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2023年3月

2023/03/31

■節子への挽歌5562:また不安に襲われてしまっています

節子

最近どうも精神的に安定しません。
夜中に目が覚めるとなにか不安感がよぎります。

やらなければいけないことをいつものようにリストアップしているのですが、どうもやる気が起きずに一向に減らないのも、その一因かもしれません。
しかもその中には、やらなければいけないこともあるのですが、私はその気にならないとどうにも動けないタイプなのです。

湯島のオフィスの管理費の自動引き落としの手続きもしないといけません。
でもそういうのが私はとりわけ苦手です。以前はすべて節子任せでしたから。
会社の決算もしなければいけません。
ほとんど休業状況なのですが、解散するのも難しいので維持し続けなければいけません。

湯河原の仕事用のマンションも管理費や光熱費などの請求が来るばかりで、なんとかしなければいけません。
以前なら、節子、やっておいて、という一言ですんでいたのですが。

そういう、いろんなことを考え出すと、どうも憂鬱になってしまい、精神的に不安に陥るわけです。
この状況から抜け出さなければいけません。

しかし、本当の不安の原因はたぶん全く違うのです。
時々、こうした不安感に襲われてしまうのです。
季節の変わり目は、昔は好きでしたが、最近はどうも苦手です。

明日から4月。
気分を変えないといけません。

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2023/03/30

■節子への挽歌5561:25歳の私に出合いました

節子

今日はもう一つうれしいことがありました。
また昔の私に出会ったのです。

「花と機械とゲシタルト」の感想を岡和田晃さんに送ったのですが、それに関して岡和田さんから思ってもいなかったものが送られてきたのです。
それは、私が25歳の時に「SFマガジン」に投稿した記事です。
私自身、投稿したことさえ忘れていたのですが、岡和田さんはどうやって見つけたのでしょうか。
データバンク化されているわけではないでしょうし、驚くほかありません。

それにしても実になつかしい。
読んでみました。
偉そうな物言いが恥ずかしいですが、この頃、私がどんな気持ちでSFを読んでいたかを思い出しました。

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岡和田さんは、実に好意的にこの投稿を読んでくれて、「「単なる娯楽」としての「現実逃避」ではない「身近」な思弁性としてのSFを求めていた佐藤さんが、自然と読まなくなったというのは当然でしょう」と書いてきてくれました。
たしかに、次第に私はSF離れをしていったのです。
岡和田さんは好意的に書いてくれていますが、私自身が現実にどんどん慣れていってしまい、社会への批判姿勢が弱まっていったのも一因かもしれません。
その後、たぶん読み続けたのは光瀬龍の宇宙年代記くらいでしょうか。
それも次第についていけなくなってしまいましたが。

今もむかし書いた文章はいろんなところに残っているでしょう。
それを読み直してみるのも面白いかもしれません。
でもあの頃の私と会っても、たぶんあまりいいことはないでしょう。
それに探すのも大変ですから。

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■節子への挽歌5560:ボストンからの電話

節子

今日もなぜかいろんな人から電話がきました。
電話は苦手なのですが、どうも長電話になってしまう。

ちなみにわが家の固定電話は最近留守設定にしています。
詐欺がらみの電話やセールス電話が多いので、そうしている家が増えていて、わが家もそうしたのです。

今日も携帯電話で長電話をしていたら、固定電話がなりだしました。
それを口実に長電話を切ったのですが、その固定電話への着信はボストンのSKさんからでした。慌てて電話口に出たので何とか間に合いました。
昨年来実時にはすれ違いで話もできなかったのですが、また来日しているのかと思ったら、アメリカからの電話でした。

6月に来日するそうで、湯島の万葉集サロンにも顔を出してくれるそうです。
先日、このブログでも呼びかけましたが、それも読んでくださっていました。
当日は午前中も空いているというので、万葉集サロンの升田さんとその教え子の葉紅さんも誘って、お会いすることにしました。

お会いするのはもう何年ぶりでしょうか。
まあこういうこともサロンをつづけていることのおかげです。

早速升田さんにも伝えました。
さてどんな展開になるでしょうか。

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■湯島サロン「自閉症の若者が感じているいまの社会」のご案内

今回は、知り合ったばかりの若い世代の人に話題提供と問題提起をしてもらおうと思います。その人には私もまだ2回しかお会いしていません。彼女から最初にもらったメールに、「私は知的障害があります」と書いてありました。その後、彼女は自閉症だと教えてくれました。

彼女は2回目に参加したサロンで、自らの人生を短い言葉で、リアルに、実に的確に公開してくれました。自閉症ならぬ、自開症ではないかと思いました。
しかもその言葉のなかに、社会への問いかけや当事者意識というか主体的な姿勢を強く感じました。彼女が、言葉だけで語っている人たちのことをどう感じているのかも、見事に伝わってきたのです。私も見透かされているような気がしました。
傍観者目線で意見を述べたり、不都合な現実は見て見ぬふりをしたりする生き方ではなく、彼女は自らの身を挺して自分を生きているのだと感じさせられたのです。
それでつい願望を込めてサロンをやってみない、と声をかけてしまったのです。

そうしたらすぐに、「もし私がサロンを開くとしたら」こんなことを話したいという返事がきました。そしてその最後に、「いずれも重いテーマですが、当事者の声として選挙権を持つ人々に伝えておきたい事だらけだ」と書いていました。
政治にあまり関心のない人たちに聴かせたい言葉です。
彼女は、さまざまな体験と現場で、私の知らないこともたくさん体験しているようです。彼女があげてきた話題はどれもこれも興味を持たせるものでした。

そこであえて、テーマを絞らずに、「自閉症」を抱えながら生きてきた彼女の人生やそこで彼女が感じたこと・思ったこと、そして今、そしてこれから何をしようと考えているかなどを自由に話してもらって、それを踏まえて、自由に話し合えるサロンを開くことにしました。
できれば、自閉症への理解も深められればと思います。自閉症や自閉症的な性向の人とのコミュニケーションのとり方や注意すべきことなども教えてもらえると思います。
いささか無謀なサロンですが、湯島のサロンですから、許してもらえるでしょう。

彼女は服飾専門学校卒業後、9.11がきっかけで地下鉄サリン事件後の霞ヶ関で働いていたそうですが、いまは福祉の仕事に取り組んでいます。自らの体験に基づく生活保護制度の話もしてくれるかもしれません。虐待の話やコミュニケーション障害の話、あるいは司法や法律の話も出るかもしれません。
話がどこに跳んでいくかわかりませんが、彼女の素直な目と心から、それぞれが何かを学ぶサロンになればと思っています。

〇日時:2023年4月21日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「自閉症の若者が感じているいまの社会」
〇話題提供者:5年ほど前に病院で自閉症だと診断された南さん(現役格闘技団体マネージャー兼介護職)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2023/03/29

■節子への挽歌5559:孫のランドセル姿

節子

節子がいた頃はわが家の恒例行事だったあけぼの山のお花見はなくなりました。
1,2回、娘たちと行きましたが、どうもみんな元気が出ない。
そのうちだれも行こうと言わなくなったのです。

初詣も最近は行かなくなりました。
思い出は、時にこうしたことになっていくようです。

ところが今日、ジュンがあけぼの山の桜と公園のチューリップのなかで、にこのランドセル姿の写真を撮りに行くというので、ユカを誘ったので、私も同行しました。
にこはこの4月から小学生なのです。

久しぶりにあけぼの山公園は花もきれいでしたが、人もにぎわっていました。
お花見のための出店もたくさん出ていました。
ランドセル姿で撮影に来ていた子どもも見かけましたが、にこもはしゃいでいました。
いささかはしゃぎ過ぎたのか、帰りの車の中では寝てしまっていました。

Sakura202303292 Sakura202303291 この春休みに、国立科学博物館の恐竜展に行こうかと誘ったら、「行きません」と即座に断れてしまいました。
恐竜は好きではないのだそうです。
代案もすべてノー。
どうも嫌われたものです。

子供の好みはどんどん変わります。
この数年、あれほど好きだったリカちゃん人形はもう卒業したようで、これまで集めたものもすべて処分してしまうそうです。
昨年末には、あれほど欲しがっていて、私もプレゼントを要求されていたのですが、まあその変わり様には驚きます。

それにしても、にこが小学生になるまで私が元気だったのも意外です。
このままだともう少し行きそうです。
それがいいのかどうかは悩ましいことですが。

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■湯島サロン「死刑制度はなぜ必要か」報告

死刑制度を考えるサロンの2回目は、死刑制度賛成必要の立場から北原千香子さんに問題提起をお願いしました。
参加者は10人。前回参加した人もいましたが、過半は今回が初めてでした。

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北原さんはまず、死刑制度に関する世界的な動きをデータで説明してくれました。
大きな流れから言えば、世界は死刑制度を廃止する潮流にあります。2020年末の時点で、死刑制度を廃止した国は108、制度は残しているが実際の死刑は執行されていない国が28、死刑制度を存置している国が55、という状況になっています。

死刑制度のある日本での死刑判決は2012年以降激減し、2012年以降は毎年25件になっています。ただし、実際の死刑執行数は2018年にオウム事件に関連して多数の死刑が執行されたのを別にすれば、傾向はそう変わっていないようです。

死刑制度への国民意識も、この10年ほどはあまり変化していません。死刑制度存続はやむを得ないというのが圧倒的に多く80%強に対して、廃止すべきが10%前後、残り10%がわからない、もしくは一概には言えないという意見です。
興味深いのは、若い世代(1829歳)の17%が最近(令和元年)では死刑制度を廃止すべきだと回答していることです。
もっともこの意識調査に関して、北原さんは設問の表現から考えて、この数字が死刑制度賛成・反対の数値とは必ずしも言えないと説明してくれました。

さらに日本の死刑執行の方法が非人道的で憲法違反であると死刑囚が国を提訴した話など、最近の死刑制度にまつわる話もしてくれました。

こうした世界の潮流や日本の状況を踏まえて、北原さんは、なぜ自分が死刑制度に賛成なのかの話をしてくれました。
その理由の背景には、北原さんご自身の被害者遺族との生々しい接触体験もあるのですが、そうした被害者遺族の思いを考えれば、極刑である死刑がなければならないというのが北原さんの死刑制度必要論の最大の理由です。
それは単なる怨念を晴らすという復讐ではありません。そこには贖罪という意識もあって、(被害者の無念を考えると)死には死をもってあがなわせるしかないという思いがあるようです。

そこから話し合いが始まりました。

死刑制度には反対だという人が多かったので、北原さんへの質問や異論もたくさん出ました。死刑を執行することで、被害者遺族は二重の殺人被害者になるのではないかとか、死刑制度の存在そのものが人道に反するのではないか、などなど。しかし、北原さんの信念はみじんも揺らぎません。
なにしろ北原さんの考えは、ただ頭で組み立てただけではなく、心理カウンセラーとして当事者と生々しく触れあっている体験によって組み立てられているからでしょう。
私自身も友人が殺害された経験がありますし、身近な人の不条理な死に加害者を殺したいと思ったこともありますから、北原さんの心情は少しわかる気もします。

ちなみに「冤罪」による死刑に関しては、今回は大きな論点にはなりませんでした。それに関しては、北原さんももちろん問題視していますが、それは死刑制度の話というよりも、死刑制度執行の話だからです。つまり死刑制度が間違った運営にならないような手続きをしっかりすることを前提として北原さんは死刑制度の必要性を説いているのです。

参加者の近藤さんが、立脚点が論理的か情動的かの違いがあるので、なかなか話し合いがかみ合わないと整理してくれましたが、たしかにうまくかみ合いません。
しかし話しているうちに、問題の所在がかなり整理されてきたような気がします。

それは、被害者遺族の気持ちを支え、被害者遺族への支援の仕組みこそが大切なのではないか、それこそが一番考えなければいけない「問題」なのではないか、ということです。この点に関しては、死刑制度反対論者にも共通していたように思います。

日本では、犯罪に巻き込まれた人を支える仕組みもあたたかく見守る社会の目もとても弱いと私も思っています。むしろ関係者を追い込む雰囲気さえある。
私自身、いつ関係者になるかわからないですから、このことは私もずっと気になっています。弱い者いじめの風潮は建前はともかく、実質的にはむしろ強まっているような気さえしています。

そうした状況が変われば、北原さんの考えも変わるかもしれませんが、むしろそうだからこそ、死刑制度には反対という立場もあります。
犯人の死刑ですべてを終わりにするのではなく、被害者遺族の救済で終わりにしたい、と思う人もいるでしょう。犯人も当然、その救済の責務を負うべきだと私は思います。死んでその責務を果たせるのか。遺族それぞれの考えがあるでしょうから、一概には言えない話だと思います。

死刑が「極刑」かどうかということも意見が分かれるところです。
たとえば私も北原さんと同じく、加害者には「極刑」をもって罪をあがなってほしいと思いますが、北原さんと違うのは、死刑は極刑とは思えないということです。俗な言い方をすれば、死んだら終わりというようなことは許したくない、簡単に死んでほしくない、そう思うのです。

遺族の怒りを、加害者に向けさせて、死刑で終わりにしてほしくない。
むしろその事件を切り口にして、なぜそんなことが起こったのかを明らかにして、そんなことが繰り返されないようにしてほしい。そして加害者には、死ではなく、生であがなってほしいと思います。

こういうことに関して北原さんは反対しているわけではないでしょう。
死刑制度の賛否を超えて共有できる問題が浮かび上がってきましたから、今度はそこに視点を置いて、また死刑制度を話し合うことにしたいと思います。
問題の立て方を変えて、そこから考え直していけば、死刑制度の捉え方も変わってくるかもしれません。

このサロンはもう少し続けていくことにします。
どなたか問題提起をしたいという方がいたら、ご連絡下さい。

今回のサロンで、升田さんが、死刑制度を考えるともっと大きな問題が見えてくると話してくれましたが、まさに「人のいのち」をどう考えるかに関わっていますから、社会のありようや私たちの生き方に深くつながっています。
殺人事件や死刑は、私たちの日常には無縁な特殊な話ではありません。
とつぜん自分に降りかかってくるかもしれない問題です。
このサロンでは、難しい議論ではなく、私たちの日々の生活につなげて考えていきたいと思っています。

 

 

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■山野浩一さんの「花と機械とゲシタルト」の世界

先週は寒さと雨のおかげで在宅での読書時間が多かったのですが、そこで読んだ本のほとんどは、その前の週に岡和田晃さんが送ってくださった本がきっかけでした。
その本は、岡和田さんが再刊に尽力した山野浩一さんのSF小説「花と機械とデシタルト」です。

岡和田さんが送ってくださったのには理由があります。
私が久しぶりに中国のSF小説「三体」を読んで面白くなかったとFBで書いたのですが、それを知った岡和田さんが、佐藤さんはこういう本を読んだほうがいいと、この本をわざわざ送ってきてくれたのです。

岡和田さんからは、これまでも文芸評論とは何かということをはじめ、いろいろなことを気づかせてもらっていますし、こと文学に関しては(生き方もですが)頭が上がらないので、ここは読むしかないのですが、いささか敷居が高くて読みだすのに時間がかかってしまいました。しかし思い切って、先々週読みました。
私にはやはりハードで、4日かけてようやく読み終えたのです。

読んだ後、そこからのメッセージがまだ読み取れないまま、1週間ほどいろいろと考えていましたが、その間に気分転換も込めて先週は4冊の本を読んでしまったわけです。
そういう本はいとも簡単に紹介できるのですが、岡和田さんが解説している「花と機械とデシタルト」はそう簡単には紹介できません。間違いなく、岡和田さんからは、なんだこの程度にしか読んでくれなかったのかといわれることは明らかだからです。
岡和田さんよりかなり年上の私としては、見栄もありますし、期待を裏切りたくないという思いもあるからです。

でもまあそんなことは瑣末なことです。そもそもそんなことは見透かされていることでしょう。大体において隠したいと思うことは、すでに相手には伝わっているものです。

というわけで、少し紹介させてもらうことにしました。
もし興味をもって、読んでくれる人が増えれば、それはうれしいことです。

この作品は、40年前に出版されていますが、当時の文壇からはあまり歓迎されなかったようで、「知る人ぞ知る」の作品という貴重な存在になっているようです。
それを岡和田さんが、ていねいな解説をつけて再刊してくれたのです。

40年前といえば、私があまりSF小説を読まなくなってから10年近くたっていますので、私が知らなかったのは仕方がありません。しかし、もちろん著者の山野浩一さんのその前の作品は一部読んでいますし、とても好きでした。
しかし、この作品は、私の好きな山野浩一さんの初期の短編作品とは全く異質です。

ちなみに、SF小説といえば、私はまだ「空想科学小説」というイメージですが、この作品の頃から「思弁小説」と言われだしていたようです。
この小説は、まさに思弁小説で、よほど思考を柔軟にしないと入っていけませんが、一度入ってしまうと、まさにメタバースに入ったように自由に読み込めていけます。
若いころなら、私も思い切り飛び回れたのでしょうが、いまの重い身心では、ついていくのにやっとでした。

しかし、岡和田さんがなぜ私に勧めたのかはわかりました。誤解かもしれませんが、いま私が生きている世界や私の関心事につながっているからです。
読みだしてすぐそれには気づいたのですが、確信したのは、先日の湯島でのサロンの時です。飛び込んできた自閉症の若い女性の言動に触れて、ハッと気づいたのです。湯島のサロンはあの小説の舞台になっている「反精神病院」そのものではないか、と。

