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2022/07/21

■農から離れた生き方を見直しませんか

フェイスブックに「畑作業もどき報告」を時々書いていますが、昨日の報告の最後に、ついつい「日本国民は、農業から離れてしまったために、何かとても大きなものを失ったのかもしれません」などと大仰なことを書いてしまいました。

ところがその直後、今度予定している原爆と原発関係のサロンのために、久しぶりに読み直した「原爆後の人間」(新潮選書 1971年出版)の最後に、それにつながるようなことが書かれていました。
同書は、当時、広島原爆病院院長の重藤文夫さんと作家の大江健三郎さんの対話集です。

最後に出てくる重藤さんの畑作業に関わる話がとても印象的なのです。
重藤さんは激務の合間に、時々、家族と一緒に生まれ育った近くの農村に出かけて行って、畑作業をしていたようですが、それにまつわる話です。
長いのですが、ぜひみなさんにも読んでほしいと思い、要約して引用させてもらいます。

たいてい日曜日には生家のある農村に行っています。お昼を持って、食べて帰ってくるんです。農家の人たちと話をするのが好きなんです。みなやってきますよ、「そのクワの持ち方はだめだ」とかね。
私たちの野菜は手入れも不十分なので、あまりよくできない。帰るときは、農家の人たちが、「うちの畑から掘って帰んなさい」と言うのです。

そこの農村は野菜を売ったりしないところなんです。自分のうちの分だけ作っている。そして、私たちにも持っていけと言ってくれる。
それは楽しいもんですわ、田舎はね。農村の人が親切で、私などを小さいときから知ってるから、一体感をもっているんです。現に小学校時代の仲間もいますからね。おんなじですね、学校にいったのと、そこに残って百姓をしてきたのと、互いに。
私も行くときには必ず聴診器と血圧計を持って行きます。無料健康相談、往診であれ何であれ、村のものならいっさい報酬は要りませんから…。

みんな熱心で、よく働く。でも最近は兼業が多くなりましたがね、広島へ出る。でも農業をやめて、広島に出たり、役場に入ったり、町会議員になったりする人たちの家は、みんなぼれてるんです。村の人が来て、「先生、よく見なさいよ。あんたの家もぼろぼろになっているし、あそこの家も。みな百姓きろうてよそへ出たやつだ」って…。百姓を一生懸命やってきた家はみな立派になっています。

しかし農村もいまスキなんかで耕作しないでしょう。ですから建物の構造が変りつつあります。昔は牛舎があったのがみななくなって、機械を入れる倉庫になって、どんな百姓家でも自動車がある。大型のトラックと乗用車と。

以上が重藤さんの話した概要です。最近、よく湯島で話題になっているラダック地方の「懐かしい未来」を思い出すような話です。
ちなみに重藤さんは、田舎に帰ると「フミヨーさん」と昔の名前で呼ばれるのだそうです。そこではもう病院長でも医学博士でもない。

そういえば、今見ている中国ドラマ「三国志」でも魏国の大都督にまでなった司馬懿が生まれ育った故郷に帰ったら、そこでは昔の仲間から、司馬懿と呼び捨てにされていました。司馬懿は土との付き合いも忘れなかったようです。
だから80歳を過ぎてもなお生き方を間違えなかった。
そんな気がします。

さて今日もまた畑に行こうと思います。整理した花壇に蒔く花のタネを買ってきましたので。今頃蒔くのが意外とあんまりなかったが残念でしたが。
今日は、帽子と水は忘れずに行く予定ですので、ご安心を。

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