湯島のサロンには、時々、東京に来た機会に参加してくださる人もいますが、その一人、坂口和子さんはアメリカのボストンに長らくお住まいです。
毎年、日本に帰国し、各地の友人たちなどを回っていますが、最近は、その滞在日程の中に湯島サロンへの参加を組み込んでくださっています。今年も2月中旬に帰国し各地を回っていましたが、東京に戻られたのでサロン(3月17日開催)を開いてもらいました。
テーマは「海外から感じている日本社会」としましたが、坂口さんを囲んでの気楽な話し合いの会という趣旨でした。しかし、このテーマのせいか予想を超えて大勢の方が参加してくださり、大盛況のサロンになりました。
坂口さんは、まずは自己紹介ということで、なぜアメリカに渡ったのかから初めて、アメリカでの暮らしぶりや思いなどを話してくれました。
サロンでの個人情報の開示は基本的にはオフレコなので、詳しい報告は避けますが、渡米当時(1987年)と今では日本の立場も大きく違い、「日本人」の受け入れ方も変わってきているようですし、アメリカ社会も変わってきている。しかし同時に、日本とアメリカの違いのなかには、変わらないものもある。
坂口さんは必ずしも明言はされませんでしたが、長年の暮らしをベースにしたお話からはそんなことが体感的に伝わってきました。
個人的な話が書けないとしたら、どういう形でサロンを報告しようか迷って参加者の何人かに感想を聞いてみました。みんなそれぞれに自分の問題と重ねながら坂口さんのメッセージをしっかりと受け止めていました。毎回、サロンの報告を勝手に書いていますが、ほんの一部の報告にしかなっていないなと改めて気づかされました。
そこで今回は、参加者のみなさんの感想も含めて報告させてもらいます。
参加者の中には、坂口さんと同じように40年ほど、ヨーロッパ(ドイツ)で暮らしていたNさんが参加していました。Nさんは、アメリカとドイツとではかなり違うだろうとお考えだったそうですが、いくつかの点で共通するものを感じたと言います。
まず自然や古い建物、つまり景観を大切にしているということです。坂口さんがボストンの街並みや窓からの景観を話しているのを聞いて、Nさんはアメリカもそうなのだと知り、そこに欧米の文化とは違う、街並みや自然に対する日本の景観に対する姿勢を感じたようです。おふたりとも、日本は欧米に比べて、景観(したがって歴史や文化)を大切にしていないと感じているようです。
消費財的になっている日本の住宅の捉え方も影響しているようです。消費財的になっているのは、人の関係の面でも生じていることかもしれません。
公衆電話がすぐ壊されて利用できない、という坂口さんの話もNさんには印象的だったようです。ドイツも同じで、自動販売機もすぐ壊されるため駅構内以外にはほとんど置かれていないそうです。ところがその一方で、交通規則だとか他人に対する対応は日本とは比べ物にならないほど規律正しい。Nさんの体験では、ドイツのほうが公共の場でのあいさつや声かけも多いといいます。
しかし、ドイツでは鉢植えなどを玄関の外や家の周りに置いておくと盗まれることがしょっちゅうで、それに比べたら、日本の治安はよく、自転車を鍵もかけずに家の前に置いていても盗まれることはない。
それぞれの国の良いところ悪いところがちぐはぐなのが不思議というか面白いとNさんは言いますが、それこそがやはり「文化の違い」なのでしょう。いわゆる「公共心」に大きな差があるのかもしれません。言葉だけでわかった気になることに注意しなければいけません。
どこに焦点を当てるかで印象は全く違ってくる。これは短期間の滞在ではなかなかわからない。異郷の地で暮らしてこそわかることかもしれません。
坂口さんは、生活そのものは豊かで環境もよく暮らしやすいアメリカ生活に比べると、日本は街並みも汚く、ごちゃごちゃして自然の豊かさも少ないし、若者のファッションも落ち着かないと言います。日本中を旅しても、新幹線などから見える自然風景の中に人工物が入り込みすぎて、自然だけを切り取った写真もなかなか撮れない。この数年、帰国のたびに日本の風景が貧しくなっていると感じているようです。それは、文化が貧しくなってきているという寂しさに通じている。
これだけ聞くと、日本は貧しくなる一方で救いようがなく、アメリカで暮らす方が日本で暮らすよりも幸せだというようにも感じられますが、坂口さんの真意はそうではないようです。というのは、坂口さんは、でも自分は日本に戻ってきて骨を埋めたいと言います。日本の評価が厳しいのは、日本への思いや期待の強さの表れなのでしょう。