この小説の舞台は、反精神医学理論の唱導者である「博士」が、仮想存在としてのという概念を外部に実体化させ、それを核にして、みんなで自主的に運営していくためにつくり上げた反精神病院、今様に言えば「コミュニティ」です。
そこで暮らす人たちは、自らを「彼」「彼女」と呼びますが、実に多様で多彩な人たちです。最初は、思弁的なめちゃくちゃさを感じますが、読んでいくうちに、実に生々しくリアルになっていく。まるで、いまの日本の社会を見ているようです。これは読んでみないとわからない。

湯島のサロンには、この話に登場するほどではないものの、統合失調症や躁鬱の人、あるいは長いこと引きこもっていた人、いまも引きこもりをつづけている人などもやってきます。時に人を殺しかねないような人も来て、しばらくは不安に苛まれることもありますし、自殺が心配で眠れないこともある。もしかしたら、そうしたサロンに長年参加しているおかげで、私はこの話に奇妙に親近感をもったのかもしれません。そして同時にそう簡単には読み進めなかったのかもしれません。

「我」と「彼・彼(女)」(話は逸れますが、よく使われるこの表現は私には違和感があります。「彼(女)」と書くならなぜ「彼(男)」と書かないのか)へと自らを預けてしまい、その抜け殻のなかに残った3人目の「わたし」と「あなた」が、最近の私の関心事なのですが、どうも昨今は、その「わたし」と「あなた」がいなくなってきているような気がしています。もうそんな人間は不要なのかもしれません。

湯島で長年サロンをやっていて、そういうことを最近強く感じているのですが、まさにこの作品の舞台である「反精神病院」が広がっているのかもしれません。いやその反対かもしれない。

いま湯島では隔月で万葉集サロンをやっていますが、そこでのテーマは、「我」と「汝」と「多・他」です。山野さんの作品の「我」は、私にはむしろ「多」に重なるのですが、そこでの関心も、「多」が「他」になり、そこに「我」を託す大きな流れを私は意識していますので、山野さんの話とも通じています。

そして今回気づいたのは、「多」が「他」となり、そこから「彼」が生まれるということです。そしてそこから「表情を持った彼」も生まれてくる。それを何と表現するのか、まだわかりませんが。
というわけで、最近のサロンのテーマもまた、この話につながっている。

サロンで時々話題になる二分心にもつながっていく。また以前話題にした「オメラスの寓話」や天皇制の問題にもつながっています。
言うまでもなく、それは湯島のサロンの世界を超えて、広がっていく。

前にも紹介しましたが、岡和田さんは昨年、山野浩一発掘小説集「いかに終わるか」も編集して再刊しています。
岡和田さんのこうした地道な活動はただただ頭が下がるだけですが、この2冊には未来を占うヒントもたくさん含意されているのでしょう。残念ながら私にはまだ十分には読み取れていないのですが。

しっかりと未来を考えたいという人は、いや、現代社会を読み解きたいという方は、ぜひ読んでみてください。なにか示唆が得られるかもしれません。

ちなみに前に紹介した「あかあかや明恵」を読んでいて感じたのですが、明恵の世界もまた反精神病院なのかもしれません。いや、そもそも寺院や教会は、みんな反精神病院だったかもしれない。
この10日程、いつもこの小説が頭にあったせいか、社会そのものがもう「反精神世界」になってしまったような気さえしだしています。

気分を変えないといけません。

 

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2023/03/28

■節子への挽歌5558:若いころの私との出合い

時評編にも書きましたが、一昨日、若いころに読んだ岩波新書の「実存主義」を読みました。今から50年以上前に読んだ本です。
そこに赤い線がたくさん引いてありました。
そこの部分を読んでいると、なにか50年前の私に出会っているような気がします。
いまとはかなり関心事や感心するところが違うようです。
でもそこが面白い。

考えてみると、昔の私は、そういう形でいろんなところに残っています。
ということは、節子もまた、いろんなところに残っているわけです。

一番は節子の残した日記でしょう。
いつか読んでみようと思っていましたが、やはりなかなか読む気にはならないものです。
まだ読んでいませんが、だからと言って捨てる気にもならない。
おそらく娘たちは読まないでしょう。
私が読まなければ誰も読まない。

私は節子と結婚する時に、それまでの日記はすべて廃棄しました。
まったく新しい生活を始めようと思い、友人知人の住所録も廃棄してしまいました。
後で後悔しましたが、その時はそれがいい考えだと思ったのです。
まあ私の知恵などというのは、すべてその程度のお思い付きでしかありません。
節子とはまったく違っていました。

しかしこんな形でむかしの私に出会うことはうれしい気もしますし、何よりもあったかくなるのです。
節子の場合もそうで、時々、いろんな方とで節子に出会うこともある。
それがメモであったり写真であったり、誰かの心に残っている思い出話であったり、いろいろですが、節子が話題になることがあるとなんだかとてもうれしくなる。
そういう、ふとした軽い出会いがいい。

日記に詰まっている節子はあまりに強烈すぎるような気がして、まだ読む気にはなれません。でもそろそろ読みださないと、読まないまま終わってしまうかもしれません。
それに私が知らない節子に会えるかもしれません。

若いころの私との出会いが、若いころの節子との出会いに向けて、私の背中を押してくれた気がします。
そろそろ節子の日記を開いてみようかと思いだしてきました。

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■若いころ読んだ岩波新書の「実存主義」も一部を読みました

先週読んだ本の紹介ばかりしていますが、最後にこんな本も手に取ったという話です。

岩波新書の「実存主義」(松浪信三郎著)です。出版されたのは1962年、私が大学生の頃です。ただ私が読んだのは、会社に入ってからですが。
今回は全部読んだわけではなく、きちんと読んだのはわずか4頁ですが、若いころの私がいろいろなところに赤線を引いていたので、そこを中心に一応全部目を通しました。若いころの私が、いかにピント外れだったかがよくわかります。まあ時にいまも心に響くところもありましたが。

しかし、なぜ、こんな古い本を読んだのか。
2つの因縁が重なったのです。

まず一昨年リフォームをして私の書庫も書斎もなくしてしまったため、書籍をかなり処分し、残った書籍もまだ箱に埋もれたり書棚に積んであったりしたままなのですが、そういう過程で私に呼びかけてきた数冊の本があります。
実はこの「実存主義」もその1冊で、地味な本なので普段は気づかないはずですが、なぜか何回も私の目につくところに出てきて、アピールしたので、一番目立つ書棚に仮置きしていたのです。それが一つ目の縁。
そして、実は先々週、久しぶりに山野浩一さんの「花と機械とデシタルト」という小説を読んだのですが、その本の解説で、岡和田晃さんが、この「実存主義」に言及していたのです。

因縁には従うことにしている私としては読まないわけにはいかない、というわけです。

というわけで、きちんと読んだのは、「亡命の実存主義 ベルジャーエフ」と題した4頁だけです。岡和田さんがそこの「私と汝」の部分を引用していたからです。
今回読み直した「実存主義」の4頁の中にこんな文章がありました。

精神は決して反社会的なものではない。むしろ反対に、社会的であってこそ、精神は自由となり、人格的な創造に参与することができる。

とても共感できます。
しかし残念ながら、この本を読んだ若いころの私は、そこに赤線を引いていませんでした。たくさん赤線は引いてあったのですが、にもかかわらずです。
たとえば「人間は彼がみずからつくるところのものである」というようなところに赤線が引いてある。まあ若気の至りとしか言いようがない。
その頃の私が、もし今の私に会っていたら、とふと思ったのですが、そこで気づいたのは、いまなら若いころの私に出会えるかもしれないということです。

改めてむかし読んだ本を読み直してみようかとふと思いました。
でもまあ残された時間もあまりないし、やはり前に向かっていった方がいいかなとも思います。

さてどうするか。
すこし考えてみようと思います。

先週はここで紹介した4冊の本以外にも2、3冊は手に取りましたが、印象に残った本はこの4冊でした。いつもより多いのは、雨のおかげです。

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■節子への挽歌5557:お金は本当に人を試してくる

節子

先月、湯島のサロンの参加者を対象にしたメーリングリストに、湯島を維持するための経済的な支援の呼びかけをしました。
その報告も一切していないのですが、呼びかけた翌月、つまり今月初めにCWSコモンズ村の銀行口座を確認してみました。

私は1000万円くらい入金されていると思ったりもしていましたが、残念ながら桁が2けた違っていました。ただ驚くほど意外な方が、それも驚くほどの金額を入金していて、どう対処していいか悩みました。
やはりこういう形で支援をお願いすると、誰が支援したかがわかってしまうのはどうしようもありません。実はそれを知りたくなくて、口座の記帳をしたくなかったのですが。

まだ私自身、煩悩のさなかにいますので、どうしても気持ちが揺らいでしまう。
それに支援してくださった方にお礼の連絡をすべきかどうかも悩ましい。
するのも失礼だし、しないのも失礼、などと考えてしまいました。
まだまだ俗世から解放されていません。困ったものです。
結局、その時点でお礼のメールを差し上げましたが、またそれから記帳はしていません。

もっとも以前から毎回のサロンにお札を缶に入れていく人もいます。反対に、お布施を入れておきますとわざわざ言って、ワンコインを入れる人もいます。ワンコインも入れない人もいる。そういうのも気づきたくないのですが、なぜかわかってしまうのです。困ったものです。
今はお金がないから出世払いにと明言している人もいますが、そういうのはとても気持ちがいい。問題は払うか払わないかではなく、払いたいか払いたくないか、なのです。

お金は本当に人を試してくるうえに、多くの場合、自己嫌悪へと落としてしまう。
だからお金から自由になりたいと思うものの、完全には抜け出せない。

今日も湯島の管理費の自動振り替えができていないというので、ユカに銀行に行ってもらう羽目になっています。
困ったものだ。

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■読書の3冊目は「マルクス」

先週読んだ本のなかには経済の本もあります。

白井聡さんの「マルクス」(講談社の現代新書100)です。このシリーズは、100頁強で、字も大きいので、ちょっとした合間に気楽に読めます。しかもそれぞれにメッセージがある。
本書も、しっかりとしたメッセージが込められていて、経済のありようや私たちの生き方に関心のある人にはお薦めの一書です。

最初に出てくる次の言葉が印象的です。

マルクスが明らかにしたのは、不況は恒常化し貧富の格差が止めどもなく拡大してもなお、あるいは、恐慌が社会を襲い職にあぶれた人々が街中に忘れてもなお、あるいは、資本の増殖欲求を満たすために戦争が仕掛けられ罪なき人々の血が流され遺体が積み上がってもなお、あるいは、企業活動が公害を発生させ地球環境の危機が生態系そのものの存続を危機にさらしてもなお、それでも資本主義は終わらない、という真実である。

「資本論」は、こう読まなければいけない。そう思います。
この認識を欠く軽い資本論関係の本が流行っていますが、いま求められているのは、資本主義の改善ではなく、資本主義克服に向けてのパラダイム転換ではないかと、私は思っています。延命のために「道具」にされるのは、もう終わりにしたい。

マルクスの疎外論も簡単に紹介されています。

「われわれは自分を豊かにするために働き、何かをつくり出しているはずなのに、逆にそのつくり出されたものによって支配されてしまうという逆説的な状況を資本主義社会は生み出す」。
「人間にとっての働くことの在り方全般が、資本主義のもとで全面的につくり変えられ、その結果、人間がその生産物によって支配されるようになった」。

これに関しても安直な「働き方改革」が広がっているのが残念です。

そして白井さんは、マルクスにおける資本主義社会とは、「物質代謝の大半を、商品の生産・流通(交換)・消費を通じて行なう社会」であると定義できると言います。
私が恐ろしいのは、いまや自然さえもが「商品」かされつつあることです。

また、「(不断で無制限の増殖志向を持つ)資本は、人間の道徳的意図や幸福への願望とはまったく無関係のロジックを持っており」、人間の幸福が価値増殖の役に立つ限りにおいてはその実現を助けるかもしれないが、逆に人間の不幸が価値増殖の役に立つのならば、遠慮なくそれを用いる」といいます。いわゆる「資本の他者性」です。

そして、「物質代謝の過程の総体を資本が呑み込み、価値増殖の手段にしようとする。このような傾向の進展こそ、グローバリゼーションの内容にほかならなかった」とつづけます。

白井さんは、経済成長や生産性向上、あるいは技術革新や発明は、人間の幸福を目的としたものではない、と言い切ります。が、私もまったく同感です。
こういう大きな流れの中で、宗教も政治もすべて資本主義に流れに巻き込まれ、経済活動になってしまい、人間は単なる「労働力」そして「消費力」に貶められようとしている。そんな恐れを感じています。

こうした風潮に抗うのはそう難しいことではありません。
お金の呪縛から抜け出せばいいだけですから。
まずは経済成長や生産性向上は、決して人間の生活を豊かにしないことに気づくべきです。

いささか身近な話を一つ。

委託仕事をしている友人が、頑張って生産性を向上させたところ、対価が大幅に削減されてしまったそうです。雇用主は時間給発想を「悪用」したわけです。生活するための対価を得る必要労働時間をがんばって短縮しても、雇用関係下では、そうして生み出される剰余価値は資本に吸い取られてしまうのが資本主義なのです。

資本にとっては、コストがかかる人間を労働力として使うのは合理的ではないのです。
だからどんどんAI化されていく。
こんな社会に明るい未来があるはずがありません。

とまあ、この本を読むと少し気が滅入りがちですが、怒りが生まれてくれば、元気が出てくるでしょう。
いまの時代、取り組むべき課題はたくさんあるのです。
滅入っている余裕などないのです。

これが3冊目からのメッセージです。

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2023/03/27

■節子への挽歌5556:死刑制度を考えるサロンでのこと

節子

昨日は「死刑制度」をテーマにしたサロンの2回目でした。
北原千香子さんが、死刑制度賛成の立場から問題提起してくれました。

北原さんと最初に出会ったのは、たぶん、青山学院大学で自殺をテーマにした公開フォーラムをやったときです。それ以来、湯島のサロンも時々来てくれます。サロンの活動にも共感してくれ、前回も支援の気持ちを口座に振り込んでくれました。

今回の参加者の中では、死刑制度賛成は2人だけで、残りの7人は反対でした。
話し合いはなかなかかみ合わなかったのですが、問題はだんだんと整理できてきました。
制度賛成にこだわっている北原さんのおかげです。
サロンの報告は時評編で行いますが、ここでは別の話です。

死刑の可能性のある事件は、殺人事件ですが、家族が殺害されたという人は今回のサロンにはいなかったのですが、親しい友人が殺害された人はいました。
私も、友人家族が全員殺害されたことがあります。有名な世田谷一家殺害事件です。殺害された宮沢みきおさんとはある活動でご一緒していて、事件の1週間ほど前にも彼と会っていました。彼のパソコンから私のメールを見て、事件翌日には私のところにも連絡があり、湯島にも警察官が何人かやってきました。

宮沢さんは、とてもやさしい人で、夢を持っていました。
私は犯人への怒りは強かったですが、宮沢さんならきっと犯人を死刑にすることは望まないだろうなと思った記憶があります。ただ宮沢さんの義姉の活動にも共感は持てます。

節子が亡くなったのは、その後です。
しかしいまもし節子や娘が事件で殺害されたらどうか。
たぶん事件直後は犯人を殺したいと思うでしょう。

でも時間がたつうちに気持ちは変わると確信できます。
むしろ死刑などで死んでほしくない。
なぜそんな事件を起こしたのかを知りたいですし、もし理由がわかればそういう理由をなくしていきたい。

話がどうも横にそれてしまっています。
こういう問題は書きだすとどんどん深みに入ってしまう。

今回、時評編にではなく挽歌編に書きたかったのは、そういうことではないのです。
そのサロンで、友人を殺されたDさんが、でも私は犯人に死刑になっては欲しくないと言い出し、その後、言葉に詰まって泣き出してしまったことです。
それを見て、自らもDVなどで辛い思いをしたことのある若い女性が、Dさんに軽く手を差し出したのがとても印象的だったのです。

辛い思いは人を豊かにしてくれる。
改めてそう思ったのですが、そう思うとますます北原さんのことが気になってきました。

まあ、それはそれとして、いまの私は節子がつくってくれたと、改めて思わされたサロンでした。

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■第3回リンカーンクラブ例会サロンのお誘い

リンカーンクラブの定例サロンの3回目のご案内です。

今回は、リンカーンクラブが目指す課題の話し合いとその実現のための組織化の話が中心になる予定です。
もちろんそれに前後して、現在の日本の政治状況に関する自由な話し合いも行いたいと思います。

少しずつ緩やかな組織に向かって動き出していく予定です。
まだまだ緩やかな段階ですので、参加者次第で柔軟に変わっていく可能性があります。
いまの政治状況を変えていきたい方たちの参加をお待ちしています。

〇日時:2023年4月17日(月曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇主な議題:
     リンカーンクラブの当面の目標課題
     活動を進めていくための組織づくり
〇話題提起者:武田文彦さん(リンカーンクラブ代表)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

 

 

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■佐藤章さんの「職業政治家 小沢一郎」をみんなに読んでほしいです

雨が続いたこともあって、先週は数冊の本を読みました。

その1冊は、2年半前に出版された佐藤章さんの「職業政治家 小沢一郎」(朝日新聞出版)です。湯島のサロンによく参加してくれる鷹取功さんが貸してくれたのです。
小沢一郎さんは、私が信頼できる政治家です。「職業政治家」という表現に違和感を持ちますが、とてもわかりやすく、日本の政治の実態や問題が見えてきます。

