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2021/12/31

■節子への挽歌5252:節子不在の人生にも慣れてきました

節子

この挽歌は、節子が旅立ってから基本的に毎日書くことにしていますので、番号と節子がいなくなってからの日数は一致するようになっています。しかし、時々、書けなくなる時期があるので、時々、それがずれてしまうことがあります。
実は最近大きくずれていたので、年内に挽回して、両者を一致させて新年を迎えたいと思っていました。しかし、あまりにずれが大きくなっていたので、無理だろうなと思っていたのですが、この数日がんばったおかげで、奇跡的に一致させることができました。

つまり今日は節子が旅立ってから5252日目だということです。
言い換えれば節子がいない人生を、私は5252日、生きてきたわけです。
節子が知ったらどういうでしょうか。
「節子がいない人生は考えられない」と私は言っていましたが、それが嘘だったじゃないかと笑われそうです。

しかし、ある意味ではそれはもちろん嘘ではありません。
人生の意味が全く変わってしまったのです。

それはそれとして、今年は改めて、その「変わった人生」を考え直す余裕ができてきたように思います。
そのきっかけは、娘家族と同居したことで過去のものを捨てることになったことです。
惰性的に生きている、いまの生き方はもうできなくなったのです。

節子との人生も、大きく見直すことになりました。
節子不在の人生に慣れてきたといえるかもしれません。
いや慣れなければいけなくなったと言うべきでしょうか。
そのおかげで逆に現世へのこだわりはすっかりなくなりつつあります。

来年はさらに変われるかもしれません。
いつ節子が迎えに来てもいいようぬ、来年はさらに身の回りの整理をしようと思います。

そろそろ今年も終わります。
年を超えることの意味も、最近はほとんど感慨ないものになってきています。

淡々と生きる。
来年はそういう生き方に移れそうです。

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