■節子への挽歌5365:若者との会話はやはり元気が出ます
節子
今日は山梨の北斗市に移住し、自然農に取り組んでいる大学生(現在休学中)が湯島までわざわざ出て来てサロンをやってくれました。
彼女を紹介してくれたのは、これも大学生の川端さんですが、ふたりとも自分の生き方を探しながら、実践している若者です。
そのサロンにはほかにも若者が参加しました。みんな悩みながらも自分の生き方を探している。
大人たちもなぜかたくさん参加しました。
いつも感じますが、大人たちと若者の発言が次元がまったく違うのです。
大人たちは先輩目線で若者を指導し教えようとする。
若者はそういう発言にはむしろ反発を感じ、厳しく非難するのです。
私は、若者とほぼ同じ意見を持ちますが、それは彼らとの付き合いの中で学んだものかもしれません。
あるいは私自身もずっとそうしてきたのかもしれません。
会社時代も上司の考えに怒りを感じてついつい怒りをぶつけてしまったこともあります。思い出せばいろいろとある。
サロンが終わった後、若者たちと話していて、私がやりたいのは、こういう若者たちとのサロンではないかと思いました。
もう同世代の、あるいは少し若い「大人たち」の退屈な話は聞きたくないのですが、どうもそういう人たちがサロンでは発言が多い。
しかも私は佐藤さんと同じ考えだなどと言われると、いささかく戸惑います。
同じであるはずがないからです。
しかし私ももしかしたらそういう大人たちと同じなのかもしれません。
注意しなければいけません。
最近またサロンへのモチベーションが下がっています。
なんだか参加者からは喜ばれていて、こういう話し合いの場があまりないと、今日もある企業をまもなく定年退職する人から言われましたが、そういう言葉でついつい止められなくなっているのです。
節子がもしいたら、たぶんサロンはもうやっていないでしょうね。
私たちも北斗市に移住していたかもしれない。
白樺湖の周辺が終の棲家の候補の一つでもありましたから、
そんなことも思い出していました。
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