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2021年8月

2021/08/31

■節子への挽歌5124:年寄りの冷や水

節子

今日はにこの夏休み最終日だというので、朝、どこかに行こうかと提案しました。
幸いに今日は友だちと遊ぶ予定がなかったので、提案は採用され、ジュンもユカも一緒に出かけることになりました。
ところが緊急事態宣言下では閉鎖しているところが多いのです。
結局、印西の木下万葉公園に行くことになりましたが、長い滑り台しかないよとジュンから言われましたが、まあのびのびした方がいいと思い、出かけました。
ところが、まさに長い滑り台しかないのです。

滑り口まで登るだけでも大変だったのですが、にこから競走しようと言われたので、階段を走りあがることにしました。
ところがこれがかなりハードです。
残念ながらにことの競走ではまだ私は勝ったことがないのです。
私が滑り台の入り口に着いた時には、にこは滑って降りて行ってしまっていました。

ところが、取り残された私は気分が悪くなりめまいがしてきました。
滑り台で孫を追うどころではなく、立っているのもつらい感じ。
急に動き出したのがよくなかったのです。

そこで地面に座って(倒れて)休んでいるとにこがまた登ってきました。
私も少しよくなったので滑るぞと言って、滑り台の入り口に座ったらにこが背中を押したので、突然滑り出しました。
足で速度を調整したり止まったりするのだそうですが、私は手すりで止めようとしたら手すりが熱くてつかめない。何しろまだ気持ちが悪くて思考能力が戻っていないのです。
娘たちが下から騒いでいるようですが遠くてよく聞こえません。
一挙に下まで滑り落ちてしまいました。
幸いに何とか立ち上がって、そのままベンチに座って、ユカから水をもらい、休むことにしました。
困ったものです。

その後、ボール遊びの予定でしたが、以後のプログラムはすべて不参加。
体調はなかなか戻らず、途中でにこに約束していたお店で食事をしたのですが、正常らしく振る舞うのがやっとでした。

ちなみにその公園にはほとんど人はいませんでした。
小さな兄妹がスケートボードをやっていたくらいでした。

帰宅して2階で休んでいたら、にこがやってきて、ボール遊びだと言ってきました。
80歳のおさむさんはゆっくり休んでいてねと言われました。
ゆっくり休んでいたら何とか正常に戻りました。

歳には克てません。
秋になったら相馬霊場巡りをしようと思っていましたが、無理かもしれません。
運動不足は、他人事ではありません。
明日から少し怠惰な生活を見直そうと思います。

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2021/08/30

■粗探しがはびこる時代には明日は来ない

この週末は暑さに負けずに都心に行きました。
少しいいことがありました。

電車は始発駅から乗るので、いつも座れます。
いつものように、優先席に座っていましたが、うつらうつらしているうちに混んできました。
そのうちに目が覚めたのですが、なんとなく前に立っている人のカバンをみたら1枚の缶バッチがぶら下がっていました。
そこに「おなかにあかちゃんがいます」と書いてありました。

反射的に立ち上がって席を譲ろうとしましたが、私が高齢者であるせいか、彼女は辞退しました。
でもほかの人は誰も立ち上がろうとせずに、結局、座ってくれました。
冷静になって考えたら、ちょっと反省しました。
高齢者を立たせてしまったと彼女は負担を感じたかもしれません。
しかし、私としては、高齢者でも役に立てることを実感して、疲れがちょっと消えました。

昨日は大した話ではないのですが、湯島のビルに着いたら、ちょうど自転車でビルに入ろうとする人がやってきました。
ドアが閉まっているので大変だなと、自分の体験を思い出して、彼を待ってドアを開いてやりました。
そんな小さなことなのに、その人は大きな声で2回もお礼を言ってくれました。
まあそれだけの話なのですが、私も元気をもらえました。

フェイスブックもそうですが、人の悪口によく出合います。
私も、つい書いてしまうこともあります。
でも誰かを非難したり、否定したりすることは何も始まりません。
生きているとそういうことがよくわかります。

逆に言えば、元気になるのは難しいことではありません。
誰かの小さな役に立つだけも、自分が元気になれます。
誰かのちょっとした行動をほめるだけでも元気がでます。

しかし最近はどうもみんな粗探し探しばかりする。
自分が粗探しをしているので、誰かの言葉も「粗探し」だと誤解してしまうこともあるでしょう。
粗探しがはびこる時代には、たぶん明日は来ない。

私も注意しなければいけません。

 

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2021/08/29

■節子への挽歌5123:孫との花火

孫と娘が花火をやるというので呼ばれました。

今年は手賀沼の花火大会もないので、残念です。
孫は友だちと一緒に先日も庭で花火をしていましたが、今日はユカがにこと私のためにたぶん花火大会を企画したのです。
ですからちょっと疲れ切っていたのですが、付き合わせてもらいまいた。
でも私が子供だった頃や娘が子供だった頃とは、どうも違うような気がします。
孫だけの話かもしれませんが、そんなことをちょっと感じました。

昔は庭で焚火をしたりすることもありました。
私はとても焚火が好きでした。
炎もにおいも好きでした。
でも今は自宅で焚火することなどは許されません。

わが家で焚火をしなくなった理由は、以前、住んでいたところで、よく焚火をしていたのですが、近くにお住いの人から焚火をやめてほしいと言われたのがきっかけでした。
その人の言い分はよくわかりますので、大いに反省したのですが、まさか庭での焚火が注意されるなどとは思ってもいなかったのです。
時代の変化を強く感じた事件でした。

いまのところに転居した後は、もう焚火はやめました。

焚火や花火の話に萎えると、いつも思いだすのはゾロアスター教です。
ゾロアスター教の拝火壇の遺跡に、一度、行ったことがあります。
節子と一緒にイランを観光した時です。
なんでもない廃墟なのですが、いつもはそういう廃墟にはあまり興味をもつことのない節子が興味を持っていたのを今も覚えています。
ゾロアスター教には、昔からとても興味を感じています。
すべての宗教の大本ではないかという気さえします。

毎日、朝、節子の位牌の前のろうそくに点火し、その帆脳で線香に火をつけて般若心経を唱えていますが、ろうそくの炎はとても不思議な気持ちを起こします。
決して毎日一様ではないのです。

花火の話からおかしな方向に行ってしまいました。
にこは花火を楽しんでいました。

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■菅首相に見えている「明かり」

現在進められている政府(行政)のコロナ対策は、むしろコロナ感染を拡大するために役立っているのではないかと思えてなりません。

 たとえば身近な事例ですが、私は週に1回ほど近くの図書館に行きますが、入り口で利用者把握のために用紙に記入し箱に投函して入館するようになっています。ルール違反ですが、私は最初からそれを無視していますが、そこで記入して投函するような余分な作業をすることこそが感染機会を増やすことだと思っているからです。
ちなみに、図書館では実際の書架にはほとんど行かずに、ネットで予約し、窓口で借りてくるだけです。入り口で記入などしなければ、図書館にいる時間は1分前後です。

昨日報道されていたワクチン接種のために朝から行列をつくらせ、その結果、ワクチン不足で多くの人を断っていましたが、これもまさに感染拡大に役立ったでしょう。
熱中症などのほうが心配ですし、断られた人は明日もまた来ると言っていましたが、要は外出を促進していることになります。

こういう動きは、ちょっと注意してみるとたくさんあります。
一件、感染予防のように見えて、実際には感染拡大につながりかねないことも少なくない。
私には、政府はコロナを拡大させようと思っているとしか考えられません。
だから菅首相は「明かりが見えてきた」と発言したのでしょう。
もう十分にコロナは感染拡大してきましたから。

こういう思いは、昨年の4月から続いています。
だからこそ、自分としてしっかりした感染対策をとらねばいけないと思って、実践しています。

マスクのあまりの広がりも、私は疑問視しています。
熱中症や体力低下で、免疫力を弱めた人たちがコロナに感染しやすくなるような状況をつくっていくとしか思えません。

私は、コロナであろうとなんであろうと、身心の対応力が大きく影響していると思っていますので、身心をできるだけいい状況に置いておくことこそがコロナ対策だと考えています。同時に、コロナだけしか見なくなる「視野狭窄」化には気を付けています。
身心を病むのは、コロナだけではありません。

菅首相が見ている「明かり」が何であるのか、みんな気付いてほしいと思います。

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2021/08/28

■節子への挽歌5122:時間は人間が発見したのか発明したのか

節子

半田さんが定年で大学を辞めることになり、その最後の公開連続講義に招待されていってきました。
3回シリーズですが、前回は、別件でどうしても行けなかったのです。

半田さんと知り合ったのは、彼がまだ大学院生でした。
その半田さんが、定年退職。私も歳をとったわけです。
今回は生活哲学学会と半田さんを慕う人たちで作っている水曜会の合同企画でした。
いずれも私はつながっているので、懐かしい人にも久しぶりに会いました。
一番久しぶりだったのは加藤さんでしょうか。彼によれば20年ぶりくらいだそうです。

3時間の講義はあっという間でした。
長年付き合っているのに、半田さんの知らない面も今回初めて知りました。
彼は興行師の喜びが好きなそうで、毎回の講義もまた一種の「興行」と位置付けているようです。その感覚はよくわかります。

私も会社時代は、イベント・マネジメントなどという言葉に注目し、いくつかのイベントを企画しました。
東レ時代には、創立60周年のイベントを企画しましたが、あの時の感覚は今でも覚えています。
イベントの面白さは、自分の力を超えて、大きな渦が起きることです。
成功したイベントを企画し、プロデュースすると、自分もまた動かされていることに気づかされます。

昨日のテーマのひとつは、「自由意志と因果決定」でしたが、私が、自由意志などはほんの小さな「遊び」でしかないと思うようになったのは、そういう経験の積み重ねの結果です。
これは、今湯島のサロンで話題として続ている「汝と我」「あ・な・た」につながっているテーマでもあります。
これまたとても興味深い。

半田さんが宮城大学で企画し、プロデュースした連続講義があります。
私も参加できるときはいつも参加させてもらい、進行役を務めさせてもらいました。
その時に、ゲストで来た大澤真幸さんの印象がつよかったのですが、いま、大澤さんが書いた「〈世界史〉の哲学」という7冊のシリーズの書籍に、いまはまっています。
「近代西洋とは何か」がテーマですが、何しろ大部の本7冊で、まだ5冊しか読み終えていませんが、半田さんの連続講義のことを思い出しながら、読んでいます。そんな時に半田さんの講義を久しぶりに聴くのも何か因縁を感じます。

今日のもう一つのテーマは「心空観」です。
これは昨年も半田さんからお聞きしていますが、それにつなげて、半田さんは今回の講義の最後に、次の問いかけをしました。
「時間は人間が発見したのか発明したのか」
この問いかけで、講義は終わったのですが、これこそ「大学の講義」にふさわしい終わり方だと思いました。

半田さんとはまた会って話すことになるでしょう。
会場はいつものお茶の水女子大学ですが、コロナのせいもあって、閑散としていました。

ちなみに半田さんはマスクを絶対にしません。
これまた半田さんらしいです。
節子の見舞いに来てくれた半田さんは、まったく変わっていないのです。

 

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■節子への挽歌5121:人に会わないとやはりよくありません

節子

サロンに時々参加してくれていた友人が、統合失調症で入院したと聞いて驚きました。
その話を聞いた少し前に、湯島のサロンにも参加してくれていて、その時には仕事も見つかり元気そうだったのです。

最近、外出自粛の風潮の中で、人と会う機会が激減し、精神的に不調を来している人は少なくありません。
私自身もときに少し不調になります。
昨日の挽歌に書いた人の「人に会う機会がないとやはり気が滅入ります」という言葉にはとても共感できます。

入院と聞いた後、その人にメールしましたが、電話はもちろん、メールも禁止されていたようです。
閉鎖空間に引き込まれるとなかなか抜け出せなくなるのではないかと心配していましたが、昨日、その人から「退院した」とメールが来ました。
ホッとしました。

私自身は、かなり常識を逸脱した生き方をしていますので、時代が時代であれば、強制入院させられてもおかしくないかもしれません。
まああまり他者には迷惑はかけていないのですが、家族にはかなり迷惑をかけているのかもしれません。
節子はもう諦めていましたが、娘からはかなり厳しく注意されています。
幸いにまだ娘たちからは見捨てられてはいませんが。

人の多様性は、どんどん狭められてきている気がします。
個性的な人はますます生きにくくなっている。
それで無理やり世間の「常識」に合わせようとする。
その結果、時に引きこもるようになったり、入院したりしてしまう。
そして、世間は実に退屈になってしまう。

それでも自分たちの世界が確保できる人はいい。
自分だけの世界だと、やはりどこかで破綻しかねない。
私もかなり危うい状況なのかもしれません。

辛うじて大丈夫なのは、なぜでしょうか。
湯島のサロンのおかげかもしれません。

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2021/08/27

■昨日のオープンサロンはとてもうれしいサロンになりました

昨日は湯島のオープンサロンでした。テーマは設定しませんでしたが、「何か困っていることがあれば、気楽に相談してください」と案内には書きました。
しかし、まあいつものことですが、そう書いたことも忘れていました。
それを思い出したのは、この報告を書き出すために、案内を読み直したからです。
無責任だと怒られそうですが、湯島はもともとそういう場所として30年以上、つづけていますので、私には特に記憶として残っていなかったのです。

参加者は4人でしたが、今考えたら、みんなそれぞれに相談事があったような気もしますし、それに何となく答えたようにも思います。もちろん答えたのは私だけではありません。何となくみんなで話し合いながら応えていたような気もします。

