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2025年5月

2025/05/31

■節子への挽歌6391:孫にご馳走になりました

節子
にこにご馳走になるために、結局、柏のショッピングモールに出かけることになりました。ユカの運転です。

にこが連れて行ったのは、アリオのマックです。
そこで飲み物をご馳走するというのです。
そこでキャラメルラテを頼み、ついでにマカロンも希望しました。ところが2つはダメだと言われてしまいました。かなり交渉しましたがダメでした。ラテは270円なので、それだけでも1か月のお小遣いがなくなるそうです。
自分は何を飲むのかと聞いたら、自分はいらないあというのです。なにしろ小遣いは300円しかないので、あまりは30円。
お年玉は使いたくないと言います。

私だけ飲んで、にこに我慢させるわけにはいかないので、じゃあ、にこには私が何でもご馳走すると提案しましたが、いらないと言う。
なんとか説得して、結局 160円のシェイクを選びました。これはユカのおごりになりました。
実に地味な結果となりましたが、にこはちょっと公開していると言います。やはりマカロンもご馳走すればよかっただろうというと、そうではなくキャラメルラテではなく、120円のコーヒーにすればよかったと言うのです。
財布のひもがかたい。ジュンの影響でしょうか。

お金は持っていると悪いことが起こるよと何回も言っていますが納得してもらいません。その上 また、おさむさんはしつこいと言われました。

さてカフェの後は、にこへの私からのプレゼント探しです。
にこが探すことになっているのですが、なかなか決まらない。
決まったときには12時を過ぎていた。それで3人でランチすることにしました。
しかしどこも混んでいる。結局、フードコートでそれぞれが好きなものを食べることにしました。にこはやはり肉うどん、ユカはパンケーキ、私は長崎ちゃんぽん。にこは私のちゃんぽんとユカのパンケーキも一部を食べるほどの元気です。

というわけで、今日はたまっているサロンの報告を書くつもりだったのですが、にこに付き合って疲れたので、またサロン報告は先延ばしになりました。
メモもないので報告が書けるかどうか心配です。
なにしろ4つもたまっているのですから。

 

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■節子への挽歌6390:にことのハードネゴシエーション

節子
84歳の生活はにことのハードネゴシエーションから始まりました。

朝7時ににこがやってきました。
昨日の朝、学校に行く前に会ったら、「お誕生日おめでとう」と言われたので、明日はココスの朝食ヴァイキングをお願いしますと注文しておいたのです。
私は、孫からご馳走してもらうのが夢なのですが、なかなかなご馳走してくれません。
しかし今回は脈がありそうです。

その相談で朝早くからやってきたのですが、そこからネゴシエーションが始まりました。
にこは「節子さんならご馳走するけどおさむさんにはご馳走したくない」というのです。なぜかと聞いたら、「うるさくてしつこいから」という。
さらに、「おさむさんは私の誕生日にプレゼントをくれなかった」というのです。確かに今年は「上野動物園に行くのをプレゼント」と言っていたのですが、にこは行きたくないという。それでプレゼントが成立しなかったのです。
ちなみににこが私と遠出するのをいつも拒むのには理由があります。
いつも同じ質問をする。「修さんが倒れたらどうすればいいの」と言うのです。
にこは父親の父親がなくなるのを体験しているのです。
そして人はだんだん透明になって死んじゃうという。私もにこから見るとだいぶ透明になっているようです。だから2人だけで行くのは心配なのです。

それはともかく、何とかご馳走してもらうことまで合意ができたのですが、次は予算の問題です。ココスの朝食はいくらかと言う。調べたら1000円を超えていました。いろいろと頭で計算していたようですが、高すぎるという。
ちなみににこは小学3年になってから毎月のお小遣いをもらうようになっているそうです。いくらもらっているのと聞いたら、「毎月300円」という。
それでは1000円はまかなえません。そこでお年玉でご馳走してほしいと提案しました。
それでもやはり1000円は高そうです。自分の分も出さないといけませんし。
そこからいろいろと条件交渉が始まりました。
にこは思った以上にハードネゴシエイターです。

結局、ココスの朝食はやめて、近くのアリオに行って、にこが選んだものを私にご馳走することになりました。その代わりに、遅れた誕生日プレゼントを私がすることになった。
さて何をご馳走してくれるでしょうか。

上野動物園(あるいは東博)に行くのはまた先になってしまいました。
というか、まだ合意が取れていないのです。
困ったものです。

 

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2025/05/30

■第10回あすあびサロンのご案内

第10回あすあびサロンのご案内です。
5月は、あすあびサロンの母体でもある、まちづくり編集会議主催の「我孫子でやりたいこと 呼びかけフォーラム」に参加するスタイルをとったため、あすあびサロンはありませんでしたが、6月からまたあすあびサロンを開催します。
今回は、「我孫子でやりたいこと 呼びかけフォーラム」での呼びかけを中心に、どうしたら実現に向けて進められるかを話し合いたいと思います。
もちろん、新しい提案や呼びかけも大歓迎です。

〔第10回あすあびサロン〕
〇日 時:2025年6月22日(日曜日)午前9時半~11時半(9時15分開場)
〇会 場:アビスタ第3学習室
〇テーマ:「我孫子でやりたいこと 呼びかけフォーラム」での呼びかけを中心に、どうしたら実現に向けて進められるかを話し合う。
〇協賛費:会費ではなく、ワンコイン(100円)を目安にした自由寄付方式
〇問合せ先:あすあびサロン事務局 qzy00757@nifty.com

毎回説明させてもらっていますが、このサロンでは、年齢や立場に関係なく、みんな同じ住民の一人として参加してもらっています。
また問題や不平を話すのではなく、自分たちの住んでいるまちをさらに住みよいまちにするために、自分ができること/取り組みたいことを探していくこと、そして仲間を見つけていくことを基本にしたいと思っています。
その趣旨を踏まえていただければ、どなたでも参加歓迎です。我孫子市民にもこだわっていません。

どうぞ気楽にご参加ください。

 

