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2022/01/20

■節子への挽歌5272:言葉遣いに注意しようと思います

節子

今日は大いに反省しました。
特に何かがあったわけではないのですが。

私はあまり「空気を読む」のが得手ではありません。
相手に話を合わせるのもそううまくない。
さらに悪いことに、時に相手を傷つける言葉を言ってしまうことがある。
特に、節子がいなくなってから、そういう傾向が強まった気がします。

そういえば、湯島からの帰りに、時々、私の言葉遣いを注意してくれていました。
ということは、むかしから私の言葉は、相手の気持ちを気にせずに発せられていたのかもしれません。
私は、それが相手にもいいことだと思いながら、なのだったと思います。

湯島のサロンで、最近、私の言葉が相手を傷つけると何回か言われていますが、昨日、小学校時代の同級生がこんなメールをくれたのです。

苦言を一つ言いたい。
最近、「歳のせい」「老人」「高齢者」という言葉を何度聞いたことか。
いけません。言は事だから、そう言ってると本当にそうなってしまう。
思考や行動が萎えてしまう。イヤだ。
(以下省略)

これは相手を傷つけている言葉ではないかもしれませんが、まさかこんなように受け止めている人がいるとは思ってもいませんでした。

1週間前には、これも節子がよく知っている友人から、「頭が悪いねえ」という冗談は俺にはいいけど、他の人には言ってはいけない、と言われました。いうまでもなく、私にとって、「頭が悪いねえ」というのは、彼への親近感の現れで、一種の「誉め言葉」なのですが、彼が言うには、他の人にはそう通じないというのです。
たしかにそうかもしれません。

言葉には気をつけなければいけない。
節子がいなくなったいまも、こうして私に注意してくれる友人がいることに感謝しなければいけません。

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