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2021/12/12

■節子への挽歌5218:古いノート

節子

書類や資料が詰まっている段ボール箱が数箱あります。
昨年のリフォーム時に、ともかく書庫と書斎をなくすために、そこにあったものをすべて引っ越し用に@譚バール箱に詰めてしまったのですが、その一部がまだそのままになっているのです。

昨日、坂谷さんと食事をした時に、段ボール箱からまず出さないと言われたのを思い出して、昨夜ひと箱をあけてみたのです。
たまたまなのですが、そこにはノート類が入っていました。

むかし、私はノートが大好きで、20冊くらいのノートにタイトルをつけてテーマごとに書き記すようにしていた時期があります。
そういうノートが出てきたのですが、いずれも最初の数ページしか書き込みがないのです。つまり飽きっぽく、テーマがどんどん変わっていったというわけです。

その一部に、節子のノートも出てきました。
節子も同じような習性があり、どこかに行くと何かを書く癖がありました。
旅日記のようなものですが、これも私と同じで、一冊に書けばいいのに、いろいろと書き散らしています。
私との違いは、私は同じノートを使っていますが、節子は手帳も含めていろんな大きさやスタイルのものに書いています。
ここに性格の違いが出てきています。

私は中学の頃からそうでしたが、気に入ったノートがあるとまとめて購入し、それを使うタイプでした。
ですから、数学も英語も国語も、全部同じノートでした。
そのため、国語も横書きで書いていて、先生に注意されたことがあります。

まとめて最初に購入するので、使わずに残ってしまうこともあります。
いまから思えば無駄な話です。
今回もまったく書かれていないノートも数冊出てきました。
困ったものです。

一番驚きは、なんと大学時代のノートまで出てきたのです。
私の記憶では、大学時代にノートをしっかりととったのは2つだけでした。
「憲法」と「行政学」でした。
この2科目のノートは卒業後も廃棄せずに残していたのですが、そのうちの「行政学」のノートが出てきたのです。
なんとまあ几帳面に書かれています。
いまの私には想像もできません。
当時の授業も何となく覚えています。

さて今回こそは思い切って廃棄するつもりですが、こうしたものの中に私の過去や節子の過去は残っているわけです。
そうした過去を少しずつ捨てていかないと、なかなか次への出発はできないでしょう。

そういえば節子の日記もたくさん残っています。
一時、読んでみようかと思っていましたが、いまはもう読もうとは思いません。
たぶんすでにすべてを知っているような気がするからです。
もちろん私たちがまだ会っていなかった以前のことも、です。

私の性格を受け継いだ娘たちも、たぶん読むことはないでしょう。
私が元気なうちにすべてを廃棄するのがいいかもしれません。

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