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2023/01/17

■国会議員ローテーション制度に賛成します

またれいわ新選組が、物議をかもす方針を打ち出しました。
同党の参院議員の水道橋博士さんが体調不良で議員辞職することになったのを契機に、 議員ローテーション制度を導入すると発表したのです。

水道橋博士さんは昨年の選挙で比例当選していますので、辞職に伴い、同党の議員席は選挙で次点だった大島九州男さんの繰り上げ当選によって確保されます。

そこまでならこれまで行われていたことなのですが、昨日の記者会見で、山本太郎代表は、これを契機に、1年程度で辞職と繰り上げ当選を繰り返させる「ローテーション制度」を導入すると発表しました。
これに対して、立憲民主党や共産党は「違和感」を表明していますが、私は「目から鱗」がおちた感じで、改めてれいわ新選組の知恵に感心しました。

ネットで調べたら、「法政大大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)は取材に「参院比例代表では非拘束名簿式を採用しており、政党名でなく個人名で投票する有権者もいる」と指摘した。れいわの構想に関し「政党の論理による手法で民意がないがしろになる。不適切だ」と話した」という記事もあり、政治学者にもあまり評判はよくないようです。しかし、政治学者のほとんどは体制維持のために存在しているわけですから、現状を変えようという動きには概して否定的なのは当然でしょう。

一時期、首相が1年おきに代わる状況が日本で発生した時も、世論はあまり肯定的ではありませんでしたが、私はとてもいいと思っていました。
古代ギリシアでもローマでも、執政官は1年単位でしたし、いまもたとえば、サンマリノ共和国では国家元首も政府代表も半年単位で交代しています。

最近読んだ國分功一郎さんの「スピノザ」(岩波新書)にも、「スピノザはマキャヴェッリに言及し、「国家には、人間の身体と同様に、「時々清めなければならぬ何ものかが毎日溜まる」のである」と書いている」とありました。
もし国会議員が国民を代表するのであれば、在任期間が6年というのはいかにも長い気がします。ルソーも、国民が主権者になるのは選挙の時だけだと言っていますが、代表を選ぶことが大変だった時代は、そうちょいちょいとは選挙は出来なかったのです。
しかし、「権力は腐敗する」とよく言われるように、国会議員になってしまうと、たぶん特別扱いされて、人はどんどん変わってしまうものです。

それに、いろんな人が国会議員の立場で国政に関わることの意味はとても大きいと思います。
ちなみ統治の継続性に関しては、しっかりした官僚制度(行政制度)があれば問題はないでしょう。今の日本の官僚制度は崩れに崩れているとは思いますが、それもまた立法制度を担う議員の職業化・世襲化とつながっています。

今回の議員ローテーション制度に対する評価や意見で、政治家や政党、あるいは政治学者が考えている政治の姿が見えてきます。

國分さんは先の「スピノザ」の最後で、スピノザの『国家論』を紹介していますが、そこで、『国家論』が民主国家の章で中断しているという事実には、スピノザの「私に代わって民主国家を論じてくれ」というメッセージが含まれているのではないか、というようなことを書いています。
最近は「民主政治」の評判があまりよくないようですが、おそらくそれは「似非民主政治」が横行しているためでしょう。

国民一人ひとりの意見が政治に届くようにするにはどうしたらいいかを真摯に考え続けている山本太郎さんたちに、いつも希望を感じ、元気をもらっています。
すでに90年前の大政翼賛会国家に向かっている日本をとどめているのは、私には今やれいわ新選組だけではないかと思えてなりません。

 

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