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■節子への挽歌6389:84歳

節子
84回目の誕生日を迎え、84歳になりました。
まさかこれほど長生きするとは思ってもいませんでした。
と言っても節子のいない最近の20年ほどは、あまり生きていたとは言えないかもしれません。死なないのでとりあえず生きていたという感じです。

最近なんとか、生きるリズムを取り戻してきましたが、その一方で、身体の衰えは急速です。今は週2~3回、湯島に行っていますが、たどりつくと一休みしないといけないほどです。困ったものです。
しかしサロンのおかげで、世界は今なお広がり、友人も増え続けています。
加えて最近は、旧知の友人が湯島に来てくれることも多く、うれしい時間も増えています。
その一方で、旧知の友人を見送ることも増えてきました。
以前と違って、友人の葬儀には行けなくなってきました。精神的にですが。

でもやはり一番の興味は、死の先にある世界です。
もちろん死へのあこがれはないですが、死への期待はあります。
もっともこの歳になると、生と死はさほど大きな違いはなく、彼岸と此岸はつながっているような気さえします。
しかしそうはいってもまだ体験したことのない死後の世界には興味を持っています。

ただ、あと5年ほどは現世に滞在する約束を若い友人としてしまいました。
ですから、死後の世界の楽しみはしばらくはお預けです。
そのために、体力を維持しておかねばいけません。
今日も朝,水素風呂入浴の後、リンゴ・ニンジンジュースを創り、さらに最近はじめたホエイプロテインを飲んで、テレビ体操をしています。正直に言えば、そのテレビ体操さえ、終わるとへとへとなのですが。
困ったものですが、あと5年はこの身体を壊すわけにはいかないので、頑張っています。

というわけで、節子に会うのはもう少し先になってしまいました。
それまで元気でいてください。

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2025/05/29

■節子への挽歌6388:心身の不調

節子

昨夜はあまり眠れなかったこともありますが、今朝起きた時、身体に言葉では表現できないような違和感が残っていました。
そのため何もする気が起きずに、何とか浅野ジュースづくりはしたものの、長椅子で横になっていました。
サロンの報告も3つもたまっているのですが、書く気が起きません。

最近はサロンの時もあまり調子がよくないので、気を抜いているため、後で報告を書くときに思い出せないことが多いのですが、早く書かないと忘れてしまうと思いながらも書く気が起きない。
困ったものです。

畑にもいく気が起きません。
どことなく心身がおかしいのです。

こういう時には無理をしないことにしています。
結局、たまっていた録画のドラマを見てしまいましたが、新進の調子が悪いとドラマも実が入らずに面白くない。
さてどうやって抜け出せるでしょうか。

結局何もやらずに一日が終わってしまいました。

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2025/05/28

■節子への挽歌6386:ホエイプロテイン

節子
最近、ホルモン療法を続けているせいか、筋力が落ちてきて、疲れやすくなってきています。そういう話をしたら、先日、久しぶりに湯島に来た沢田さんが、ホエイプロテインを無調整豆乳で飲むといいと勧めてくれました。
それで昨日から始めてみました。
以前飲んでいた青汁豆乳よりは飲みやすいですので、少し続けてみようと思います。

しかし最近の体力の衰えは急速です。
朝のテレビ体操をやるだけでもへとへとですが、湯島に行くとき、歩行のために御徒町から歩いていくのですが、その10分もいささか疲れて、オフィスにつくとひと休みしないともたないという感じです。

この2か月ほど、特に体力の衰えを感じます。
明後日の誕生日には筑波山を目指そうと思っていましたが、とんでもない。また途中でダウンしそうなので、今回は潔く延期しました。

ホエイプロテインは果たして功を奏するでしょうか。
まあ1か月はつづける予定です。

 

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2025/05/26

■節子への挽歌6384:気温の変化でニンジンがほぼ全滅

節子

天気が悪いとあまり畑に行く気が起きないのですが、この2日間行けなかったので、頑張っていってきました。
2日こなかったためか、あるいはまた寒くなったためか、もう大丈夫だと思っていたニンジンがほとんど消えてしまっていました。気候の影響は実に大きいのです。
ナスも1本ダメになっていました。かぼちゃも瀕死の状態です。かぼちゃは実は虫にはっぱを食べられてしまったのが主因ですが。

芽が出ていたニンジンはほぼ全滅ですが、後で蒔いたニンジンが芽を出していました。
写真がニンジンの芽です。成長した時の葉っぱと全く違います。
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大根はまだ芽が出ていません。
佃トマトも気温のせいか、あまり伸びません。

野菜の周辺の野草を少しとってから、また開墾作業をし、畑を少し増やしました。大根の畝は完成しましたが、もう一列つくりました。なにを植えましょうか。

今日はお茶用の野草の葉は収穫しませんでした。太陽が出ていない時に、収穫するのは私の性には合いません。お天道様の小作人としては、太陽の輝いている中で収穫しないといけません。

天気が悪いと畑作業は全く面白くなく、30分ほどで切りあげてしまいました。

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■節子への挽歌6383:松戸市の石井さんが市長選に立候補

節子
松戸市の石井さんが市長選に立候補しました。
これを最後の挑戦にするという決意での取り組みです。
昨日告示されたので、私もフェイスブックで石井さん支持を表明しました。

次のように書きました。

松戸市市長選に立候補した石井嘉隆さんを支持します
湯島のサロン仲間の石井嘉隆さんが今度松戸市の市長選に立候補しました。
湯島のサロンには政治的にはいろんな立場の人が参加していますが、大切にしているのは個人の尊厳や生活を大切にするという視点です。
私が考えている地域政治のあり方は住民主役ですが、最近は地方自治体の政治にまで国政の正当がかかわりだしています。石井さんは地域政党「松戸市民の会」を代表しての立候補です。国政の流れを地域から変えていくためにも、石井さんの立候補を支援します。
今回の松戸市市長選に大きな関心を持っています。

正直、これまでの基盤が弱いので、当選は難しいかもしれません。
いまは亡き中田京さんが、急逝する直前に湯島でサロンを開き、石井さんをよろしくと言っていたのを思い出します。

先週も湯島のサロンに参加するついでに、少しだけ話しました。
石井さんのような愚直な人物が市長になれば社会は変わるでしょう。
しかし彼の良さが果たして松戸市民に伝わるかどうか。