最初に来た人は、会ったことがあるようなないような人でした。マスクをしているので最近はすぐには判別できないことがあるのです。
それに湯島のサロンには、時に私の知らない人も来ることはありますし、参加者のお名前も無理やり訊くようなこともありません。
その人は、一度、仲間たちと一緒に来てくれたことがあるとの話でした。

その人も含めて、今回の参加者は4人でした。
このくらいだとゆっくりと話せます。
私自身にとっても、とても気持ちのいいサロンでした。

今日、最初に来てくれた人からメールが届きました。
こう書いてありました。

緊張事態宣言中にも、サロンを開催して下さりありがとうございます。
ひきこもりとはいえ、人に会う機会がないとやはり気が滅入りますから。

お名前も書かれていました。
こういう人が、気楽に来てくれて、違和感なく溶け込めるような場に、もっともっとしていきたいと思います。

昨日参加してくださったみなさんには、とても感謝しています。

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■節子への挽歌5120:新しい友だちができました

節子

昨日のオープンサロンに思ってもいなかった人が来てくれました。
昨年、一度、仲間たちと一緒に来てくれた人ですが、今回は一人で来てくれました。
自称、引きこもりの若者です。

引きこもりと言っても、まったく外出しないわけではなく、安心できる場所があれば、出ていきたいのです。そういう場がないだけの話です。
最初は2人だけでしたの、彼もいろいろと話してくれました。
次にやってきたのが、これも3回目の人ですが、まさかオープンサロンに来てくれるとは思ってもいませんでした。
2人は初対面で、相手がどういう人か知りません。
そうなると話はむしろスムーズに進みます。

3人目と4人目は、私のことをよく知っている人です。
サロンには時々しか来ませんが、サロンの趣旨をよく理解してくれている人です。
とてもいいサロンでした。

こういうサロンにしていきたいのですが、なかなか難しい。

帰り際に最初に来た自称引きこもりの若者と少し話しました。
いつか彼に話をしてもらうサロンをお願いしたいと改めて思いました。
今日、その彼からメールが来ました。
そこにこう書いてありました。

緊張事態宣言中にも、サロンを開催して下さりありがとうございます。
ひきこもりとはいえ、人に会う機会がないとやはり気が滅入りますから。

やはりサロンは続けていてよかったと思います。
その人の名前も今日、初めて知りました。
彼も私を友人に加えてくれるでしょう。

いい1日でした。

 

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■政治の蘇生への期待

ようやく日本(の政治)が変わりそうで、ちょっと希望を感じています。
間もなく政権交代が実現すると思えるようになったのです。

死者たちがようやく動き出した、という感じです。うまくいけば、政治を止めていた死者たちは追い出されていくかもしれない、という期待さえ持ってしまう。
私にとっては、死んでいた政治がようやくまた生き返りそうだと思えます。

少なくとも菅政権は終了し、首相は変わるでしょう。
だれが首相になっても自民党政権では何も変わらないという人もいますが、リーダーが変われば組織は必ず変化します。しかもこういう時期であればこそ、リーダーがだれかは大切です。一日も早く変えないと危機はますます深刻化するでしょう。
非常事態宣言下ではリーダーは変えるべきではないというのは、まったく反対で、非常事態に対する一番の対策はリーダーを変えることだと私は思います。
実際に各地のコロナ対策に関して、私たちはそういう事例はたくさん見てきたはずです。
首相を変えたら、日本のコロナ感染対策は一変新状況も一変するでしょう。

自民党総裁が岸田さんに代わっても、政権交代は起こるでしょう。
私としては、山本太郎さんか、共産党の誰かが首相になれば、日本は生き返っていくと思いますが、そこまでは期待できない。
現在の「野党連合政権」ができても、事態はそう変わらないでしょう。いまの「野党」は自民党の寄生的な存在でしかないからです。

でも少なくとも私たち生活者の声がもう少し伝わる政権が生まれるでしょう。
私が考える「政権交代」とは、そういう意味です。
ちなみに私は、別に岸田さんの「ノート」に期待しているわけではありません。
しかし、岸田さんが呼び掛けた姿勢は、いまの自民党の政治家も感じているはずです。

死んでいた政治がようやく動き出そうとしている。
そういう思いが持てるようになった。
自らの国の首相を信頼できないということの不幸以上の不幸はありません。
政策の違いなどは許容できますが、信頼できない人の顔を毎日テレビで見せられるのは実に辛いのです。
その状況から、ようやく抜け出せそうです。

もっとも、この希望は私の勘違いかもしれません。
これまで政治に期待しての私の予想はほとんど当たっていませんから。
でも、いまよりひどくなることはないでしょう。
そう思わないと、私自身も死んでしまいそうですから、そう思うしかないのです。

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■湯島サロン「世界に広がる〝陰謀論”から見えてくること」報告

半年ぶりの「陰謀論」サロンだったためか、あるいはみんなの意識が変わったのか、今回の陰謀論サロンは前回に比べて参加者が倍増しました。

少し意識して、いろんな動き(情報)のつながりを考えていくと、矛盾したおかしなことが少ないことに気づきます。たとえば、オリンピックを開催しながら外出自粛を呼び掛ける。とんでもない大統領だという報道があるのに、米国ではトランプへの根強い支持者が少なくない。私の場合、ワクチン接種を進めたいと言いながら、どうしてワクチンを注射する「痛そうな」映像を毎日のようにテレビで流すのかも、理解できません。

そういう、ちょっとした「おかしいこと」から、「隠された意図」や「真実」が見えてくることがある。小さな事実のピースをていねいに拾い、つなげていくと大きな物語が見えてくる、ことがある。
これが、私が「陰謀論」に関心を持っている理由です。
陰謀論は、そうした大きな構図を考える一つの補助線になるからです。具体的な固有名詞による「陽動作戦」(それこそが「陰謀」?)には注意しないといけませんが。

サロンは、前回と同じく、北川さんと中嶋さんから、事実紹介とそれをどう読むかの仮説の紹介をしてもらいました。

北川さんは、最近のアフガンの話と新型コロナウイルスの話をとりあげて、いろんな事実を話してくれました。ボーっと聞いていると聞き過ごしますが、よく聞くとおかしなことや矛盾に気がつきます。そうした違和感を解いていくと、そこに何か隠された意図や利害関係が見えてくる。北川さんは、「陰謀」などと言わなくても、小さな事実から見えてくる事実の意味を自分で考えることが大切だと考えているので、そうした考える材料をたくさん紹介してくれました。

中嶋さんは、そうした事実を大きく読み解くための仮説や推測できる「意図」の存在について、話してくれました。これも、あくまでも一つの「仮説」として、です。
ちなみに、コロナ騒ぎが始まってすぐの昨年、中嶋さんが湯島のサロンで数回話してくれた「仮説」は、その後、裏付ける事実が次々と出てきていますが、では「誰が」「何のために」ということになると、確証は得られません。得られないために、逆に様々な憶測を呼び、DS(ディープステート)論が広がった。もちろんDSが表面に出てきたということは、さらにその奥にもっと深い存在が隠れているということでもあるのですが。

陰謀論の黒幕は誰かこそ、陰謀論の要ですが、この点に突っ込んでいくと、いささか「トンデモ陰謀論」になりがちで、今回も、最後はなんと「アトランティスの末裔」の話にまで行きました。前回はアレキサンダー大王が出てきましたが、まあ、これは中嶋さんのサービス精神であると同時に、陰謀論に過剰にはまり込まないようにという、中嶋さんの配慮かもしれません。大切なのは、事実を柔軟に考えるという姿勢ですが、陰謀論にはまりすぎると逆に思考が呪縛される恐れがあるからです。
しかし、主役は誰であれ、表面的に見える事件の奥には、見えにくい意図や仕掛けがあることは否定できません。

テレビでも報道されたことがありますが、2014年にウクライナで起きたマレーシア航空機撃墜事件の裏にあった「陰謀」を、誰もがアクセスできるオープンソースの情報のていねいな収集と分析によって暴いた「ベリングキャット」の活動もあります。陰謀などあるはずもないと、与えられた情報をうのみにしていると、いつの間にか世界はフェイクニュースで覆われてしまうかもしれません。

陰謀論こそがフェイクニュースだという見方もできますが、案内にも書いたように、「陰謀論」は「陰謀」を隠すための「陰謀」であると同時に「陰謀」に気づかせるための「陰謀」でもあるのです。
「陰謀論」を頭から拒否するのではなく、そこに含意されたさまざまなメッセージの絡み合いを読み解きながら、世界を捉える「仮説」を構築することで、世界が見えやすくなるかもしれません。

アトランティスまで登場すると「トンデモ陰謀」と一蹴される方もいるかもしれませんが、そうした見方からも学ぶことはあるはずです。世界の動きへの感度を高めるためにも、これからも湯島では陰謀論サロンを継続したいと思います。

ちなみに、参加者の関心事は、コロナだけではありません。
今回も、9.11や日本航空123便墜落事故も話題になりました。
いずれもさまざまな憶測が飛び交っている事件です。

どなたか話題提供してもいいという人がいたらご連絡ください。
サロンを企画させてもらいます。

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2021/08/26

■第16回万葉集サロン「万葉集と詞の嫗たち」報告

16回の万葉集サロンは、石川女郎と大伴坂上郎女が主役でした。

はじめに、升田さんは石川女郎と大伴坂上郎女の家系図を示し、大伴家持の義母や叔母にあたる大伴坂上郎女や石川女郎が「万葉集」の編纂に大きな影響を与えたのではないかと話してくれました。

これまで石川女郞や大伴坂上郎女をたくさんの歌を残した女性歌人としか捉えていなかった私にとっては、万葉集のイメージそのものを変えてしまうような話でした。
今頃なにを言っているのと叱られそうですが。

今回、升田さんが最初に読んでくれたのは、前回も読んだ、石川女郎と大伴田主の歌のやりとりです。石川女郎からの歌に田主が応えるところまでは前回紹介してくれましたが、田主の歌にさらに石川女郎が応えているのです。
この歌のやりとりは、「石川女郎の勝ち」と升田さんは言います。たしかに、生き生きしているのは石川女郎のほうです。こうした歌のやりとりを通して、意識が育っていくのを感じると升田さんは言います。

歌のやりとりは、みんなが共有している記憶言語(序詞)が生み出す信頼関係の上で行われます。みんなの思いを「みんなの言葉」で声にしていることも多かったでしょう。それは自分の言葉なのか、みんなの言葉なのか、はっきりとは分けられない。そういう思いを分け合って生きている世界の中で、女の挑発的な歌のやりとりが個人の「意識」を育てていく、これは「個」の発達を促すものでもある、と升田さんは言うのです。

歌が、古代の「わ」や「な」の覚醒を果たしてゆく上での女の力は大きかった。それが贈答歌から読み取れる。たしかに、石川女郎と大伴田主のやりとりを読むと、そんな気がしてきます。

升田さんは、このやりとりの歌を読んだ後に、常陸国風土記の出てくる有名な「富士筑波伝説」を紹介しました。歌垣の由来譚にもなっている話ですが、当時の歌の応酬には、そういうことまでが共有されていたと考えると、歌の解釈の世界はずっと広がるでしょう。しかも、男と女の世界は微妙に違っていたかもしれません。その違いが、歌の応酬に読み取れる。男と女の対応の仕方にも違いが出るのかもしれません。

長年、万葉の歌を読んできた升田さんは、時代を動かす力を内に持つ女たちの存在を感じとってきているのかもしれません。そういう視点から見ると、男たちを主役にしているのとは違った歴史が見えてくる。そこに万葉集の面白さがあるのかもしれません。

これは後で聞いて知ったのですが、万葉集の作者不明歌群の半数以上が女の歌だそうです。女たちのほうが、歌を楽しみ、歌でつながっていた。そして男たちを手玉に取っていた、かもしれない。
当意即妙に言葉を操る女たちが、恋の主導権を持っていたとしたら、社会もまた女たちによって動かされていた。そういう、生き生きした社会の実相が、万葉集から見えてくるのかもしれません。

しかし、男の私にはひっかかることがあります。
今回の主役の石川女郎と大伴坂上郎女の個人名が残されていないことです。

「郎女」「女郎」はいずれも「いらつめ」と読み、「貴人の娘」というような意味だと思いますが、大伴坂上郎女は大伴坂上氏の娘、石川郎女は蘇我石川氏の娘ということで、個人名ではありません。当時は、実際の名前で呼ぶことは特別の関係を示唆しましたから、女は「個人名」で呼ばないのが基本だったかもしれません。もちろん、歌われた当時は、それがだれかはみんなわかっていたのでしょう。
ただもし女性の方が「わ」と「な」の覚醒を先導したのであれば、「なまえ」はどう考えればいいかというのは興味ある問題です。

今回、歌そのものは石川女郎の歌をたくさん紹介してくれましたが、石川女郎は万葉集に採用されている歌が多いだけではなく、活躍している時間も長いので、ひとりの女性ではないのではないかとも言われています。
これも興味ある話です。

次回はどこに行くでしょうか。
「山柿の門」といわれて柿本人麻呂や山部赤人が万葉歌人の範とされますが、もう少し「女たちの万葉集」と女性歌人の「意識」を知りたくなりました。

