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2021/08/28

■節子への挽歌5122:時間は人間が発見したのか発明したのか

節子

半田さんが定年で大学を辞めることになり、その最後の公開連続講義に招待されていってきました。
3回シリーズですが、前回は、別件でどうしても行けなかったのです。

半田さんと知り合ったのは、彼がまだ大学院生でした。
その半田さんが、定年退職。私も歳をとったわけです。
今回は生活哲学学会と半田さんを慕う人たちで作っている水曜会の合同企画でした。
いずれも私はつながっているので、懐かしい人にも久しぶりに会いました。
一番久しぶりだったのは加藤さんでしょうか。彼によれば20年ぶりくらいだそうです。

3時間の講義はあっという間でした。
長年付き合っているのに、半田さんの知らない面も今回初めて知りました。
彼は興行師の喜びが好きなそうで、毎回の講義もまた一種の「興行」と位置付けているようです。その感覚はよくわかります。

私も会社時代は、イベント・マネジメントなどという言葉に注目し、いくつかのイベントを企画しました。
東レ時代には、創立60周年のイベントを企画しましたが、あの時の感覚は今でも覚えています。
イベントの面白さは、自分の力を超えて、大きな渦が起きることです。
成功したイベントを企画し、プロデュースすると、自分もまた動かされていることに気づかされます。

昨日のテーマのひとつは、「自由意志と因果決定」でしたが、私が、自由意志などはほんの小さな「遊び」でしかないと思うようになったのは、そういう経験の積み重ねの結果です。
これは、今湯島のサロンで話題として続ている「汝と我」「あ・な・た」につながっているテーマでもあります。
これまたとても興味深い。

半田さんが宮城大学で企画し、プロデュースした連続講義があります。
私も参加できるときはいつも参加させてもらい、進行役を務めさせてもらいました。
その時に、ゲストで来た大澤真幸さんの印象がつよかったのですが、いま、大澤さんが書いた「〈世界史〉の哲学」という7冊のシリーズの書籍に、いまはまっています。
「近代西洋とは何か」がテーマですが、何しろ大部の本7冊で、まだ5冊しか読み終えていませんが、半田さんの連続講義のことを思い出しながら、読んでいます。そんな時に半田さんの講義を久しぶりに聴くのも何か因縁を感じます。

今日のもう一つのテーマは「心空観」です。
これは昨年も半田さんからお聞きしていますが、それにつなげて、半田さんは今回の講義の最後に、次の問いかけをしました。
「時間は人間が発見したのか発明したのか」
この問いかけで、講義は終わったのですが、これこそ「大学の講義」にふさわしい終わり方だと思いました。

半田さんとはまた会って話すことになるでしょう。
会場はいつものお茶の水女子大学ですが、コロナのせいもあって、閑散としていました。

ちなみに半田さんはマスクを絶対にしません。
これまた半田さんらしいです。
節子の見舞いに来てくれた半田さんは、まったく変わっていないのです。

 

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