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2022/09/16

■湯島サロン「食と農からの生命系の経済への動き」報告

「農から暮らしを考える実践研究者」を自称する20代の岸本さんのサロンは超満員でした。しかも20代から80代、立場もさまざま。実践者である霜里農場の金子友子さんも参加しました。

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岸本さんは、冒頭、自分がまとめた修士論文を踏まえて、今も実践しながら考えている最中なので、今日は現時点での経過を話し、いろんな人と話すことでさらに深めて実践にもつなげたいとサロンへの姿勢を説明してくれました。

岸本さんは、以前から「現代社会のいろんな問題の根底には何か大きな構造がありそうだ」と考えていました。在学中から“途上国”の貧困問題や環境問題に興味を持ち、実際に現地に調査に行ったりしていたそうです。そして、“途上国”をただ‟先進国化”することでは問題は解決しないのではないかと考えた。そこから「新しい経済」へと関心が向かい、玉野井芳郎さんの生命系の経済に行き着いたようです。

玉野井さんは本来は経済学史が専門でしたが、農業から分離された工業を基礎とする資本主義の限界に問題を感じ、人間の生活と生命を維持するうえに、基本的に重要な領域である農業への関心を深めていきます。そして「地域主義」や生態学、さらにはエントロピー学との交流の中で、「生命系の経済」を構想していくのですが、その根底にあったのが「等身大の生活世界」です。

私は大学時代に玉野井さんの経済学史の講義を聴いて退屈していたのですが、卒業して20年後に出合った玉野井さんの論考にはワクワクしました。専門の知は、現場の実践の知や異質な知と接することで大きく変わることを教えてもらいました。

岸本さんは問題意識の表明につづいて、生命系の経済を簡潔に説明してくれました。
金銭を基軸にした市場経済(「狭義の経済」)では、いわゆるエントロピー増大則(一方向に進み非可逆)によって限界にぶつかりさまざまな問題が生ずるが、そこに「生命系の視座」を入れることで、生態系に支えられて限界を回避できるとし、それを生命系の経済(「広義の経済」)と呼ぶ。それによって、現代社会の問題は解決へと向かう。

その一例として、岸本さんは、食と農の近代化を取り上げ、工業化の一方で、さまざまな問い直しの動きが見られること、特に生産と消費の提携やCSA(地域で支える農業)の話を紹介してくれました。

このあたりはきちんと紹介するのは難しいので、関心のある人はぜひ岸本さんの修士論文をお読みください。

こうして岸本さんはさまざまな問題に取り組む中で、そうした問題が自分自身の生活と関わっていることに気づいていく。そうして、生産と消費がつながることで、経済を構造から変えられそうだという手応えを得てきたようです。

そうしたことを確信できたのは、修論でも紹介されている3つの事例調査です。
石川県能美市の「日本一小さい農家」の「菜園生活風来」。
生産者と消費者が共に農作物を自給する会員制グループLURAの会。
生産者と消費者をつなぐ「ポケットマルシェ」(株式会社雨風太陽)。
これらの事例に関しても、岸本さんの修論に詳しく紹介されています。

実践研究者を自称する岸本さんの研究はそこでは止まりません。
今春、自ら株式会社雨風太陽に入社し、生命系の経済を志向する取り組みをどうしたら広げていけるのかに取り組みながら、週末には自ら畑を借りて農業に取り組んだり、農家や漁師さんのところへ行って勉強したりしているそうです。

こうした内容の濃い話を岸本さんは簡潔に紹介してくれ、そこから話し合いに入りました。話し合いもさまざまな広がりを見せましたが、ここでは3つだけ紹介しておきたいと思います。

まずは生命系の経済の基軸は何かという問題です。
狭義の経済は言うまでもなく金銭を軸に動いていますが、生命系の基軸は「アイデンティファイ、あるいはアイデンティフィケーション」、つまり「目的と手段が一体化した世界」だと岸本さんは言います。ちょっと難しいですが、岸本さんは「生きるために生きること」とも言いました。
ちなみに、玉野井さんは「生命系」を「系内で生ずるエントロビーを系外に捨てることによって生命活動を維持している系」のことと定義しています。生命系を支えている基盤は、生態系です。

私は岸本さんの話を聞いて、玉野井さんもよく引用していたイヴァン・イリイチの「コンヴィヴィアリティ」(自立共生)という言葉を思い出しました。生命系の経済の世界では、みんなが支え合って生きている。
そしてそのことは、岸本さんも学んでいたという折戸えとなさんの「贈与と共生の経済倫理学」(これに関しても前にサロンを開かせてもらいました)に出てくる「もろとも関係」に通ずるように思います。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2019/04/post-2c67e0.html
今回も話題になったCSAも、生命系の経済で考えれば、単に生産者と消費者の連携に留まらずに、まさに「もろとも関係」として再構築できるでしょう。

外部不経済や社会的費用の問題も話題になりました。
外部不経済や最近話題の炭素税などは、あくまでも狭義の経済での発想です。生命系の経済にも、その基盤としての生態系という「外部」は想定されていますが、岸本さんが説明したように、それらは「一体化」発想で論理が構築されています。
そこでは「外部」を手段として利用するだけという発想はなく、金銭を介在しない非市場経済も、まさに一体として考えていくことになります。言い換えれば、すべてが循環発想で捉えられるのです。

「地域主義」という言葉も参加者から出されました。
大地に根差した第一次産業を踏み台にして発展する工業化に対して、玉野井さんは生活者が生きている地域の自立性、つまり地域主義の実践を重視していました。
そこでは当然ながら、人の生き方や関わり方、たとえば隣人との付き合い方が重要になってくる。生命系の経済の主役は、お金ではなく生活者一人ひとりなのです。言い換えれば、お金を媒介に生きるのではなく、生態系を踏まえて自立する生き方なのです。
私は、そうした生き方は、まずは隣人に声をかけることから始まるのではないかと思っています。

他にもさまざまな視点が出されたのですが、長くなるので省略します。

最後に、参加者から翌日届いたメールを、ちょっと長いですが引用させてもらいます。

「市場経済」だ「生命系の経済」だといわれても、なかなか難しくてつかめない。だから横の広がりがなかなかできないのではないかなと、昨日も帰ってからいろいろ考えてみました。大根の葉っぱを大切に思って捨てないで次の料理に使うって、私の実体験の話です。そうするととてもお料理が楽しくていろんなアイデアが浮かんでくるのですよね。世の中でいう「経済」に比べればとるに足らないごく小さなことだけど、これって「私の小さな経済学?」かなって思った。節約ではありません。「自分で生み出す(生み出せる)経済」って言えるかな。これは楽しいです。生きる毎日の、気持ちの豊かさにも繋がるような気がします。消費者がこうなった時に「もろとも」も自然に広がるのかなと一人で勝手に考えてしまった!

生命系の経済の主役は、私たち生活者一人ひとりなのです。

岸本さんのこれからの実践研究に期待したいと思います。
いつかその後の展開を報告してもらえるのを楽しみにしています。

なお、岸本さんの修論を読みたい方はご連絡ください。

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