中田京さんがいたら、とついつい思ってしまいます。

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■第5回やりたいこと呼びかけフォーラム報告

我孫子まちづくり編集会議主催の第5回「やりたいこと呼びかけフォーラム」を水の館で5月24日に開催しました。
これまでは、いくつかのプロジェクトの呼びかけをしてもらい、それを中心に話し合うスタイルだったのですが、今回は、ともかく参加者みんなに、自分たちの住んでいるまちをもっともっと楽しいまちにしていくために、それぞれの「活動」や「夢」や「思い」を出し合っていこうというスタイルにしました。

参加者は、我孫子市にとどまらず、取手市、柏市、流山市、坂東市、さらには東京の立川市からの参加もありました。いずれも何らかの形で我孫子とかかわっている方たちですが。世代も20代から80代とさまざまです。

最初に我孫子で自然農を営んでいる人が、多くの人に「農」に接する機会を増やしていこうという思いで取り組んでいる活動を紹介してくれました。
最近、コメ問題に象徴されるように、農業のあり方が大きな問題になっています。このままだとコメの生産者はさらに減少し、「飢え」が現実化しかねない状況ですが、それに備えて、その一方で増えてきている不耕作地を活かして、生活者の食の自給率を高めようという提案も含んでいました。そのための第一歩を、坂東市の友人たちと一緒にスタートしたので参加しませんかという具体的な呼びかけもありました。坂東市でモデルができれば、我孫子でも展開することも考えているそうです。
坂東市の人が参加してくださったのはそのためですが、このテーマだけでも話し出したらどんどん広がりそうでした。しかし、今回は参加者全員の「やりたいこと」を聞くために、とりあえずは呼びかけで終わりました。関心のある方は別途お問い合わせください。

続いて、すでに活動している活動として、勝手にあびこ観光協会を名乗って、「ABIKO」ボードを持って市内各地に出没して、「人のつながりを育てる活動」をしている人から、活動の紹介とともに、これからさらに「ABIKO」モニュメントをつくるなどの活動にも取り組みたい旨の呼びかけがありました。この活動もいろいろと発展しそうです。

次には、今度は全くの「夢」として、手賀沼で沖縄のサバニ帆漕レースのようなイベントをやりたいとずっと思っているという人からの夢が語られました。それを聞いて、参加者からは全国に呼びかけて手賀沼で「スワンボートレース」を企画したらどうかという提案もありました。実に魅力的な提案です。ぜひ実現したい提案です。
ともかく、手賀沼をもっとみんなが楽しむイベントの場にできないかというのは多くの人の思いだったような気がします。

手賀沼を活かすということであれば、次の提案もその一つです。「手賀沼オルタナティブスペース」という、簡単に言えば、フリーランスのクリエイターたちのシェアオフィスの提案ですが、単にオフィスをシェアするだけではなく、手賀沼をはじめとした我孫子の自然もシェアしながら、仕事も暮らしもシェアしていこうという新しいスタイルの「みんなの仕事場」をつくりたいというのです。提案者の思いは、「住民同士のゆるやかなつながりを産み出す場」であり、「地域住民が主体となり、共に創造し、交流・発信できる場」の創造ですが、若い世代の生活を支える仕事づくりも兼ねての新しいビジネス空間をつくって、全国のクリエイターを呼び込もうという構想です。
これには参加していた何人かが早速に興味を示しました。設計次第では、まちづくりの拠点の一つにもなるでしょう。新しいビジネスの形、あるいは働き方の提案も含んでいる気がします。
空き家をお持ちの方、空き家を提供してもらえればうれしいです。

とまあ、こんな感じで次々と「やりたいこと」の発表や呼びかけが行われました。
「虫の博物館をつくろう」というように、すでに取り組みだしているものもありますが、「我孫子駅のやよい軒の唐揚げそばを活かしたまちづくり」とか、「最近増えてきた外国の人たちとのコラボ活動」とか、思ってはいるものの、なかなかその実現に向けての一歩が踏み出せないでいるものが多かったような気がします
しかし、夢や想いは、口に出して言ってしまえば、自然と動き出すかもしれません。少なくとも口に出さなかい限りは動き出さない。

昨年、我孫子の映画を自主制作した若者たちのグループUnitryのメンバーも4人参加してくれました。また新たな映画制作も考えているようですが、4人、それぞれの思いも語ってもらいました。Unitryの若者たちを支援するグループや個人のつながりも広がってきているようで、結果もさることながら、活動そのものを大切にしている若者たちの思いが伝わってきました。
とてもしっかりした考えを持ったうえでの活動が感じられて、時代はもう若者たちが主役だなと改めて実感しました。でもまあ、中高年者にも高齢者にもそれぞれの役割はあるでしょう。それらがうまくつながると新しい物語も生まれるでしょう。

もっといろいろと報告したいですが、長くなると読んでもらえないので、このくらいにしておきます。しかし、みんなそれぞれに「やりたいこと」を持っていること、それを聞いているだけでもなんだか楽しくなることを体験しました。

3時間にわたる話し合いは、とてもゆる~い、じゆ~な雰囲気(初参加者がそう言ってくれました)でしたが、いろんな刺激や示唆もいただけて、いい時間だったような気がします。でもそれで終わっては意味がない。
夢でとどまっていた人も、みんなの前で「想い」を語ったので、その「想い」が誰かを巻き込んで、形になっていくだろうと思う一方で、しかし放っておくとまた「個人の思い」に引きこもってしまうかもしれないという気もします。
そこで、今回の呼びかけをこのままにせずに、毎月開催している「あすあびサロン」(明日の我孫子を話し合うサロン)で継続的に話題にしていきたいと思います。
言い換えれば、解き放たれた「想い」をみんなで形にしていければと思います。

そこで早速、6月22日(日曜日)の午前中、アビスタで、あすあびサロンを開催。「想いを形にするための話し合い」を行いたいと思います。きっといくつかの物語が動き始めるでしょう。
今回、呼びかけられなかった「想い」を語ってくれることも歓迎です。

