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2022/07/15

■湯島サロン「改めて原発と平和の関係を考える」報告

第五福竜丸展示館でボランティアをしている黒田礼子さんのサロンには10人を超す人が参加してくださいました。

Kuroda1

第五福竜丸事件に関しては、いまの若い世代は知らないだろうと思っていましたが、20代の大学生は学校で学んだことを記憶していましたし、映画「ゴジラ」で知っていたと話してくれた人もいました。

黒田さんは最初に、保存されている第五福竜丸の写真といわゆるキノコ雲のカラー写真を見せながら、事件の概要を話してくれました。

1954 年31日、太平洋のマーシャル諸島でマグロ漁をしていた第五福竜丸は、近くのビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験により、多量の放射性降下物(死の灰)を浴び、乗組員 23 人は全員被ばく、無線長久保山愛吉さんは半年後に死亡しました。
「ビキニ事件」と呼ばれた、この事件を契機に、世界的に核兵器反対の声が高まり、日本でも原水爆禁止の全国民的運動が広がった事件です。

黒田さんは、展示館に見学に来る子どもたちにわたす「第五福竜丸自由研究のためのメモ」を参加者に配ってくれたので、事件の全容や被爆後の福竜丸がなぜいまの展示場に展示されているかが、とてもよくわかりました。

また被爆者などへの賠償に関わる日米間の交渉やアメリカのマーシャル諸島住民への姿勢なども話してくれました。マーシャル諸島住民にとっては、いまもまだ終わっていない事件なのだと知りました。
そこで思い出したのが、福島原発事故です。あの事件も長年住んでいた故郷に戻れない人にとっては、終わることのない事件かもしれません。核兵器の開発実験と原子力発電とが、私には重なって感じられました。

皮肉な話ですが、第五福竜丸被爆の翌日、日本の国会では原子炉建造補助費約2億円の予算修正案が突如提出され通過。翌年には、原子力の研究、開発及び利用の促進に向けて原子力基本法が成立しています。核の「平和」利用が始まったのです。
まあ、アメリカにとっては核兵器もまた「平和」のためと言われていましたが(今のロシアや日本でも同じようなことが言われていますが)、原爆を投下された日本でも、別の意味での核の平和利用が国家的なキャンペーンとなっていったわけです。

しかし、その一方で、世界的には科学者を中心にした核兵器廃絶を訴えた「ラッセル・アインシュタイン宣言」が宣言されました。残念ながらそこではまだ、「平和」がしっかりとは議論されていなかったような気がしますが。

黒田さんのお話は、さまざまな示唆を与えてくれましたので、話し合いも広がりました。

先日の山森さんのサロンで海洋における放射能汚染の話が出ましたが、黒田さんはビキニ事件後の放射能汚染魚の漁獲位置の分布調査結果の地図を見せてくれました。

ビキニ環礁からどう広がって行っているかが一目瞭然です。当時日本で水揚げされたマグロなどは廃棄されましたが、展示場の近くには「マグロ塚」が建てられています。

話し合いの内容の報告はいつものように省略しますが、参加者のおひとりがサロンの後に送ってきてくれた感想の一部を紹介させてもらいます。このことはサロンでも話され、黒田さんも共感してくれていましたので。

今まであった核関連の全ての事を個々の問題として処理してきたことによって、簡単に騙されてきた。第五福竜丸の遭難した場所は、南の美しい環礁の中で、そこにある小さな島々の人たちの苦しみは福島の原発事故で苦しんでいる人たちと相似形のように重ねることができる。そんなことへの気付きにも今まで無頓着でいた。

個々の問題として取り上げたがゆえに、「安全」だ「保障」だ「平和」だ「経済」だという言葉に置き換えられて、巧妙な方法で決着させられてしまった。

巨大な力を前に無力な私たちではあるけれど、その一つ一つを丁寧につないでそこから巨大な力に抗する“人間の力”を得る方法しかない。人間は非力ゆえに消極的に見えるけれど、一人一人は小さな頑張る力を持っているはずだから。

私も同感です。その人はこうも言っています。

核の巨大な力は人間の及ぶところではなく、居場所を全く異にする。
人間は人間として目覚めなければ。自然が自然に還るように。

私も、「人間と居場所を全く異にする」という意味で、原爆と原発は同じ存在に思えます。事実、黒田さんも「つぶやいた」ようにプルトニウムでつながっている。
しかも、原発の破壊力を私たちは福島で実感したはずです。しかし、停電回避のために原発を選ぶ人が増えている。私には理解できません。停電回避の方法は他にもある。

さらに最近では、なぜか原発と同じように核兵器に対する不安も失われつつあるように思います。
黒田さんは、ビキニでの水爆実験を行うにあたってアメリカは現地住民たちに「2度と戦争が起きないようにするための、人類のための大事な実験」と説明していたと言いますが、先の戦争で、アメリカ国民の生命を守るために日本への原爆投下が正当化されていたことを思い出します。そういう発想には与したくはありません。

戦争とは何なのか、平和とは何のか。
そして「人類」とはだれのことなのか。

このテーマ(原子力:核兵器と原発)に関して、引き続きサロンを開催していきたいと思います。

なお、第五福竜丸展示館に関しては次のサイトをご覧ください。
http://d5f.org/

 

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