Manyou16

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2021/08/25

■節子への挽歌5119:記憶のあやうさ

節子

今日も、しかし、怠惰から抜け出せませんでした。
それは仕方がないとして、問題は最近どうも、記憶があやうくなってきていることです。

友人がフランクルを読み直していると連絡してきました。
そこで以前録画したテレビ「こころの時代」の山田邦夫さんのDVDを送ると約束しました。ところが、そのDVDを探したのですが、見当たらないのです。
録画したDVDはリストにしているのですが、いくら探しても出てこない。
その番組は2~3回観ましたし、ダビングして何人かにもあげた記憶があるのに、リストにでてこない。唖然としました。
出だしのシーンまで覚えているのですが。

実はこういうことが時々起こるのです。

一昨日、万葉集サロンで話題になった石川郎女のことを詳しく書いた本があるはずだと思って探しました。ところが出てこない。万葉集関係の本は10冊ほど出てきたのですが、思っていた本は出てこない。今日になって、気がついたのですが、思い込んでいた本ではなくて、別の本であることに気づき、その本を開いたら、石川郎女ではなく大伴坂上郎女でした。書いてある内容も記憶していたのと全く違いました。

記憶は勝手に過去を変えてしまう。
そういうことがよく起こるのです。

映画でも同じようなことがありました。
「帽子を変える男は信頼できない」と子どもが言うシーンがずっと頭に残っていました。
その映画が何だったか思い出せなかったのですが、たしか、帽子を変える男はグレゴリー・ペックだとは覚えていました。
たぶんこの映画だったという記憶はあったのですが、その映画がテレビで放映されたので見たのですが、その場面は出てこない。
ところが全く違う映画を観ていたら、そのシーンが出てきたのです。
ここでも記憶は書き換えられていたのです。

こんな感じで、記憶が最近はあまり信じられません。
困ったものです。

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■節子への挽歌5118:また怠惰の魅惑に捕らえられていました

節子

また1週間ほど、ご無沙汰してしまいました。
急に挽歌が書けなくなる、というよりも、ブログを書く気がなくなるのです。
3日ほど書かないと、なぜか書かなくなる。
忙しいわけではないのですが、何かを書く気が起きなくなるのです。
困ったものです。

この週末の土曜日曜は湯島でサロンでした。
それだけではなく我孫子での集まりもありました。
最近は、人と会うと疲れるのかもしれません。
しかしブログや挽歌を書かないと私の体調が悪いというメッセージにもなりかねません。
だから書かないといけないという思いはあるのですが。

コロナ騒ぎで私の生活スタイルもどうしても変わってきています。
在宅時間がやはり増えています。
そうなるとどんどん行動的でなくなってくるような気がします。
それが挽歌を書かないことと関係があるかもしれません。
体調管理のためにも挽歌を書こうとは思っているのですが。

畑にもいかなくなりました。
雨が多かったので行けなかったこともありますが、その気になれば、いくらでも行けます。
現に、今朝だって行こうと思えば行けますが、行く気が起きない。
人は限りなく怠惰になれると以前書いたことがありますが、怠惰の究極は生をやめることでしょう。
人はみんな死に向かって生きているというのは、そういう意味でも納得できます。
死は完璧な生かもしれません。

まあこんなことを書いたらまた誤解されそうですが、挽歌を書いていな期間は、むしろそういうことを考えている期間かもしれません。

最近どうも体調がすっきりしない。
ワクチンもうたずに、湯島でサロンをつづけていますので、逆に絶対にコロナには感染したくないと思っていますが、その思いのせいで、最近体調がよくないのかもしれません。いわゆる「自己暗示」にかかっている気もします。
もっといえば、私のどこかにある「破滅願望」がうずきだしているのかもしれません。
注意しないといけません。

安直な怠惰から抜け出して、また挽歌を書きだそうと思います。
挽歌を書くのは、私には健康対策効果がありますので。

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2021/08/19

■湯島サロン「教えるより学びませんか」報告

今回のサロンは、いささか私の思い込みが強すぎて、呼びかけの主旨があいまいでした。
そのため、テーマに違和感を持ちながらの参加者も多く、議論も混乱したような気がします。しかし、そのおかげで、私自身にはとてもたくさんの示唆をいただけるサロンになりました。ありがとうございました。

最初に、このサロンのきっかけになったメーリングリストでのやりとりに関する感想や今回のテーマへの意見を参加者がそれぞれ話すことからサロンは始まりました。
そこで、少なくとも2人の方から、「教えるより学びませんか」という呼びかけへの違和感が提出されました。また、「教える」と「学ぶ」とはコインの表裏ではないか、とか、教えられるようになって初めて一人前、教えられるようになることを目指して学ぶというような話も出ました。「教えることの楽しさ」の話も出ました。
いずれも私にはとても学ぶことの多い指摘でした。

お話を聞いていて、要するに「教える」とか「学ぶ」とかいう言葉の内容をもっとしっかりと定義し、その対象を分けて考えないと議論は混乱することに気づかされました。今回のテーマはあまりに粗雑すぎました。しかし、我田引水的ですが、粗雑すぎるテーマの効用もあるかもしれません。

報告したいことがたくさんありますが、思い切り絞って報告します。

まず、教えるにしろ学ぶにしろ、当事者の関係性はどうなのかという話が出ました。いわゆる目線の問題です。「教えることの傲慢さ」と「学ぶことの謙虚さ」と言ってもいいかもしれません。「教えることの楽しさ」はよくわかりますが、「教えられる者」のことも考えなければいけません。少なくとも、2つの視点を持った関係が大切です。

知識は教えられても知恵は学ばないといけないのではないかという話もありました。知識を活かしていくのが知恵だとしたら、教えることと学ぶことは役割分担しあっていて、双方あって初めて完結する。しかし、知識偏重、知恵偏重というように、そのセットがいまは少しおかしくなっているのかもしれません。

それに関連して、反知性主義の話題も少し出ました。
さらに、知性とは何なのかもほんのちょっとだけ話題になりかけました。

学ぶとは真似ることから始まるという、よく言われる話題も出ましたが、これは日本語特有の語呂合わせでしかないという意見も出ました。
しかし、教えるにしても学ぶにしても、「守破離」という言葉があるように、「模倣」は重要なことです。ここにとても大切なヒントがあるようにも思います。

ちなみに、いま世界は「模倣の時代」に入り、いままたその模倣の対象が変わりだしたと言われています。1989年の冷戦終了とともに、「歴史の終わり」とさえ言われたように自由主義的な資本主義モデルがすべての国家(東欧もソ連も中国も)によって模倣される対象になりました。学ぶモデルや教えるモデルが一つになると、モデル自体は「改良」が止まり、むしろ問題が次々と露呈しだします。そのため、いまは反自由主義・反民主主義の動きが強まり、これまでとは真反対のモデルの模倣もはじまっているとも言われています。こうした国際政治状況は、生活にもつながっています。学ぶモデルや教えるモデルを設定することは思考停止につながりかねない。最近の新型コロナウイルス騒ぎにも同じ構造を感じます。

話が少しとんでしまいましたが、そう考えていくと、どうも「教える」と「学ぶ」とは違う、第3の何かがあるような気がしてきました。
たとえば、「創る」とか「抜け出る」です。少なくとも、「自分で考える」ことを取り戻さないといけないような気がします。「教える」にしろ「学ぶ」にしろ、要は「考える」ための基礎でしかありません。

サロンでは、直接話題にはなりませんでしたが、「教えることの利他性」と「学ぶことの利己性」にも気づかせてもらいました。私は、教えるよりも学びませんか、と呼びかけましたが、学びは人との関係や自然との関係を育てないかもしれないという気が、少しだけしてきました。

また長くなりそうなのでこのあたりでやめますが、考え出すときりがないほど大きなテーマであることに改めて気づかされました。
できればシリーズ型の「(知識に呪縛されない)知のサロン」を時々呼びかけさせてもらえればと思います。
だれか発題者になってくれる方がいたら、ご連絡ください。

参加してくださったみなさん、ありがとうございました。

Manabisalon

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■湯島サロン「ムーンショット計画をどう受け止めるか」のご案内

山森さんの第5回サロンでは、「トランスヒューマニズム」(新しい科学技術を用い、人間の身体と認知能力を進化させ、人間の状況を前例の無い形で向上させようという思想)をテーマに話題提供していただきましたが、そのサロンに参加した嶋内さんと清水さんが新型コロナ騒ぎをきっかけに、ちょっと気になることを調べだしたら政府の「スマートシティ構想」や「ムーンショット計画」に行き着き、この計画を見て国家のあり方をトランスヒューマニズム的に変えていこうとする流れについて衝撃を受けたとの話をしてくれました。

そこで、今回は、山森さんが「ムーンショット計画をどう受け止めるか」というテーマで話題提供してくれることとなりました。
ムーンショット計画については、内閣府のホームページに掲載されている以下のリンク先をご覧ください。
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/gaiyo.pdf?fbclid=IwAR14B5BT0-qi1PbfsHv3bVfwa4NmSzCItartu4LSkyoNcxPgn2cHrSZ-ujM

今回のサロンでお話ししていただく山森さんからのメッセージをお伝えします。

この計画の目標のタイトルを見ただけの方は、大きな違和感や場合によっては恐怖感を感じる方もおられると思います。特に7つの目標のうち以下の2つの目標を見ると嶋内さんや清水さんが衝撃を感じられたのは当然のような気がします。
目標1:2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現
目標3:2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現

目標1の具体的なプロジェクト名として「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」や「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」があげられており、人々が自身の能力を最大限に発揮し、多様な人々の多彩な技能や経験を共有できるサイバネティック・アバター技術を開発し、2050年までに複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることで人と人との新たな身体的共創を生み出し、誰もが自在な活動や挑戦を行える社会を実現するとのこと。

目標3では「人のように自律的に判断し行動することができ、さらには、自律的に動くのみならず、学習も人のように自律的に行い、かつ学習を自ら発展させることができるAIロボットの開発が必須であり、AIロボット技術と人の能力拡張技術の調和の取れた活用により、AIロボットが得た情報等を人にフィードバックし、新しい知識の獲得や追体験等を通じた様々なサービスの創出が期待される」としています。

目標1と3を見ると、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するサイバネティック・アバター技術を開発し、人間がサイボーグ化したり、アンドロイドが人間と区別がつかなくなる世界の構築を国として公式に認め、トランスヒューマニズム的な開発を推し進めるように思えます。

今回のサロンではこの計画を簡単に紹介し、この計画から見えてくるものについて議論をしたいと思います。
特に、人間が技術に極端に依存しすぎるとなにが起こるのか? 自律的に判断し、自ら活動し人と同等以上の身体能力を持つAIロボット人間は人と本当に共存できるのか? 
また、共感、情動を調整できるかもしれない技術の功罪などを切り口としてそこから見えるものや気がつくことは何なのかなど話し合うことができればと考えております。

以上が山森さんからのメッセージです。
ちなみに山森さんは生命倫理にも深い関心をお持ちです。ですから単なる技術の話ではなく、私たちの生き方につながる話も出ると思います。
これからの社会が、私たちにとって、ユートピアになるのか、ディストピアになるのか。
さまざまな立場の人の参加をお待ちしています。

〇日時:2021年9月18日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「ムーンショット計画をどう受け止めるか」
〇話題提供者:山森俊治さん(遺伝子と詩吟を愛する理学博士)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

 

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2021/08/18

■節子への挽歌5117:朝の陽射し

節子

久しぶりに強い陽射しを感ずる朝です。
風が強く雲も多いですが、先ほど(535分)、窓から強い陽射しが入ってきました。
今日は晴れそうです。

お盆も終わり、節子は帰り、精霊棚も片付けられ、昨日からまたいつものようにわが家の仏壇にお線香をあげ、お経をあげる生活に戻りました。
もうじき、節子の14回目の命日が来ます。

最近は命日も、特に何かをするわけでもなく、日常的に過ごすようになっています。
数年前までは節子の友人たちや隣人が花を届けてくれていましたが、13回忌を終えたのを機に、辞退させてもらうことにしました。
わが家でもとりわけ何かをするわけではなく、日常的に命日を過ごすようにしています。
まあお墓には挨拶に行き、家族と会食することは続けていますが。

間もなく私も節子の世界に行くわけですが、そうなったらどうなるでしょうか。
まあそこまで考えておくことのは娘たちにとっては余計なことでしょう。
遺されたもののために周辺をきれいにしておかねばならないとよく言われますが、そんなことはそう簡単にできるものではありません。

節子の仏壇にも朝日が射しています。
太陽の光を受けると、人は元気になる。
とりわけ私はそうなので、今日は元気になりそうです。

もっとも朝起きてパソコンを開くと、気になっている人からのメールが届いていましたが、まだそれを開く勇気が出てこないので、そのままにしています。
私の元気が少し削がされてれてしまった人からのメールです。
残念ながらまだ元気はその程度にしか戻ってきていないようですが。

それに昨夜見た夢もとても気になります。
明け方に、カフカの「城」のような夢をみました。
約束をしていた人に会いに行ったのですが、その人がいるビルの近くに来たのに、肝心の、その人が誰なのか思い出せなくなった。
誰に会いに来たのか探し求めるというおかしな夢です。
しかもそのビルが、昔、私が勤めていた会社のようで、顔見知りにも会って、誰に会いに来たのか思い出そうと話をしたりするのですが、思い出せない。

陽射しは私にも当たりだしました。
久しぶりに思い切り陽射しを吸い込みました。
今日は湯島でサロンです。

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2021/08/17

■節子への挽歌5116:ネットつながりの良し悪し

節子

最近は圧倒的に在宅時間が増え、この1年半、遠出をしたこともありません。
基本的には、生活圏からは出ていないのですが、そのせいか、やはり精神的なストレスは気がつかないうちにたまっているようです。
どこかでちょっとしたことで滅入ってしまうようになっているような気がします。