坂口さんがイメージしている日本の良さが消えてきている。それが感じられるので、日本に来るたびに寂しさが募るのかもしれません。
坂口さんは、成田に降り立った時にいつもホッとすると言います。でも日本からまたアメリカに戻った時にもホッとすると言う。それが「異郷に暮らす」ということなのでしょうか。2つの「ホッ」の違いは何なのか。興味があります。
いつかこれをテーマにしたサロンをやりたいです。
長い間アメリカに住み、アメリカ人と結婚し、近隣の人たちとも家に招き合う暮らしをしている坂口さんにとって、アメリカでの暮らしには何の不自由もないでしょう。しかし、日本に骨を埋めたいと言う。
そればかりではありません。坂口さんは、交流はいろいろとあっても、結局、アメリカ人の友だちはできなかったと言うのです。この言葉は、私もですが、多くの人には意外だったようで、みんな「友だちって何だろうか」と考えたようです。
これもいつか掘り下げたいテーマです。
中国から日本に来て、日本人と結婚したYさんの感想もまた興味深い。
坂口さんが30代半ばで、一念発起で渡米したことにたいへんな行動力を感じたと言います。そして、坂口さんが渡米した当初のことを細かく記憶され話してくれたことが強く印象に残ったと言います。もしかしたら、Yさんご自身もそうなのでしょう。
その一方で、坂口さんが帰国するたびに変わってしまう日本を嘆くことが気になったというのです。Yさんは所用があって途中で退席したため、坂口さんが最後に、でも自分は日本に骨を埋めたいというくだりは聞いていなかったのですが、坂口さんの感じている母国の変化は、もしかしたらYさんも持っている母国への思いと重なるのかもしれません。だからとても気になったのです。
異郷に暮らすことで、いろんなことが見えてくるのでしょう。
ほかにも人種問題の話もでました。ネイティブとは何かというような話もちょっとありました。書き出すとまた長くなるので、やめますが。
坂口さんの話は途切れることなく続きましたが、後半は坂口さんが最近詠んでいる歌を紹介してくれました。
坂口さんは数年前から、自らの思いを、7首から20首の57577の短歌形式の連作で歌い上げているのですが、7つのテーマに関する連作歌を紹介してくれました。
時間の関係で一首一首を読むことはできませんでしたが、そこに込めた坂口さんの思いを少し語ってもらいました。いや、少しと思ったのですが、ここでもやはり坂口さんは溜めていた思いがあふれ出てきて、止まりませんでした。
坂口さんの誠実な生き方の中に込められた強い思いを感じました。
タイトルをいくつか紹介すれば、「九十八歳の〈烈ブロガー〉」「コロンバス・デーまたは先住民の日」「トランプ狂騒曲」「ノーベル平和賞」「これぞ国葬」。タイトルからわかるように、坂口さんの歌には、時代への激しい怒りの念が感じられます。
坂口さんの歌を詠みたい人はご連絡いただければお送りいたします。
ちなみに、最初の一連の作品は「九十八歳の〈烈ブロガー〉〉という題で、副題に「敬愛する福永茂先生へ捧ぐる歌」とあります。
福永茂さんは、ご存じの方もいると思いますが、物理化学者ですが、時代の流れに対して鋭い評論をブログでいまも書き続けている方です。
https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru
私も何冊か読ませてもらって、お名前だけは以前から存じ上げていましたが、坂口さんは著書とブログを読んで、藤永さんに直接連絡し交流をはじめられているのです。今回も高齢な福永さんと九州でお会いになって来たそうです。
その行動力は、ものしずかな普段の坂口さんからはなかなか感じられないのですが、Yさんではないですが、坂口さんの生き方には学ぶことが多いです。
サロンとは直接関係ないですが、藤永さんのブログや著作はぜひお薦めしたいです。西欧の植民地主義の暗い側面を描いた有名なジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』も訳されていますが、この本を読むと世界観が変わるかもしれません。
長くなってしまいましたが、来年の坂口さんのサロンに続けたいと思います。
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