参加されて「想い」を語ってくださった皆様方に感謝します。
我孫子は、いや我孫子界隈は、ますます面白くなりそうです。

まちづくり編集会議に参加ご希望の方は事務局までご連絡ください。
まちづくり編集会議事務局
tegateganumanuma@gmail.com

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2025/05/25

■節子への挽歌6382:湯島天神夏の例大祭

節子

今日は湯島天神の夏の例大祭で、神輿が集まってました。
コロナでしばらく開催されませんでしたが、昨年から再開しました。
湯島天神の場合、30近い町会それぞれで神輿を出しますが、町を練り歩いて最後は湯島天神前に集合します。すべての神輿が集まったところで、順番に神社でお祓いを受けるのです。
ちょうどオフィスの前が、神輿が集まる道路ですので、いつも実ににぎやかです。

最近は歯科医、神輿を担ぐ人が減ってきて、地元の人では1割程度しかいない町会もあるそうです。一方、各地の祭りの神輿担ぎを引き受ける人たちのグループもあって、湯島天神でも各地の助っ人が集まるそうです。
今日話を聞いた人は千葉の八街から夫婦で来ていました。毎年20~30か所の祭りに行く人もいるそうです。

やはりお祭りはいいです。
節子がいたころはお馬さんが出たこともありますし、もっと賑やかでした。
なにが変わったのかわかりませんが、ちょっと昔とは違うものを感じます。
でもお祭りの雰囲気はやはりそこにいるだけで元気がもらえます。

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■節子への挽歌6381:「手わざ」をテーマに「何か」やりたい

節子

小宮山さんから電話がありました。
「手わざ」をテーマに「何か」やりたいというのです。

小宮山さんにはいろいろとお世話になっているので、何とか応えたいといつも思うのですが、いつも難題なのです。
そこで思い出したのが、かつて「職人」に関して本を書いていた富沢このみさんです。
会社時代のお付き合いですから、もう長らくお会いしていなかったのですが、昨年、40年ぶりに湯島に来てくれて、以来すっかり湯島のサロンのファンになってくれたのです。
職人と言えば、もう手わざの世界です。

今日も富沢さんがサロンに来たので早速、相談してみました。
しかし彼女も何をどうしたらいいかすぐにはわからない。
そこでまずは関係者で集まっての雑談会をやろうかと思っています。
また何かが始まるといいのですが。

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2025/05/24

■第40回万葉集サロン「〈わ〉の先にあるもの3 万葉幻相 〈オノ〉と〈モノ(鬼)〉」のご案内

「〈わ〉の先にあるもの」のパート3は、パート1で登場した〈鬼〉が主題です。
パート1では、「〈オノ〉原点にあるのは〈鬼(モノ)〉」という話が出ましたが、その時は感覚的には納得できたのですが、報告ではうまく伝えられずにいました。
今回は、その〈オノ〉と〈モノ(鬼)〉がテーマです。おまけに〈万葉幻相〉という魅惑的なタイトルまでついている。

私があまりに理解力がないことを気遣ってか、升田さんは今回、とてもわかりやすい解説をつけてきてくれました。以下に紹介します。

当時「鬼」の訓は果たして「おに」だったのかよく分からないらしいのですが、「モノ」と訓ませた仮名例はたくさんあります。この用例の多さは何かを示唆するものと考えてその深層にせまりたい?と思います。
(字音仮名では「毛乃、毛能、勿能、母乃、母能、物能、物」など多数)

現代でも「モノ」はほとんど無意識的によく使われる語ですが、古代の「モノ」は生命体のように主体的に人事に纏わって、特に心・想いを自己のなかから顕出して他者と繋がりたい願望を露にしています。これも意識の発展の過程と思って見ています。

「オノ」が広げた意識の「方向性(生と死を横並びにしたような)」を、「モノ〈鬼〉」にも探っていこうということなのですが。

万葉集はやっぱりあらゆる面で混沌とした大きさがある。今度も『古今集』の歌と(少しだけ)読み比べてみます。

以上ですが、まさに「万葉幻相」。日本人や日本語のすべてが「万葉集」には埋められているような気が改めてしてきました。
〈鬼(モノ)〉には私もずっと関心を持ってきました。どんな展開になっていくのか、楽しみです。

とはいえ、サロンですからいつものように気楽な集まりです。
まだ参加されたことのない方も、ぜひ一度、気楽にご参加してみてください。
万葉集の新しい一面が見えるかもしれません。
みなさんの参加をお待ちしています。

〇テーマ:「〈わ〉の先にあるもの3 万葉幻相 〈オノ〉と〈モノ(鬼)〉」
〇日時:2025年6月15日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■節子への挽歌6380:第5回我孫子でやりたいこと呼びかけフォーラム

節子
今日は第5回我孫子でやりたいこと呼びかけフォーラムでした。
ゆる~い組織での、ゆる~い企画で、ゆる~い呼びかけだったのですが、20人を超す人が集まってくれました。
私はのんびり参加のはずでしたが、司会役が急に遅刻することになったので、自主的にナビゲーター役に急遽手を挙げて、やらせてもらえることになりました。
なにしろゆる~い運営組織なので、こういう面では融通無碍なのです。

午前中、にこの運動会に行っていて体調を崩したのですが、何とか役割を果たすことができました。
実はどうなることか心配していたのですが、若い世代も含めて20人以上の参加者があり、2時間以上も休み時間なく、参加者がみんな「やりたいこと」を話してくれました。とてもいい会になりました。
おかげさまで、体調もだいぶ回復しました。

全員で写真を撮ればよかったのですが、みんなで会場を片付けた後、勝手にあびこ観光協会の村上さんが最近、いろんな人を巻き込みながら展開している「ABICO」ボードを持って残っている人で写真を撮ろうと提案。ボードを持たせてもらう栄誉をもらいました。

フォーラムの報告は別途するとして、まずは今日のフォーラムからいろんなことが始まりそうな手応えを感じました。
我孫子は、いや我孫子界隈は、ますます面白くなりそうです。

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■節子への挽歌6379:にこの運動会(2025年5月24日)