しかし、元気が出るようなこともあります。
先日、「被爆者からあなたへ」へという本を紹介したFBの記事を読んだ友人から、感想と同時に、被団協の活動に寄付をさせてもらったという連絡がありました。
今日も、ブログで紹介した「監視資本主義」を読んだという感想が届きました。
なんでもない話ですが、こういうメールが来ると在宅しながらもいろんな人とつながっていることを実感できます。

「監視資本主義」を読了した人は、ネットがますます怖くなったと書いていましたが、私自身はそれを前提でネットをやっていますので、むしろネットの効用を楽しんでいます。
しかし、監視の怖さではない、煩わしもあります。

私のある記事を読んで問い合わせがありましたが、注意しないと思いわぬトラブルにも巻き込まれかねないことでした。
私は、以前から友人にも注意されていましたが、あまりに無防備なのかもしれません。
でも、基本的に人はみんな「いい人」だという思いで生きていきたいと思いますので、生き方を変えるつもりはありません。
監視されているからと言って行動を変えるのは、私の生き方ではありません。
人と付き合うと煩わしいことが起きますが、できればそれは避けたいと思いますが、それも無理でしょう。
この2日間、ちょっと憂鬱な日を過ごしています。

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2021/08/16

■節子への挽歌5115:今日も家族会食

節子

お盆も終わり、みんなでお墓に節子を見送ってきました。
今日は峰行もお休みなので、その後、全員で会食しようということで、今年は午前中の送り火になってしまいました。

コロナ感染症対策で、会食は勧められてはいないのですが、自宅で食事するのとお店で食事するのと同じではないかということで、結局、最近できた家の近くのお寿司屋さんの「やまと」に行きました。
はじめてのお店でしたが、衛生管理もしっかりと管理されていて、安心でした。
お寿司屋さんと言っても昔風のお寿司屋さんではなく、活魚問屋直営の回転寿司です。

私の子どものころは、お寿司は「ハレの日」のごちそうでしたが、最近は本来のファストフード的な気軽な食べ物になってしまいました。
奇妙なお寿司も増えてきていて、大手チェーン店の回転寿司屋さんでは、ラーメンまであるのですが、私にはどうも違和感があります。
その売りに、そもそも「お寿司屋」さんという範疇もなくなるでしょう。
食文化もどんどん変わっています。
しかし、家族や仲間で一緒に食事をする文化は、変わってほしくないものです。

食事の後、孫の買い物に付き合わされました。
これもまた時間がかかるので大変です。
しかし、久しぶりにちょっと食べすぎたおなかを消化させるにはちょうど良かったです。

こういう時に節子がいないのが、とても残念です。
節子がいたら、孫も娘も反応は全く違うでしょう。
こういう時には、家族にとって父親や祖父とはいったい何なのだろうかと思います。

買い物に付き合うのに疲れて椅子で休んでいたら、孫が呼びに来ました。
ペット店に大きな魚がいるのだそうです。
孫に連れられて見に行きました。
確かに大きな魚でした。

ちなみに今日の孫からの1日だけの贈り物は、魔法の杖でした。
私はそろそろ底をつきだしてきました。
毎日、贈与品の交換は大変です。

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2021/08/15

■せつこへ5114:終戦記念日

節子

今日は終戦の日。しかし、この頃、原爆の日は意識しても、終戦の日はあまり意識することがなくなりました。
「敗戦」か「終戦」化いろいろと考えた時期もありますが、依然と違って、いまは「終戦」のほうがなじめています。
多分多くの日本人は、戦争などしたくなかったと思うようになったのです。
つまり戦争は多くの国民にとっては、権力者の我欲が起こしたものであって、国民はそれに巻き込まれただけだという気がしてきたのです。

あの時代にもし私がいたら、どういう思いを持っただろうかというのが、昔からの渡井の視座でしたが、たぶん自分で勇んで戦いにはいかなかったという確信が最近持ているようになったのです。
私は戦争ができるタイプの人間ではないという確信です。
別に理由があるわけではなく、ただそういう気がしてきただけなのですが。

それはそれとして、しかし、靖国神社に参拝に行く政府閣僚の報道に触れると、やはり心穏やかではありません。
私の父が靖国に祀られていないことはせめても救いですが、やはり「英霊思想」には大きな違和感がある。

節子が元気だったころ、こういう議論をよくしました。
節子の生家には戦争で亡くなった人がいて、その関係で、節子の母親は靖国にお詣りしていた記憶がありますが、節子はたぶん一度も行っていないはずです。
節子の姉は行っていますので、もし節子は私と結婚しなかったら、言っていたかもしれません。
節子は、もしかしたら、政治面では私の影響を受けたかもしれません。

同時に、節子とそういう話をすることで、私も考えが変わったような気がします。
一緒に暮らしだした頃は、そういう話も含めて、いろいろと話し合った。
終戦か敗戦か、原爆と原発は同じなのか違うのか、などなど。

節子がいなくなってから、そういう話をすることがなくなりました。
娘たちとは、どうもそういう話はできない。
もちろん知識レベルではできるのですが、なぜか節子との話とは違うのです。
娘に限ったことではなく、友人たちともやはり何かが違うのです。

何が違うのか、自分でもわかりませんが、何かが違う。
終戦か敗戦か、を今日は少し自問自答しましたが、節子だったら、躊躇なく、敗戦ではなくて終戦だというでしょう。
生きているときの節子は、たぶん「敗戦」だという私の説明に納得したでしょうが、いまならたぶん私と同じく変節しているはずです。

いずれにしろ、戦争で亡くなった人たちに今日は手を合わせました。
戦争が繰り返されるような気配が最近強まっているのがとても残念です。

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■第2回我孫子「はじまり場サロン」報告

我孫子での第2回「はじまり場サロン」を開催しました。

大雨が心配されるなか、6人の方が参加され、新たに2つの「やりたいこと」の提案がありました。併せて、前回、提案のあった「手賀かるたづくり」とすでに進められている「将門関係の講演会」の報告がありました。

新たに提案があったのは「あびこ行探クラブ」と「柳兼子研究会」です。

「あびこ行探クラブ」は、我孫子市の行政に関して、住民視点からちょっと気になることを、公開されている行政情報資料をしっかりと探索し、行政に対して建設的な提言をしていこうという活動をするグループを立ち上げたいという提案です。
行政の粗探しではなく、縦割り行政になりがちな行政の視点を、生活の視点で問題提起し改善していくのが目的です。同時に、そうした活動を通して、行政への市民の関心を高めていければというのが提案者の思いです。
提案者はすでにこうした活動のために、さまざまな試みもしてきていて、その一部を紹介してくれました。
今日の参加者の中で、早速、3人は参加したいと表明しましたので、試行的に動き出し、それを含めて正式のプロジェクト提案を、まちづくり編集会議のプレゼン大会で行ってもらうことになりました。

「柳兼子研究会」は、我孫子で活動していた白樺派の柳宗悦の伴侶である柳兼子に焦点を当てた研究会のようなものを立ち上げようという呼びかけです。
白樺派に関しては知っている我孫子市民も、柳兼子は意外と知られていないかもしれません。しかし、柳兼子の存在は、とても大きい。それを発掘し、できれば柳兼子を中心にした活動を世界記憶遺産に登録できないかという壮大な構想まで話が出ました。
提案者は、すでにかなり研究も進めていますし、これまでもいろいろな提案もしてきていますが、なかなか仲間が広がらないという課題にぶつかっているようです。
これもまずは、関心のありそうな人たちに呼びかけて、小さくてもいいので、研究会のような場を立ち上げたらどうかということになりました。

というわけで、今回も2つのプロジェクトが「孵化」しそうです。
こんな感じで、やりたいことに取り組む動きを、ささやかに後押しできるような場に、はじまり場サロンがなっていけばと思っています。

次回は912日の午前1012時に開催します。
こんなことをやりたいなという人がいたら、気楽に参加して、思いを話してください。
仲間が見つかったり、動き出すヒントがもらえたり、動き出したくなったりするかもしれません。また今は特にない方も、参加して誰かの提案を聞いたら、自分のやりたいことが見つかるかもしれません。
発表したからと言って、やらなければいけないわけでもありません。
気楽な放談会でもありますので、よかったら気楽にご参加ください。

原則として毎月、第2日曜日の午前中(10~12時)に開催します。

Abikohajimari202105

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2021/08/14

■節子への挽歌5113:孫との関係

節子

今日もほぼ1日、精霊棚の前で過ごしました。
いつもは孫たちとは別に食事をしていますが、今日は節子も戻ってきているので、精霊棚前で会食しました。
その後、にこはずっと残って、いろいろとゲームをしました。
ゲームをすると人の性格は出てきます。
にこはとても「負けず嫌い」のようです。

時評編に書いていますが、3日前ににこは私に大事にしている悪セリーを突然くれました。
ただし、「1日だけ」という条件付けで。
それから毎日、何か大事なものを交換でくれるのです。
2日目は、やはり真珠貝のアクセサリー。そして今日は、これもお気に入りのスマホのおもちゃです。

誰かが教えたわけではなく、私が欲しがったわけでもなく、突然ににこが決めたことです。
マリノフスキーやモースの報告を思い出す話です。
排他的な所有とは別の所有形態があること、人のつながりを育てるためにこそ贈与や交換が始まったことを、なんとなく教えてくれます。
にこは、そんなことなど考えているはずはありませんが、大げさに言えば、生命のあり方を示唆しているように思います。
こどもから学ぶことは本当に多い。

私は、にこを時々、「ちびたん」とか呼んでしまいます。
これがどうもにこには気に入らないようで、そのため時々返事をしないようです。
私はかわいさを込めての表現のつもりですが、当人にはそうは伝わらない。
私は、娘たちもそう呼ぶことがあったのですが、どうも私の勝手な思い入れだったようです。
これからはきちんと「にこ」という名前で呼ぼうと思います。
「にこべえ」と「おさべえ」はどうかと提案しましたが、賛成は得られませんでしたから。

昨日、お墓に迎え火に行く途中、にこから「死んだじいじ(父親の父)は大好きだけれど、おさむさんは大好きではない」とはっきりと言われてしまいました。
今日のゲームあそびで、ちょっと関係はよくなったでしょうか。

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■少しでも命が助かる(可能性が高い)行動をとってください??

西日本を中心にまた大雨被害が広がっています。

そんな時に不謹慎かもしれませんが、報道を聴いていて、どうも気になる言葉があります。
「少しでも命が助かる(可能性が高い)行動をとってください」という言葉です。
今回に始まったことではなく、少し前からこういう言葉をよく聞くようになりました。

少しでも命が助かる?
命を守るではないのか?

文法的には正しいのかもしれませんが、どうもこの言葉には違和感があります。
自分が主体的な存在として扱われていないような、そんな気がしてしまうのです。
コロナがらみでの「人流」という言葉も不快ですが、あれと同じ違和感があります。

この言葉に限らず、最近はどうも、危険を煽るような刺激的な呼びかけが増えています。
しかも、自分で意志をもって行動することも、なんとなく否定されているような気さえします。自分の目や耳で危険を確認するよりも、テレビやネットの情報がたくさんあるので、それにむしろ頼るようにとも言われます。
しかし、行政による警報がもし間違っていたとしたら、どうなるのか。

私はやはり自分の身心で危険を察知し行動を自分で判断することを基本にしようと思っています。
コロナ感染症対策も、そう務めていますので。

自然の猛威から学ぶことはたくさんあります。
「少しでも命が助かる行動」ではなく、「自分でしっかりと命を守る行動」こそが、大切なことだと思っています。

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2021/08/13

■孫から教えてもらったこと

昨日、娘たちがでかけたため、孫と2人だけ留守番でした。

いろいろと遊んだ後、孫が私にプレゼントをくれました。
孫がとても大事にしている、虹色のアクセサリーです。
もらっていいのかと訊いたら、いいよ、でも明日までだよというのです。
「明日まであげる」という発想に興味を持ちました。

 今日、また孫がやってきて、今度はこれをあげるといって、貝のデザインのアクセサリーをくれました。そして、昨日もらった虹のアクセサリーは持っていきました。
明日、また何か大事なものを持ってきて、交換するそうです。
私も、そのお礼に何かやろうと思い、探しましたが、孫の気に入るものは見つかりませんでした。

孫とやり取りをしながら、マリノフスキーやモースなどが報告している贈与交換の話に似ていることに気づきました。
孫はまだ「排他的所有」という概念を持っていないのかもしれません。
たしかに、彼女に何かをあげても、自分だけで独占しようとすることはあまりありません。
お菓子をやっても、自分がその時食べる分しか受け取りませんし、せっかくプレゼントした本やおもちゃも、遊んだ後、2階に置いておくといって持ち帰らないこともあります。

そういえば、近くの手賀沼からエビや魚を獲ってきても、翌日には戻しに行きますし、カブトムシも翌日は逃がします。
最初は、欲のない子だなと思っていましたが、どうもそうではなくて、これが人間(生命)の本来のあり方なのかもしれないと感じました。

数年前に読んだ奥野克巳さんの「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民」という本に出てくるブナンの人たちの話も思い出しました。
そこでは、いろんなものが「みんなのもの」として、シェアされているのです。
そして、誰かに何かもらっても、それをずっと所有するわけではなく、また誰かにあげるというかたちで、いろんな人が「所有」しながら、その物をみんなで楽しむのです。
社会全体の資産の総量は少ないかもしれませんが、社会全体が享受する資産ののべ総量は豊かなのです。

