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2024/02/12

■節子への挽歌5880:世間とのつながりのわずらわしさ

節子

世間と付き合うのは実にめんどくさい。
節子が健在だったら、もう世間とは縁を切って、どこかでのんびりと暮らせていたかもしれませんが、残念ながら今もなお、世間とのつながりを切れずにいます。

来月初めに福岡から西川さんが湯島に来てサロンをしてくれます。
その案内を出したら、ある人からサロンに出たいという連絡があり、師かもしその後、宴席を設けてくれないかという依頼がありました。
この人には一度、裏切られて迷惑を受けていますが、頼まれたら受けるのが私の信条ですので、その方向で手配しだしました。

とまあ、こんなことを書いても意味がないので止めますが、要は手配がほぼ整った段階で、何をどう勘違いしたのか、彼から断りの連絡があったのです。
たぶん夜の宴席は私は出られないという一文を付け加えてしまったからでしょう。
昼食ならいいという意味だったのですが。
前回と同じく、全く理解不能ですが、何やら自分は大企業の経営者と会う予定をやめてまでサロンを優先したのに、私が出ないとは何事だということなのでしょうか。
その人は私よりも年上で、会社の経営者でもありました。

その人と話していると、その人はよく「成功談」を話すのですが、私にはまったく興味はなく、むしろ「失敗談」としか聞こえないのですが、今回も「大企業の経営者」と湯島のサロンを比較されました。
私は、大企業の経営者もホームレスもまったく人の評価には関係ありません。
むしろ大企業の元経営者を看板にして生きている人への憐憫の情はありますが、でも中にはそういう人にも尊敬すべき人はいますので、一概に否定はしませんが、正面からそういわれると私としてはついムッとしてしまうのです。
まあそうやってせっかくの機会を活かせなかったこともあり、もう少し器用に生きた方がいいと思うこともないわけではありませんが、まあこればかりは直しようはないのです。

そんなわけで、今日もまたいささか不快な1日になってしまいました。

さて西川さんにはどう伝えたらいいでしょうか。
西川さんにも調整してもらったのですが、間に入った者としては、他者のせいにはできません。
まったくもって、世間と付き合うのはめんどくさい。
かといって、世間と縁を切るのも寂しくて、できない。
困ったものです。

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