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最初は、何をいまさらという感じで読んでいたのですが、読んでいるうちに、そうかこんなことさえきちんと世の中には伝わっていないのだということに気づかされたのです。それと同時に、小沢さんはずっとこういうことを考えていたのかということを改めて知ったのです。改めて小沢さんの生き方に感動しました。

私が信頼できる政治家は、いまでは小沢さんと鳩山さんくらいですが、そのふたりがなぜ政権交代時の時にきちんと協力しなかったのかが気になっていたました。でも本書を読んで、その理由もわかりました。誠実さは必ずしもいい結果を生まないこともあるのでしょう。しかしやはり結果のために誠実さをおろそかにすることは私の生き方ではないので、ふたりへの好感度はむしろ強くなりました。

著者による小沢さんへのインタビュー記事が多いので、とても読みやすいです。
もう少し整理してくれたらもっとコンパクトになっただろうにと思いますが、同じような話が繰り返し出てきますので、理解がしやすくなります。

多くの国民が本書をきちんと読んでくださったら、日本の政治は変わるかもしれません。
どうしてこういう「正論」が大きな流れにつながっていかないのか。
さびしくてなりません。

 

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2023/03/26

■節子への挽歌5555:今日はまたいやに寒いです

節子

また寒い雨の日になってしまいました。
せっかく昨日、元気に向かいだしたのに、また落ちそうです。

今朝、メールを開いたら、また長いメールが届いていました。
とても長くて読む気にはなれませんが、読むことを期待してのメールですので、読まないわけにはいきません。困ったものです。
人と付き合うのはこれだから面倒なのです。
今日は読めないけれど明日は読むと返信だけしておきました。

いろんな人がなぜか論文や本を送ってくる。
以前はすべてきちんと読んで、本は必ずホームページなどで感想を書いて広く紹介していました。論文にも詳しくコメントを送っていた。それが私の世界を広げてくれ、私を豊かにしてくれると実感できたからです。

でも最近はその気力がなくなっているというよりも、消化力がなくなっているのです。
紹介するホームページも、最近は更新を止めてしまっているので、せいぜいがフェイスブックで紹介するくらいです。なかにはせっかく送ってもらっても、読まないこともある。
言い換えれば、私自身、自分の世界を広げ豊かにしようという気を失ってしまっているのかもしれません。

以前は、テーマが何であれ、送られてきたものは必ず読んでいましたから、世界は当然広がっていった。でも最近は自らの好みで、読む気がしないものはもう読めなくなった。
読む気が起きるかどうか、それはテーマというよりも、思考の方向性がその基準です。
その基準がどんどん狭くなってきているような気もします。

今朝のテレビで五木寛之さんが、人生100年時代の生き方を語っている中で、長生きすれば世界が広がるというようなことを言っていましたが、私の感覚では、ある時期から世界は狭くなっていくような気がします。
狭い世界に閉じこもりだした同世代の知人友人は少なくない。
私もたぶん他者から見たら、そうなのでしょう。いや、自分でも世界が狭くなっているのはよくわかる。そもそも最近は飛行機にも新幹線にも乗っていませんから。

寒いと思考も内向きになってしまう。
それにしても今日はまた寒いです。出かけるのも億劫なほどです。
自宅で怠惰にテレビで映画でも見ていたい気分です。

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2023/03/25

■節子への挽歌5554:もしかしたら明恵上人は私のなかにも生きていますね

節子

今日はにこのチアダンス発表会にはいかず、自宅で本を読んでいました。
梓澤要さんの小説「あかあかや明恵」です。

明恵上人といえば、松の木の上での座禅姿を描いた絵と自らで自らの耳を切り落とした耳切り事件、そして夢の話が有名ですが、私はそのこと以外に関してはあまりよく知りませんでした。
「あかあかや明恵」は、幼少時代に明恵に救われて、以来ずっと従者として仕えたイサが明恵のことを書き残したスタイルの小説です。
明恵の魅力もあることながら、私は語り手のイサの魅力にひかれて、一気に読み終えました。2人の関係も実にうらやましい。話の筋よりも、あるいは明恵の生き方よりも、ふたりの関係にこそ、明恵の思想が象徴されているような気がして、読んでいました。

読んでいるうちに、明恵のことも少しずつ思い出されてきました。

読む前は明恵のことはあまり知らないと思い込んでいましたが、なぜか読んでいるうちに、ああそうだったと思い出すことが多く、明恵に関する知識がなぜか私の中にたくさんあることにむしろ驚きました。
どこでこうした知識を得たいたのでしょうか。

夢の話は、そのほとんどに違和感を持ちませんでした。
これまた不思議なのですが、この本を読む気になったのも、実は先週読んだ山野浩一の「花と機械とゲシタルト」を読んだことと関係があります。
その本と真反対の小説が読みたいと思って、手に取ったのがこの本だったのですが、読んでわかったのは、真反対どころが同じ話のようにさえ思えました。
どこが同じだと言われそうですが、なにやら「花と機械とゲシタルト」の延長で読んだおかげで、読みやすかったのかもしれません。
いずれにしろ、こうしたことにもいつも定めを感じます。

イサも明恵も、実に天真爛漫です。私にはそう思えます。
世間にけがされていない素直さがある。
そこが実に魅力的ですが、私自身の生き方と重ねて考えると、いろいろと反省したり自己嫌悪に陥ったり、ちょっと嬉しかったり、複雑です。
ふたりほどではないですが、私もまだわずかながらそうした天真爛漫さのかけらを残していると思えたことが時々あったからです。

さて岡和田さんに「花と機械とゲシタルト」の感想をどう伝えようか。
これが実に悩ましい。
やはり私には理解できなかったのです。
つくられすぎていて、私が生きている現実世界よりも、平板に感じたのです。
というよりも、心がワクワクしなかあったと言った方がいいでしょうか。。
でも今日読んだ「あかあかや明恵」は、ともかくワクワクしたのです。

おそらく明恵は、生き生きと生きていたのでしょう。
そして今も生きているのではないか、そんな感じがしたのです。
つまりこの私のなかにも、明恵が生きているのをイキイキと感じたということです。

と、こう書いてもなかなかほかの人には伝わらないでしょうね。

でも久し振りに2時間も小説に埋没していました。
最近の私にはめずらしいことです。
寒い雨の日も、いいことがあるものです。

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■節子への挽歌5553:素直に自然に反応する気持ちは大切にしたい

節子

昨日はいろいろあって疲れてしまいました。
大好物のアサリとタケノコをユカが夕食に料理してくれましたが、元気回復にまで行きませんでした。
もちろんとてもおいしかったのですが。

その上、今日は寒い雨の日になってしまいました。
ますます元気は出ない。
今日は孫のにこが取手の健康まつりでチアダンスを踊るそうですが、なんだか行く気が起きてきません。困ったものです。
寒くて雨だと動けない。悲しくさえなる。

そういえば、明日、我孫子で地元の友人たち3人で会う予定をしていたのですが、その一人の宮内さんから、雨だったら延期したいというメールがありました。理由は雨だと元気が出ないということでした。あの元気な宮内さんも、雨だとすっきりしないのだと思ったら、なにやらとても共感してしまいました。
天気に影響される生き方は、ある意味では私が目指す生き方なのです。

今でも思い出しますが、会社時代、約束をして大阪まで同じ会社の部長に話を聞きに出張したことがあります。ところが行ってみると、部長は不在で、秘書から今日は雨のため部長は休んでいますと言われて、驚いたことがあります。
まあ社内でも有名な部長でしたが、大雨の日には休むのだと聞いて感激しました。
出張はほかにも用事があったので、無駄にはならなかったのですが、いつか私もそういう生き方をしたいと思ったのです。

その後、偶然にも、その部長が私の上司になったことがあります。
1年ほどでしたが、お互いにわがままな勤務姿勢のため、あまり仕事での接点はありませんでした。最後にその人からはお前が何をやっているか結局わからなかったと言われました。でも彼は私をある意味では認めてくれていたことは、後でわかりました。
このあたりの話は、まああまり公言すべきことでもありませんが。

人間がつくった制度やルールよりも、私の生活を支えてくれている自然の摂理を基準にして生きるようにしたいと心掛けているのですが、まあ人と一緒に生きている以上、なかなかそうもいきません。でも自分の気持ちだけは、素直に自然に反応していければと思います。

今日は寒い雨の日にふさわしく、身を縮めながら、哀しみながら、過ごそうと思います。
できれば久し振りに小説「あかあかや明恵」を読もうかと思っています。

小説を読むのは、久しぶりですが、先週は山野浩一さんの「花と機械とゲシタルト」を読んだのです。これもどうも最近の気分の重さに影響しているかもしれません。
岡和田さんが送ってきてくれたので読んだのですが、まだ感想もかけずに岡和田さんにも連絡もしていません。

若いころと違い、小説に同化できずに、入り込めないのです。
「あかあかや明恵」はどうでしょうか。

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2023/03/24

■節子への挽歌5552:私に早く死ねというのか?

節子

昨日は久しぶりにオープンサロンでした。
珍しい人もやってきたのですが、それはともかく、節子もよく知っている渕野さんがすこし遅れてやってきました。
いつものように、途中でそれぞれから簡単な自己紹介をしてもらいました。

渕野さんの晩になって、彼は衝撃的な話をしたのです。
肺がんが再発し、5月にまた手術をすることになったので、今日はそのことを佐藤さんに報告するために来ました、と。

実は今朝、再発のことはメールで知っていたのですが、衝撃的で、私は恥ずかしながら思考停止してしまい、返信ができないままになっていたのです。
渕野さんは7年前に肺がんが見つかり、以来、再発することなく5年を過ぎて、7年目に入っていました。
もう大丈夫だろうと思っていた矢先の検査で、小さな腫瘍が見つかったのだそうです。

私が勤めていた会社で大きなプロジェクトを興すときに、最初に選んだ仲間が渕野さんでした。
それまで交流のなかった彼を呼び出して、プロジェクトを説明し、これに関わるともしかすと会社を辞めることになるかもしれないが、一緒にやるかと話したのです。
彼を選んだ理由は、当時会社が募集していた社長への提案制度があり、それを読んで共感したからです。彼は私よりも10歳ほど後輩です。
そして取り組んだのが、東レでのCIプロジェクトです。

その結果、私は最初から決めていた通りに会社を辞めましたが、その時に彼もやめると言い出しましたが、なんとか思いとどまらせましたが、結局、その後、彼も会社を辞めてしまったのです。
私もまた彼の人生に影響を与えてしまったわけです。

その彼が肺がんを再発。対S\庁が悪い中を、その報告に来てくれたのです。
佐藤さんよりも若いので先に行くわけにはいかないともいうので、じゃあ、私に早く死ねというのか、とピント外れの冗談を言ってしまいました。
自分より若い人が先に行くほど、つらいことはない。最近の私の気持ちは、そういう思いから長生きへの恐怖が強まってきていますので、この冗談は少しだけ本音と願望が入っているのですが、みんなには伝わらないでしょう。
いささか反省。

渕野さんの話で、気がまたズンと重くなってしまいました。
疲れ切って帰宅。
なにもない平々凡々の人生の方が、いいかもしれないという気がしてしまうほどです。

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■節子への挽歌5551:人生はやはり順調すぎないほうが豊かになる

節子

今日は久しぶりに風早さんと会食しました。
風早さんは、節子の闘病中にもいろいろと心配してくださった方です。
ご自分のまわりにもいろいろと大変な人がいたにもかかわらず、お会いするといつも節子のことを気遣ってくれていたのがいまも記憶に残っています。

実はここしばらく交流が途絶えていたのですが、昨年末に湯島に来てくださり、その後何回かお会いしていますが、今日は久しぶりにゆっくりと話そうということで、わざわざやってきてくれました。

風早さんと知り合ったのは、私がテレビ番組の経営者インタビューの番組を引き受けていた時に、風早さんが勤めていた三洋証券の土屋会長にお会いした時だったかと思います。
三洋証券はその後、残念ながらなくなってしまったのですが、その後、風早さんは山城経営研究所に移り、その関係で、お付き合いが深まったのです。

実際には、仕事をご一緒することはほとんどなかったのですが、なぜか気になる人でした。
節子の葬儀にも来てくださったと思いますが、今日も、節子の名前が出てきました。

節子を見送った後、半年ほどして、山城経営研究所がやっている企業の人たちとの合宿に私が参加したのですが、その時の私は憔悴しきっていたそうです。
多分あの頃の私は、全くの別人になってしあっていたのかもしれません。

食事をはさんで、2時間ほど話しました。
私が気になりながら、その後、交流を途絶えていた同世代の人たちの話にもなったのですが、何人かはもう鬼籍にはいっていました。
自分の詩にはさほど何も感じないのですが、他者の死はやはり寂しくなるものです。
会っておけばよかったと、という気持ちが出てくるのは、自分ながらに少し意外でした。

風早さんの人生も、実にドラマティックです。
人生はやはり順調すぎてしまうと退屈になってしまうような気もします。
風早さんの人生は、退屈でないおかげか、風早さんからは何かが伝わってくるのです。

最後は「快」についての話になりました。
いつか風早さんには「快」についてのサロンをお願いしたいと思いました。

昨日の話の最後に、「快とは何か」の結論が出たような気がしていますが、不思議なことにいま、その結論が思い出せません。
というのは、この後、またちょっと重いニュースが入ってきたからです。

今日はもう一つ挽歌を書こうと思います。

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■節子への挽歌5550:今年は椎田のアサリが届きました

 節子

昨日、福岡の藏田さんから、椎田のアサリと合馬と筍とみやこ町の花ワサビが届きました。
早速にお電話しましたが、昨日も今日も留守のようです。

椎田のアサリは、コロナ流行のため昨年は潮干狩り禁止で、蔵田さんは腕を振るえなかったようです。
でも今年は解禁したそうで、早速に出かけて行って送ってくださったのです。
昨年はアサリの代わりに筍と花ワサビが届いたのですが、今年もアサリに加えて、このふたつも同梱されていました。

合馬の筍は言うまでもありませんが、みやこ町の花ワサビも話題のようでなかなか簡単には手に入れられないようです。
藏田さんの底なしの善意には、いつも感嘆させられます。

私はアサリも筍も好物ですが、最近、近くのスーパーで買うアサリはあんまり好みではありません。しかし、椎田のアサリはとてもおいしい。
ユカが昨日、水出しをしてくれていましたが、今朝見たらとても元気に潮吹きをしていました。

今日の夕食が楽しみです。

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■第2回リンカーンクラブ例会サロン報告

リンカーンクラブの第2回定例サロンは、新たな参加者も含めて、7人が集まりました。
全員、武田さんの新著「日本政治の解体新書」を読んでいますが、必ずしも全面的に賛成ではなく、むしろ異論を持っている人も少なくありません。まあ、そこにこそ「リンカーンクラブの特徴」があるのですが。

しかし、異論に焦点を合わせていたら、活動は始まりません。そこで今回は、当面のリンカーンクラブ活動の軸にする3つの目標が武田さんから提示されました。

その3つは次の通りです(表現は仮のものです)。
「首相公選制の実現」
「重要課題に関する国民投票制の実現」(財政予算方針も含む)
「投票公務論を踏まえた選挙投票率向上策の実現」

これに関しても話し合いが行われましたが、細かな点では異論もありましたが、大筋では今回の参加者全員のゆるやかな合意は得られたように思います。
それを踏まえて、これに賛成で、その実現に取り組む姿勢のある人たちを中心に、組織づくりを始めようということになりました。

ちなみに、この3つの課題の根底にあるのは、国民一人ひとりがみずからの意思を政治に反映していける直接民主主義への接近です。
いまのような、国民が手段にされているような国家ではなく(これが「国民国家」の思想です)、国民一人ひとりが国家を手段にして自らの生活を豊かにしていけるような国家(これが「国民主権国家」の意図するところのはずです)への変化を目指しています。

話し合いはかなり活発で、こういう活動をどうしたら広げていけるかの方策の話などにも向かいがちでしたが、まずはゆっくりと一歩ずつ進めようということになりました。そこで当面の目標としての上記3つを掘り下げていくこととその活動の推進母体となるリンカーンクラブの組織及び活動計画を次回はもう少し詰めようということになりました。

まあゆっくりと進めていく予定ですので、しばらくは新たに参加した人の意見なども聞き入れながら、計画の修正もありうるというようなゆるい展開になると思いますが、今回、確認された3つの目標課題は「決定事項」にすることになりましたので、これに大筋で同意できる人、そしてその実現に一緒に取り組もうという方は、ぜひ次回以降、ご参加いただければと思います。

次回は、417日に定例サロンを開催する予定です。

実際に、サロン以外にもリンカーンクラブとしての活動はいろいろとはじまっています。
リンカーンクラブの正式の入会呼びかけは、ルールなどが決まってから呼びかけさせてもらう予定ですが、組織化とかルール作りから関わりたいという方がいたら、ご連絡下さい。

事務局長をやってもいいという方がいたら、ぜひご連絡下さい。
事務局長が決まるまで、私が事務局役を担当するつもりです。
よろしくお願いいたします。

 

 

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2023/03/23

■節子への挽歌5549:気の持ちようで世界は明るくも暗くもなる

節子

昨夜、とてもいいことがありました。
それで元気が回復しました。
元気を損なう原因も他者であれば、元気をもらえるのも他者からです。

時評編に書いたのですが、このブログに沖縄の人がコメントをくださいました。
まあそれだけの話なのですが、それがとてもうれしく、めげていた状況から脱することができました。
まあ人はこんな風に、単純なのです。私だけかもしれませんが。

元気になると、他者の言葉の受け取り方も違ってきます。
たとえば、今朝見たメールのひとつにこんな書き出しのメールがあります。

私のつたない思いを気にかけていただきありがとうございます。
とにかく、私はいつも言葉が足りず、皆さんに伝わらない会話が多いのでいつも反省ばかりです。

これでは何のことかわからないでしょうが、あることをこの人に提案した返信です。
このやりとりからきっと新しい物語が生まれそうです。

そう思ってフェイスブックを開いたら、いつも最初に私の記事に反応してくださる、まだお会いしたこともない人が、いつもは一言コメントなのに、ご自身の思いを込めたコメントを書き込んでくださっていました。
なぜかフェイスブックで知り合った人で、一度もお会いしたことはないのですが、なにやら急に会いたくなってきました。
おそらく私よりもご高齢なので、なかなかお会いするのは難しそうですが、なんだか会えるような気になってきました。

気の持ちようで、世界は明るくも暗くもなる。
今日はあまり天気が良くなく、午後は雨のようです。
でもめげずに今日は出かけようと思います。

湯島でリンカーンクラブの例会サロンなのです。
また論争でめげてしまいかねませんが、まあ元気を出して。

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■沖縄ではもう戦争の姿が見えてきている

最近、投稿も少なくなっているせいもあって、このブログへのアクセス数は少ないうえに、滅多にコメントもないのですが、昨日はとてもうれしいコメントが届きました。

投稿者の了解を得て、改めて紹介させてもらいます。
多くの人に読んでいただきたいと思います。

「戦争の足音が聞こえてくるような気がしています」と書かれていたので居ても立ってもいられずコメントを書こうと思った次第です。

 私は沖縄県民です。沖縄では足音ではなくもう姿が見えてきています。自衛隊基地がどんどん作られ、ミサイルや弾薬が何の了解もなしに持ち込まれてきています。12月の安保関連法案が閣議決定されてから私の心はずっと不安で押しつぶされそうになっています。本島に住む私でさえこうなのですから先島、特に与那国・八重山に住む方たちの心情を思うと涙が出てきます。こんな大事なことを閣議決定で決めたとして認められるのでしょうか?閣議決定は法令ではなく内閣や行政機関を縛るものだと理解していましたが…。私の理解が間違っていますか?