孫からまたとても大切なことを教えられた気がします。
明日は、何がもらえるでしょうか。
私は何をもらってもらえるでしょうか。
実は今日は、亡き妻の残していったアクセサリーをあげたのですが、気に入ってもらえずに、もらってもらえませんでした。
明日はもらってもらえるものを探さないといけません。

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■節子への挽歌5112:迎え火

節子

お盆の入りで、みんなでお墓に行きました。
墓前で火を焚いて、ろうそくに移し、例年のように、ベネチアングラスのランタンに入れて帰宅。

今年の精霊棚は、これまでと違い2階のリビングにセットしました。
場所が狭くなったので、いつもよりも小さくなりましたし、迎えの馬も送りの牛も、手作りではなく、既成のセットのものにしてしまいました。
最近は、供花も辞めていますが、例年のカサブランカもやめて、小さな洋花を飾りました。
にこが庭でできたミニトマトを持ってきました。

もう14回目のお盆です。

今日は1日、精霊棚の前で過ごしました。

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2021/08/12

■第1回湯島「はじまり場サロン」報告

湯島での「はじまり場」サロンを開催しました。

いわゆる「語り場」から一歩進めて、動きを起こすためのサロンを目指しました。
今回は、試行錯誤的なスタイルでしたが、進め方に関して考えるヒントをたくさんもらいました。進め方を工夫しながら、2か月に1回程度、開催していこうと思います。

今回は4人の方が、それぞれの「やりたいこと」を話してくださいましたが、そのうちの2つをかなりじっくりと話し合えました。
じっくりと話し合ったのは「文京区の本郷で暮らして楽しい町にするための場作りをしたい」と「農福連携のすそ野を広げたい」の2つです。それぞれすでに取り組んでいる活動です。
他の2つは、「平成天皇にノーベル平和賞を」と「50/80問題を仲直り支援を通して解決していきた」です。これに関しても、少しだけ意見交換をしましたが、今回は時間の関係もあって、話し合いは前の2つに絞りました。

それぞれにいろいろな視点からの質問や意見、体験知や関連情報の提供などがありました。しかし、今回はそこから具体的なプロジェクトが立ち上がるとか、具体的なアクションにつながるところまではいきませんでした。
ただ、「農福連携のすそ野を広げたい」については、改めてまたサロンで話し合えればということになり、「楽しい町にするための場作り」に関しては、その後の展開に関してまた報告をしてもらうことになりました。

もし参加されていなかった方で、4つのプロジェクトに興味のある方は、ご連絡いただければ、それぞれの提案者(発話者)をご紹介します。

今回、「はじまり場サロン」をやってみて気づいたのは、「〇〇したい」という「思い」を表明し意見を聞くのと具体的なプロジェクトの呼びかけをするのとは、性格が違い、一緒にしてはいけないという当然のことへの気づきです。

そこで、次回からの「はじまり場サロン」は、単に「〇〇したい」という夢や思いを自由に語り、それに関して話し合うスタイルにしたいと思います。話しているうちに、夢が大きく膨らんだり、形が変わったりしていくかもしれません。ほかの人の夢を聞きながら、自分の夢にも気づくかもしれません。いずれにしろ、夢や思いを語り合うサロンを目指したいと思います。
つまり気楽に夢を語り合うサロンです。またご案内させてもらいます。

そこで夢や思いが具体的なプロジェクトに整理できれば、次はプロジェクト実現に向けての仲間や資金をどう集めるかですが、それは別途、そのテーマに絞った、「呼びかけサロン」を行うということにしたいと思います。

私はかつて、社会性の強い、いわゆるソーシャル・ビジネスの起業支援をしていたことがありますので、プロジェクト立ち上げのアドバイスは少しできるかもしれません。
また湯島のサロンに参加している人の中には、いろんな体験をしている人もいます。
提案に共感した人で、応援できればと思います。

もちろん全く関心のない話もあるでしょうし、むしろそんなプロジェクトは反対なので起こさせたくないという人も出てくるかもしれません。それでも、そういう夢や思いを持っている人がいるのだと知ることは意味があるように思います。
現実から離れて、夢を語り合うことで生み出されるものもあるかもしれません。

現実を語っていると、暗い気分になることも少なくない。
ひとつくらいは、こうした「夢」を楽しく語り合うサロンがあってもいい。
もちろんこのサロンでは、誰かの夢を否定するのではなく、誰かの夢を応援するのが目的です。

サロンの報告よりも、予告になってしまいました。
参加してくださったみなさん、ありがとうございました。
おかげさまで、私の夢が一つかなった気がします。

Hajimari

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■節子への挽歌5111:同世代の友人たちとの付き合い

節子

朝、新聞を取りに行ったら、分厚い封筒が入っていました。
我孫子で市民活動をしているYさんからの手紙でした。
あるプロジェクトの提案企画と合わせて、宿題が入っていました。
やや専門的な問題かもしれません。
今日はちょっと別件でバタバタなので、明日、読ませてもらって、その宿題を果たそうと思っています。

ところが、朝食を食べていたら、今度は、埼玉県のKさんから電話です。
Kさんの会社は、いまお盆休みの最中ですが、どうも退屈なので電話してきたようです。
Kさんは社長ですが、今年は旅行にも行けず、退屈なので会社に出てきているようです。
Kさんとは長い付き合いですので、体躯なのでと言われれば、電話でつきあ会うしかありません。
なんと1時間を超える長電話でした。
今日はいろいろとやろうと思っていたのですが、ちょっと気が抜けてしまいました。

YさんもKさんも、私と同世代です。
私よりはわずかに年長ですが、Yさんは社会活動に、Kさんは会社活動で忙しいのです。
私と同世代の男性たちは、時間を持て余している人も少なくありませんが、このふたりはいずれも課題をお持ちなので、とても元気です。
Kさんは会社の社長ですので、ビジネスに忙しいとも受け取れますが、私から見れば、単なる金儲けビジネスではなく、社会活動とも言える気がします。
しかし、その進め方は私の考えとは相容れません。
だからKさんからは、私には会社の経営に関してアドバイスするなと言われています。
時に、言いたくなって、話し出すと喧嘩になりそうになってしまいます。
にもかかわらず、どこかお互い、気が通ずるところがって、話したくなることがあるのです。

今日は、Kさんにとってはそういう日だったのでしょう。
7時半に電話してくるのは、私にはルール違反ですが、ついうっかりと出てしまったのです。
そして気がついたら、8時半を過ぎていました。

そういえば、昨日の夕方も、やはり同じ世代のTさんから電話。
彼も課題を抱えて忙しく活動している人ですが、時々の長電話。
まあこれも付き合わないわけにはいきません。

人との付き合いは、実に煩わしい。
しかし、それこそが生きる意味かもしれません。

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2021/08/11

■節子への挽歌5110:懐かしい写真

節子

また少しずつ資料や書類の整理を再開しだしました。
今日はまた懐かしい写真が出てきました。
そのなかに、昔、ハワイのキラウエア火山を見に行ったツアー仲間が数年後に湯島で集まった写真が出てきました。

キラウエア火山ツアーは、日経の出していた雑誌「サイエンス」が公募した懸賞論文の入選者が招待されたのです。
実に幸運にも、私たち夫婦は夫婦で入賞したのです。
ツアーは実に楽しいものでした。

ツアーから数年たって、みんなで会おうという話g出て、私たちが全員に呼びかけさせてもらい、湯島で会ったのです。
おふたりだけで参加できませんでしたが、大阪からも含めて7人が参加。
最後に、節子が撮ってくれたみんなの写真がありますが、節子も含めて、半分の人はもういません。

松崎さんはとても個性的な化学者でしたが、若くして急逝。
粘菌に詳しい植物学者の前田さんはその後、渡米しましたが、数年前に亡くなりました。
他の方も次第に連絡が取れなくなり、いまお付き合いのあるのは、科学倫理に取り組む杉本さんとデザイナーの福田さんくらいです。

その後、一番活躍したのは、茂木健一郎さんですが、当時はまだ高校生。
湯島で集まった時には、もう異才ぶりを発揮していて、その後、英国に留学したため、交流は途絶えてしまいました。
写真では、節子と話している写真もあり、まだどこかの幼い面影が残っています。
茂木さんは、今日もテレビで拝見しましたが、当時の面影はもうあまりありません。

写真と言えば、もっと懐かしい写真も出てきました。
最初に2人で東京に来た時の写真です。
あの頃の節子は、とても明るくて素直で前ばかり見ていた。
それに比べて、私はちょっと斜に構えているところがありました。
私が当時よりも少しは素直になったとすれば、節子のおかげと言えるでしょう。

いずれも実に懐かしい写真です。
茂木さんにもまた会いたい気もしますが、もう遠くに行ってしまった気もします。

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■湯島サロン「新型コロナ騒ぎから見えてきたこと」報告

「新型コロナ騒ぎから見えてきたこと」のサロンは反響が大きく、途中で受付を終了するほどでした。幸いに当日は参加できなかった方もあり、何とか定員内でおさまりました。ご協力に感謝します。

Shimauchi

サロンでは、嶋内さんと清水さんから、それぞれの体験を話してもらいました。おふたりが行き着いたのは、なんと日本政府が進めている「スマートシティ構想」や「ムーンショット計画」ですが、それらと新型コロナ対策との奇妙なつながりにおふたりは驚いたのです。

嶋内さんは、クルーザーでの感染者発生後の対応に違和感をおもちだったようですが、「あれ!」と思ったのは、海外留学していた友人が新型コロナのために帰国させられた時の空港の検疫でした。検疫で空港に足止めされているだろうと思っていて電話したら、なんとその日のうちに友人はほとんど何の検疫も注意もなく、自宅に戻っていたのです。友人も、あまりにも何もなかったので不安に思ったそうです。郷里で万一、感染がはじまったら大変ですから。
報道されているのと実態は違うようだ、そう思って嶋内さんはいろいろと調べだしたそうです。もちろんネット検索などで調べられることを、です。
そうしているうちに、いろんな疑問が解けだしたというのです。

たとえば、コロナ対策で、「新しい生活様式」が政府からも提案されました。「コロナ対策のため」ではなくなぜ「新しい」なのか気になっていたそうですが、政府のホームページに出ていた「スマートシティ構想」(コロナ感染症が話題になる前に発表されていました)には、同じような新しい生活習慣を2030年までに定着させることが書かれていたのです。しかも、そこに見覚えのある人の名前まで出てくる。その符牒の一致に驚いたそうです。

もしかしたら、自分が気づかないうちに、「大きな意図」に沿って私たちは動かされているのではないか。おふたりは、そうやって、いろんなことに疑問を感じ、調べだした。調べるだけではなく、いろいろな人の話を聴き、自分で考え、気づいたことや思ったことを周りの人にも話しだした。しかし、なかなか聴いてもらえない。
とまあこんな話をしながら、おふたりがいろいろと感じたことを話してくれたのです。

参加者の反応はいろいろでした。かなり激しいやりとりもありました。
コロナ騒ぎで、社会が分断され、格差が広がっているという意見に対して、どういう分断が生じているのかという問いかけもありましたし、新しい生活様式は自由の束縛につながっているという意見にも異論が出されました。
しかし、誰かが意図して「分断」や「格差」をつくっているという犯人捜しがおふたりの関心ではありません。自分もまた、それを構成する存在である社会そのものが、そういう方向に動いている。そうなっているのは、社会の動き、政治や経済に対して関心を持っていなかった私たちも無縁ではないのではないか。

私たちは政府が目指している「スマートシティ構想」も「ムーンショット計画」もほとんど知りませんが、専門家は、私たちの暮らしを豊かにするために、そうした構想や計画を立てて政策を方向付けてくれているのかもしれません。
しかし、自分たちの生活の未来を、専門家や政府だけに任せていいのか。せめて、自分たちがどういう方向に向かっているのかを知り、それが自分にとっての望ましかどうかを考える必要があるのではないか。情報は隠されているわけではなく、公開されていて、調べようと思えば調べられる。自分の未来はやはり自分で考え、専門家や政府にも、その思いを伝えていくのが私たちの責務ではないのか。
おふたりは、そう言っているように思いました。

あまり議論はありませんでしたが、最後に嶋内さんは、デジタル監視社会に言及しました。すべてはデジタル監視社会に向かっている。ある意味で、それは避けようがない。しかし、そういう流れに身を任されるのではなく、その動きに関心を持って、自分でもできることを探していくことが大切なのかもしれません。批判したり嘆いたりしているだけでは何も始まらない。

以上は、私が感じたことですので、おふたりの意向とはずれているかもしれません。

新型コロナ騒ぎは私たちにいろんなことを気づかせてくれました。
おかしいと思っている人もいると思いますが、わからないことも多くて、たとえばワクチンに関しても受け取り方はさまざまです。新しい生活様式にも疑問を持つ人もいるでしょうが、大きな流れには抗えない。

こうして、みんな世間の風潮や政府のガイドに応じていくことになりがちです。それは仕方がないとしても、せめて思考を放棄するのではなく、いろんな動きに関心を持ち、ただマスコミ情報だけに頼るのではなく、おかしいと思ったことは調べてもいく、あるいは誰かに訊いてみる。そういう姿勢を広げていくことが大切であり、またそういうことは誰にもできるということを、改めて気づかせてもらいました。。