節子
にこの運動会でした。
徒競走と集団ダンスがにこの出番です。

今年は去年よりもちょっとにぎやかさが高まっていた気がします。
ダンスは沖縄のエイサー調のもので、動きも早く太鼓の音もよかったです。
今回はにこの所在もわかりましたが、終始笑っていたのが印象的でした。

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徒競走は予想通り4位でした。

1時間ほど、立ち続けてみていたのですが、帰路、いつもとは違い坂の多いコースを選んでしまいました。そのせいで、途中で足が動かなくなり、へとへとになって帰宅しました。
しばらく横になっていたのですが、一向に回復しません。
もう体力がこれほど衰えているとは驚きです。
午後は、水の館で公開フォーラムの予定ですが、進行役が果たせないのではないかというくらい体調がもどりません。
栄養ドリンクを飲んでぎりぎりまで寝ていて、なんとか12時過ぎに迎えに来てくれた村上さんの車で会場まで行けました。

しかし、これほどの体調崩れはあまり記憶にありません。
そろそろ潮時なのでしょうか。

2年前にはにこと徒競走を競い合えましたが、もうだめですね。

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2025/05/23

■節子への挽歌6378:大きな福祉の共感者、宮田喜代志さん


節子
久しぶりに熊本の宮田さんがサロンをやってくれました。
宮田さんは、私が取り組んだコムケア活動の最初の理解者の一人です。
「大きな福祉」を目指してのコムケア活動は、最初はいろんな批判をもらいましたが、私の理解ではその後の大きな流れにつながっていったような気がします。
その理念を感覚的に受け止めてくれたのが宮田さんです。

いまから思えば、各地にそうした人たちが何人かいました。
当時の構想としては、そうした人たちを緩くつなぐことによって、コミュニティケアからケアコミュニティへとつなげていこうと思っていたのですが、節子がいなくなったので気力を完全に喪失していました。
しかし私自身の生き方には、きちんとその思いが残されたおかげで、いまの私があります。

久しぶりの宮田さんは、相変わらず全く変わっていませんでした。
いまは熊本で新しい農場を立ち上げていますが、訪問したい気はありますが、その元気は出てきません。
宮田さんの話を聞きながら、20年前のコムケアの活動が思い出されます。
あのまま進んでいたら、今頃はどんな生活をしていたでしょうか。
いまではもう想像もつきません。

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2025/05/22

■食養生サロン「改めてふるさと薬膳と夏の食養生」報告

東方健美研究所代表の新倉久美子さんによる「食養生サロン」をこれまで季節ごとに開催してもらっていました。前回で、全季節を終えたのですが、参加できていない方も多く、できればもっと多くの人に聞いてほしいと考え、新倉さんにお願いして、引き続き「食養生サロン」を継続開催してもらうことにしました。
ただこれからは少し話題の範囲を広げて、「食のあり方を見直す」を主軸にし、「農とのつながり」も視野に入れて、時に、ゲストも呼びながら、話題を広げていければと思っています。
食は、私たちの生活の基盤であり、それを支える「農」とも深くつながっています。そしてそれは、私たちの生き方や社会のあり方にもつながっています。
そんなことへの意識も高めたいと思っています。

今回はその1回目として、新倉さんの「ふるさと薬膳」の活動を改めてお聞きしました。なぜ新倉さんが「ふるさと薬膳」に取り組んできたのかの経緯もいつもよりも少していねいに話してもらいました。
初めて聞く話もあっていろいろと考えさせられたのですが、新倉さんのお話を何回か聞いて、ようやく「ふるさと薬膳」構想の意味が理解できたような気がします。ふるさと薬膳の考え方は広がっていると思いますが、一時期、全国各地に広がりだした「ふるさと薬膳」の動きが、なぜ大きな流れにならなかったのか残念です。

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今回もいつもと同じく、いろんなことに気づかされるサロンでした。
いつものように新倉さんの話を紹介することも考えましたが、今回はそれをやめて、「ふるさと薬膳」構想に関して私が気づかされたことを報告しようと思います。
なお新倉さんが「ふるさと薬膳」に取り組んだ経緯やその実践活動、そうした背景にある「五行配当表」に基づく食養生の知恵に関しては、これまでのサロンの報告をお読みください。
たとえば第1回目の新倉さんのサロン報告は次にあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2023/11/post-c35e3b.html
また,「季節に合わせた食養生」の話は「夏」と「土曜」について今回解説してもらいましたが、これに関しては次をご覧ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2024/06/post-523de8.html
新倉版「五行配当表」も添付します。

今回改めて感じたのは、「薬膳」というのは土地(自然)に深くつながっているということです。つまり、土地によってその内容は変わってくるということで、世界中どこにでも通ずる「薬膳料理」というのはないということです。
「薬膳」という発想は世界中、いつでも成立しますが、「薬膳料理」は普遍的には語れず、地域や季節によって変わってくるということです。ですから中国でいう薬膳料理が、日本でも通じるかと言えば、たぶん違う。沖縄のゴーヤ料理は薬膳だとしても、北海道でのゴーヤ料理は薬膳ではないということです。そんなことは当たり前だと言われそうですが、私たちはどこにでも通ずる「薬膳料理」というものがあるとつい誤解してしまうことがある。
「ふるさと薬膳」という発想は、そうした知識ベースの薬膳概念を超えて、改めて食のあり方を問い質しています。
地域と季節に合わせて私たちは「食材」を入手していましたが、最近では世界中の食材を入手できるようになったばかりではなく、季節さえ克服し、1年中、どんなものも食べられるようになりました。自然の食材が工業社会においては商品になってしまった。それで私たちの食生活は豊かになったと思いがちですが、果たしてそうなのか。「ふるさと薬膳」は、そうした食のあり方を通して、私たちの生き方を問い質しているような気がします。

「食」は食卓で終わる話ではありません。食材を通して自然とつながり、人とつながっている。言い方を変えれば、過去とつながり未来ともつながっています。
私たちの身心は、長い時間かけて、そういう自然の中でつくりあげられてきたのです。自然の一部と言ってもいい。そしてその自然と私たちの身心を「食材」がつなげてくれているのです。そう考えると、季節も地域も超えた食材に囲まれた最近の食生活には問題がある。そうしたことが、もしかしたらアトピーやアレルギー、あるいは精神障害、さらには社会不安にもつながっている。
新倉さんがいつも言うように、食と農は生活の基本(身土不二)であり、食は薬にもなれば毒にもなる(薬食同源)。

