■節子への挽歌6163:84歳というのはやはり高齢なのでしょうね
節子
84歳というのはやはり高齢なのです。
みんなが心配してくれるのが最近ようやく納得できるようになってきました。
もう少し高齢者としての自覚を持たなくてはいけません。
この1か月ほどの体調不良は、やはり治すよりも慣れる方がいいのかもしれません。
そんな気もするようになってきました。
私は同じ立場で付き合って話しているのに、時に後で丁寧なお礼のメールが来たりすることもあります。
私は昔から年齢を実感できないタイプなので、相手も自分と同じと詩だろうなどと思っていても、20歳も離れていることもあります。
20歳離れていても、私はほとんどその意識はないのですが、やはり先方にとっては私は人生の先輩のように感ずるのかもしれません。
昨日も気楽に会った友人が、「自分の気持ちが、決まらぬまま、相談した事を後悔しています」などとメールしてくるとなんだか調子がくるってしまう気もします。
でもまあ私は、やはり人生の先輩に見えるのだろうなと思わざるをえません。
歳など感ずることなく、付き合いたいものです。
人生には先輩も後輩もない。
たかだか数十年の違いなど、大した差でもないのですから。
しかしこういう風に考えること自体が、たぶんすでに常識からずれているのでしょう。
節子
人と付き合うのは難しいです。
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コメント
小林様 突然でもうしわけございません。小生は山口大学工学部で環境衛生工学分野で研究をしておりました。千葉県水質保全研究所におられた小林節子さんのご主人でしょうか。先日たまたま書庫で目についた3冊の本を読みなおしておりましたら、25年以上前にすでに現在大きな問題になっていることを書かれていて、あらためて感銘を受けました。「環境回生への道」の巻末に書かれていた安孫子の住所にお礼のはがきをお送りしましたが届かずに戻ってきました。そこでネットで調べて見ましたら節子への挽歌というブログがあり、手賀沼公園の記事がありましたので、お伺いさせていただきました。「星野七郎さんと手賀沼」には宮沢賢治の詩や童話の解説もありまして、非常に同感した次第です。
もし間違っていましたら誠に失礼な話ですが、どうしても御礼が述べたくて、書かせていただきました。2024年10月12日 浮田正夫
投稿: 浮田 正夫 | 2024/10/12 23:38