見せられる世界に生きるのではなく、自分の世界は自分で作りたいと改めて、私は思いました。

ちなみに内閣府のムーンショット計画に関しては、次をご覧ください。
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/gaiyo.pdf?fbclid=IwAR14B5BT0-qi1PbfsHv3bVfwa4NmSzCItartu4LSkyoNcxPgn2cHrSZ-ujM
これに関しては、山森さんが近いうちにサロンで少し紹介してくれる予定です。

 

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■第16回万葉集サロン「万葉集と詞の嫗たち」のご案内

16回の万葉集サロンは、予告通り、8月21日に開催します。
テーマは「万葉集と詞の嫗たち」です。

升田さんからの案内です。

前回は、男と女の問答歌の中から、記憶言語(序詞・枕詞など)の古代的意味を共有することに軸足を置いた応酬歌を読みました。そこに「意識」は分有を保ちながら発展し、自由な対話性を発揮する「個性」が顕現されてくることに触れました。

取り上げた石川郎女と久米禅師・石川女郞と大伴田主の問答歌の石川郎女には「詞の嫗」の姿が思われて、郎女の「意識」のありどころはどこにあったのかを考えさせます。石川は蘇我と複姓を持ち、その祖には景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5朝に仕えたという伝説的人物武内宿禰がいます。その上で、万葉集編纂に関わったとされる大伴坂上郎女との類縁関係は深い意味を持つように思います。

万葉集編纂の裏で、「詞の嫗」あるいは「語部」たちは言葉や歌による新たな歴史的時空を見いだそうとしたのか。古代の女たちの「言葉と歌」の世界がどう動いたのか動かなかったのか。今回は特に石川郎女に的をしぼって、これまでと少し違う角度から万葉集を見てみたいと思います。

また新しい万葉の世界を楽しませてもらえそうです。
初めての方ももちろん、「万葉集」を読んだこともない方も歓迎です。

〇日時:2021年8月21日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇テーマ:「万葉集と詞の嫗たち」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

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■『虚構の「核のごみ」最終処分』

先日、ご紹介した、本間照光さんのエコノミスト Onlineでの4回連載の『虚構の「核のごみ」最終処分』が終了しました。
各界のタイトルは次の通りです。

第1回:名ばかりの「対話の場」 合意無視で最終処分場が決まる「原発の穴」
第2回:“加害者”を守ってきた「原子力損害賠償制度」こそ“虚構”の大もと
第3回:「核のごみ」投棄で、最終的に電力会社の責任が消えてなくなる無法
第4回:汚染水、廃炉、核のごみに見た「無責任・非科学・秘密主義」

この連載は、公開されていますので、どなたでも自由に閲覧できます。
本間さんの思いがこもった記事ですので、ぜひお読みください。
虚構の「核のごみ」最終処分 | 週刊エコノミスト Online (mainichi.jp)

連載の最後に、本間さんはこう書いています。

核のごみ箱は、開けてはならないという意味で、ギリシャ神話にある「パンドラの箱」にも似ている。だが、パンドラの箱が災いをまき散らした後に「希望」だけは残ったのに対して、核のごみ箱には希望すら残されていない。筆者に言わせれば、まさに「死の箱」である。
ただ、今ならまだ、わずかに望みがある。それは、汚染水や核のごみを捨てるのではなく、「核(核兵器、原発)を捨てる」という道を選ぶことだ。そこに、破局を回避できる可能性がある。そうすれば、私たちは、次世代に「未来」を残すことができる。そのためにも、この連載で見てきた「虚構」に惑わされず、「真実」に向き合った冷静な判断が不可欠なのである。

次世代に「未来」を残せるかどうか。
「核(核兵器、原発)を捨てる」という道こそが、それを決めると私も思っています。

現在の日本政府にその気がないのが、実に哀しく怒りの持って行き場がありません。
新型コロナ問題よりも、ずっと大きな問題だと思うのですが。

 

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2021/08/10

■節子への挽歌5109:人も世界も誰でもが創り出せるのかもしれません

節子

「ロビンソン・クルーソー」や「ガリヴァー旅行記」は、最初は、ロビンソン・クルーソーやガリヴァーの自叙伝として受け取られていたそうです。
著者のスイフトやデフォーの名前は本にも書かれていなかった。
大澤真幸さんの「主体の誕生」の本で、それを知りました。

人を産み出せるのは女性だけだという、映画「ターミネーター」のサラ・コナーの言葉にとても共感していたのですが、どうも人は誰でもが生み出せるようです。
そいえば、最近、見直した「ブレードランナー」でも、アンドロイドが懐胎した奇跡の話がモチーフになっています。

生み出せるのは人だけではありません。
世界もまた生み出せる。物語は世界であり、人はみんな「自分の世界」を物語として創りあげ、そこに生きている。
最近私が感ずる苛立ちは、そのせいかもしれません。
話していて、まったくと言っていいほど、私の考えが相手に伝わらないのは、世界があまりに違うからでしょう。知識レベルでの話はシェアできても、生き方につながるような話はシェアできないのかもしれません。

節子と世界をシェアできていたのはなぜでしょうか。
あれも、節子と一緒に創りあげた幻想だったのでしょうか。
そうかもしれません。
いやそもそも、節子などという人はいたのでしょうか。
考えていくとそこまで言ってします。

これも「ブレードランナー」の話ですが、亡くなったはずの妻が目の前に現れる。
しかし、瞳の色が違っていたために、別人だと気づいてしまう。
私ならどうでしょうか。気づかずに、いや気づいたとしても、抱いてしまうかもしれません。

これも映画ですが、「ソラリス」でも同じような場面もある。
死別した妻と全く同じ人が現れる。
その時彼もまた、妻と別の存在だと受け止めて排除するのですが、その場面を何回見ても私ならどうするかと考えてしまっていました。

人は自分で構築した世界の中で生きている。
他者とかかわることがなぜこうも煩わしいのか、これがその理由かもしれません。

でも、切っても切っても、一度できた関わりはそう簡単には切れません。
切った(切られた)はずの人から、またメールが来ました。
「去る者は追わず、来る者は拒まず」が私の生き方ので、煩わしさにちょっとげんなりしながら、関わりを再開しました。

またイライラが高じなければいいのですが。

 

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■「被爆者からあなたに」(岩波ブックレット)

86日と9日の、広島、長崎での平和式典のテレビでの報道を、例年と同じく自宅で見ていました。

今年は核兵器禁止条約が発効したこともあって、もう少ししっかりと報道され、関連番組も組まれるかなと思っていましたが、例年よりも簡単な報道でした。テレビも社会も、相変わらずコロナとオリンピックばかりで、社会はここまで軽薄になってしまったのか、と内心少し怒りを感じながら、でも何とか最後まで見ていました。

その前後のオリンピック報道も不快で、選手たちは6日には黙祷くらいはしたのだろうかとふと思いました。平和の祭典なら、世界から来た選手たちにも式典の報道くらいは見てほしかったですが、いまや「闘いの祭典」になっているアスリートたちには関心はないかもしれません。そういえば、彼らは福島の原爆事故の跡にもいっていないのでしょうか。そう思ったら、ますます怒りが強まりました。
私も、しかし、テレビ報道を見て、少し考えただけですから、他者のことをとやくいうことはできません。

6日には、最近、岩波から出版された、日本原水爆被害者団体協議会が編集した「被爆者からあなたに」(岩波ブックレット)を読みました。こういう被爆者からのメッセージを、読むことしか最近は私もしなくなってしまっています。
軽薄な社会の風潮に、私もどうも流されてしまっているようです。
さすがに、コロナやオリンピックには流されてはいないつもりですが、結局は何もしないのですから、みんなと同じなのかもしれません。
必要なのは「怒り」ではなく「反省」です。しかし、どうも最近は「怒り」が「反省」に勝っている。困ったものです。

昨夜、夜中に目が覚めて、「被爆者からあなたに」(岩波ブックレット)をみんなに読んでもらう呼びかけなら私にもできるなと思いつきました。
以前ならまとめて購入してこれはという友人たちに配布するのですが、最近は湯島を維持するだけでも困窮している有様なので、お知らせするにとどめることにしました。

620円と私にも購入できる価格で、1時間もあれば読み終えられる、読みやすい本です。
平和や核兵器に関心のある人なら、たぶん一度は触れたことのある内容が多いとは思いますが、改めて思い出し、自らの生き方を考える戒めにできるはずです。
まだこういう話を読んだことのない人には、ぜひ読んでもらって、感じてもらいたい。

そう思って、本書を紹介させてもらうことにしました。

 

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2021/08/09

■節子への挽歌5108:すごい強風です

節子

今日は朝から強風です。
昨日通過した台風の影響でしょう。
地鳴りがするような強風です。
天が怒っているような気がします。
私もかなり最近は怒っていますが。

今日は長崎の平和祈念式典をテレビで観ていましたが、菅首相の挨拶を聞いていて、やはり無性に腹がたってきました。
広島の時の挨拶を思い出したからではなく、長崎の平和記念式典に出席していることさえもが腹立たしくなってきたのです。
どうも精神状態がよくありません。
困ったものです。

テレビでオリンピックの関連の話題が出ると、これまた腹が立つ。
私は完全にスポーツ嫌いになりました。
注意しないとスポーツ選手まで嫌いになりそうです。

そんな時に限って、よくわからないメールが届く。
いつもなら何となくスルーできるメールも、何かいらついてしまう。
電話もうまく流せなくて、反論してしまい、相手からそんなに熱くならないでくれと言われました。
いやいや困ったものです。

そこで今日4杯目のコーヒーを淹れて飲んでみましたが、一考に落ち着かない。
こういう時はどうしたらいいのか。

風はますますひどくなり、家が揺れるほどです。
この強風が、社会の問題を吹き飛ばしてくれるといいものです。
いや、せめて私のもやもやした気持ちを引き飛ばしてほしいものです。

 

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2021/08/08

■節子への挽歌5107:暑くて眠れない夜でした

節子

昨夜は今年初めての寝苦しい夜でした。
私の寝室にはクーラーはないのですが、いつも窓を全開で寝ているので、暑さはこれまであまり気にはならなかったのです。
まあ歳をとると暑さにも鈍感になるといいますので、そういう面もあるでしょうが、暑くて眠れないということはありませんでした。

しかし昨夜は風もなく、12時過ぎに暑くて目が覚めてしまった。
暑さだけではなく、足がだるくて、それも寝苦しさの一つでした。
それでもっと風が入るだろうリビングに移って、しばらく横になっていましたが、ここもかぜがない。クーラーをかけるのも面倒なので、結局、またベッドに戻りました。いつもならここで本を読むのですが、昨夜は本を読む気力も出てこずに、しかし、そのうちに寝てしまいました。

次に目を覚ましたら、強い雨音です。
雨が降っていて、温度もかなり下がっていましたが、どこかで水が強く落ちる音がしていました。わが家カリンカの雨どいがこわれているのかもしれません。
その音が気になりだしたら、また眠れられなくなってしまいました。

そんなこんなで結局、5時前に起きてしまいました。
まだ雨が降っており、気温は26度。むしろひんやりといた感じですが、湿度は81%。
起きてはみたものの、何もやる気がしない。

今日もサロンなのですが、寝不足が心配です。
コロナ対策で、最近は寝不足は絶対に避けるようにしているのです。
でもまあサロンに出かける前にまた少し眠る機会はあるでしょう。
逆に風邪をひかないようにしなければいけません。

やることもないので、本でも読もうかと思いましたが、どうもその気が出ない。
珍しい人からのメールが入っていたので、その返事を長々としてしまいました。
まだ時間があるので、気になりながら最近連絡を取っていない人へのメールでも書いて見ようと思います。

 

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2021/08/07

■節子への挽歌5106:最後の3人作業

節子

久しぶりに武田さんと藤原さんと3人で食事をしました。
2人とも、節子と一緒にやっていたサロンの時の常連でした。
最近は、2人ともあまり来ませんが、それでも年に数回はやってきます。

今日、会食したのは、武田さんのライフワークを応援しようということです。
その内容はどうであれ、ライフワークを持っている人は幸せです。
武田さんはもう長いこと、「日本の政治をもっと民主主義に近づけよう」という活動に取り組んでいます。

もっとも、これまでは運動としてというよりも、そう考えをまとめ出版していくという活動でしたが、今年から仕事を辞めたので、全生活をかけて運動を起こしたいというのです。
ただ武田さんはあまりに長いこと、比較的自分と友人たちとの世界で考えてきたため、どうしても考えに限界があります。
さらにまた武田さんは戦争に関する書籍が大好きで、たくさん読んでいるため、それにかなり影響を与えられています。
時にとても面白いことを言い出しますが、ちょっと表現が短絡的なことがある。
それでせっかくの長年の活動もなかなか広がってこなかった。
そんな気がします。
でもよく考えていくと、武田さんの問題提起は、一見陳腐のようで実はラディカルな面を持っています。
そうした新規性がなかなか伝わらない。

どうにかしてそれを活かして運動を起こせないかと私も何回か取り組んだのですが、武田さんとは意見が分かれ、何回も決裂してきたのです。
でもまあお互いにもう先のない歳になりましたので、今度は意見の違いを大事にしながら、協働していこうと決めたのです。

さてさてどうなりますか。
いずれにしろ3人の、これが最後の共同作業になるかもしれません。
できるならば3年は続けたいものですが。

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■もうこれ以上を「不安」をばらまかないでほしい

昨日、小田急線の車内で、突然、乗客の一人が車内の乗客を次々と刃物で刺すという事件が起きました。加害者の若い男性は、緊急停車した車内から逃走しましたが、1時間ほど後に、コンビニで「ニュースでやった事件は私がやりました」と自首したそうです。
こうした事件の報道を見て、いつも感ずるのは、加害者はなぜそんなことをしたのかという疑問です。

