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2023/12/05

■節子への挽歌5810:昔ながらの「和の暮らし」

節子

今日は真冬の寒さです。
まさにこたつが欲しい。
しかしわが家にはもうこたつはありません。
すべて廃棄してしまったからです。
和室もなくしてしまいました。

歳をとると、昔ながらの「和の暮らし」がやはりいい。
節子のいない今では、しかし、昔ながらの「和の暮らし」も一人ではできません。
考えてみると、私の世代は、大きな時代の変化を生きてきたものです。
子どもの頃と3040代の頃、そして現代では全くライフスタイルが違います。

節子と一緒に暮らした時代は、経済的・物質的には恵まれていた気がしますが、その分、いささか軽く生きすぎていた。そのため、節子との2人の時間も軽すぎたような気が、いまにして思えばしてしまいます。

先日、ある集まりで、わが家は結婚以来、ずっと朝はパン食だと話したら、参加者から驚かれました。
私は、それが普通だと思っていたのですが、必ずしもそうではないようでした。
そういえば、私は若いころは、昔ながらの和の暮らしは好きではなかったのです。
いや、それどころか「常識」にも抗っていた気がします。

会社時代は、会社の常識にも抗っていました。
家族生活でも、結婚式もやらず、子供の宮参りにも行かなかった。
いまでも娘から、なんでいかなかったのかと批判されますし、そもそも娘たちの命名もいい加減だったと非難されます。
いまにして思えば、頭で生きていたなあとつくづく思います。

でもその一方で、和の暮らしにどこかであこがれていたのです。
だからこそ抗っていたのかもしれません。

老後は夫婦2人で、思い切り昔ながらの和の暮らしをしたかった。
それが私の描いていた、第4期の生き方だったのですが、それが実現できなかったことが残念です。

それにしても今日は寒いです。
明日の病院が心配です。

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