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2022/02/21

■節子への挽歌5302:変わった人の来訪

節子

今日は、世界世直し研究所の所長という人が湯島にやってきました。
サロンで話したいという話かと思ったら、もっと根本的な話でした。
その人は、10年以上前に、この活動に全面的に打ち込んだそうですが、なかなか広がらない。
当初は、いろんなところに行って話したそうですが、変わり者扱いされて、仲間が広がらなかった。

そんな時、ある人から湯島の話を聞いて、やって来たのです。
一度、サロンに出てくれたのですが、そこで私の考えなどを知って、相談にやって来たようです。
といわれても、そう簡単な話ではありません。まずはその人の考えを知らなければ協力しようもありません。

「世直し」という言葉で感じられるように、その人は日本の明治大正さらには昭和初期の文化を基準に考えているようです。
そこにさらに「世界」がつくので、まあ一種の宗教的なにおいを感ずる人もあるでしょう。
その一方で、いわゆる「陰謀論」的なにおいもします。

今日は1時間弱のお約束でしたが、基本的な考えを知らなければどうにもならないので結局、午後のサロンの参加者が集まりだすまで、昼食抜きで話し合いました。
おそらく思想の基本は、私とは真反対の価値観をお持ちのようですが、目指していること、つまり「我欲」ではなく「コモンズ」を目指しているのは共感できます。
目線も決して高くはない(時々そういう言葉は出ましたが)。
最近、引きこもりで論考を送ってきてくれた人とは全く違います。

それにその人は、実際に苦労もされている。
金融の世界に寄生している人とは全く違います。
私とは価値観が真反対ですが、そういう真反対は許容できます。
人はその生き方に、本性が現れていますから。

なにかその人のためにできることはないかと、またよ慶安考えをしてしまいました。
実際に深く話しだしたら、たぶんお互いに決裂しかねないですが、まあ話し合いを重ねたら、溝は埋められるかもしれません。

しかし、それにしても、いろんな人がいるものです。
私もよく、変わっていると言われますが、私などの変わりようはそう大きくはないでしょう。
そういえば、以前は、こういう様々な人たちがよくやってきました。
それを少しだけ思い出しました。

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