 どんな理由があれ、他者を指すような行為は許されません。しかし同時に、そういう事件が何を意味しているのかは、しっかりと考えなければいけません。私自身、いつ、同じような事件に巻き込まれるか、あるいは起こすか、わかりませんから。

すべてを昨今の社会のせいにするつもりはありませんが、いまの社会の風潮が全く無縁であるとも思いません。正直、私でさえ、時にイライラしてしまうこともある。暑さのせいもあるかもしれませんが、やはりどこかにコロナ騒ぎが影響していると思います。
もうこれ以上、不安にさせないでほしいものです。政府がやるべきは、国民の不安を解くことですが、いまの政府はその真反対のことばかりやっています。

私は、比較的わがままに、自分の意志を貫こうとしていますが、多くの人はもっと他者に気遣い、付き合い上、ワクチンをうち、マスクもし、外出も自粛しているでしょう。
思うように活動できない運動好きの高校生が、東尋坊に向かいたくなるほどなのです。
見えないところで、大きな何かが鬱積し、突然にそれが爆発してしまう。いつ誰に、そんなことが起こっても不思議でないほど、いま社会は窮屈になっているのかもしれません。

どうしたらいいのか。
私にできることはないのか。
こういう事件の報道に接して、いつも考えながら、何もできずにいます。

 

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2021/08/06

■節子への挽歌5105:あの半田さんがもう定年だそうです

節子

半田さんが定年で来年3月で大学を辞めます。
それで最終講義を3回にわたって行うことになり、それに参加したかったのですが、私の勘違いで日程を間違っていて、最初の講義には参加できなくなってしまいました。
半田さんには、その旨、お伝えして、講義の録画を送ってもらうように頼みました。
講義には、かつての構想学会の仲間も多く参加するでしょうから、久しぶりに再会できると思っていたのですが、残念です。

半田さんは、節子の入院中にお見舞いに来てくれたのですが、節子が寝ていたために、黙って花だけ置いて帰ったことがあります。
まさに半田さんらしかったのですが、結局、節子は会えませんでした。
半田さんとのエピソードは私にはたくさんありますが、節子にとっても印象的な人だったはずです。

半田さんと知り合ったのは、彼が大学院生の頃でした。
最初から、不思議な、ちょっと魅力的な存在でした。
以来、いろんな刺激をもらってきています。

その半田さんが大学教授を定年で辞めるという。
あれからもう40年近くたつのでしょう。
そう気づくと自分がいかに歳をとったかがわかります。

いまにして思えば、もっとしっかりと付き合っておけばよかったと思う人は何人もいます。
もしかしたら、節子もその一人だったかもしれません。
あまりに身近にいると、それに気づかない。
人との付き合いは、あまり合理的ではありません。
大事な付き合いは、むしろおろそかになる。
そんな気がしてなりません。

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2021/08/05

■若者たちに何が起こっているのか

コロナ感染者の発表数字は上昇の一途です。
しかもそれに対する医療体制政策が相変わらず右往左往している感じで、みんなの不安は高まる一方でしょう。政府に対する信頼感がない状況で、パニックが起こらないかと不安です。

私自身は、しかし、新型コロナ感染症よりも不安なことがあります。
みんな新型コロナ不安にばかり目が行っていますが、その背景で起きていることがたくさんある。それはおそらくこれからの社会のあり方を方向づけていくでしょう。

もう一つの不安は、周辺ですでに起こっている気になる動きです。
連絡が取りにくくなってしまった若者もいますし、精神的な失調を起こした友人も一人ならずいます。人に会うことが難しい状況が続くと、高齢者でも心身の不調を起こしかねない。

今日、東尋坊で見回り活動をしている茂幸雄さんから電話がありました。
最近、なんと高校生に出合うことが増えているというのです。
それもスポーツをやっている高校生が、精神的に失調を起こしている。

若者の自殺が増えているという報道もありますが、数字に出てきてしまってからではすべては遅いのです。
外出自粛や他者との交流制限が、他者への関心を失わせなければいいのですが。
最近会っていない友人知人に、できるだけ声をかけていこうと思います。

人と会って話したい人がいたら、湯島に来てください。
コロナ感染症よりも恐ろしいことはたくさんあります。
外出自粛ができれば、それに越したことはありませんが、もっと大事なことがあることもお互いに理解し合いたいものです。
自分を守れるのは自分だけです。
自分にとって何が大切か、それぞれが考えなければいけません。

それにしてもこの数日の菅首相の発言は、まるでアンドロイドのようです。
私もそうならないように、私としてできることを見つけていこうと思います。

 

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■節子への挽歌5104:杉野さんの幸水がもうできました

節子

今年はいつもより梨が早く熟したというので、杉野さんのところに行きました。
杉野さんの梨は、節子が大好きでした。
特に好きだったのは「幸水」です。

今年は「幸水」の収穫は少なかったようで、売り出し直後に売り切れてしまいました。
私はあやうくぎりぎりで大丈夫でしたが、ちょっと気を抜いたら、幸水は手に入らなかったかもしれません。

午後、杉野さんの農場に行きました。
一昨年から、杉野さんは息子さんに仕事を任せていますが、作業は家族みんなでやっているのです。
今日も、おふたりで作業をされていました。

今年はどうして収穫が少なかったのかと訊いたら、樹の関係で変化は仕方がないそうです。
梨の樹が元気なのは、1020年で、老木になると実のなり方も変わってくる。
しかし植え替えると5年は収穫ができない。
それに気候によって、収穫間際でダメになることもある。
自然を相手の仕事は大変です、というのです。
それで私は、ついつい、でも人相手の仕事よりは安心でしょうと言ってしまいました。
そこで大笑い。

杉野さんは私のFBも見ているので、最近、また我孫子でもいろいろと仕掛けていますね、と言ってくれたのですが、人相手は大変だというのは、その流れにある発言なのです。

杉野家族は、いつも幸せそうです。
いや幸せそのものです。
それぞれがやりたいことをしっかりとやっているのが感じられます。
たしかに自然は厳しいですが、人と違って、とても寛容のところがある。
だから杉野家のみなさんは、いつも表情がとてもあったかいのです。

帰宅して早速、節子にお供えしました。

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■私たちの中にある「人間」性と「アンドロイド」性

久しぶりにディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を読みました。何十年ぶりでしょうか。20代までは大のSF好きでしたが、ディックはさほど好きではありませんでした。映画化された「ブレードランナー」も、一作目は私の好みではありませんでした。

今度、「遺伝子は夢を見るか」というサロンで、「アンドロイド(AI)は夢を見るか」も話題にしようと思っているので、改めて本を読み、映画化された「ブレードランナー」2作品を見直したのです。ディックはアンドロイドも夢を見ると考えているようです。映画のアンドロイドは涙も流していました。アンドロイドに夢を見させるのは簡単でしょうし、涙も簡単でしょう。でもその時の夢や涙は、何なのか。

ところで、ディックの本が手元になかったので、図書館から早川書房の文庫版を借りてきて読んだのですが、そのあとがきに、後藤将之さんの言葉が紹介されていました。そこにこんな文章がありました。

ディックにおいて、人間とアンドロイドの生物学上の、あるいは自然科学上の区別は、まったく無意味である。親切な存在はすべからく「人間」であり、それ以外は人間ではない。ここで彼が、この非人間的性質の比喩としてのみ、「アンドロイド」を持ち出している事を失念してはならない。(中略)ディックの世界では、そもそも人間と機械、自然と人工といった単純な二分律は棄却されている。彼が問題としていたのは、人間と機械の、その双方における、「人間」性および「アンドロイド」性の対立の構図である。

問題は、人間対アンドロイドではなく、私の中にある人間性とアンドロイド性の問題なのだと思うと、ディックの作品が少し理解できるようになりました。人間とアンドロイドはつながっているのです。
ちなみに、ディックはアンドロイドにも「死」を持ち込んでいます。

しかし、私はやはりアンドロイドには「進化」したくありません。
オリンピックを見ているとなぜか私は感動よりも悲しさを感じますので、最近はDVDで映画やドキュメント番組を見ています。

 

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■湯島サロン「教えるより学びませんか」のご案内

湯島のサロン仲間のメーリングリストで、メンバーの投稿のやりとりがちょっと波乱を起こしました。
2人の応酬も気になりましたが、それに対する他の人の反応もかなり気になりました。そこで、この「やりとり」から感じたことを話し合うサロンを企画させてもらうことにしました。

私が感じたことは2つです。

ひとつは「論争」を「見世物」として面白がる風潮です。論争は面白いが、自らの意見を表明して参画することはしないというのは、FBをやっていて時々感ずることです。
政府を批判しながらその政府に依存している人や、お金に呪縛された新自由主義批判しながら結局は自分もそういう生き方をしている人が多い最近の風潮に通じているような気がします。

もうひとつは、みんな他者に教えようとしていることです。教えるということは、相手よりも一段高い目線にいるということです。それでは話し合い(サロン)は成り立ちません。
サロンでは参加者はみんな同じ目線でとお願いしていますが、まだまだ教えたい人が少なくありません。そうなると「サロンの話し合い」も知識の応酬になってしまい、退屈になりがちです。
サロンでは「教えたり」「知識を得る」のではなく、それぞれが自ら学ぶことを大切にしたいと思っています。学ぶとは「聴く」だけではなく、「考え」「話し」「語る」ことだと思います。書籍などで得た「言葉」ではなく、自分の言葉で話し合うと考えは深まるように思います。

日本の学校が楽しくないのは、「教える先生」が主役の場だからではないかと思います。「自ら学ぶ生徒」(学ばされる生徒ではありません)が主役になったら、学校はもっと生き生きしてくるのではないでしょうか。それに、先生などという呼び方からして私には違和感があります。先生がいるだけで学びの場の雰囲気は変わります。
それに、学ぶ場は学校だけではありません。不登校でもしっかりと学んでいる人は多いです。知識が学びを妨げていることも少なくありません。

私の感想はそのふたつですが、他にもいろいろと感じた人はいるでしょう。
そういう感想を出し合えればと思っています。
できれば、私の感想の後者「教えるより学びませんか」の視点から、湯島のサロンのあり方についても話し合ってもらえるとうれしいです。

まだまだ暑さが続いているでしょうが、よろしくお願いいたします。

〇日時:2021年8月18日(水曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「教えるより学びませんか」
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2021/08/04

■リンカーンクラブ研究会会員募集と公開研究会のご案内

7月31日の湯島サロンでリンカーンクラブの武田さんから、新しいリンカーンクラブ活動の構想が紹介されましたが、それに基づいて、新たに「リンカーンクラブ研究会」が毎月開催されることになりました。
リンカーンクラブは直接民主主義の理念に基づいて、国民一人ひとりが国の政策に関われる仕組みづくりを育てていく活動です。

いろいろな試行錯誤を重ねてきていますが、いま武田さんはこれまでの活動の集大成として、リンカーンクラブ構想を改めて書籍にまとめているところです。
その原稿をテキストにして、毎月、少しずつみんなで読んで書籍の完成を応援するとともに、活動のコアネットワークを育てていくのが、今回発足するリンカーンクラブ研究会の目的です。

研究会の開催は毎月最初の土曜日の午後を原則とし、開かれた形で行いますので、興味のある方は事前に申し込みがあれば、参加してもらっても大丈夫です。
毎回、開催の1週間前までに武田さんの新著の原稿のなから、話し合いの対象になる部分の最新稿をデータで参加者にお届けし、各自それを読んだうえで参加し、研究会ではそれを議論していきます。

武田さんは、遅くも年内には原稿完成を目標にしていますが、当面はこのスタイルで数回、研究会方式で話し合いをしていく予定です。
当面は私が事務局役を担当しますので、出欠の連絡など、私宛にご連絡ください。

なお研究会と並行して、武田さんの基本的な考えからである「究極的民主主義」の考えを改めて理解してもらうサロンの開催や、リンカーンクラブとしての運動活動も行っていく予定です。これはまた別途、ご案内いたします。

政治にもっと国民の思いを反映させたいと思っている方のご参加をお待ちしています。
研究会に会員参加ご希望の方は私宛ご連絡いただければ、毎回の案内と資料の事前配布をさせていただきます。

1回目は次のとおり開催します。
とりあえず試験的に参加したい方や、毎回の飛び入り参加も歓迎です。
よろしくお願いいたします。

〇日時:2021年9月4日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

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2021/08/03

■節子への挽歌5103:巡礼のために歩きたくなりました

節子

節子もよく知っているライターの鈴木さんが、最近はコロナでサンチアゴ巡礼に出かけられないので、湯島巡礼に替えていると冗談で話していました。
今年も鈴木さんは、サンチアゴではなく湯島に通ってくれています。

鈴木さんの言葉を何となく聞き流していたのですが、今朝、ちょっと気になって、改めて昨年テレビで放映された「サンチアゴ巡礼」の番組を見直してみました。
3時間のドキュメントです。
まとめてみるのは今回が初めてです。

前回見た時とかなり印象が違いました。
そして鈴木さんの湯島巡礼という意味が何となく身心に入ってきました。
そうか、湯島はアルベルゲ(巡礼路の宿泊所)なのだと思ったのです。
となれば、私はその世話人になればいいのですが。
でも私自身がやはり巡礼したがっていることに気づきました。
節子が元気だったら、サンチアゴに行けたかもしれませんでした。
番組を見ながらつくづくそう思いました。

