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2021/09/24

■茶色の朝の社会の到来にぞっとしています

昨日、テレビで、九州の臼杵市の市議会の話題が取り上げられていました。
問題になっているのは若林議員です。
若林さんは、8月、市内の中学校の周辺などでマスクを着けずにワクチンについてのチラシを配ったとして議会から厳重注意を受けたそうです。
議会ではマスクを正しく着用することを申しあわせているそうですが、若林さんは21日の委員会にマスクから鼻を出した状態で出席。委員長が適切なマスクの着用を何度も促したが、若林議員が従わなかったため発言が許可されなかった、と言います。
若林さんは法的な根拠もなくマスクの着用を強制するのは問題であり、そのことを理由に議員活動を制限することなどには納得がいかないとテレビでも話していました。

まあそれだけのことなら、私はよくある事件として見過ごすのですが、その後の報道にぞっとしました。
その件に対して、市民の反応を聞いているのですが、登場した全員が全員、若林さんを非難しているのです。
まさに世論は報道が作り出している。
いまやもう日本は、「茶色の朝」の社会になってしまったのか、とぞっとしたわけです。

日本からは人間がどんどんいなくなっているというのが私の最近の感覚なのですが、報道機関にはもう人間はいないのでしょうか。そうは思いたくないのですが、このニュースの報道姿勢には唖然としました。
そもそも国民に義務を課すということが、こんなに安直に語られていいのか。
コロナは、日本人の本性を暴き出してくれたような気もします。

ちなみに私は、若林さんの主張に共感しているわけではありません。
鼻だしマスクをするくらいならマスクをするなと思いますし、チラシを配るよりも行動しろといいたいですが、彼を非難する人だけを集めて報道する報道機関に恐れを感ずるのです。
そういう報道に怒りを感じない視聴者にもですが。

ワクチン報道も、少し冷静に考えればおかしなことばかりです。
なにやらわけのわからない言葉も、コロナ以上に異常増殖している気がしますが、人間がマスクに滅ぼされる未来を想像するといささか憂鬱になります。
そろそろまた「茶色の朝」サロンを開きたくなりました。

ちなみに、私はマスクそのものを否定しているわけではありません。いつも私の記事はきちんと読んでもらえずに(あるいは私の表現力不足で)ピント外れのコメントが多いので、念のため。

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