■節子への挽歌6229:生きているだけでいいのです
節子
ある若者からこんなメールが来ました。
『生きとし生けるものの生きる意味』の先生と患者さんの関係ではないですが、
佐藤さまには、ぜひ、“ボクの卒業を見守ってほしい!”と思っています。
だからこそ、どうか、くれぐれもお身体にはお気をつけください。
さてどうしたものでしょうか。
身体に気をつけるべきかどうか。
えっ!そこなの? と言われそうですが、そこなのです。
なにしろ彼が「卒業」するのは順調でも5年以上先ですから。
5年も身体に気をつけて生きるのは大変でしょう。
まあそれはともかく、その母親が先日サロンに参加した帰り際に、こういうのです。
佐藤さんは、生きているだけでいいのです、と。
息子はそう望んでいるんだ、と。
さてさてますます悩ましい。
でもこの歳になると、生きているのだけでも結構疲れるのです。
私の最近の口癖の一つが、「生きているだけでも疲れるなあ」ということです。
外では言いませんが、家の中では独り言で、あるいは娘によく口にします。
口にするとちょっと楽になるからです。
疲れるのは精神的なものではなく、ただただ単純に身体です。
朝のテレビ体操だって、疲れてしまう。
そんな状況で、どうやったら「身体に気をつけること」ができるのでしょうか。
これは結構「難問」なのです。
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