それとともに、番組を見ていて、無性にまた歩きたくなりました。
こう暑いと今は無理でしょうが、山なら大丈夫かもしれません。
一度、筑波山への登山を誰かを誘っていってみたくなりました。
誰か付き合ってくれそうな人がいればいいのですが。

娘たちはだめでしょう。
一人思い浮かぶ人がいますが、彼はあまりに遠くに住んでいる。
わざわざ筑波山まで付き合ってくれるでしょうか。

それはともかく、コロナのおかげで、多くに人が巡礼体験をしているのかもしれないと、気づかされました。
無駄にしてはいけません。

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■湯島サロン「茶会で考えたこと」報告その2

昨日投稿した「茶会で考えたこと」サロンの報告は内容が全くない報告だったので、少しは内容の報告もほしかったとある人から言われました。
確かにそうで、独り言のような報告をしてしまったことを反省しました。
当日配布したメモも添付します。

ダウンロード - e88cb6e4bc9ae381a7e88083e38188e3819fe38193e381a8e382b5e383ade383b3e383a1e383a2.docx

この内容を最初に少し話させてもらいました。

話し合いはいろいろと広がりました。
なかなか思い出せないのですが、こんな話があったような気がします。

・自分の思いを自由に話し合える場はあまりほかにはない。
・いろいろなテーマの話題に触れることができる。
・単に面白いから来る。
・退屈な話し合いが多いのでしばらく来なかった。
・たくさんの人がつながっている場なので何か商機があると思ってくる人もいるようだが、そういう人は来なくなる。そういう意味では、ほかの集まりの場とは違う。
・参加者が選別されることなく、誰でも全く同等で居られる。
・言葉だけの話し合いが多くて、世代間の違いを感ずる(20代)。
・時に特定の人の間の「対論」になってもそれもまた面白い。
・ただ話し合うだけでなく、何かがはじまる場であるといい。
・子どもにも参加してもらったらどうか。
・知識ではなく体験を中心に語り合いたい。
・土日だけではなく平日にもやると参加しやすい。
・主宰者にとっての価値よりも、みんなにとっての価値が大切。
・参加できなくとも、こういう場があって、いつでも参加できると思えることがいい。

主宰者に気兼ねしてくれたのか、あまり「マイナス面」は指摘されませんでしたが、改善点や問題を含意した意見もありました。それはきちんと受け止めました。

私の関心事の一つは、話を聞く場や話し合う場、人が集まる場は他にもたくさんあるし、また自分でもつくれると思うのですが、そういうものとどう違うのか、どういう場になれば参加者にとって意味があるのか、ということです。
湯島のサロンは、ただ参加するだけのサロンではなく、「みんなで育てるサロン」を目指していますが、そうなるためには何が大切なのか。それを考えるヒントはいくつかもらえました。
サロンの「お客様」はできるだけ減らしたい。そして、もっともっと門戸を開きたいと思いました。

話し合いの中で、ギフト(贈与)には本来、「毒」の意味もあるという話がでました。湯島のサロンには、「毒」もあってほしいと思っています。
もしかしたら、毒を盛られることもある「話の饗宴」。
「生きづらさ」こそ「生きやすさ」の条件、と言った禅問答のような話もありましたが、フランスの知的交流のサロンでも、不満のはけ口のイギリスのコーヒーハウスでもなく、何かがはじまるような場、生き方を見直す示唆に出合える場になる、サロンを改めて目指したいと思います。

その新しい試みの一つが、今度の日曜日(88日)の「はじまり場サロン」です。
もしお時間があれば、ご参加ください。

 

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2021/08/02

■節子への挽歌5102:節子、野路さんはお元気そうでした

節子

節子と仲の良かった野路さんから電話がありました。
節子が好きだった梨を送ってお礼の電話です。
野路さんと言っても電話してきたのは、野路さんの夫からです。

節子はおふたりともよく知っていて、一緒に何回か旅行などもしていますが、とりわけ野路やよいさんは節子がとても敬愛していた人です。
その野路さんは節子が亡くなってから、階段から転倒してから心身ともに病んでしまいました。記憶喪失も失ってしまったようです。
とても仲の良いご夫婦で、夫の野路さんがその後、看病されていますが、昨年末、今度は夫の方が脳梗塞で入院してしまったのです。
あの仲良しで一緒によく旅行もされていた野路ご夫妻が、と思うと、とても複雑な気分です。

電話をくださったのは夫の野路さんです。
妻のやよいさんはまだ記憶が完全には戻ってきていないのです。
電話で話す野路さんはお元気そうでした。

でもお話によれば、1回目の脳梗塞で入院して、退院した2日目にまた倒れて再入院したのだそうです。
2か月半、まったくやることもなく大変だったようです。
いまもまだしびれが残っているようで、好きな自動車の運転もたぶんできなくなったのではないかと思います。

人の人生は本当にわかりません。
私もいまは定期的に脳神経外科で検査を受けています。
いつ倒れてもおかしくない。

実際に時々、頭の後ろが何となく熱くなってふわーとすることがあります。
注意しなければいけませんが、それよりも万一に備えて、身の回りをもっと整理しておいた方がいいのでしょう。
それは判っているのですが、そういう準備がなかなかできないのが、私のようです。

困ったものです。

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■湯島サロン「茶会で考えたこと」報告

井田さんに湯島で「茶の湯サロン」を開催してもらったときに、いろいろと考えたことを話題にしてのサロンを意図していましたが、直前の案内にも書きましたが、何を話したかったのかが思い出せなくなってしまったのです。困ったものです。

そういうあいまいな呼びかけにもかかわらず、しかも緊急事態宣言直前の猛暑の日にもかかわらず、数名の方が集まってくださいました。
結果としては、私を元気づけるサロンになった気がします。

サロンの時にはさほど感じなかったのですが、サロンを終えて帰宅してから、参加者からのメッセージがじんわりと伝わってきました。
最近、湯島のサロンをつづける意味が少しわからなくなっていたのですが、それなりに意味があるようですので、もう少し頑張ることにしました。
それに気づかせてくれたサロンでした。
暑い中を参加してくださったみなさんに感謝します。

そんなわけでサロンの話し合いの報告は今回はやめますが、サロンの結果、湯島のサロンを引き続き継続することを改めて決めました。
いまは新型コロナでなかなか参加しにくいと思いますが、それが一段落するまで何とか維持していこうと思います。
そして続けるのであれば、ますます「みんなで育てるサロン」にしていければと思っていますので、よろしくお願いします。

Chakai2108

 

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■湯島サロン「77革命に向けてのリンカーンクラブ起爆計画」報告

リンカーンクラブ代表の武田さんからの活動宣言を兼ねたサロンは、暑さもあってか、参加者は少なかったのですが、熱の入った議論がいろいろと行われ、これからの取り組み方法も確認されました。

ちなみに武田さんが考えている「77革命」は、選挙を通じての平和な革命ですが、実際に活動を展開していくためには何がポイントかが議論されました。
案内では、仮想通貨的な仕組みを活かしたメンバー募集の提案がある予定でしたが、今回はそれよりも、武田さんがいままとめているリンカーンクラブ構想体系の書籍の概要の話が中心になりました。

参加者の立場はいろいろと違い、意見もさまざまでしたが、武田さんの姿勢は、憲法を活かした社会改革です。
もちろんそのためには、いまの憲法の「おかしなところ」は正していかなければいけません。同時に、日本国憲法の理念である「国民主権」と「民主主義」をできるだけ実現していくために、たとえば、国民投票制度や議員選挙投票率向上や、国会での与野党の議論が可能になるような仕組みづくりもしなければいけません。

理念を実現していくためには、具体的な問題に絞り込んで、一点集中主義で活動を起爆させていくことが効果的ではないかという議論とともに、変革のための理念体系やビジョンが大切だという意見があり、実際にはその両方に少しずつ着手していくのがいいということになりました。

参加者の意見はさまざまでしたが、まずは動き出すことでは意見は一致したように思います。
武田さんには時々、テーマを設定したサロンをやってもらおうと思いますが、並行して、武田さんがいま執筆中の「第3革命論(仮題)」の原稿をベースに、ブロックごとにその原稿を読みながら議論を深めていくという「リンカーンクラブ研究会」的なものを毎月行うことになりました。
ただ、研究会も開かれた形にし、参加者にはテキストのデータを1週間前に送り、それをみんな読み込んできての話し合いというスタイルをとります。
研究会は継続参加を基本としますが、毎回の飛び入り参加も歓迎し、議論が「タコつぼ」化しないようにしようということになりました。
そういう意味では、サロンと研究会の中間スタイルになると思います。

1回は94日の午後です。
継続参加ご希望の方はご連絡ください。1週間前に武田さんの原稿をお届けします。
また研究会とは別のサロンも不定期ですが、開催の予定ですので、決まったらご案内させてもらいます。

Lc202107

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2021/08/01

■節子への挽歌5101:久しぶりに幸せな気分になりました

節子

やはりかなり疲れているようです。
相変わらずまだ走り続けているのかもしれません。
意識的にはすっかり生き方を変えているつもりですが、どうもそうではないようです。
気づいていないのは自分だけ、かもしれません。

今日は先日の茶会サロンで考えたことを話すサロンでした。
暑いのとサロンの趣旨が曖昧なので、あまり参加者は来ないだろうと思っていましたが、6人の人が参加しました。
後でわかったのですが、どうも私とサロンの応援者たちでした。
なかには半年ぶりに来た人も2人ほどいましたが。
私の案内に、私がサロン継続を迷っているのを何となく察知したようです。
後で気づいたのですが、私を元気づけるメッセージがいくつか込められていた気もします。

湯島のサロンの趣旨をしっかりとわかってくれている人たちがいる、と家に戻ってから改めて実感しました。
迷いがふっ切れました。

印象的だった指摘が2つありました。

いま新しいマッサージ業に取り組んでいる大学生から、佐藤さんにも施術したいが佐藤さんはお金を持っていそうもないので、対価をもらうかどうか迷っているというのです。
大学生からそう指摘されるとは意外でした。
他の人もどうもそう見ているようです。
帰宅して娘にこういわれたといったら、娘が言うには、着ているものから見てみんなそう思われるでしょう、とあっさりと肯定されました。

もう一つは、佐藤さんは人をまったく選別しないと言われました。
それは「人を見る目がないということか」と冗談で問い直してみたら、なんと「そうも言える」というのです。
まさかそう簡単に肯定されるとは思ってもいませんでしたが、それに重ねて、それで何回もひどい目にあっているでしょう、と言われてしまいました。彼はそのことも知っているのです。何しろ私は自分のことに関しては口が軽いですから。
確かにこれも反論できない。
困ったものです。

しかし、参加者はみんな湯島のサロンはぜひ続けてほしいといってくれました。
まさかのまさかですが、そういわれるとやはり続けようと思ってしまうのが、私の、性格なのです。これまた実に困ったものです。

まずは湯島維持のために、資金調達しなければいけません。
亡くなった友人の好意を素直に受けて、遺産をもらっておけばよかったとふと思いましたが、そんなことをしたらそれはそれで、また大変なことになっていたでしょう。
やはりお金はないほうがいい。
本当に困っていると、必ず誰かが何とかしてくれますから。
それが実に幸せを感じさせてくれますから。

サロンの時にはいささか疲れて、ただコーヒーを淹れていただけですが、帰宅してから何かとても幸せな気持ちになりました。参加者に感謝です。
お天道様は必ずみんなを見ているという言葉を思い出しました。

サロンは続けることにしました。

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■節子への挽歌5100:夢でいろんな人がやってきてくれます

節子

8月になってしまいました。
あまり活動的でないせいか、ともかく時間の速度が速い。
20年前の自分に比べると、たぶん生きている内容の密度は十分の一くらいかもしれません。
何かをやっているという実感があまり持てません。
俗な言い方をすれば、スカスカの人生を送っている気がします。
惰性で生きているというわけではないのですが、何もしていない気がします。
困ったものです。

昨日、武田さんと久しぶりに少しゆっくり話しました。
夢の話になりました。
最近よく夢を見るそうです。
私もそうですが、武田さんは夢の内容をしっかりと思いだせるそうです。
実に不思議な夢が多いようです。

私も最近はよく夢を見る。
しかしいつも登場人物は違います。
最近の特徴は私が知っている人がよく夢に登場することです。
特にこの1か月ほど、それが多い。
まるで私に挨拶に来るような気がしてなりません。

しかし、起きると誰の夢を見たかもあまり思い出せない。
間違いなく毎日違う人がやってくるのは判るのですが。
それが不思議です。
起きてしばらくは思い出そうと思えば思い出せるのですが、10分もすればもう思い出せなくなる。

しかも単に「挨拶」の来るだけではなく、とても何か大切なことを思い出させてくれることが多いのです。
それがいまの生活に役に立つという意味での「大切」ではなく、私が生きてきた中で「大切」だったというような意味ですが。
つまり自分に対するポジティブなイメージをもらえるような気がします。
それで元気に朝起きる。
しかし、すぐに思い出せなくなって、現実のわずらわしさや不快さがやってきて、元気はどこかに消えていく。
困ったものです。

昨日、岐阜の佐々木さんから「鮎」が届きました。
お礼の電話をしたら、ご不在でした。
不在なのは元気の証拠。
お元気そうで、よかったです。

暑い今日も湯島にサロンに行きます。
こう暑いと湯島に行くだけで疲れ切ります。
なんでサロンなどやっているのか、こういう時にはふと疑問がわきますが。

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