■節子への挽歌6104:1か月入院していた小宮山さんが会いに来てくれました
節子
昨日は疲れました。養生どころではありません。
もしかしたら午前中、先日退院した小宮山さんが湯島に会いに来るかもしれないことになっていました。
昨日、誘われたのですが、昨日は出かける気にはならず、10日の午前中なら湯島に出かけられると伝えていたのです。
小宮山さんも退院直後なので、もし祖おきになあったら、明日の朝、電話してくださいと伝えていたのですが、電話がありません。この暑さでは湯島に来るのも大変だからやめたのかもしれないと思いましたが、念のため、9時半ごろ電話してみました。
小宮山さんも私と同じでスマホの使い方が苦手です。
スマホはつながったのですが、小宮山さんは出てきません。
もしもしと声をかけていたら、車内放送があって、スマホは切れてしまいました。
車内だったので、小宮山さんが切ったのでしょう。
ところが聴こえてきた車内放送が「次は赤羽」と聞こえたのです。
ということはいま、赤羽で湯島に向かっているなと気づきました。
それでともかくすぐに私も湯島に向か合うことにしたのです。
一応留守電にメッセージは入れましたが、小宮さんのことですから確認するとは限りません。
早く着く常磐線を使い、御徒町から湯島に向かうことにしました。
御徒町を降りたら、小宮山さんから電話。
今着いたが鍵がかかっているというのです。
間に合いませんでした。
それでもう急いで湯島に向かいましたが、もう汗だくだくです。
何とか5分くらい待たせただけで無事小宮山さんに会えました。
お元気そうでした。とても1か月も入院していたとは思えません。
それから2時間話、一緒に昼食もしました。
なぜ入院がこんなに伸びたのか、どうも大事を取ってくれたのでしょうが、ご本人はあまり病気自覚がないので、退屈で仕方がなかったようです。
でも入院したすべては医師の管理下に入るので対応しようがない。
このシステムはどこかおかしいというところで合意しました。
そして今度は、その仕組みに私が入るわけです。
さてどうなるか。
まあそんな話をしながら1か月ぶりの会話を楽しみました。
小宮山さんは根っからの善人ですが、1か月の入院でさらに善人度が高まったような気がしました。
笑顔もともかくよくなった。
疲れましたが、入院前にいい時間が持てました。
それにしても、退院してまだ1週間もたっていない小宮山さんに、わざわざ湯島まで来させてしまったのをちょっと反省しました。
川口と我孫子の中間点で会おうと思っていたのに、全く困ったものです。
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