 閣議決定の後もいつもと同じような年末年始の番組でした。世の中の無関心さがとても怖いのです。政府の横暴をだまって見過ごさないでほしいのです。しかしそういう沖縄も前よりも力が弱くなっているのではないかと感じています。このままでは本当に沖縄が戦場になってしまいます。

 本土の方々は「沖縄はかわいそうだが仕方ない」「地理的にしょうがない」「自分たちのせいではない」と胸を張って言えるのでしょうか?

 「台湾有事は日本の有事」と大声で煽ってた方は亡くなりました。日本国民の皆さんには目を覚ましてほしい。戦争になっていい思いをする人は戦争に行きません。戦場にもいません。沖縄をもう二度と戦場にしないでください。これだけが願いです。

以上です。
何回も読んでしまいました。少しでも現地の人の思いをシェアしたいと思ったからです。

この方は以前もコメントくださった方ですが、私とは面識はありません。
岸田さんにはウクライナに行く前に、沖縄に行ってほしかったです。
横田基地の近くに住んでいる私の友人は、横田基地さえ様子が違ってきたと言っていました。

私も時々、ネットで沖縄の新聞記事などを読みますが、残念ながら頭での理解しかできません。沖縄と連帯する会・ぎふのサイトに沖縄関連ニュースの動画をアップしてくれているので、これも時々、見せてもらっています。
https://okinawarentaigifu.jimdo.com/          

本土ではWBCの話題に覆われていますが、沖縄では着々と戦争への道が開かれているようです。昨日の石垣市での住民説明会では、住民から敵基地攻撃能力を持つ長射程ミサイルの配備は容認できないなどの声も上がったそうですし、説明会の前の20日には、「石垣島に軍事基地をつくらせない市民連絡会」の抗議活動も行われています。

どこか間違っている。そんな気がしてなりません。

また湯島のサロンで、沖縄の話をしたいと思いますが、どなたか話題提供か問題提起してくださる方がいたらご連絡下さい。

 

 

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2023/03/22

■節子への挽歌5548:人はみんな「わがまま」「身勝手」過ぎる

節子

人と付き合うのはまことにもってわずらわしい。
まあいろいろとあります。
時にめげてしまいそうになる。

以前はそういう時は、いつも節子が元気づけてくれたものです。
いまはただただめげるのをこらえて過ごすだけです。

自分のことならあっけらかんと話せますが、他者が関わるとそうもいきません。
他者にも、それぞれ都合もあれば、事情もある。
一方的に攻めるわけにもいかないので、まあめげてしまうわけです。

それにしても、人はみんな「わがまま」「身勝手」過ぎる。
私程度に、ほどほどの「わがまま」「身勝手」でとどまってほしいと思いますが、これも人によって、「程度」はさまざまなのでしょう。

しかし、節子も私も、思い切り「わがまま」「身勝手」だった気もします。
でもそれをお互いに結局は許せたのです。
まあ時々、どちらかが切れてしまい、口もきかない数日があったことはありますが。
いまとなっては、あの頃がどんなによかったことかがわかります。

今日はちょっと暗い1日を過ごしてしまいました。

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■節子への挽歌5547:久しぶりに洪水の夢を見ました

節子

また最近、気になる夢が多くなりました。
先週は久しぶりに洪水の夢を見ました。

3.11の前によく見た夢とは違い、あまり恐怖感のない洪水風景でしたが、3.11以後は洪水の夢はまったく見なくなったので、なんだか気になりました。幸いに、一度だけでした。

もう一つ気になる夢は、私よりも年上の友人の夢を数回にわたってみたことです。
この数年、一度も会っていない友人ですが、私の人生に影響を与えた人です。
今朝もその人の夢を見ました。

私はよく夢を見ます。
金縛りにあったようになって、夢から抜け出すのに苦労したこともあります。
夢の中で夢を見て、またその中で夢を見るということも、以前は何回かありました。

しかし最近は、夢でうなされることはなくなり、むしろなにやら楽しいというか、懐かしいというか、そういう夢が増えました。
節子や娘たちが出てくる夢もときにありますが、そういう時は、節子も娘も2030年前の感じで登場します。
どちらかといえば、みんな私を諭すような感じのことが多いのです。

ところで、洪水の夢です。
それを見た朝は、いささか不安でした。
というのも、3.11の前に繰返し洪水の夢を見て、私自身も山に逃げ上がる夢を数回見たのですが、その直後に3.11が起き、以来さっぱり見なくなったからです。
またまた3.11の予兆ではないかとさえ思ってしまいましたが、1週間ほどたったのですが、何も起こりませんでした。

ホッとしました。
まあ考えすぎなだけなのでしょうが。
友人の夢も心配はないでしょう。

今日からまた天気はしばらくよくないようです。
天気が悪いとどうも元気が出ない。
困ったものです。

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2023/03/21

■節子への挽歌5546:またお金が出てきました

節子

また当座の現金がなくなってしまいました。
困ったものです。
どこかから出てこないかと思って、思い出したのが楽天銀行です。
以前、口座をつくったことを思い出したのです。

最近まったく使っていませんが、もしかしたら残高があるかもしれません。
以前は書籍をよく買っていたので、楽天銀行を使っていましたが、最近は楽天で書籍を買うことも年に数回になってしまいました。
ネットで調べたら口座もパスワードもわかりません。
いろいろとやってなんとか口座にたどり着いたら、なんと57万円も残高がありました。

これでまた3か月は大丈夫そうです。
まあこんな感じで何とかやって行けています。

そういえば、数日前のサロンの時も、2000円入れておきますと誰かが言ってくれていました。
遠慮なくいただいていますが、そういう思いが一番の支えです。
お金のない社会が早く来てほしいと思いますが、私が生きている間はまあ無理でしょう。

そういえば、以前、湯島の活動への支援をお願いしましたが、誰かがまた入金してくれているかもしれません。
1000万円ほど入金されているといいのですが。

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■第3回「はじまり場サロン」報告

「はじまり場サロン」は、こんなことをしたいのだけれど一人ではどうやっていいかわからないとか、こんな活動をしているのだけれど仲間が集まらないとか、何かやりたいのだけれどそれが見えてこないなどなど、気楽に自分の夢や思いを語り合うサロンです。今回はその3回目です。9人の人が参加しました。

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それぞれのやりたいことを話して、それに関して話し合うというスタイルですが、今回は最初にすでに活動を始めている木名瀬さんから、フロスティングフラワー教室の話があり、参加者全員で実際に体験することになりました.

フロスティングフラワー教室とは、アクリル板にブリザードフラワーの花びらを絵の具のように細工して、作品づくりを楽しむ活動ですが、木名瀬さんはそれを使って社会に喜びやつながりを広げていきたいようです。福祉施設や子供教室など、どこかで要望があれば出かけていくと言っています。
今回は、木名瀬さんが材料や道具などを10人分持参してくれて、みんなで体験させてもらいました。すでに教室を開く資格は取得されているそうですので、関心のある方はご連絡いただければ木名瀬さんにつなげます。
一度、湯島でも教室を開催することも検討したいと思います。

それを皮切りに次々と「やりたいこと」が発表されました。
仕事として新聞のクリッピング作業をしている人は、新聞の効用への認識が高まり、その新聞が廃たれていくのが残念だとして、こんなことに取り組みたいという話をしましたが、とても共感できるものであり、なんとか実現できないかと思いました。みんなもいろいろアイデアを出し合いました。

長崎出身の人からは、長崎では原爆が投下された89日にはみんな黙禱していたが、東京に来たらそんなことがないのに驚いたと言い、でもあの体験を無駄にしないように、何かできることはないかとずっと考えているという話がありました。
とにかく一度、湯島のサロンで、体験や思いを話してみたらということになりました。そこから何かが始まるかもしれません。

大学で学生の社会参加プログラムに長年取り組んできた人からは、学生に限らず、とりわけ企業退職者にも自分の世界から飛び出して「越境」体験をすることで人生を豊かにしてもらいたいので、越境体験プログラムに取り組みたいと思っているという話がありました。
これもまずは一度、湯島で一度やってみようという話になりました。

RUN伴」イベントを今年また文京区で開催したいという人がいました。
RUN伴は、認知症の人や家族、支援者、一般の人がリレーをしながら、一つのタスキをつないでゴールを目指すイベントだそうです。コロナ流行前に一度、開催したことがあるそうですが、それを今年また開催したいというのです。
私もささやかに認知症予防活動に関わっていましたが、「RUN伴」のことは知りませんでした。その人は、どうも認知症に限らず、車いすも含めて、いろんな人が一緒に街中を走る「RUN伴」を考えているようです。これは実現するでしょう。

今回は具体的には発表はしませんでしたが、ほかにも「コミュニティの場」づくりに取り組んでいる人、コミュニケーション障害に取り組もうとしている人、あるいはアート活動している人、サンチャゴ巡礼に行きたいと思っている人など、いろんな話が出ました。

いくつかのプロジェクトがはじまりそうです。
こんな感じで、みんなの前で発表すると、動き出す力がやってくるかもしれません。
また時々、「はじまり場サロン」を開催したいと思います。
そうした思いを実現するのを応援する「生活事業研究会」も第3期を考えたいと思います。

はじまり場サロンに限らず、何かやりたいことがある人は、一度、湯島のサロンで公言すると動き出すきっかけを得られるかもしれません。
それも湯島サロンの活用策のひとつかもしれません。
サロンをやりたいという人がいたら、ご連絡下さい。

生活事業研究会ご希望の方もぜひご連絡下さい。ここで言う「事業」とは、収益事業ではなく、「やりたいこと」程度の軽い意味ですので。

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2023/03/20

■節子への挽歌5545:お彼岸の墓参り

節子

お彼岸なのでみんなでお墓参りです。
1か月ほど行かなかったら、つくしんぼがお墓のまわりに出てきていました。
今日はにこがお墓に水をかけてくれました。
我が家の庭に咲いていた水仙も供えました。

にこも4月から小学校です。
まさか私もここまで生き続けるとは思っていなかったのですが、この様子だとなかなかそちらには行けそうもありません。
困ったものですが、自然の摂理には従わなければいけません。

以前はお彼岸にはそれなりの対応をしていましたが、最近はどうもお彼岸と言ってもみんなでお墓参りをするだけになってきました。
こうやってみんな悲しみから抜け出していく。
でも私自身は生き方そのものが変わってしまい、昔の生き方にはもう戻りません。
いや、それは私だけではないのかもしれません。
娘たちも、もしかしたらそうかもしれない。

隣りにいる人によって、生き方は決まってくる。
改めてそんな気がしたお墓参りでした。

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■湯島サロン「ソーシャル・キャピタル」報告

「ソーシャル・キャピタル」をテーマにした今回のサロンは、2つの意味で「ソーシャル・キャピタルとは何だろうか」を考えるサロンでした。つまり「言葉の意味」とそれがいま「何を意味するか」という二重の問いかけです。
久しぶりに私が話をさせてもらいました。

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まず、20年前にあるテレビ番組が行った社会実験の紹介から話させてもらいました。北海道の身寄りの全くないお年寄りが東京の全く知らない人に、個人的なつながりを介して手紙を届けるとしたら何人の手を介して、手紙が届くか。いわゆる「スモールワールド実験」です。
それ以前の実験で、「6次の隔たり」と言われたように世界中の人は6人前後でみんなつながっているということが確かめられていたのですが、日本でもその時、7人目で届いたのです。人はみんなつながっているのです。

昭和の初めころまで、「人間」は「じんかん」と読まれて、「世の中」や「社会」を意味していた、といいます。そのことからもわかるように、人のつながりこそが社会、ソーシャルだったのです。でも、そのつながりがいま消えてきている。なぜだろう。そこから話をさせてもらいました。ソーシャル、社会とは何なのか。

次の問題は、キャピタルとは何か、です。そこで参加者に「キャピタルと聞いて何を思い出しますか?」と質問しました。当然のことながら、「資本」という答えが多かったのですが、私の子供の頃は「キャピタル」といえば、資本ではなく「首都」を意味しました。アメリカのキャピタルはニューヨークではなくワシントンだと先生に言われたのを今でも覚えていますが、同世代の参加者ももう忘れてしまっているようでした。しかし、辞書を開けばわかりますが、キャピタルには首都という意味もあり、形容詞として使えば、「主要な」「一番の」という意味もある。

つまり「ソーシャル・キャピタル」とは、人が生きている社会にとって一番大切なものと考えていいのではないか。それが、私が考えるソーシャル・キャピタルの概念です。

ところで、ソーシャル・キャピタルをそのまま素直に訳せば、「社会資本」になりますが、日本では「社会資本」といえば、社会基盤、インフラストラクチャーのことをいいました。そこでパットナムが提唱した「ソーシャル・キャピタル」は「社会関係資本」と訳されました。

それに似た言葉に「社会的共通資本」という言葉があります。これはインフラストラクチャーに加えて、「自然環境」と「制度資本」を加えた概念です。宇沢弘文さんが仲間と一緒にたくさんの本を残してくれています。
しかし、「社会的共通資本」発想にも、肝心の人間が登場しない。私はそこに、社会から身を離して社会を観察する研究者の限界を感じています。

まあそう言ってしまえば、あまりに独りよがりなので、ソーシャル・キャピタル概念を言い出したアメリカの政治学者のロバート・パットナムの話も少しさせてもらいました。彼はソーシャル・キャピタルを「人と人とのつながり」とか「信頼関係」とかいう意味で使い、それが、経済や政治に大きな影響を与えていると言ったのです。

そうした話を踏まえて、今回は「つながり」に焦点を置いて説明させてもらいました。
特に、「内に向いたつながりと外に向かうつながり」、そして「弱いつながりと強いつながり」に焦点を置きました。

前者に関しては、ボンディングとブリッジングという言葉が使われていますが、いずれも「つながりがつながりを壊す」という爆弾を抱えています。その典型が日本における「ウチとソト」の話であり、現在生じている現象で言えば、「家族の崩壊」です。

後者に関しては、ホモフィリー(同質集団)とヘテロフィリー(多様性集団)、つまり同調性やダイバーシティの話にもつながっていきます。
いずれも社会のありように関わってくる話なのです。

いずれにしろ、そういう様々なつながりをどうバランスさせ、どう活かしていくかが大切だろうと思います。が、これが実に煩わしい。だからみんなもう「絆」社会から抜け出したいと思っていたら、予想以上の分断社会になってしまった。

そういう社会で生きていくために頼りにしたのがお金です。
そしてお金が社会を支配しだした。
そして社会にとっての一番大切なもの、つまりキャピタルは貨幣、資本になってしまった。それでいいのか。とまあ、こんな話をしていったのです。

問題はそうした社会からどう抜け出すかです。
それに関しても、いくつかの事例で説明させてもらいましたが、つながりを回復させるのはそう難しいことではありません。たとえば誰でもできることは、自らの弱みをさらけ出すことなのです。
本来的な意味でのボランティア活動の基本には、そうしたことがあったと思いますが、最近のような小遣い稼ぎのためのボランティア活動の広がりの中ではそういう要素は残念ながら消えだしてしまっているような気がします。

私が取り組んできた、あるいは今取り組んでいる話もさせてもらいました。
その象徴が、この湯島サロンなのです。

そして最後に、みなさんに問いかけさせてもらいました。
「人を動かし、社会を創りだしているものは何でしょうか」。
私は、それこそが生活者にとってのソーシャル・キャピタルだと思っているのです。

