■第5回中国現代文学サロン「徐則臣『養蜂場旅館』」報告
第5回中国現代文学サロンは、徐則臣の「養蜂場旅館」を取り上げました。ちょっと不思議な作品です。
短編ですが、今回の参加者はだいたい2回以上読み直しているようです。
私もそうですが、どうも読み終えた後、すっきりせずに、読みなおしたくなる、そんな作品です。
作品に関する感想議論を報告しても、作品を読んでいない人には意味がないでしょうから、今回は葉紅さんの解説の一部を紹介します。
この作品には、主人公のほかに4人の人物が登場します。そのうち、名前が出てくるのが3人。主人公は「僕」で通しているので、名前はわかりません。
葉さんは、「名前から読み取る作中の人物像」を解説してくれました。作品を読んでいる人にとっては、その解説で作品の理解が深まったと思います。
たとえば、主人公が前に付き合っていた恋人の名前は「揺揺(ヤオヤオ)」です。
葉さんによれば、「揺」は「揺れ動く、安定しない」意味で、実際に女性の名前に使われるのはめずらしく、同音(ヤオ)であれば、通常は「美しい玉」を意味する「瑶」を使うそうです。それをわざわざ「揺」の字を使ったところに、作者の意図するものがあるというのです。
もう一人の女性は「小艾(シャオアイ)」という名前ですが、「艾」は植物の「よもぎ」という文字ですが、同時に「愛」とか「かわいらしい」という意味もある。これもまた、作品を読む解くうえで重要な意味を持っています。この2人の女性が作品の軸だと知れば、それだけでもある世界がイメージできるでしょう。
というように、名前ひとつとっても、どの文字を使うかに大きな意味があるのです。
もちろん小説に出てくる人の名前はどこの国の小説でも重要な意味を持っているでしょうが、「漢字」には特別に大きな意味を持たせられる気がしてきました。作品に出てくる「固有名詞」(人名だけではありません)をつなぎ合わせるだけでも大きな世界が見えてくるような気さえします。
ここに中国文学を楽しむポイントの一つがあるのかもしれません。
作品に出てくる場面に関して、葉さんは2つの場面に注意を向けさせてくれました。
一つは、主人公が宿泊することになる旅館で、美味しい手打ちうどんをごちそうになる場面です。
葉さんによれば、一般的に中国は南方の方では米が主食、北方内陸部などは小麦粉が主食だそうですが、中国には「送客的佼子迎客的面」、あるいは「上牢佼子下事面」という言葉があるそうです。どちらも「客を見送る食事は餃子がよく、客を迎えるには麺類がよい」という意味だそうで、餃子は一般的にご馳走と考えられ、これから旅に出る客をもてなす意味でよく作られるのに対して、麺類は消化がよいので、旅の疲労を癒し、食べやすい食事を提供するという考えに基づいているのだそうです。
私は「手打ちうどん」という言葉に新鮮さを感じましたが、中国では「手打ちうどん」が歓迎のメニューだとは知りませんでした。
もう一つ、葉さんが注目させてくれたのは、お湯が入ったバケツで足を温めて洗ってから寝る、という場面です。寝る前にお湯で足を温めるのは、清潔にする意味においても血行を良くして疲れを取る意味においても、中国では古来、庶民の暮らしの知恵なのだそうです。気候状況の違いもあって、日本ほど、入浴の習慣はありませんでしたが、家庭内での入浴がまだ普及されていない時代には、足を洗う(「洗脚」)のは疲れた体をいたわる点でも手軽で効果的な方法だったのです。
他にも、中国の伝統文化や最近の生活状況を示唆する話はいろいろ出ましたが、単発的に紹介してもあまり意味がないので省略します。
葉さんは、小説に登場するちょっとしたシーンや言葉づかいから、いつも中国の伝統文化や現代生活につながるような解説をしてくれます。なかには現代の日本につながる話題も出てきます。それがとても興味深いのです。
ところでこの作品について、ほとんどの人がなかなかすっきりと理解できないという感想でした。なかには推理小説として読んだという人もいましたが、それではどうもすっきりしなかったようです。
そうしたなかで、ある人が、中国に昔からある伝奇小説と思って読むとすっきりすると解説してくれました。たしかに、と私も納得しました。そういえば、むかし読んだ「聊斎志異」に、こんな話があったような気がします。たしかに、伝奇小説と思えば、素直に受け入れられ、想像がふくらんできます。
私自身は、作中に出てくる5人の人物のうち、名前のない2人だけに実在感を感じていましたが、その解説ですっきりしました。
他にも示唆に富む読み方がありました。フェミニズムの話題まで出ました。
同じ作品も、人によっていろいろと読み方が違う。同じシーンも、読み過ごす人もいれば、引っかかる人もいる。その違いがまた面白い。
そこにこのサロンの面白さがあります。
ところで、サロン終了後、参加者の一人が、いまの中国の若者たちはこういう作品を読んでどう思うのだろうかと発言しました。
たしかに興味がある。
どなたか中国育ちの若い世代の人をご存じだったら、ぜひ紹介してください。
そういう人が参加してくれると、さらに今の中国が実感できるでしょう。
ところで、葉さんは、以前はこのようなテーマの作品は出版が難しかったと言います。つまり、作家たちが描けるテーマの幅が広がったというわけですが、それもまたいまの中国を理解することにつながるでしょう。
とこう書いてくると、まだ作品を読んでいない人は、読みたくなるかもしれません。
湯島にありますので、関心がある人がいたら貸出可能ですので、お申し付けください。
次回は劉慶邦の「いちめんの白い花」を読む予定です。葉紅さんが翻訳した作品です。
作品が掲載されている「現代中国文学8号」(今回の作品『養蜂場旅館』もそこに掲載されています)は葉さん経由で入手できます。ご希望の方はご連絡ください。1200円です。
中国文学サロンは4か月おきの第2日曜開催です。次回は2025年2月9日です。
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