本来ならば、身心が望むもの、つまり食べたいものを食べるのが一番いいはずですが、食嗜好さえもが経済に毒されてきている。「甘いこと」が「おいしいこと」になってしまい、キュウリもトマトも、今ではお菓子のように甘くなってしまった。
冬にもトマトやキュウリを食べたくなってしまう。「良薬口に苦し」などという言葉はもう死語になってしまった。
何かとても大事なものを失ってきているのではないのか。

ふるさと薬膳の思想は、同時に「女性の自立」や「男女平等」にもつながっていることにも気づかされました。新倉さんの実践からそれが伝わってきます。「経済のあり方」にも大きな影響を与えるポテンシャルがあった。そう思いました。なにしろ「食」は私たちすべてにとって「生きる基盤」ですから。

でもそれが主流にはならなかった。
まるで、経済成長のためにはふるさと薬膳思想をつぶさないといけないという力が働いたようです。そして残念ながら、ふるさと薬膳はマーケティング活動の一部に取り込まれてしまったようにも感じられます。

いささか話が跳んでしまうように思えるかもしれませんが、「農」が「農業」へと変質したように、「食」もまた市場化されて「食業」に変質させられてしまったとさえ思えてなりません。生活のための食ではなく、今や経済成長の食としか思えない。
「農業」から「農」を取り戻すように、「食業」から「食」を取り戻さなければいけない。

新倉さんに叱られそうなほど、勝手に思いを広げてしまいました。
しかし、いまこそ、「ふるさと薬膳」の思想を基本にして、食と農をパラダイムシフトしていかなければいけない、と改めて強く感じました。
それによって、たぶん「医療」も「福祉」も、「教育」さえもが大きく変わる契機になるでしょう。
新倉さんの構想を継承し、さらに発展させていく動きが出ないものでしょうか。
「ふるさと薬膳」運動が再び各地で起きないものか。
どなたか取り組んでくれませんか。

勝手な報告ですみません。
この報告の内容は、新倉さんの了解を得ておらず、私の勝手な報告です。
文責は私にあります。念のため。

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■節子への挽歌6377:1か月分を取り戻す挑戦


節子
毎日挽歌を書く習慣がやはり戻ってきません。
気になりながらも、挽歌を書かないまま、またひと月以上がたってしまいました。
どうするかも寄ったのですが、この空白期間をまた埋めようと思います。
こうした試みは3回目ですが、実は前の2回はその途中で挫折し、番号の空きができてしまいました。
今回はそうならないように、この1か月のフェイスブックを参考にして、思い出して書くことを書き出しました。
何とかこの1か月は再現できそうです。

最近は記憶力というよりも、思い出し力が大きく低下していますのでいささかの心配はありますが、何とかなるでしょう。
今日から毎日、過去に戻りながら、4~5日を埋めていこうと思います。
さてうまくいくかどうか。

3回目の正直に期待しようと思います。

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■節子への挽歌6376:にこの絵が運動会プログラムの表紙に採用

節子
5月24日はにこの運動会ですが、その運動会のプログラムの表紙に、にこの書いた絵が選ばれたそうです。
Unndoukai

にこは走るのが速く、幼稚園時代はいつも一番だったのですが、小学校の2年生の時は、速いもの同士が組み合わされるようになって、一番速い組に入ったために1番にはなれませんでした。今回も練習では6人中4番だったそうです。それで3番を目指すのだと、今日、走る練習をしていました。
もっとも本気で3番を目指しているようでもなく、走る練習よりも、スケボーを楽しんでいました。私もやりたいと言いましたが、危ないのでだめだと言われました。確かに難しそうです。
3年前にはにこと本気で走る競争をして五分五分でしたが、いまはもう勝てません。
孫が自由に操るスケボーも、乗ることさえできない。

そろそろ店じまいを考えないといけません。
楽しい店じまいを。

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2025/05/21

■節子への挽歌6375:笹の葉茶は香りが最高です

節子
今日は午後、自動車で出かけていたのですが、その途中で見かける植物がみんな食材に見えてしまいました。特に新緑の葉はおいしそうです。そう考えると、私は食材に囲まれているようです。木々や植物を見ながら、これをお茶にしたらどんな味になるかと思うだけで楽しくなります。
夕方帰宅して、朝、畑からとってきた笹の葉でお茶をつくってみました。
やっとユカの手を借りずに自分でもできるようになりましたので。

本当にこんなのがお茶になるのかといぶかしんでいましたが、沸騰するにつれてとてもいい香りです。
これはさぞかしおいしいお茶になると思って期待したのですが、残念ながら、あまり味がしない。色はとてもいいのですが。
笹の量が不足していたのでしょうか。
明日、もう少したくさんの笹をとってきて再挑戦です。

昨日の桑の葉茶も、冷やしておいたらとてもおいしくなっていたので、あすもう一度挑戦です。お茶屋さんを開業できそうです。野草茶で起業した人はいないでしょうか。もしかしたらいるかもしれません。
開墾作業よりも、お茶のほうに関心が向きそうで、ちょっと心配ですが、「食」と「農」はつながっています。日本のこれまでの「食育」政策は、それを切り離していたところに大きな問題があります。
私も食育教育が始まったときに協力を頼まれて少しだけ関わったのですが、すぐにこれは違うと思って手を引きました。その時の判断は、いま思えば正しかったようです。
さてもう一杯、笹茶をいただきましょう。
これは香りでいただくお茶ですね。

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■湯島サロン「今度は岐阜で1年過ごすことにしました」報告

大学生時代から湯島のサロンに参加し、その後、「学ぶとは何か」「働くとは何か」「生きるとは何か」などを考えるために、大学を休学して、いろんなフィールドで体験を重ねてきた川端修平さんが、昨春、ようやく大学を卒業。就職したかと思ったら、3か月で退社。その後も模索を続け、人生探しのためのノマド的な生き方を続けていますが、この4月からは1年間の予定で、岐阜高山に転居しました。