私の問いに対するみなさんの答は、幸いにして資本(お金)ではありませんでした。
喜び、楽しさ、笑い、信頼、愛……。
ちなみに、私の考えているのは「慈愛」、愛と慈しみです。
参加者のみなさんと一致しました。
ソーシャル・キャピタルはお金ではなく愛なのです。

お金のための打算的なつながりではなく、慈愛に満ちたつながり。それこそが私たちの生きる支えになってくれる。私はそう考えていますが、みなさんはどうでしょうか?
しかし、最近は「愛」も「慈しみ」さえもが市場化の対象になりかねない。なにしろ、経営は顧客の創造だなどというドラッカー教が世界を席巻し、汎市場化が進んでいるからです。

日本にあった、そうした人と人をつなぐ仕組みがどんどんと失われつつある。
であればこそ、「ソーシャル・キャピタル、社会にとって大切なものを資源として消費する経済」から「ソーシャル・キャピタルを成果として育くむ経済」へと変えていく生き方をしなければいけないのではないか。

いまのままではマルクスが恐れたように、貨幣に支配された資本主義は生きる人間の終焉をもたらすように思います。資本主義をよくしようなどと思うのはもうやめて、資本主義から抜け出すことを考えなければいけないのではないか。

なにやら久しぶりに話したせいか、いろんなことを盛り込みすぎてしまったかもしれません。この報告も、いささか独りよがりかもしれません。
すみません。

なお、当日使ったパワーポイントがありますが、もし関心のある方がいたらお届けしますので、ご連絡下さい。ていねいに見ていただければ説明なしでも要旨は伝わると思いますので。

 

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■節子への挽歌5544:アメリカのKSさんへ

今日の宛先は節子ではありません。
アメリカにお住いのKSさんへのメッセージです。

アメリカで暮らしているKSさんが、時々、このブログを読んでくださっているようなので、目に留まることを期待して、ここでメッセージさせてもらいます。
KSさんは、メールはされていませんし、ネットもあまりお使いにはならないのですが、時々、このブログを読んでくださっているようなのです。
このブログは、時評編と挽歌編に分かれていますので、どちらを読まれるのかもわからないのですが、お手紙によれば、挽歌も含めて、時に読んでくださっているようですので、そのいずれにも書くことにしました。

昨年末、KSさんからはいつものようにクリスマスカードが届いたのですが、そこに6月頃、来日すると書かれていました。そして、もし在日中に、湯島での万葉集サロンがあるのであれば、ぜひ参加したいと、書かれていたのです。

昨年の10月に来日されたのですが、その時にも万葉集サロンに出ようと湯島にまで足を運んでくれたそうです。
しかし一週間ずれていたため、湯島の部屋には鍵がかかっていたそうで、わが家に電話してきてくれました。昔の私の名刺には自宅の電話番号も書かれていたようです。
ちょうどその少し前に、私は突然の入院で、連絡がつけられなかったのです。
その直後に私も携帯電話が使えることになったのですが、KSさんの電話番号を知らずに、結局、その時には連絡がつけられないままでした。

6月の万葉集サロンは18日(日曜日)の午後2時からです。

もし来日していたら、ぜひご参加ください。また時間が許せば、早めに来ていただければお話もできます。もしご希望であれば、万葉集サロンをやってくださっている升田さんにも声をかけてもいいです。
ともかく来日されたら、電話ください。

もし在日中にお時間が許せば、サロンもやってもらえればうれしいです。
できれば在日期間の後ろの方の午後を開けておいてくれませんか。何人集まるかわかりませんが、ご了解いただければ、KSさんを囲むサロンを企画したいと思います。
外から見ている日本の変わり様などを聞かせてもらえるとうれしいです。

さてこのメールは伝わるでしょうか。
伝わったことを確認する術は思いつきませんが、まあその旨、メッセージを送ってもらえればうれしいです。どういう方法でそれが届くか、私には興味津々です。

いずれにしろ、お会いするのを楽しみにしています。
いただいたチョコレートは、早速に妻にも供え、報告もしました。
お彼岸に間に合いました。

 

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■アメリカのKSさんへ(万葉集サロンのお知らせ)

アメリカで暮らしているKSさんが、時々、このブログを読んでくださっているようなので、目に留まることを期待して、ここでメッセージさせてもらいます。

KSさんは、メールはされていませんし、ネットもあまりお使いにはならないのですが、時々、このブログを読んでくださっているようなのです。
このブログは、時評編と挽歌編に分かれていますので、どちらを読まれるのかもわからないのですが、お手紙によれば、挽歌も含めて、時に読んでくださっているようですので、そのいずれにも書くことにしました。

昨年末、KSさんからはいつものようにクリスマスカードが届いたのですが、そこに6月頃、来日すると書かれていました。そして、もし在日中に、湯島での万葉集サロンがあるのであれば、ぜひ参加したいと、書かれていたのです。

昨年の10月に来日されたのですが、その時にも万葉集サロンに出ようと湯島にまで足を運んでくれたそうです。
しかし一週間ずれていたため、湯島の部屋には鍵がかかっていたそうで、わが家に電話してきてくれました。昔の私の名刺には自宅の電話番号も書かれていたようです。
ちょうどその少し前に、私は突然の入院で、連絡がつけられなかったのです。
その直後に私も携帯電話が使えることになったのですが、KSさんの電話番号を知らずに、結局、その時には連絡がつけられないままでした。

6月の万葉集サロンは18日(日曜日)の午後2時からです。

もし来日していたら、ぜひご参加ください。また時間が許せば、早めに来ていただければお話もできます。もしご希望であれば、万葉集サロンをやってくださっている升田さんにも声をかけてもいいです。
ともかく来日されたら、電話ください。

もし在日中にお時間が許せば、サロンもやってもらえればうれしいです。
できれば在日期間の後ろの方の午後を開けておいてくれませんか。何人集まるかわかりませんが、ご了解いただければ、KSさんを囲むサロンを企画したいと思います。
外から見ている日本の変わり様などを聞かせてもらえるとうれしいです。

さてこのメールは伝わるでしょうか。
伝わったことを確認する術は思いつきませんが、まあその旨、メッセージを送ってもらえればうれしいです。どういう方法でそれが届くか、私には興味津々です。

いずれにしろ、お会いするのを楽しみにしています。
いただいたチョコレートは、早速に妻にも供え、報告もしました。
お彼岸に間に合いました。

 

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2023/03/19

■節子への挽歌5543:不忍池沿いの骨董市

節子

今日も湯島でしたが、上野駅からオフィスまで歩きました。
今日は天気が良かったせいもあり、上野公園は人でごった返していました。
基本は深呼吸歩きでオフィスまで遠回りしていくのですが、今日は不忍池沿いにゆっくりと歩いて湯島に向かいました。
桜も咲きだしていましたし。

池沿いに今日は骨董市が店を出していました。
節子はこういうお店が好きでしたから、以前は時々、立ち寄っていましたが、コロナもあってか、しばらく骨董市に出合いませんでした。
前よりも少なくなっていましたが、そのせいもあってか、どの店も人がたくさんいました。外国の人が多かったですが。

ちなみに私は、昔から買い物は苦手でした。
というよりも、物を買うのが好きではなかったのです。
私が買うのは、書籍と梟の置物だけでした。

梟があれば必ず買いましたが、それ以外には全く興味はありませんでした。
いまはもう梟にも興味はなく、物を買うことはほとんどなくなりました。
書籍もほぼすべて図書館から借りるようになっていますし。

まあそんなことはどうでもいいのですが、骨董市を見るとどうしても節子を思い出してしまいます。
もっとも節子が、この骨董市で何かを買った記憶はほんの数回しかありません。
それも何を買ったのかさえ覚えていません。
節子の趣味と私の趣味もまた違っていましたから。

節子も物にはあまり執着していませんでした。
ブランド物などにはあまり関心がなかったような気がします。
わが家が経済的に貧乏だったからかもしれませんが、たぶんそうではないでしょう。
でも時々、訳の分からないものを買ったりしていました。
今にして思えば、まったく無駄なと思えるものも、捨てるに捨てられずに残っています。

困ったものです。

今日の湯島のサロンにも、めずらしい人がきてくれました。
節子も知っている人ですが、最近また節子時代の人が少しずつ参加してくれるようになっています。
うれしいことです。

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2023/03/18

■節子への挽歌5542:ゆるやかな弱いつながり

節子

久しぶりに、というか数年ぶりに、湯島のサロンで私が話題提供させてもらいました。
参加者は少なかったのですが、思ってもいなかったおふたりが参加してくれました。
おふたりともお会いするのがおそらく3~4年ぶりです。

3年も会わないといろいろとあります。
おひとりはなんと離婚していましたし、おひとりの父親はなかなか外出ができなくなってしまっていました。実はいつか、その父親に湯島でサロンをしていただきたかったのですが。
時間は止まっているようで進んでいるのです。

離婚してしまった人とは、サロンが終わった後、少し話しました。
1年前のことで、その頃はいろいろとよくない事が重なり大変だったようです。
たまたま今日は近くの歯医者に来たので、もしかしたらサロンをやっているかもしれないと思って、寄ってくれたそうです。
実にうれしい話です。

もうおひとりはお彼岸でお墓参りだったので、いつもは用事が入ることの多い土曜日に時間が取れて、寄ってくださったのです。
サロン活動への寄付までしていってくれました。

昨日のサロンでは、人と人とのつながり方の話もさせてもらいました。
ゆるやかな弱いつながりが大事だと私は思っていますが、そういうつながりを維持するのは難しいものです。
でも幸いにして、私の場合は、湯島という場所があるので、それができているように思います。湯島という場所を残してくれた節子には感謝しています。

私はフェイスブックも、そういうつながりを支える仕組みだと思っていますが、どうもフェイスブックには拒否感がある人もいるようで、なかなか広がりません。
しかし、フェイスブックのおかげで、ゆるやかなつながりを維持している人も少なくありません。湯島がなくなってもフェイスブックは最後まで残るでしょうから、私には一番の「つながりの場」なのです。

湯島とフェイスブックがなかったら、私の人生は大きく変わっていたような気がします。

3年ぶりに会ったおふたりは、私が前よりも元気そうだと言いました。
もしかしたらそうかもしれません。
ほんの少しですが、生きようという気分が最近出てきているかもしれません。
それがいいことかどうか、まだわかりませんが。

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2023/03/17

■節子への挽歌5541:湯島に行くルートを変えました

節子

一時期、散歩を日課にしたこともありますが、やはり私には続きませんでした。
せっかく深呼吸歩きを勧めてもらい、湯島でもサロンまでやっているのに肝心の私が散歩嫌いでは困ったものです。

そこで湯島のオフィスに行く時のルートを変えることにし、散歩ではなく歩くようにすることにしました。
新しいルートは、上野で降りて、上野公園を通って、不忍池経由で天神下の交差点を渡り、そこから湯島天神を通っていくコースです。
これだと最低でも一度、湯島天神をおまいりすることになります。
その気になれば、上野公園でもいくつかの神様にも挨拶できます。
時間にした短ければ15分、長くすれば30分と調整できます。
かりに往復このコースにすれば、1万歩は無理としてもそれに近づくでしょう。

一昨日、実際にそうやって往復歩いてみました。
まあこの時は15分コースでしたので、歩く快感を得られるところまでは行きませんでしたが、いい感じでした。
これなら続けられそうです。

このコースは、以前は時々、節子と一緒に歩きました。
もっとも節子はいつも途中で引っかかり、陶器のお店だとかなんだかよくわからないところに立ち寄っていましたが、そうしたお店が時々、目に入ると節子と歩いた時のこと思い出します。

ちなみに飲食関係のお店に入った記憶はほとんどありません。
そういう意味ではお互いにストイックでした。

不忍池も上野公園も、あまり変わりません。節子と一緒に歩いた頃とそう大きくは変わっていません。
上野公園にもいろんな思いではありますが、今やもう感傷的になることはありません。
思い出をたくさん作っておこうという節子と違い、思い出はできるだけ外には残さないようにしようという性向が私にはどこかにあったような気がします。

思い出はやはり外に置くよりも心身の中に置くのがいいです。

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2023/03/16

■節子への挽歌5540:にこの卒園式

節子

今日はにこの卒園式でした。
4月からはいよいよ小学校に入学です。
節子がいたら全く違った対応になるでしょうが、にこは卒園式からそのまま友だちの家に遊びに行ってしまいました。
みんなでの会食はお預けです。

春休みのうちに、科学博物館の恐竜展に一緒に行こうかと提案しましたが断られました。恐竜はもう興味がないそうです。

そういえば先週、一緒に本を買いに行ったのですが、プリンセス関係も妖怪関係も、もう終わったようで、今回はポケモンシリーズで、本のついでにぬいぐるみまで買うことになりました。
こども興味の対象はどんどんと変わっていくようです。

同居してはいるものの、孫と話す機会はさほどないのです。
まあ無事幼稚園を卒園できたのは祝わなければいけません。

ユカから卒園や入学の祝いはどうするのと訊かれましたが、まったく考えていませんでした。どうもそういう話は全て節子に任せていましたから、いまも私にはそうした気遣いが皆無なのです。

困ったものです。

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■湯島サロン「対価目的の仕事には価値がない?」報告

「働く」をテーマにしたサロンは、今回は「対価目的の仕事には価値がない?」というタイトルで、長年、収入目的の対価労働ではなく、周りに喜びを与える仕事を主軸に「働いてきた」竹形さんに問題提起していただきました。
竹形さんは、まさに「傍(はた)を楽(らく)にする」仕事を大事にしています。「稼ぐ(わが家のために米を得る)」仕事も時にはやるようですが。

「対価目的の仕事には価値がない」というとすぐ反論が出てくるかもしれないが、今回の問題提起は抽象的な考え方なのだと、先ず竹形さんは説明したうえで、話をはじめました。
そして「労働価値説」や「実体経済と金融経済」についてさらっと説明したうえで、ITが人間の労働をどんどんと失くしていると言って、ITでなくなった、あるいはこれからなくなるだろう人間の仕事を例示してくれました。
つまり、ITなどのおかげで、人間がやらなくてもいい仕事が増えてきている。そういう仕事は、人間がわざわざやる必要がないのではないか。そういう意味で、竹形さんは「価値がない」と言っているのです。そして、そういう仕事は次第になくなっていくだろうと言うのです。

一方、ITには任せられない人間にしかできない仕事には、そもそも合理的な値段はつけられない(画一的な金銭評価はできない)と竹形さんは言います。
それは「働く」シリーズの前回のサロンで話題になった、相談の対価の金銭評価の難しさに通じます。そして竹形さんは、困りごとの解決をお金基準のビジネスにするところに問題があるのではないか、と言います。

そこからさらに話は広がり、そもそも今のようなお金中心の経済でいいのかという話になっていきました。そして竹形さんは、金銭利益を目標にしたビジネスも、将来的には限りなく、利益ゼロになっていくのではないか、とも言います。

竹形さんは明言されませんでしたが、(金銭的)価格を基準にするのではなく、価値を基準にした経済へと変わっていくだろうというのです。
金銭基準の経済の捉え方でいまの日本を考えると世界的には水準は低くなっているかもしれないが、お金でない価値(暮らしやすさ)に関しては、日本は最先端ではないか、と竹形さんは言います。そして、本当に私たちの生活にとって大切なのは、そうした価値ではないかというのです。

そこからベーシックインカムやシルビオ・ゲゼルの「自由通貨」の話にまで広がり、そもそもの経済のあり方やお金の捉え方、さらにはビジネスの捉え方を変えなければいけないという話になっていきました。

そして最後に竹形さんが言ったのは、「人を喜ばせることは楽しい」。人を喜ばせるために使う時間や労力には価値がある。お金を稼ぐ仕事は楽しくないというのです。
そして、上意下達型の階層化社会から横のつながりを基本とするネットワーク社会に移ろうと締めくくりました。

他にも「恩送り」とか「医療・介護」の話など、いろいろと話題はありましたし、話し合いも面白かったのですが、長くなるので省略させてもらいます。

ちなみに、こうした話の背景には、すべて竹形さんの日頃の生き方がありますので、単に絵にかいた話ではないのです。竹形さんの実際の体験につながっている話であり、竹形さんがいまその実現に向けて取り組んでいる話です。そうした生き方のおかげで、最近、経済的苦境を乗り越えることができたという生々しい話もありました。

お金を稼ぐことが仕事だという考えが社会を覆いだしたのは、日本ではたかだかこの6070年ではないかと思います。そのおかげで、日本は高度経済成長を実現し、私たちの暮らしも便利になったのは間違いありません。
でも反面、それで失ってしまったものも少なくありませんし、こういう生き方がこれからもずっと続けられるかどうかの懸念も強まっています。

竹形さんの問題提起は、いま日々の暮らしに金銭的に追われている人にとっては、現実からかけ離れた抽象論・理想論と受け取られるかもしれません。
でも大切なのは、どういう社会を目指すのかです。

人を喜ばせることこそが「働く価値」であるならば、そういう方向に向かって、小さなことでもいいから、まずはできることから始めればいい。
お金のために働くことから、喜びのために働くことへと少しずつ軸足を移していく。そうすれば、「働くこと」が楽しいことになるかもしれません。お金がわずかしか得られなくても、楽しく安心して暮らせるようになるかもしれません。

お金を稼ぐことが仕事であるという常識から、ちょっと離れてみたら、何かが変わるかもしれません。そんなことを改めて確信したサロンでした。


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■「花と機械とゲシタルト」が送られてきました

先日、FBに中国のSF小説「三体」を読んだことを書いたついでに、山田正紀さんの「神狩り」を読み直してみると書いたら、岡和田晃さんから「佐藤さんには別の本を読んでいただきたいと思いましたので、僭越ながら献本手配しました」と連絡があり本が届きました。

