■節子への挽歌6075:どうして私などに相談しようと思うのでしょうか
節子
肌寒ささえ感ずる朝です。
いろんな人から、膵炎は気をつけなければいけないと言われ過ぎたせいか、これまで気にしていなかった食事や間食を気をつけるようにしました。
しかし、昨日は、近くの青木さんからまで膵炎は気をつけなければいけないと言われ、身体の疲労感さえ、膵炎のせいかなと思うようになってきました。
たしかに先日の検査でも、データ的に完全回復ではありませんでしたし。
昨日は図書館と青木さん宅意外には外出せずに、自宅でテレビと読書と転寝だけだったのですが、涼しさもあって、夜はほぼほぼに眠れました。
おかげで5時起床。
でもなんだかいつものように元気が出ない。
たぶん涼しいせいでしょう。
太陽も見えない。
パソコンを開くと、思いもしない事件突発の相談メール。
お金がらみですが、お金がらみの相談は私には向いていません。
しかも相談者はお金には疎い若者。
前に一度、相談に乗っていますが、私のアドバイスがまずかったのかもしれません。お金には近づかないようにという私の基本線をもしかしたらはずしてしまっていたのかもしれません。
いささか気が重い。
相談と言えば、一昨日も、これまた思ってもいなかった人から相談を受けました。
来週時間を取ってお話を聞く予定ですが、なぜこんなに「頼りにならないような生き方」をしている私に相談しようという気になるのか。
不思議というか、自分は外からはどう見えているのだろうとちょっと興味も感じます。
さて今日も大事を取って、在宅養生に努めます。
読む本もないし、観るテレビドラマもない。
養生とか休養とか、言葉では簡単ですが、実際には難しい。
困ったものです。
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