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2024/04/19

■益田サロン「生物と環境シーズン2」報告

細菌学の視点を基軸に、生物と環境の関係を考え、そこから社会のさまざまな問題を捉え直そうという益田サロンのシーズン2が始まりました。
今回はその1回目として、原点に戻り、ジフテリア菌を切り口にして、「生物と環境」について考える枠組みを整理してもらいました。

益田さんの議論を支える命題の一つに「環境あっての生物」というのがあります。「環境は生物の存在を支える前提」と益田さんは考えています。
したがって、生物が環境を壊すことは自らの存在を否定することになりますから、そんなことは起こさないはずです。したがって、「生物は環境を壊さない」という命題がそこから出てきます。そしてそういう関係にある、生物にとっての環境を、益田さんは「本来の環境」というのです。
これが益田モデルを考える上での出発点です。

しかし、たとえば、ジフテリア菌は宿主である人体に病気を起こして壊すではないかという疑問が起きます。そこで今回は、ジフテリア菌を材料にして、その益田理論を解説してもらいました。ジフテリア菌は決して人体に害を与えてはいないのです。
ジフテリア菌それ自身は宿主である人体を害することはありません。ジフテリアという病気を起こすのは、ジフテリア菌の中にある「ファージ」がもっている「毒素」なのです。ファージや毒素は人体に寄生しているのではなく、ジフテリア菌を宿主とする「生物」です。そう考えれば、「生物は環境を壊さない」という命題は成り立ちます。
そういう感じで、生物や環境を多層的に捉えるのが益田モデルの特徴です。

益田さんは今回、新たに「二重の生物学」という考えを少しだけ紹介してくれました。
宿主と寄生生物、それぞれに生物学があり、その相互関係を考えていこうという視点のように受け止めましたが、この言葉にはもっと深い意味がありそうです。
今回は、まだ「言葉出し」にとどまりましたが、同じ細菌が「常在性」をもったり「病原性」をもったりすることにつながっているように理解しました。「感染」にもつながってくる話のようです。
いつかまたきちんと話してもらえると思います。

つづいて、ジフテリア菌の話を踏まえながら、益田さんの「生物-環境」モデルを改めて説明してもらいました。環境の多層性が同心円モデルになっているわけです。
同心円の場合、環境が外側になりますが、環境は自らの中に「生物(のようなもの)」を生み出していきます。たとえば、人間の場合、身体が心を生み出し、心が欲を生み出し、その欲がまた高次の欲を生み出していく。

しかし、ある時点で、動きが反転します。欲が自らの環境を生み出すようになる。反転を可能にするのは「言葉」です。そこで同心円を超えて、二重円錐モデルが生まれてきたのです。
たとえば、個の欲(私欲)を支えるために「公欲」という環境が生まれてくる。多様な個々の私欲の存在を支えるために、私欲を処理する(支える)環境が生み出されるわけです。益田さんは同意していませんが、欲を意識、公欲を制度とか文化と考えれば、わかりやすいと思います。

注意すべきは、ここでは「環境」と「生物」の関係が逆転していることです。環境は生物によって生み出される存在になっています。つまり、二重円錐の上と下では、世界の構成原理が違っているのです。

もう一つ重要なことは、空間モデルとは違って、上の円錐では時間が発生することです。
今回は、この辺りはまだ十分には説明されませんでしたが、益田さんは「言葉」が「環境」になることで、生物と環境との関係が反転するというのです。「言葉が環境になる」も益田モデルの重要な明愛の一つです
しかもそれが重ね合わされることで、空間モデルもまた違った捉え方ができるようになる。こうした状況の中での「本来の関係」とは何か。そもそも「関係」とは何か。

今回は空間モデルを中心に解説してもらったわけですが、そこには重要な問題がいくつか提出されています。
ジフテリア菌とファージと毒素で言えば、どういう括り方で「生物」を捉えるかで、環境問題の捉え方は変わってきます。益田さんは今回も「地と図」の話をしましたが、地と図の境界はどう考えればいいでしょうか。地があればこそ図があるわけですから、そこには境界という存在はない。しかし多層な環境という捉え方をすると、ますます「境界問題」が気になってくる。

括り方(境界の置き方)によっても、アイデンティティや「自己・非自己」の捉え方は変わってきます。当然、環境と生物の関係の「本来性」の問題も変わってくるでしょう。さらには復元性の問題もつながってくるでしょう。
そういう意味で、今回はさまざまなテーマが刺激的に示唆されたと言っていいでしょう。

次回は、破傷風菌の話を切り口に、さらに生物-環境モデルの理解を深められればと思います。
今回、毒素の存在は、宿主(ジフテリア菌)が本来の関係にある環境(人体)を壊してしまうのはなぜかという問題の深堀りはできませんでしたが、それも含めて、時間軸を取り組んでの「自利・利他」や「進化」の話にもいくかもしれません。

益田サロンの特徴は、益田さんから知識の講義を受けるわけではなく、益田さん自身が参加者と一緒に新しい「知」を模索していくところにあります。益田さんの「言葉」は、参加者の一人が「益田用語」と名づけたように、特定な思いを込めて使うこともありますので注意しないといけませんが、そこで語られているのは「新しい気づき」なのです。
それがわかると益田サロンはより楽しめます。

今回、益田さんは手づくりの紙のブンブンゴマをたくさん持ってきて、みんなに回転させることを促しました。そして、うまくブンブンゴマが回りだすと、そこに環境を感じるでしょうというのです。
たしかに、ブンブンゴマが自分の存在から離れて回りだすと「無私」とは言いませんが、小賢しい自己から解放された心境になります。でもそれが「環境」とどうつながっているのか、私にはまだ理解できていません。でも益田さんは、盛んにブンブンゴマが環境になると言う。まあこうした禅の公案のような命題が出てくるのも、益田サロンの特徴です。だから報告の書き手としてはとても疲れるのですが。

次回から、益田サロンをはじめる前にブンブンゴマ回しを入れようと思います。

次回は破傷風菌を切り口に、もう一度、益田モデルの理解を深めたいと思いますので、これから参加したことのない人もまたぜひ参加してください。

Masuda31000 Masuda31000

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