フリースクールのスタッフが、今回の仕事です。
併せて、整体の学びも続けたいというので、その費用の捻出の必要もあって、「稼ぎ」の仕事もしなければいけません。
幸いに高山からは整体を学びに行くところも近いそうですが、時々は東京にも学びに戻ってくるようです。ただし、交通費の余裕ができたらということですが。

先日のけいたさんもそうですが、もっと楽な暮らし方ができるにもかかわらず、なぜこうした(他者から見たら)「不安定な暮らし」を選ぶのか、いや、選べるのか。20代の時に、それができなかった自分を顧みながら、私にはうらやましい限りです。
けいたさんと同じく、修平さんの生き方を見ていくのも私の「生きる意味」なのかもしれません。

今回、川端さんの友人たちが4人も参加してくれました。そのやりとりも、とても面白かったのですが、個人的な情報なので、報告は差し控えます。
こういう友人たちがいれば、どんな暮らしも「不安定」ではないかもしれません。

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お金を受け入れながらも、それ以上に人を資産と捉える生き方があります。
先日の増田さんのサロンで、菅野隆さんがタンザニアの話を少ししてくれましたが、人を資産にする生き方は中国でも見られます。私たち日本にもあったかもしれません。私が目指しているのも、そういう生き方なのです。
「ソーシャル・キャピタル」が豊かな社会は、おそらく生きやすい社会でしょう。

サロンの報告とは関係ない、おかしな書き出しで始まってしまいましたが、サロンでは修平さんが1か月近くを過ごした高山の話をしてくれるところから始まりました。
一言でいえば、修平さんは高山に受け入れられたようです。それもとてもあたたかく。その話をしたくて、今回もサロンもワクワクするほど楽しみだったと言います。
その証拠に、修平さんは中高時代以来の友人やら大学の友人にも声をかけたのです。
たまたま高山のフリースクールを始めた人の娘さんも、いま川越に来ていて、参加してくれました。まるで修平同窓会のようで、いつものサロンとはちょっと雰囲気が違っていました。

高山は移住者も多く、また最近は海外からの観光客も多いまちです。
前回の熊本の阿蘇の高森町とは状況はかなり違います。
しかし今回も修平さんはみんなにあたたかく迎えられて、住み家も使われていなかった家を提供されて、そこを片付けながら暮らしをスタートさせたようです。
幸いに、「稼ぎ」の仕事も見つかったようです。それで今回も無事、バス代にめどが立ってきてくれたわけですが。

話はいろいろとありました。
フリースクールの話もあれば、高山での暮らし方の話もある。
観光客が増えれば、喜ぶ人もいれば迷惑を感じている人もいる。
でも観光地であることもあってか、人に柔軟性があって優しい。
お金がなくてもだれかしら助けてくれる。
まだまだ日本にも、いろんな生き方ができるところがあるのです。それに気づくだけでも生き方の選択肢は広がります。お金がんければ
まずは順調な滑り出しです。

しかしまだ高山での暮らしは始まったばかりです。
高山には「さるぼぼコイン」という電子地域通貨があって、私は関心を持っているのですが、まだその体験もしていないようです。なにしろ住み家づくりから始めているのですから、そんな余裕はないでしょう。でも修平さんの表情からは、そして言葉からも、高山に来てよかったということが伝わってきました。彼が高山で「風の人」として、「土の人」たちの暮らしに少し穴をあけていくだろうなという予感を感じさせてもらいました。
「土の人」たちがしっかりしているところでは、「風の人」の役割は大きい。
修平さんがmどんな新しい風を吹き込み、自らをどう変えていくか。

これからの展開が楽しみです。
また秋ころに、修平サロンをやってもらいたいと思っています。

サロンでの話し合いが全く書かれていない報告ですみません。
でもとても楽しいサロンでした。
20代の若者たちも湯島サロンの仲間になってくれましたし。

 

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■節子への挽歌6374:久しぶりに兄夫妻とランチ


久しぶりに兄夫妻とランチを一緒にしました。
と言っても近くの回転ずしです。
ユカも同伴。

兄は2日前に91歳になりました。
いろいろと病気をかかえていますが、元気で活動しています。
先日は2人の娘たちが、箱根に招待してくれたそうです。
あいにくの強風で、強羅で足止めだったそうですが。

しかし兄は元気です。
友人たちからは「仙人」と言われているそうです。
ちなみに私たちが合うときは、原則として兄がご馳走してくれます。
しかし今日は朝の農作業もあって、へとへとであまり食べられませんでした。
でもまあお寿司の場合は、食欲がなくても、なんとなく食べられますが。

義姉も、いろいろと病気は抱えていますが、いまもダンスの指導などに行っているようです。
矢張り夫婦ともに生きていると、お互いに頑張り合えるのかもしれません。

 

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■節子への挽歌6373:今日は笹の葉のお茶を楽しみます

節子
今日はいい天気です。絶好の畑日和。
でもお昼ごろから用事があるので行くとしたら午前中です。
速くいけばよかったのですが、出遅れつぃまい、9時半に出かけました。
野菜たちに声をかけ、桑の新芽とドクダミを探して持ってこようと思ったのですが、そこにシャベルと鍬があるとついつい耕したくなる。それが小作人魂です?
また一列、畝を作りました。
ここにはキュウリと大根でも蒔きましょう。
専門家の佃さんの畝と比べるとかなり見劣りしますが、そこがいいところです。
という風に、なんでも肯定的に受け入れるのが私の信条です。

ドクダミを見つけようとしたのですが、その前に琉球朝顔の広がりに出合い、それとの死闘を重ねたら、汗が噴き出てきました。
これ以上やると倒れかねません。
それでドクダミはあきらめ、すぐに入手できる笹の葉をひとつかみ刈り取りました。
今日は笹の葉茶です。

ちなみに昨日、青木さんと話しながらずっと見ていたら食べたくなったアジサイの葉は有毒らしいです。桑の皮や根っこもいろいろ問題がありそうなので、今回は保留。
それにしてもすごい汗です。
帰宅して冷えた桑の葉茶。今日は実においしく感じました。
明日また試そうと思います。
スギナ茶もだいぶ慣れてきました。