山野浩一さんの「「花と機械とゲシタルト」(小鳥遊書房)です。
5年ほど前に亡くなった山野さんの唯一の長編小説です。
私は読んだことがありませんでした。
なかなか手に入らない作品でしたが、岡和田さんが、山野浩一「「花と機械とゲシタルト」論」を加えて昨年12月に復刊してくださったのです。

山野浩一と言えば、前にも書いた気がしますが,「X電車で行こう」という短編に私も魅了されて記憶があります。数年前にも読みたくなって読み直した作品です。
最近はもうSFの長編はかなり努力しないと読めないですし、ましてや岡和田さんの評論は腹を据えて読まないと消化できないのですが、岡和田さんが薦めてくれる以上、読む価値が必ずありますので読もうと思います。

実は、むかしのSFが何冊か出てきたので、そちらも読み直したくなったのですが、まずは岡和田さんの「「花と機械とゲシタルト」論」から読みだすことにしました。
なんだか岡和田さんのテストを受けさせられているような気もしないではないですが、まあそういう意味では間違いなく「落第」なので、岡和田さんがいつも言ってくれるように、ともかく楽しんで読ませてもらおうと思います。

でも最近の私の想像力や理解力は、自分でも驚くほど劣化しているので、いささか心配なので、気が乗った時に読みだそうと思っています。
また感想を報告させてもらいます。

SF好きの方は、山野浩一の「花と機械とゲシタルト」ぜひお読みください。
岡和田さんの推薦なので、間違いはありません。
https://www.tkns-shobou.co.jp/books/view/489

 

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2023/03/15

■節子への挽歌5539:久しぶりの小学校時代のミニクラス会

節子

久しぶりに小学校時代のミニクラス会を湯島で行いました。
以前は毎月やっていたこともあったのですが、最近はだんだん集まりが悪くなりました。

今日は男性2人、女性3人の5人でした。
一人は途中まで出てきたが、どうも調子がよくないので帰りますと途中から電話がありました。
だんだんそうなってくるわけです。

みんなで食事をし、後はいつものような話し合いです。
しかし今回の参加者のうち、ふたりの女性は最近伴侶を失ったのです。
夫がなくなって、その大切さが思っていた以上に大きかったことがわかったというのです。たしかにそうです。

そして「おさむ君はどのくらいで悲しみから抜け出した?」と訊かれました。
素直に「まだ抜け出さない」と応えました。
まあ正確に言えば、悲しさの内容は時間とともに変化しますので、抜け出せたと言えば抜け出せているのですが、悲しみが浅くなったかと言われれば、必ずしも肯定はできません。
悲しみの感情は、複雑です。

同級生の一人はいま那須高原に住んでいます。
それで今年の夏は、みんなで那須高原に行こうということになりました。
乗り気なのは女性たちです。
昔話嫌いの私は同級生と話すのは、けっこう疲れます。

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■節子への挽歌5538:戦争への反対活動

節子

時評編では報告を書きましたが、先日、「新しい戦前」をテーマにサロンを開きました。
報告でも書きましたが、参加者が少なかったのでがっかりしました。
もう日本はすでに実際に「戦前期」に入っているのかもしれません。

その時、参加者からは、佐藤さんは何をしているのかと問われました。
何もしていない人に限って、そういう質問をしてくるのです。
まあこれまでもいろいろとやってきたつもりですが、その問いには答えても意味がないと思い、あまり答えませんでしたが、いろいろと思い出していました。

私が最後に、昔風のデモに参加したのは、小泉政権の時にイラク派兵法反対運動でした。
この時はまだ押しつぶされそうなほどのデモで、活気がありました。
節子も誘ったのですが、節子は最初のデモで、とても新鮮だったようです。

しかしそうしたデモはそれが最後でした。
次に参加したのは、平和活動に取り組む市民グループをつないで、大きな「市民の風」を置こう僧と言う集まりでした。
そこでいろいろな人たちに会いましたが、私の活動は「コムケア活動」、つまり支え合う人のつながりを育てていくことだと自己紹介しました。

しかしもちろん、平和の集会などには参加し、これも節子や家族を誘って、新しいデモのスタイルとして考案されたピースウォークに参加しました。
これも節子は気に行ったのか、何回か参加し、家の玄関にもしばらくピースウォークのバッジを貼っていました。

節子がいなくなってからはそういうところに出ていく気力がなくなっていましたが、3.11の後の原発反対や安保法反対にはさすがに国会に行きました。
しかし何回か行くうちに、なにやら反対側の姿勢そのものに違和感が出てきて、行けなくなってしまいました。
気持よく歩けたのは、東海村の反原発集会とデモでした。
その時には、しかし折原さんが一緒に参加してくれたので、なんとか行く元気が出たのです。
いずれにしろ、そういうデモには行く気が起きてきません。
節子が入ればこそのデモだったのだとつくづく思います。

節子は私よりも、素直に戦争や暴力、さらには不正に反対できる人でした。
難しいことは考えずに、感覚的に反対したり行動したりしただけと言えばそれまでですが、誘えばほぼ必ず応じてくれました。
私は一人で行動するのがとても苦手なタイプなので、節子が入いればこそのデモへの参加でした。だから節子がいなくなった後は、数回しかそういう活動には参加していません。

その代わり、湯島のサロンの回数を増やしています。
サロンがどうして平和活動なのかと問われそうですが、遠回りでも人のつながりが広がっていけば戦争はなくなると確信しているのです。

とは言うものの、最近は戦争の足音が聞こえてくるような気がしてきています。
本音を言えば、いまのような時代が続くなら、一度、大勢がいなくなることもいいかもしれないと思うこともあるのですが、やはり戦争はよくありません。
サロンを通してもっと効果的なことができないか、考えていますが、なかなか妙案は浮かびません。
節子がいたら、発想を広げる刺激をくれるのですが。

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■湯島サロン「中国に存在する『日本人公墓』を知ってますか?」のご案内

今年から「中国の人たちのことをもっと知ろう」という趣旨のサロンを企画していきたいと思っています。

いま私たちはあまりに中国の人たちの生活や文化について知らなすぎるのではないか、マスコミで報道される中国という国家や政策の話だけでは偏ったイメージを持ってしまうのではないか、と考えたからです。
そんな思いから、6月からは中国の現代小説を読むサロンも始める予定ですが、並行して、いろいろな視点から中国の人たちをもっと理解しようというサロンを企画していきたいと思っています。

その第1回を方正友好交流の会理事長の大類善啓さんにお願いしました。
大類さんにお会いしたのは、たぶん大類さんがこの活動に関わりだした頃だったと思いますが、以来、なかなかお会いする機会がなかったにもかかわらず、方正友好交流の会の機関誌「星火方正」をずっと送ってきてくれています。私は単なる読者でしかないのですが。
それで、中国の人たちのことをもっと知ろうと思った時に真っ先に思い出したのが、大類さんです。そこで早速にサロンをお願いしたところ、即快諾してくださいました。

以前、私もブログなどで書いたこともありますが、たぶん大類さんたちの活動の起点である中国ハルピン市郊外の方正県にある『日本人公墓』のことを知っている人は少ないでしょう。さらに、それにまつわる中国の人たちの行動について知っている人はあまりいないのではないかと思います。
それを知るだけでも、中国の人たちのイメージは変わるかもしれません。
ぜひ方正友好交流の会のサイトで、『日本人公墓』の話を読んでください。
http://www.houmasa.com/index.php

大類さんが以前、朝日新聞に寄稿した論考も添付します。

今回は、大類さんに『日本人公墓』にまつわるお話や、長年取り組んでいる日中友好活動から感じている大類さんの日中関係へのお考えなどをお話しいただき、みんなで話し合えればと思っています。
お互いの国民同士がもっとよく知り合えば、国の関係も変わっていくかもしれません。

多くの人に参加していただき、話し合えればと思っています。
特に若い世代の人たちに。

またこれを皮切りに中国の人たちのことをもっとよく知るためのサロンを継続的に開いていきたいと思っていますので、話題提供や問題提起してくださる方がいたらぜひご紹介ください。

〇日時:2023年4月22日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「中国に存在する『日本人公墓』を知ってますか?」
〇話題提供者:大類善啓さん(方正友好交流の会理事長)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2023/03/14

■ホジャの話を思い出します

袴田さんの再審決定の判決が出ました。無罪、つまり冤罪の可能性が大きくなりました。
それにしてもなんでこんなに時間がかかるのか。当事者にとってはにやりきれないことでしょう。
しかし、それは決して他人事ではありません。私にもそうした冤罪が襲ってくるかもしれないことに気づくと、恐ろしくなります。

冤罪が発覚した時にいつも考えるのは、真の加害者のことです。
あるいは怒りを別の人に向けていた被害者関係者のことです。
そうした人たちのことを、警察や検査の関係者どう考えているのか。

冤罪が引き起こす影響は、冤罪被害者関係者だけではないのです。
治安の仕組みや安全や信頼への劣化こそが一番大きな問題です。
言い換えれば警察や検察、あるいは司法の責任こそが問われるべきです。
冤罪のでっち上げにエネルギーを向けずに、真実の究明にこそ、私たちの税金を向けてほしいものです。

冤罪の話に触れる度に、私はトルコ寓話のホジャの話を思い出します。

ある日、ホジャは地下室で指輪を落としてしまいました。
探したけれど見つかりません。
そこで今度は庭に出て探し始めました。
近所の人が見て「ホジャ、どうしたんだい?」と聞くと、
「地下室で指輪を落としたんだよ」。
「地下室で落としたのに、どうしてそんなところを探しまわるのさ?」
「あそこは暗くてよく見えないからね…」。

探し物は、光の当たっている探しやすい場所で探す。
これはもしかしたら、近代社会の精神かもしれません。
しかし、そうしているうちに、どんどん探し物から遠のいてしまい、結局は「探し物」を創らなければいけなくなってしまう。

これは、別に殺人などの刑事事件に限った話ではありません。
さまざまな分野で似たような「虚構づくり」が取り組まれている。
そしてそれに私たちの大事な税金が使われているとしたら、私たちもまた、そうした動きに加担していることになりかねません。

冤罪に出合うたびに、私にも罪の意識が高まります。
国家に所属することの罪深さを感じないわけにはいきません。
贖罪のためにできることを探さなければいけません。
たとえ、それが暗闇の中にあろうとも。

袴田さんご家族には、心から深謝し、感謝しています。

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■節子への挽歌5537:福井の水羊羹

節子
先週、敦賀の節子の姉から水羊羹が送られてきました。
毎年贈られてくるのですが、なぜか今年は2回も送られてきました。

福井では、冬に水羊羹を食べるのです。
節子は好きだったのでしょうが、私にはいささか甘すぎて苦手です。
でもありがたくいただいています。

節子がいなくなってから、義理の姉夫婦を除いては、節子の親族との付き合いも少なくなってきました。コロナのためでもあるのですが、私ももうこの4年ほど、滋賀も敦賀にも行っていません。

そのコロナもだいぶ鎮まってきました。
昨日からマスクの強制着用の働きかけも見直されました。
私自身は今月に入ってから、電車もマスクなしにしていますが、これからは次第にマスクも減っていくでしょう。

世間も少し正常に戻るかもしれません。
それにしてももうあきれるほど日本からは思考する人間はいなくなりました。
時代が大きく逆行しているとしか思えません。
私はいい時代を生きてきたと、つくづく思います。
節子はもっといい時代を生きたと言えるでしょう。

今年か来年には、滋賀や福井に行こうと思います。
元気なうちにいろんな人に会っておかなければいけませんから。

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2023/03/13

■節子への挽歌5536:思ってもいなかったプレゼントとメッセージ

節子

まただいぶ挽歌が書けませんでした。
実はいろんなことがあったこととそういう時には読書に逃げ込む傾向が最近出てきて、挽歌からも逃げていました。
気にはなっていたのですが。

今日、アメリカのKSさんから荷物と手紙が届きました。
思ってもいなかった内容で、うれしいとともに、なんだか申し訳ない気持ちになりました。やはり挽歌も含めて、ブログはきちんと書こうと思いました。

いささか気恥しいのですが、手紙の一部を書き残しておこうと思います。
あすから、また挽歌などを書こうと思います。
なかなか最近はルーチンにできないでいますが、頑張ろうと思います。

FacebookなどSNSには一切関与せず、インターネットに繋ぐのも週あるいは10日に1回程度ではありますが、ときたまアクセスさせていただく佐藤さまのブログにてご様子はうかがっておりますのでそれだけで充分です。
佐藤さまの「ご存在」そのもの「お元気でいらしてくださる」ということだけで、私たち読者にとっては大きな励みになり勇気づけられています。

でも、過日、佐藤さまが時々「めげてしまうことがある」とおっしやつていたのが少し気になりました。どのようにお慰めすればよいのかわからないのですが、佐藤さまが公開してくださっているウェブ上の「湯島サロン」に集う「佐藤修ファン」の一人としてせめてもの気持ちをお伝えしたくてペンを執りました。チョコレートは佐藤さまのお身体に良いかどうか分かりませんけれど、たまたま手許に取り寄せの品がございましたのでお送りいたします。日本のように各地の名産、老舗の味のようなものがこちらにはないのですが、このチョコレートだけは2度目のアメリカ旅行時(1986年)に発見して以来ずっと変わらず(取扱店は途中で変更)、我が家では季節を問わず賞味しているものです。奥さまが戻って来られるお彼岸に間に合うと良いのですけれど…。

お彼岸に間に合ったので、節子にもチョコレートのおすそ分けしました。

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■以前話題になったSF「三体」を読みました

今年は中国の人たちのことを知りたいと思い、湯島で現代中国に関するサロンを継続開催することにしました。
それもあって、少しずつ中国に関する書籍も読もうと思い、まずは以前話題になったSF小説の『三体』を読みました。

1部の「沈黙の春」は、1967年の文化大革命期の中国から始まります。あまりにリアルな展開に、これがSFかと思ってしまいましたが、第2部「三体」になると、VRゲームの話も出てきて、だんだん訳が分からなくなってきました。面白い話題はふんだんに出てくるのですが、そのほとんどが無駄に浪費されている感じで、いつになっても期待している展開になりません。

読むのをやめようかと思ったのですが、念のため訳者あとがきを読んだら、そのうちに、山田正紀の「神狩り」やJ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」のようなワクワク感が出てくるはずと書いてあったので、改めて期待して読み続けました。
しかし、結局は「神狩り」や「星を継ぐもの」の時のようなワクワク感は味わえませんでした。

私の理解力や想像力の劣化のせいかもしれないと思い、SF評論家でもある岡和田さんにどう評価すればいいかを聞いてみたら、期待通りの的確なコメントをもらいました。
ちょっと安心しました。

それにしてもこんな作品がいまやヒューゴー賞を受賞するとは。
ちなみに私は1980年代までしかSFは読んでいませんが、いい時代にSFを読んでいたと改めて思いました。いまはもう現実科学や想像世界がSFを超えてしまっていて、SFのSが一体何なのかがわかりにくくなってしまっているような気がします。
まあこんなことを言うと、岡和田さんからはまた笑われそうですが。

『三体』はその後も3作品が出版されていますが、もう読むのはやめました。
でも久し振りに、「神狩り」を読んでみようかと思います。
果たして今の私にSFを読む感性と知性が残っているかですが。

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2023/03/12

■第2回「一緒に〈深呼吸歩き〉してみませんか?」報告

永田茂さんの〈深呼吸歩き〉の2回目は、上野公園から湯島の会場までを30分かけて各自歩いた後、話し合うというスタイルをとりました。
桜の花には少し早かったですが、好天に恵まれ、10人を超す参加者がありました。

Aruki0200 西郷隆盛の銅像前で集合。そこで永田さんから「深呼吸歩き」の歩き方のポイントと30分をどうやって歩くかの目安の説明を受けました。
最初はまず「ゆっくり楽に歩き出す」。続いて「お腹で息を吐く」ようにして10分ほど歩き、次第に「スピードを上げていく」。そして身体全体が緩んで汗が出てきたら、「スピードを最高にあげ5分ほど歩き」、疲れたらスピードを落として「深呼吸にチャレンジ」、そこから最後はまた「トップギアで5分ほど歩く」。
これはあくまでも目安で、これを参考にしながら、各自、思い思いに歩いてみよう、というのが永田さんからのお話でした。

ただし、永田さんは、今日の歩きの目標として2つの課題を出しました。
「閾値を超えること」と「快を楽しむこと」です。

運動の強さを増していくと、あるところで血液中の乳酸が急激に増加し始めます。ある「閾値」を超えることで健康への効果が飛躍的に上昇するそうですが、今回はそこに挑戦してみようというのが「閾値を超えること」です。
しかし、あんまり頑張りすぎて疲れてしまうのではなく、「快を実感する」ことが第2の課題です。健康のために歩くのではなく、快適に歩くことこそが長く続き、結果的に健康にもつながるというわけです。

この2つはお互いにつながっています。ちょっと閾値を超えることで快感が得られ、快を実感すれば閾値越えも維持できる。それをまずはみんなに実感してもらおうというのが、永田さんの今回の狙いです。
私がこの深呼吸歩きにはまったのも、その体験によってです。快を実感すれば、また歩きたくなるからです。

永田さんのお話を受けて、各自、不忍池周辺を中心にそれぞれ歩き出しました。30分以上が歩く目安です。平日だったので、さほど人混みはなく、気持ちよく歩けました。

そして三々五々、サロン会場(湯島)へと向かいました。会場に着いた時間には30分ほどの差がありましたが、全員、ちょっと汗をかきながら到着。そこでいつものように話し合いに入りました。

