■「戦争とは誰かが私欲のために引き起こし利用するもの」
ハーバート・フーバーの「裏切られた自由」下巻を一応読みました。
と言っても、下巻は史料が多いのと、私の関心事から外れたところが多いので、一部の拾い読みで終わりました。そのおかげで、600頁でしたが、2日で終わりました。まあ目次を読んだ程度でしかありませんが。
その中に、対日本政策と原爆投下事情やロシアの参戦に関わる部分、そしてポツダム会談のあたりの話が出てきます。
それを読んでいて、「戦争とは誰かが私欲のために引き起こし、利用するもの」だと改めて思いました。いまさらなんだと笑われそうですが、いまのウクライナ戦争も、そういうことで停戦には至らないのでしょうか。その構図が見えてくるようです。日本政府もおそらくそれに加担している。誰も終わらそうとは思っていないような気がしてなりません。
先の戦争で言えば、日本の降伏意図は、アメリカ政府にもロシア政府にも伝わっていたにもかかわらず、あえて原爆投下やロシア参戦を引き起こすために戦争は引き延ばされていたようです。戦争は「未来のために」行われることがよくわかります。
それと最後にハーバーの思いもかなり出ている論考も史料に残されていました。
特に、資料13「ルーズベルトの外交政策の評価」は興味深かったです。
明日は日本では戦争が終わった日として位置づけられています。
「裏切られた自由」を読んだおかげで、今年の8月15日は、これまでとちょっと違った気分で迎えられそうです。改めて「戦争」とは何なのかを少し考えてみようと思っています。
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