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2024/02/19

■節子への挽歌5889:もう少し生きつづけよう

節子

最近少し生への考えが変わってきました。
もうしばらく生きつづけようという気が起きてきたのです。
18年ぶりでしょうか。
節子を見送った後、生への関心はほぼ失っていたのですが、この数日、なぜかもう少し生きつづけようという意識が高まってきたのです。
これは前立腺がんが見つかったおかげかもしれません。
まさにワルゾーのおかげです。
感謝すべきかどうかはわかりませんが。

もう少し生きつづけようという意識に気づいたのは、やりたいことが見つかったからではありません。
やりたいことはもう20年前にすべて追いやってしまいました。
いまさらそれに取り組むだけの気力はありません。

ではなぜそう思いだしたのかといえば、やはり生きることの面白さを思い出したのです。
たとえば、節子がお世話になった伊藤医師、20年前に会おうと思いながら会えなかった人、未来の光を感じさせてくれる若者、親子関係に悩む老親たち、あるいはかつて交流していたような社会のど真ん中を前向きに進んでいる人…、そういう人たちとの出会いがこの1か月あたりに集中的にやってきたのです。
そういう人たちが、私の生活に変化を与えてくれるかもしれません。
少なくとも、明日の私の人生に何かが起こるかもしれないという気持ちを起こしてくれる。

それは、20年前までの、私の生活でした。
いろんな人との関係で、私の生活はどんどん変わっていった。
その目まぐるしいほどの変化の面白さに、生きるということはこういうことなんだと、いつもワクワクしていた。あの感覚をちょっと思い出してきたのです。

いささか大げさですが、なんだか23日前から、気分が違う。
何がどう違うのか、よくわからないのですが、何かまた起きそうな、そんな気がしてきたのです。
流れに任せて死を受け入れるのではなく、流れに任せて、生を受け入れる。
生きる姿勢を変えようと思います。

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