Aruki0500

まずは参加者全員から、感想を話してもらいました。
みんな「快」を味わったようで、話も弾みました。
歩き出す前には足腰が痛かったが、歩き終わって湯島に着いたら、その痛さが解消されているのに気づいたという人が2人もいました。
歩くことにまた自信がついたという人もいました。
みんな「深呼吸歩き」を楽しんだようです。

最初に永田さんからのていねいな説明があったせいか、「深呼吸歩き」の具体的なやり方に関しては、あまり質問が出なかったのですが、それぞれが自分なりの歩き方に取り組んでいくきっかけを得たせいかと思いました。
百の説明よりも、一の実践。みんな永田さんの話からヒントを得て、自らの歩き方を育てていければと思います。

最後に、この「深呼吸歩き」を広げていきたいという永田さんに、今回の体験からのアドバイスをみなさんにお願いしました。
いろんな提案をもらいました。
永田さんも、今回は初めての「深呼吸歩き会」で、試行錯誤的な取り組みでしたが、いろいろとアイデアをいただき、次回へと活かしてもらえると思います。

今回参加した人たちには、それぞれこれからも実践し、ぜひいろんな意見を寄せていただければと思います。
また、どこか一緒に歩こうという方がいたら、ぜひこのメーリングリストでもご案内ください。いろいろなところで、実践者が増えてくるとうれしいです。
今回、身体を動かす活動をしている人も数名参加していたので、有志で一度、この活動をさらに広げていく会も開催したいと思います。

「深呼吸歩き」で日本中の人たちを元気にしたいというのが永田さんの夢なのです。夢を持っている人は応援しなければいけません。
今回の体験を踏まえて、永田さんにはまた、第3回の深呼吸歩き会を企画していただこうと思います。今回参加できなかったみなさん、ぜひご参加ください。

なお、深呼吸歩きに関する説明や効用など、永田さんの動画が次のサイトにありますので、ご関心のある方はご覧ください。
https://youtu.be/a51MgFyA9u8

 

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■湯島サロン「ある氷河期世代の死生観」のご案内

知人のFBで、こんな書き込みを読みました。
長いですが、みなさんにも読んでいただきたく、引用させてもらいます。

最近、死に対する考え方が変わりました。
周りの人がどう思うかはわからないが、自分の人生を振り返ってみると、よくやってきたほうだと思っています。

誘いがあっても悪い方向になびくこともなく、人のために尽くしてきたし、見たこともない、全く知らない子供の為にお金も使ってきた。耐えるべきことに耐え、必死に働いて、それなりの実績も残したと思っています。他人の評価なんて聞きたくもありませんが、少しも恥ずべきところはありません。波はあれど、ここまでよくやってきた。上出来です。悔いも無い。

人間何があるかわかりません。これから先、間違いを犯し、失敗して落ちていくくらいなら、いま、自分にとって上出来だと思えるところで、人生を終わらせたほうが楽だろうなと思えるようになりました。

そう考えるようになったのは昨年末くらいからですが、それ以来、死は怖いものではなくなり、もっと好きなように生きても良いのではないかと思うようになりました。

私は今年のテーマとして、
「行きたい場所に行き、言いたいことを言う」
を挙げました。仕事仲間にも、友人にも、お客様にも、部下にも、この宣言をしました。自分勝手のように聞こえるかもしれませんが、自分自身で納得しており、今年のテーマではなく、残りの人生のテーマとしていこうと思っています。

誰かの作ったルールに従うことなく、自分の正義と倫理観で生きるし、誰かの為に我慢することも、もうしません。やりたくないことはやらないし、嫌いな人とは会いません。
少なくとも後半に入った私の人生。それほど長くはないでしょう。自分が思うように、好きなように生きていこうと思います。

さぁ3月のスタート。

これを読んでなぜか涙が出ました。背中がぞくぞくしてしまったのです。
この方は、マスコミにもよく登場しているWebメディア評論家の落合正和さんです。

数年前に、地元であるイベントを仲間と一緒にやった時に知り合った人です。その人のFBを時々読ませてもらっていたのですが、今回の記事を読んで、感動していささか興奮してしまいました。
そこで見境もなくサロンをお願いしてしまいました。

最初は、落合さんの「行きたい場所に行き、言いたいことを言う」という言葉を「自分で生きようよ」というメッセージに感じていたのですが、落合さんからはなんと「ある氷河期世代の死生観」というタイトルが送られてきました。
ますますお話を聞きたくなりました。
まさに「善く生きる」のテーマに直結します。

ぜひ多くの人に一緒に聴いていただき、話し合えればと思っています。

〇日時:2023年4月15日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「ある氷河期世代の死生観」
〇問題提起者:落合正和さん(WEBメディアコンサルタント / Webメディア評論家)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2023/03/10

■第22回益田サロン「人間が行う三重の破壊から生物と環境を考える」のご案内

細菌学者の益田昭吾さんによるサロンは、20回目からまた出発点に戻って、基本的な問題を改めて考え直す内容になっていますが、今回はこれまでも盛んに話題になっていた「生物と環境」をテーマにさせてもらいます。

「生物と環境」は、益田サロンの基本テーマでもありますが、今回は主役を細菌やウイルスから人間に置き換えて、「人間が行う三重の破壊」を取り上げます。

人間が行う三重の破壊とは、体の破壊、心の破壊、自然破壊です。
細菌やウイルスとどうつながるのかと思われるかもしれませんが、長年、病原体の世界と付き合ってきた益田さんが、人間や社会をどう見ているかをお聞きしながら、私たちの生き方を問い直したいと思います。

なお、益田さん自らがイラストを描いた「3つの破壊」の図を添付します。
Photo_20230310060601

また、前回の案内にも書きましたが、益田さんの著書「病原体から見た人間」(ちくま新書)の表紙には、こんな文章が書かれています。

病原体の多くは私たちの身体を環境としていながら、人間の身体を破壊し、極端な場合には生命まで奪います。このような病原体の振る舞いは、「環境あっての生物」という原則に反しているようです。一方、「我こそは地球上の代表的な生物」と自惚れている人間もまた、自然環境を破壊し続けてやみません。

というわけで、今回は、ちょっといつもと違い、人間が主役になりますので、これまで参加されていない方も参加しやすいと思います。
これを機会に、ぜひ益田サロンに参加していただければうれしいです。

〇日時:2023年4月1日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「人間が行う三重の破壊から生物と環境を考える」
〇話題提供者:益田昭吾さん(細菌学者/慈恵医大名誉教授)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2023/03/08

■湯島サロン「〈自分を生き、笑って旅立つ〉コミュニティホーム」のご案内

「生と死」をテーマにしたサロンを昨年から連続で開催していますが、今回は、長年、看護師の立場で健康、病気、介護、死に向き合ってきている冨澤文絵さんに話題提供をお願いしました。

冨澤さんは、昨年12月には「旅立ちの家」創造プロジェクトを立ち上げ、さらに今年1月には地域の人たちの居場所も取り込んだコミュニティホーム「はじまりの家 そら」を開設するなど、自らの思いを次々とかたちにしてきています。
その冨澤さんの思いは、冨澤さんが代表を務めるNPO法人コミュニティケア・ライフのサイトに書かれているメッセージをぜひ読んでください。
https://community-home.jp/company/message/

コミュニティの中で安心して旅立てる家をつくることで、だれもが思いきり今の自分を楽しんで生きられるような社会にしたいと冨澤さんは考えています。それは、私たちの生き方や社会のあり方に、大きな問題提起をしているようにも思えます。

緩和ケア病棟での看取りのお仕事の中で、死という旅立ちからたくさんの学びを得たことが、そうした冨澤さんの活動の原動力になっているのかもしれません。実践を通して、冨澤さんが学んだこと、気づいたことを、冨澤さんはすべての世代と共有したいとも言っています。そこには、若い世代の人にとっても、たくさんの生きるヒントがあるはずです。

「自分を生き、笑って旅立つ」。

誰もがそんな生き方を目指したいのではないかと思いますが、ぜひ多くの人に参加していただきたいと思います。もちろん、若い世代の人もお勧めです。
長年、病院や在宅での看取りに関わってきた冨澤さんの「看護師からみた生と死」のお話もお聞きできると思います。

〇日時:2023年4月8日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「〈自分を生き、笑って旅立つ〉コミュニティホーム」
〇話題提供者:冨澤文絵さん(NPO法人コミュニティケア・ライフ代表)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2023/03/07

■節子への挽歌5535:八千代新川千本桜まつりの桜

最近いろいろとあって、いささか沈んでいる私を元気づけるためかどうか、ユカが私を花見に誘ってくれました。近くの八千代市の新川沿いの河津桜です。
2003年に市民たちが植えた桜の木が大きく花咲かせてきているのです。

ライトアップもしていますが、その電力はすべて太陽光を中心とした自然エネルギです。
今年は近くの秀明大学の学生たちが、自分たちで作った風力発電もセットしていました。
日中に太陽光で発電した電力を、市民が自宅で使っている蓄電器をこの時期無償で貸してくれていて、そこに蓄電し、夜間に使っているそうです。蓄電器も見せてもらいました。

2003年と言えば、わが家の鉢植えの河津桜と同年齢です。
節子と一緒に河津に行った時に購入してきた桜木の1本は空らしてしまいましたが、1本は無事育っています。
鉢植えなので、こんなには大きくなっていませんが、元気です。そろそろ葉桜へと移りつつありますが。

この17年、私は基本的に花見には行かないのですが、久しぶりに桜の花の下を歩きました。
桜よりも、のどかな自然の風景や新川の流れに心癒された感じで、少し元気が戻りました。

やはり自然の力はすごいです。

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■茶色の朝サロン「新しい戦前を感じますか」報告

久しぶりの茶色の朝サロン「新しい戦前を感じますか」には、あふれるほどの人が参加するだろうと思っていたのですが、その予想は見事にはずれてしまい、参加者は7人でした。日本はすでに「戦前」ではなく、すでに「戦中」に入ってしまっているのか、と思ってしまうほど落胆しました。

とまあ、これはきわめて個人的な私の主観ですが、参加者のおひとりが私以上に危機感をお持ちなのを知って、少し気が静まりました。でもまあ、正直、やはり湯島のサロン活動はあんまり意味がないなという思いがまた強くなりました。

今回の報告は、いつも以上に個人的な感想になりますが、お許しください。

今回は何も用意せずに最初から話し合いに入ろうと思っていました。どんどんと意見が出てくると思っていたからです。でも参加者が少なかったこともあって、落胆したついでに最初に2~3分話をさせてもらいました。

私が中学生の頃、経済白書で「もはや戦後ではない」という有名な文章が話題になりました。たしかにその頃から日本は高度成長経済に向けて動き出していきました。しかしその後も、世間では「戦後○○年」という言葉が使われ続けました。「戦争」基準で思考することから抜け出せなかったとも言えますが、戦争から自由になろうという意志が働いていた気もします。時代もその方向に向かっていたと思っていました。

ところが突然「新しい戦前」へと基準が変わりました。これによって、「戦争」がやってくるという方向に社会の言動は反転していくことになるでしょう。それでいいのか。

と、そんなことを少しだけお話しさせてもらったうえで、自由な話し合いに入りました。

おひとりが、危機感を訴えた後、自分で何ができるかを考えて、いまの流れを食い止めるためのメッセージを書いたステッカーを門に貼ろうと思うと話してくれました。問題は、どういうメッセージがいいかです。メッセージ入りのシャツも考えているそうです。
そうした各人のアイデアを出し合う方向に進めばよかったのですが、私の進行の不手際でそういう方向には向かいませんでした。私が落胆の罠に陥ってしまっていたからです。

メッセージ・シャツはカント主義者の私の好みではないのですが、ステッカーができたら私も玄関に貼りたいです。以前にもやっていたことがあります。。

いずれにしろ、戦争を避けたいと思っている人がそれぞれできることを始めれば、社会は変わるかもしれません。もし変わらなければ、それはみんなが戦争を望んでいる社会だっただけのことです。
ステッカー提案者は、その時は投獄されて獄死を想定しているようですが、まあ私も甘んじてその定めに従おうと思います。でも参加者の多くの人はそういうところまでイメージできないようでした。戦争のリアル感が違うのでしょうか。

人間は本能的に戦争をする存在だという議論もありました。私はそうは思っていませんが、多くの人はそういう議論にも異を唱えません。今回は私以外にも異を唱える人はいましたが、やはりどうも少数派のようです。もしかしたらみんな戦争をしたいのかもしれません。事実、今回のサロンでも議論がいささか論争になりそうな局面もありました。私に対しても、では佐藤さんは何をやっているのか、と厳しい追及もありました。
自らが何をするかではなく、誰かが何をやっているかに焦点を向ける風潮が、「戦前状況」の特徴のような気がしますが、この数年、ますますそうなってきているのをサロンを通じて感じています。もちろん私はそれに抗って、発言するようにしていますが。

私もかつてはデモやピースウォークなどに参加しましたが、いまの流れを食い止められませんでした。私はそこから、自分なりの活動を模索し、かつてはコムケア活動、いまはサロン活動を基軸に言動していますが、どうも自己満足なだけかもしれません。しかし、自己満足でもいいので、みんながそれぞれに行動を起こすことが大切です。

社会のベクトルを戦争に向けようという動きに対しては、以前から警告を発していた人は少なからずいました。そのおかげもあってか、政治の動きは何とか踏みとどまっていましたが、もうこれからは堰を切ったように動き出すでしょう。なにしろ「新しい戦前」という発言に大きな批判は出なかったのですから。もう状況がほぼ出来上がったのかもしれません。その上、口実をつくる材料も今やたくさんあります。

政府が外出を控えろと言えば外出を控え、ワクチンを打てと言えばワクチンを打ち、ウクライナを支援しろと言えば支援するように、いまや日本人の多くは、戦争だと言えば戦場に出ていくような気がしてなりません。1年前の日本の状況は、9.11事件後のアメリカの世論を思い出させました。

でも戦争は戦場で戦う人がいてこそ起こるのです。戦争を起こすのへ権力者ではありません。権力者に従う「戦う人たち」です。国のためにったかう人たちです。しかし、愛国精神などという時の「国」とは何でしょうか。

こう書いていたらだんだん腹が立ってきて、またまた余分なことを書きそうなので、これ以上書くのはやめることにします。どうもまだ人間ができていなくて、時々感情を止められなくなるのです。困ったものです。
それに読んでいる人のなかには、私と逆の意味でだんだん腹が立ってきている人もいるかもしれません。そうした「怒り」が、もしかしたら「戦争」につながっていくのかもしれません。だとしたら、私自身、「新しい戦前」に加担しているとも言えそうです。

しかし、戦争を起こすのはやはり私たち国民なのです。
そう思うとなんだか気力が心底萎えてしまうサロンでした。
もう茶色の朝サロンはやりたくない気がします。
誰かやりたいという人が出てまで、しばらくお休みします。

寓話「茶色の朝」を読んで、新しい茶色の朝サロンを再開してくれる人が出てきてくれるとうれしいのですが。どなたかやってもいいという方がいたら、私は必ず参加します。

ちなみに、「茶色の朝」サロンについては次をご参照ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2018/01/post-dd3c.html

Bms20230300

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■中国の現代小説を読んだことはありますか?

