■ウクライナ戦争での国家の役割を考えたいです
もう古い本ですが、政治学者のウィリアム・コノリーの著書、『アイデンティティ/差異』という本があります。コノリーの本は私には消化不良でしたが、時々、共感できる言葉と出合えました。
昨日、岩波新書の「政治責任」という本を読んだのですが、そこに記憶に残っていた文章が引用されていました。再読したくなって書棚を探しましたが、残念ながら見つかりませんでした。
しかたなく孫引きで、その言葉を紹介させてもらいます。
こうした状況下(後期現代という意味です)で、主権的ないし自律的な実体としての国家、すなわち「外交関係」に入るものとしての、あるいは(民主的な理念の枠組の中で)集合的運命をコントロールするだけの効率性を持つ、民主主義的にアカウンタビリティのある政治的実体としての国家という古典近代的な概念は、次第に時代錯誤的で危険なものとなりつつある、と私は思う。
ウクライナ戦争を見ていて、つくづくそう思います。
国家制度を大きく脱構築させていかなくては、世界は壊れるような気がしてなりません。
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