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2023/10/14

■がん民間療法体験24:養生と療法、あるいは健康道具と健康機器

友人が祈りを込めた手紙と一緒に「足心棒」を送ってきてくれました。足裏をぐりぐりする「足つぼマッサージ棒」です。私の足もみの記事を読んで送ってくれたのです。
そういえば、昔はよく見かけた「健康道具」のひとつです。わが家にもなぜかありました。

私が子どもの頃までは、まだ病気や心身の不具合は、病院任せ、薬任せではなかったのです。たとえ、薬に依存するとしても、富山の薬売りが置いていった「薬箱」から、自分で選んで使っていたのです。各自、各家庭で、健康に対処する文化があったような気がします。もちろん隣近所も含めて、支え合う文化もあった。

あの頃はみんな体験的に病気を捉え、生き方にもその体験を活かしていた。
健康は医者任せではなく、自分たちで解決していた。医師はそこにアドバイスを与え、手伝っていた。

もしかしたら、私たちは自分の人生を誰かに託してしまったのかもしれません。
そう考えていくと、「民間療法」を考えるということは、とても深い意味があるような気がしてきました。

そういえば、一昨日の重曹水・クエン酸水サロンで、話をしてくださった新井さんが、いまや食生活と自然が切れてしまっていることを憂いていました。いや自然だけではない、生活とも切れている、と私は叱られました。食べるものにしっかりと関心を持って、少しは食事づくりもしなさいと言われた気がします。
たしかにこれまで食事は、時間になれば出てくるものという思いになっていました。
夕食は何にしようかという妻や娘の問いかけには、おいしいものを、とだけいつも答えていました。いやいまもそうです。

話がそれました。
今日は「健康道具と健康機器」の話を書こうと思っていました。
私が当初、民間療法をイメージした時には、実は水素療法は視野にはありませんでした。
日常の中で、誰でもが取り組めるものを主に想定していたのです。

しかし、取り組み始めて気がついたのは、療法と養生の違いです。
養生は病気にならないために常日頃自分の免疫を高めておくことでしょう。
でも病気になってしまったら養生に加えて療法も必要になる。
もちろんそれらはべつのものではなく、つながっています。

養生には道具があればいい。でも療法には機器も必要です。
その危機が、資本によって囲い込まれてしまうと庶民にはなかなか手が届かないものになってしまう。もしそうなれば、健康もまた格好の「市場」にされてしまう。いや、もうすでに健康は、資本にとっては最大の「成長産業」になっていしまっています。
言うまでもなく「医療産業」も、すでに十分に市場化している。
しかも、一番のお客様は、政府かもしれません。
いまの財政に占める医療予算はどんどん膨れ上がっている。
最近のコロナとワクチンで頂点を極めてしまい、さすがに見える人にはおかしさが見え始めた。

またどうも話がそれてしまいましたが、要は、健康機器も医療も、やはりみんなのものに取り戻したい。
宇沢弘文さんの「社会的共通資本としての医療」というとてもいい本があります。
厚い本ですが、読みやすい本なので、ぜひ多くの人に読んでほしいです。

またまた体験報告とは大きくずれてしましました。
すみません。

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