■節子への挽歌5366:過去を思い出す人が夢によく出てきます
節子
最近また夢をよく見ます。
そこに私には記憶のない人が登場して、会ったことがあるでしょうと言ってくるのです。
昨日、夢であった人は、湯島にやって来て、名刺を渡してくれました。
なんとなく記憶が浮かんできて、〇〇さんと関係だったでしたっけ、と質問しましたが、違うと言われました。
まあそこで、久しく忘れていた〇〇さんのことを思い出し、そこで目が覚めました。
とまあ、こういう夢をよく見るのです。
もちろん〇〇さんは、毎回、違う人です。
昨夜の〇〇さんは、守永さんでした。
もうずっと前に亡くなりましたが、最後は施設に入り、交流を避けてしまうようになっていたので、電話で話したのがたしか最後です。
なぜ今頃思い出すのだろうと気になります。
守永さんのおかげでつながった人も少なくありません。
しかも、節子とイランにツアー旅行に行った時、節子と親しくなった人が、後でわかったのですが、守永さんの秘書をやっていた人でした。
節子とは交流があり、私も一緒に食事をしたことがありますが、こうやって忘れていた〇〇さんを契機にいろいろな人が思い出されるのです。
80年の人生、いろんなことがありました。
それをゆっくりと語り合う相手の節子がいないのが残念です。
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