米中対立構造の中で、どうも最近の日中関係もいい方向には進んでいません。
その上、私の誤解かもしれませんが、日本人はあまり中国が好きではないようです。
しかし、韓国や北朝鮮もそうですが、中国は日本の隣国です。
遠くの親戚よりも近くの他人というのは、別に個人の世界だけの話ではありません。
韓国とも北朝鮮とも中国とも仲良くすればいいと私はいつも思っていますが、どうも政治の世界ではあまりいい関係にはなりません。とても残念です。
そのせいか、中国に関するテレビや新聞での報道も、パンダ以外はあまり好意的な感じがしません。
ちなみに私はパンダがなぜあれほど人気なのかいつも不思議です。それにパンダを賃借するようなモノ扱いしていることに違和感を持たない人たちのパンダ愛には違和感があります。日本人の中国人観につながっているような気もします。蛇足でした。

話を戻します。
こんな状況が続けば、日本人はみんな中国嫌いから中国人嫌いになってしまいそうです。
そうなってほしくはありません。
そう思っていたら、ある人から最近の中国の人たちが読んでいる中国現代小説を日本に紹介している活動があることを教えてもらいました。
中国現代文学翻訳会というグループで、「いま中国に、こんなに豊かな言語空間を有する作品があることを日本の読者に伝えたい、との思いを共有する中国現代文学研究者・翻訳者の集まり」だそうです。
年2回、小説、詩、随筆など、現代中国の作品を紹介する「中国現代文学」という本を出版しています。
https://www.hituzi.co.jp/kotoba/syokai.html

教えてくださったのは、その会のメンバーのおひとりです。
早速にその人が訳した「鍬を担ぐ女」(何玉茹)を読ませてもらいました。短編ですが、中国社会の生々しい現実の一部に触れさせてもらった気がしました。もっとほかの作品も読みたくなりました。

私はこれまで現代の中国の人たちがどんな小説を読んでいるのか気にしたことがありませんでした。しかし、中国の人たちのことや中国という社会を知りたいのであれば、その人たちが読んでいる小説を読んでみるのはいいことです。そうした小説を読めば、いまの中国の人たちの生き方や考え方、あるいは社会の実相に触れられるかもしれません。そのことに気がつきました。

気がついたら動かなければいけません。
そこで、今年の6月から、中国現代文学翻訳会の同人でもある葉紅さんにお願いして、「現代中国小説」を読むサロンを定期的に湯島でやってもらうことにしました。日程が決まったらご案内しますが、中国と仲良くしたいと思っている方はぜひご参加ください。
そしてまずは、ひつじ書房が発行している「中国現代文学」で、現代中国文学に触れてみてください。葉紅さんからお借りして、湯島にも何冊か置いていますので、もし読んでみたいという方がいたら貸出しいたします。
私も、「中国現代文学」のバックナンバーに併せて、一時期、話題になったSF小説「三体」を読んでみようと思っています。

なお、湯島のサロンでは今年は「中国をもっと知ろう」という視点から、中国関係のサロンも始めたいと思っています。
話題提供してくださる方がいたら、大歓迎です。ぜひご連絡ください。

 

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2023/03/06

■湯島サロン「人生のたのしみは」報告

「善く生きる」サロンの、いわば番外編として開催した「人生の楽しみは」サロンは、参加者こそ少なかったのですが、とても楽しいサロンになりました。
やはり正面からテーマに取り組むほうがいいのかもしれません。

今回に味をしめて、つづけて「人生の喜びは」「人生の幸せは」「人生の喜びは」など、シリーズで開催したくなったほどです。参加者からも「喜怒哀楽」それぞれの提案もありましたが、「怒り」や「哀しさ」は気が重くなりそうなので、いささか躊躇します。
むしろもう一度、「人生のたのしみは」をやってもいいかもしれません。希望者が3人を越えたらまた企画しますので、ご希望の方はご連絡ください。

まあそれはともかく、今回のサロンの報告です。

参加者はせめて、橘曙覧の独楽吟52首は読んでくるだろうと思っていましたが、なんと読んできた人は一人だけ、まったく困ったものです。苦労して書いた案内文もあまり読んでいない。まあ、案内文が長すぎるのでしょうね。
仕方なく、みんなでまずは52首を読むことにしました。

これがよかったのかもしれません。なんだ、人生の楽しみと言っても、こんな程度の話なのか、と肩から力が落ちた人もいたでしょう。こんなたのしみなら、誰でもいつでも見つけられるでしょう。人生に楽しさがあれば、元気が出る。

1首ずつみんなで読み上げては意見もいいながら、52首、読み終わったところで、それぞれが共感できるものを選んでもらいました。
わりと重なるものもあり、そこから何となく、その人の暮らしぶりも垣間見えてきます。
つづいて、それぞれ自分の楽しさを短歌にしてもらいました。
そしてそれを発表しあいながら、人生とは何かを気楽に話し合いました。

Tanosimi000

52首の多くに共通するのは、世間がどうであろうと他者がどうであろうと自分を素直に生きることに楽しさを感じていることです。しかもそれらは、その気になればだれにもできることでもあります。
参加者の一人が、楽しみは与えられるのではなく見つけることなのか、と言ったのが印象的でした。楽しさを発見・創出できるかで、人生は大きく変わってくる。
少なくとも独楽吟で歌われているような「たのしさの素」は誰の周りにもあるでしょう。

社会の嫌な面や自らの暮らしの辛さだけを見ているのでなく、楽しさや喜びを見つける姿勢が人生を変えるかもしれません。アウシュビッツを生き延びたフランクもそうでしたし、エティ・ヒレスムも収容所の中でさえ意味ある人生を生きたのです。

今回は、入院中の人がひとり、病院を抜け出して(もちろん許可を得てですが)参加してくれたのですが、その人は病院生活が退屈だと言っていたので、「病院生活のたのしさは」シリーズに取り組むように頼みました。それができると、これから入院する人には福音でしょう。私もこれからの入院生活が楽しみになるかもしれません。

しかし、実際には生活の楽しさよりも苦しく辛く嫌なことのほうが多い人もいるでしょう。今回の参加者からも、たとえば、マスコミ報道を見ていると、原発再稼働や防衛費増、あるいは痛ましい事故や事件など、滅入ることが多いという話がありました。私もそう思っている一人です。
でも、ものは捉えようです。そうした課題を解決し乗り越えることを自らの課題と捉えるならば、悲しさや苦しさもまたたのしみにできます。

そう考えれば、実は喜怒哀楽はすべて同じものなのかもしれません。
喜怒哀楽を楽しむ生き方。ただ怒ったり哀しんだりするだけではなく、それらも自分の人生に意味を与えてくれるものとして肯定的に受け止め、楽しんでしまう。そんな生き方こそ、豊かな生き方、善く生きること、なのかもしれません。

参加者が詠んだ「たのしさの歌」を最後に紹介しようと思っていましたが、それはやめてサロンをやった感想の一句を最後に。
「たのしさは 友とたのしさ 語り合い たのしさ持ちに 気づくとき」
楽しさを話し合うことこそが人生の楽しさにつながっていくのかもしれません。

ちなみに「独楽吟」は次のサイトなど、ネットで読めます。
https://tankanokoto.com/2020/10/dokurakugin.html
お時間が許す時に是非一読してみてください。

生き方が少し変わるかもしれません。
たとえどんな状況にあろうとも。    

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2023/03/04

■湯島サロン「死刑制度はなぜ必要か」のご案内

昨年11月に死刑制度の是非をテーマにしたサロンを開きました。
報告でも書かせてもらいましたが、問題の大きさから、1回のサロンで話し合えるようなテーマではありません。

そこで第2回目として、今度はむしろ「死刑制度の必要性」を強く感じている視点から問題提起していただき、改めて死刑制度の是非を話し合いたいと思います。
問題提起して下さるのは、先日、「孤独死」に関してサロンをしてくださった北原千香子さんです。

前回のサロンも参加してくださり、死刑制度支持論を話してくださいましたが、前回はむしろ死刑制度への疑問を投げかける視点での問題提起だったので、十分の論を展開できなかったと思います。
そこで今回は、逆に北原さんの「死刑制度になぜ賛成なのか」という話をじっくりとお聞きした上で、話し合いにはいれればと思っています。

前回の報告にも書きましたが、死刑制度からはさまざまなことが見えてきます。
それは決して私たちの生活と無縁でもありません。
単に死刑制度の是非を抽象的に考えるのではなく、そこから見えてくる私たちの生き方や社会のあり様が、きっとあぶりだされるはずです。
自分とは関係ない話などと思わずに、ぜひ多くの人に参加していただきたいサロンです。

よろしくお願いいたします。

〇日時:2023年3月26日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「死刑制度はなぜ必要か」
〇話題提供者:北原千香子さん(無縁化防止団体OMUSUBI代表)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2023/03/03

■第21回益田サロン「ウイルスを改めてもう少し理解しよう」報告

細菌学者の益田昭吾さんの21回目のサロンは、「ウイルスを改めてもう少し理解しよう」をテーマにしてもらいました。
益田さんは、ウイルスが生物か生物ではないのかという、参加者の問いに応じて、「生物とは何か」から話を始めてくれました。

Masuda2023022600

益田さんは、生物の本質は「復元性」ではないか、と言います。
つまり、自分で元に戻る性質がある。
ホメオスタシス(恒常性維持)とも言われていますが、さらに難しい言葉を使えば、エントロピー(無秩序)増大という自然の摂理に抗って、エントロピーを減少させていく性質がある。

元に戻るということは、益田サロンでよく話題になる「自己」があるということでもあります。戻るべき自己があるのが生物。
さらにまた、自己があるということは、自己ではない存在があるわけで、それを「環境」と言ってもいいでしょう。つまり、生物とは環境との関係の中で、戻るべき自己を持っている存在と言ってもいい。

あるいは、環境との間で、エントロピーをやりとりしながら、環境と共に変化しているという言い方もできそうです。生物は環境から隔離された存在でありながらも、両者は双方向的に影響し合いながら存在している。益田サロンでよく話題になるように、「環境あっての生物」「生物あっての環境」というわけです。

さらに益田さんは、復元するためには、失われたものを補うという意味で「増大性」がなければいけないと言います。
増大性もまた、生物の本質のひとつというわけですが、話を聞いていて、増大が生み出す「余剰」が、「変異」とか「進化」、さらには「成長」につながるのかと思ったのですが、そこまでの含意はないと言われました。先走らずに、基本をしっかりと考えることが大切なのですが、劣等生の私はいつも先走ったり、わかったような擬人化をしたりして注意されています。困ったものです。しかし、そうした「逸脱」が許されるのも、益田サロンの面白さです。

ちなみに、教科書的に生物の本質はと言えば、「自己増殖性」「代謝」「独立性」というような言い方がされますが、益田サロンではそういう教科書的な言葉での理解ではなく、しっかりと自分の言葉で考えて、理解することを促されるのです。

そこからいろいろな話へと広がりましたが、要するにウイルスは復元性を持つ生物と考えてもいいというように私は受け止めました。
もっとも私は、ウイルスが生物であろうとなかろうと、どうでもよくて、ただ関心事は、ウイルスとどう付き合えばいいかに関心があるのですが。ただ、生物と考えるかどうかで、付き合い方が決まってくるとしたら、それは重要な問題です。

ウイルスは粒子という表現がなされるように、細胞ではなく、増殖のためには宿主細胞が必要なのだそうです。宿主から切り離されたウイルスは、いわば芽胞(冬眠?)状態になり、増殖もしなければ、悪さもしない存在になっているそうです。

ではウイルスはいつ動き出すのか。それは細菌細胞を宿主としたときであり、その環境となった宿主細胞の状況がウイルスにとって「あやうくなった」時のようです。
このあたりの私の理解はいささか危ないので不正確かもしれません。

さらに、宿主である細菌を食べるバクテリアファージの話や帯状疱疹の増加の話、あるいはrDNAウイルスは定着しにくいなどといった最近のコロナ・ワクチンの話など、いろいろと話は広がりましたが、いつものように、益田さんは話したいことが話せずに終わったかもしれません。

ウイルスはよく言われるように人類の進化に大きな貢献をしてくれています。
最後にそういう話も出ました。
最近はコロナウイルスのせいで、ウイルス悪者観が社会を覆っていて、ゼロコロナなどと騒がれていますが、私はどうもその風潮がなじめません。

すべての生物はつながっていると考える私は、最近の新型コロナウイルスを全否定することは、ブーメラン効果で自らにも戻ってくるような気がして気が重いです。ウイルスもまた、人間にとっての環境ならば、全否定はすべきではないと思えてしまうのです。
まあそんな話から、ウクライナやプーチンの話にまで飛びそうにもなりましたが、ウイルスが教えてくれることはまだまだたくさんありそうです。

益田さんから、そんなことを話したつもりはないと叱られそうな報告になってしまいましたが、お許し下さい。
次回は、また益田サロンの原点に戻って、「生物と環境」をテーマにすることになりました。もちろん今回未消化だったウイルスの話は、引き続き話題にしていき、新型コロナウイルスとの付き合い方も話題にしていきたいと思います。
コロナやウイルスに関する疑問点は、毎回のテーマに関係なく、出してもらってもいいと思います。

次回の日程が決まり次第、また案内させてもらいます。

 

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2023/03/02

■湯島サロン「看取られながら人生を終わりたくないですか」報告

「善く生きる」をテーマにしたサロンの3回目は、「看取られながら人生を終わりたくないですか」の呼びかけで、「孤独死」について話し合うことにしました。

話題提供してくださったのは、無縁化防止団体OMUSUBI代表の北原千香子さん。
北原さんは、近くの人の孤独死に遭遇し、孤独死がいろんな人にいろんな傷を残していくことを実感。人のつながりの大切さを改めて強く感じ、無縁化防止活動を始めたそうです。人のつながりは、家族に限らず、信頼できる良い人間関係を育てていくことだと言います。
困難に陥ると人は閉じてしまい、他者の手を離してしまう。しかし困難な時こそ人の手を離してはいけない、と北原さんは言います。そして、そうさせないために、あなたのことを心配している人がいるんだということを、わかってもらうことが無縁化防止にとって大切なことだと言います。

しかし、つながりは大切だとしても、面倒でもある。
参加者の一人が、私はむしろつながりは希薄にしておきたい。つながりは自分だけではなく、相手にも負担をかけることもあると発言しました。たしかに、「絆」という言葉に象徴されるように、「つながり」はお互いを縛りあってしまい、逆に生きにくさを生み出すこともある。どういうつながり方がいいのか、を考え直していく必要があると言うのです。コミュニティのあり方を考え直す時期だとも。

別の人が、自殺率が低い地域の話を紹介してくれました。そこではお互いに声をかけ合おうとか縁側での付き合いとか、いわゆるスモールトークが多い。お互いに気遣い合いながらも、そう深くは付き合わない。そうした軽いつながりが心地よく、自殺も少ない。
北原さんも、つながりという言葉は、人によって意味合いが違う。付き合いが深かったり、数が多ければいいというわけでもない。数ではなく質だと言います。そして、ちょっとした「スモールトーク」、ささやかなやりとりだけでも心の中に幸せが生まれる。

ご自分の体験を語ってくれた人もいます。
小さい時は死が怖かった。でも夫が亡くなった時には何もしてやれなかったことを悔いて、自分も死にたい、いつ死んでもいいと思っていたが、子どもたちのことを考えると死ねなかった。いまは幸せに生きているが、そのせいか最近また、死が怖くなったというのです。また親が寝たきりになってしまい、「なんで死ねないのか」と言い出したという話もしてくれました。
そして、みんなに「死ぬのは怖いですか?」と問いかけました。

死ぬのは怖いか。
難しい問いです。今回、サロンに参加していた人たちは、死への恐れはあまりないようでしたが、「死はともかく、そこへのプロセスで苦しかったり痛かったりするのは嫌だ」「死ぬよりも死なれるのが怖い」という声がありました。
死への恐怖は、死後の世界が全くわからないことからくる不安ではないかという意見もありましたが、逆に死後の世界はわからないのでワクワクするという人もいました。

捉え方はいろいろですが、こんな意見もありました。
私たちは、いろんな体験をするためにこの地球に生を受けている、と考えると、死は怖くなくなる。孤独死に対しても、良い悪いはない。悪いとか良いとか判断して悩むのではなく、もっと高い視点で、すべては魂の成長のためと捉えれば、死について不安に思うことがなくなる、というのです。
その人は、ホームホスピスづくりに取り組んでいる看護師で、おそらく様々な死に触れて来ているので、死に対する接し方としてもとても説得力を感じました。
死は怖くないという思いを持った人に囲まれて、私も死を迎えたいと思います。

死が怖いか、という問いは私たちの生き方への問いでもあります。
もし、誰もが行き着く死が怖くてネガティブのものであれば、人生は不安で不幸ではないか、と私は思います。そうではなく、人生を明るく肯定的に生きるためにも、死をどう捉えるかはやはりとても大切だと思いました。心穏やかに見送ることは、看取られる人にとってもいいのではないか。少なくとも私はそういう思いで見送られたい。

まあこんな感じで、話はいろいろと飛び交いましたが、最後に、サロンの呼びかけにある「最後は誰かに看取られたいですか」という問いに対しては、私以外の人はあまりこだわっていないようでした。これは意外でした。私だけが寂しがり屋なのかもしれません。

しかし、私はこう思います。孤独死は孤独生の結果ではないか。問題は孤独死ではなく、生き方が孤独になってきていることではないか。
看取られながら人生を終われるように、周りの人たちとつながっている生き方を心がけたい。孤独死を起こさないように、ぜひまわりの人たちとのスモールトークに心がけたいと思いますし、できれば気になっている人には、なんとなく気にしているよというシグナルを送りたい。気にしている人にそれを伝えれば、相手もまたこちらを気にしてくれるはずですから。そういう小さな心掛けが、孤独死も孤独生もなくしていくように思います。
そして、湯島のサロンも、そうした人のつながりを育むような場にしていきたい。

孤独死を考えることは生き方を考えることで、死に方の問題ではない。問題は生き方なのです。「そろそろ「善く生きる」のテーマに、死からではなく、生から考えだそうと思います。

まあその手始めに、明日ですが、「人生のたのしみは」を気楽に話し合うサロンを開きます。
よかったら気楽にご参加ください。

Kitahara20230225100

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2023/03/01

■「死者と生きる」にとても共感しました

昨年末からまた、湯島のサロンで「生と死」をテーマにしたサロンを時々やっています。
それに関連して、生と死に関わる本を少また読み始めていますが、とても共感する本に出合いました。
ユダヤ教の女性ラビであるデルフィーヌ・オルヴィルールの「死者と生きる」(早川書房)です。

ユダヤ教の女性ラビがいるというのも驚きでしたが、それも含めて私のユダヤ教理解は全くお粗末だったことを思い知らされました。
本書を読んで、ユダヤ教は日本の古来の神道とも共通するところがあるように感じました。つまり、古代人類に共通したものを感じたということです。

本書は、著者のデルフィーヌ・オルヴィルールが実際に執り行った葬儀にまつわる話です。そこには、シャリル=エブド襲撃事件の犠牲者や政治家シモーヌ・ヴェイユ、あるいはホロコーストの生存者など、さまざまな人が登場します。そして人間的な交流のエピソードを通じて、「死」や「生きること」、そして「家族」であることの意味が語られます。私にはとても心に響くものばかりでした。

題名の「死者と生きる」という言葉も含めて、最近の私の死生観からは共感できることが多く、一気に読んでしまいました。
死に関わる本でこんなに共感できた本は初めてです。「宗教」や「神」の捉え方にも、とても共感できます。私の一神教の捉え方も一変しました。

死や死者と共に生きたいと思っている方、是非一読をお勧めします。

 

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