は、いまや負動産になったと言われていますが、まさにその通りです。
でも売却も面倒ですし、先送りのままになっています。
困ったものですが。

いくら先送りしていても、死だけはできればあまり先送りしたくありません。
「お迎えを待っている」という、昔のお年寄りたちの思いが最近少しわかるような気がしてきました。

 

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