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2022/10/25

■5426: 病院生活日記21:個性的なナースたち

今日も午後から展望風呂に行ってきました。
この時は点滴からも解放です。点滴の管がないだけでこんなにも気分が違うのかと思うほどです。しかも一人で独占しての展望風呂です。

30分ほど、入浴を楽しみ、更衣室でラジオ体操をやりました。
点滴がないので自由にできますが、やはり体力は落ちていて、いつもとは違います。
しかし久しぶりに身体を動かしたので、気分が大きく変わりました。

いささか長居してしまい、戻るとナースM(近嵐)さんが、ちょうど先ほど先生が回ってきてたよ、話せなくて残念だったね、と教えてくれました。
昨日のMRIの結果かもしれません。残念でしたが、まあここで1日2日違ってもなんということはありません。明日を待ちましょう。

さてまた点滴の針かと覚悟して帰室すると、ナースが今日は針を打たないでしようと、一本の針のほうで、対応することにしてくれました。
それに加えて、私にもう少しベッドでじっとしていてくださいというので、でも医師は歩けと言っている、と反論。そこでまあちょっとした論争?になりました。困ったものです。しかしともかくも佐藤さんはあまりに動くので点滴ブザーがなりすぎるというのです。最初のナースは、このブザーはよくなるのですよ、と言っていたのを真に受けていたのですが、どうも私のはなりすぎでしかも時々、私が勝手にいじるので、昨日も絶対触らないでと叱られたところです。どうもナースセンターでは私の評判はよくないようです。困ったものです。まあ、時には役にも立っているのですが。

ちなみにこの病院はナースが毎日変わるのです。最初はそれが不安だったのですが、いまはむしろそれがいいように思えてきました。思い込みからのミスは少なくなるでしょうし、それぞれ個性が違うので、患者は退屈しない。私だけかもしれませんが。

今日のMナースからは、論争?時、「私の話を聴いているの?」と叱られました。困ったものです。もちろん聞いているから質問しているのですが、コミュニケーションは難しい。その理由の一つは、まだ看護師と患者の情報の関係が次元もそろわずに立場も対等ではないからだろうと思います。これは医師と看護師との間にもあるようです。これについてはいつかまた。

ちなみに今日のMナースも、昨日のLナースも、患者中心で考えています。しかし患者は、病気に関する知識レベルや治療計画の詳細などわからない。その時の不安や疑問で問いかけるのですが、そこで齟齬が生じるのです。
インフォームド・コンセントは実際には極めて難しい。でも改善点はあるように思います。

まあ、そんなわけで夕方までベッドでおとなしくしていました。
午後、娘が着替えと化粧品と本を持ってきてくれたのです。
当初持ってきた「サルタヒコのゆくえ」は読み終えたのです。

昨日、論敵の武田さんが、今度出版する本の原稿を持っていくと言っていたので、それを待っていたのですが、その原稿を読ませて、また関係を悪くするのもよくないのでやめると言ってきたのです。その時に、本が読みたいと言ったのを受けて、原稿の代わりに本を送ると言ってきました。たぶん武田さんの好きな戦記物だろうと思っていたらとんでもない2~3センチも厚さのある翻訳のハードブックです。「21世紀の啓蒙」とか「時間の終わるまで」など、気楽に読める本ではありません。これが病人に読ませる本か。嫌がらせかとメールしたら、自分が読んでも難しそうなので、退院したら概要を報告せよというのです。全くひどい友人です。困ったものです。

さてそろそろ読み始めましょう。読めるでしょうか。やはりちょっとハードですね。

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