■第15回益田サロン「ものの力と言葉の力」報告
細菌学者の益田さんの今回のサロンは「ものの力と言葉の力」。
そのタイトルの力もあってか、初めての益田サロン参加者も含めて10人近い参加者がありました。これは「言葉の力」でしょうか。
話の前に、いつものように益田さん手づくりの大きな紙の独楽や動く人形や空飛ぶ紙トンボが紹介されました。
そして、回っている独楽から何を感ずるかと、いつものような禅問答的問いかけでサロンは始まりました。各自、ものの力を実感してみようというわけです。
そこから自由な話し合いが始まりました。
ものがあるおかげで、誰でも話しやすいサロンですが、時々、益田さんからは問いかけが出されます。「ものの力」と「言葉の力」が相まって、話し合いはいろいろと広がり盛り上がりました。時には大きく脱線しながら。
そのやりとりは、それこそ文字では伝えられませんが、そのなかから物の力と言葉の力の違いが少しずつ見えてきました。
また「もの」と言ってもいろいろとあるし、「言葉」と言ってもいろいろあることも明らかになってきたように思います。
簡単に言えば、ものの力は人に「思い」を起こさせることであり、言葉の力はその思いを他者に伝えることではないかというのが、みんなが行き着いた一つの捉え方です。
そうであれば、「もの」と「言葉」をつなぐのは、「人の思い」だと言えるかもしれません。
益田さんからは今回新たに「アフォーダンス」という言葉が出されました。
「アフォーダンス」とは心理学者ジェームス・ギブソンによる造語で,もともとは「自然が人間を含めた動物に提供(アフォード)する価値」ということですが、最近では環境のみならず広い意味で使われています。
益田さんは、ものはまわりに向けて、さまざまな誘いをしているという意味で、この言葉を出したと思いますが、たしかにそこに独楽があれば、回したくなる。壁に穴があれば覗きたくなる。それこそが「ものの力」だというわけです。
しかし、独楽は回るものだということを知っていないと回すことはないかもしれません。とすれば、最初に回すことに気づくという「起源」の問題をどう考えるか。それが次の益田さんの問いかけでした。
そこで出てきたのが、これまでも何回か話題になっている「偶然性」です。
その偶然性を引き起こすのもまた「ものの力」かもしれません。
このあたりは今回あまり深入りはしませんでしたが、「偶然性」は益田サロンの重要なテーマのひとつだろうと思います。
ものは人を誘ってくるとしても、言葉もまた人を誘います。
その違いは何か。
言葉の世界では「比喩」が可能になりますが、比喩によって世界の理解は深まります。
比喩がものの世界を広げ豊かにしていく、といってもいいでしょう。
広くなった世界を「分類」することで、さらにわかりやすくなる。
そして、言葉は「文明」へと発展していく。
しかし、その一方で失われていくもの、落とされていくものも多い。
ものの世界に比べて、言葉の世界は言葉になったものを中心に構成され、言葉にならない「名もなきもの」は外へと排除されかねない。在ったとしても、私たちの認識世界からは消えてしまう。
これこそ、前回の二分心のサロンで話題になった「神の世界」と「人間の世界」の違いです。環境から来た刺激を感覚器官が受容し、それを脳が処理して、意味を持った世界へと矮小化してしまう。
これに関してもかなりの話し合いがありましたが、合意には至りませんでした。「神」とか「呪」という言葉が邪魔をしていたのかもしれません。それこそがまた「言葉の力」です。言葉には伝える力と拒む力があるようです。
他にも論点はいろいろとありました。
以上は私の視点でのまとめであることは言うまでもありませんが、みなさんそれぞれに「ものの力」と「言葉の力」を考えるサロンになったと思います。
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