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2025/05/19

■湯島サロン「無頭体と決定論」のご案内

日本構想学会が4月からスタートしていますが、その学会が目指している学会組織の形に関して、とても興味があるので、構想学会のメンバーでもある北 京一さんにお話をお願いしました。
構想学会の組織思想は、私が会社時代から目指していた組織のあり方に通じている面がたくさんあるのです。私が会社を辞めて人生を変えてしまったこととも無縁ではありません。

タイトルがいささか難解ですが、日本構想学会が目指すことのエッセンスが込められていると同時に、構想学会に限らず、これからの組織のあり方に関しての大きな問題提起になっているように思います。
それで、構想学会メンバーだけでなく、広く多くの人に聞いてもらいたくて、湯島サロンでもお話していただくことになりました。

ぜひ多くの方に参加して話し合っていただきたいサロンです。
なお、日本構想学会は、学会とはいえ、とても自由でカジュアルな組織です。ぜひ一度サイトを見てください。生き方を変える契機を得られるかもしれません。
https://jssk.jp/
よかったらぜひ参加してください。

以下、お話ししていただく北 京一さんからの、テーマに関する紹介です。

〈無頭体と決定論〉

無頭とはいささかグロテスクな表現ですが、海鮮売り場で見かける海老のことではなく、人間がつくる組織のことだといえば、Gバタイユのことを想起される方もいるでしょう。彼の場合は、時代情況もあって端的にはファシズム独裁への対抗精神がそこにありました。
 しかし本日、そのアセファル組織についてわたし北が、わざわざ話題にしたいのは、第一に、これがわが日本国に住む人たちの集合心性にとって実に相性よく、親しみ深くもある観念である可能性について考えてみたいためです。
 第二には、その証左のひとつでもありますが、時あたかも関西万博開催の最中にその会場をすこし遠方から眺めている70年大阪万博・太陽の塔という実存性に照らして、これが半世紀を耐え立ち続けたゆえんを、そのアセファルのトーテム性に求め、われら太陽族霊の呪力が支える「自分の頭を無にして考えない」という民力総意について自覚するとともに、その主権者たちの決定論的将来の選択について、みなさんと考えてみたいためです。あらたな何かがみつかることを期待して。

日本構想学会との共催ですが、参加者は広く公開ですので気楽にご参加ください。

〇日時:2025年6月1日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「無頭体と決定論」
〇問題提起者:北 京一さん(ん倶楽部/日本構想学会会員)
〇会費:500円
〇企画:CWSコモンズ村+日本構想学会
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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■湯島サロン「インドの近況とボクがインドを選んだワケ」報告

インドの大学に留学を始めた、かわさきけいたさんが夏休み(インドでは雨季の前に夏休みがあるようです)で一時帰国しました。そこで早速に、サロンを開催してくれました。

けいたさんのインド留学は、少なくとも5年が予定されていますが、その間、彼がどう変化していくかに興味があり、毎年帰国時にサロンをお願いしました。
私自身、5年間、最後まで付き合えるかどうかいささか不安ですが、逆にけいたさんからは最後までしっかりと見届けてほしいので5年間は元気でいるようにと言われています。ちょっと難しいという気もしますが、若者からの依頼は断れません。
ある人からは、佐藤さんにまた「生きる意味」ができましたね、と言われました。これにはちょっと納得し難いのですが、まあ素直に受けて5年間は元気でいようと思います。
こうやって人は「逝く時期」を逸するのでしょうね。困ったものです。

今回は、いわばある若者がインドでアーユルベーダを学んでどう変化していくかという物語の、いわばプロローグ版です。
まだ変わらない前の、けいたさんをしっかりと心に刻んでもらおうというのが今回のサロンの狙いですので、最初にけいたさんから「なぜインドでアーユルベーダを学びにインドに行こうと思ったのか」から始めて、いまのインドでの生活に関して話してもらった後、参加者からの質問に答えてもらう形でサロンを行いました。
たぶん参加者には、けいたさんの「人がら」や「生きる姿勢」が伝わったと思います。

けいたさんは以前、医師からも見放されてしまうような難病を患いました。毎日、病室で希望もないまま天井を見ていた生活をほかの人には体験させたくないという強い思いから、医師になろうと思い立ったようです。
それで、米国に留学した時に出合ったのがアーユルベーダ。そこから留学先をインドに変更し、インド政府の支援制度を探して、留学が実現したのです。
すべてを自分で切り開いてきたのですが、そんな苦労は見せることなく、ともかく淡々と生きているように見えます。

アメリカでの留学をやめてインド留学に決めたというところに、けいたさんの生き方がすこしわかります。学びの対象もさることながら、生活環境は激変します。
今回、日本に帰国して、ともかく熱いシャワーを浴びて入浴できたのがともかく幸せだったという話を聞くと、いかにインドでの留学生活が厳しいかが伝わってきます。
いろいろと話を聞くと実際かなり厳しそうです。しかし、それはアメリカや日本からインドでの生活を5年もしようと決めた時にわかっていたはずです。でも、それを選んだ。

しかも、カリキュラムも非常にハードなようで、遊ぶ暇などないようです。そのストイックな暮らしぶりには感服します。
今も日本に夏休みで帰国中ですが、その間にもズームでの授業があるようで、今回のサロンの前にも自宅でそれを受けてきたようです。

けいたさんの話からは、新しいことに触れること、つまり学ぶことが楽しいわけでもなさそうです。なにしろ覚えることが山のようにある。サンスクリット語まで学ばなければいけない。もちろん「学ぶ喜び」も感じているでしょうが、「学ばなければいけない辛さ」も感じているようです。
しかし知識に押しつぶされることなく、しっかりした主体的な自分の目をもっているので安心です。まあそれが変わってしまうかもしれませんが。

いまは留学生が多いところで生活しているので、インドの人との交流はあまりないようです。ただし、世界各国からの留学生と一緒に学んでいるようで、異文化交流はいろんな示唆をけいたさんに与えているでしょう。留学の目的も国によっても大きく違うようです。もちろん日本人もいるそうです。
でもけいたさんほど真剣に取り組んでいる人はそうはいないのではないかと思います。
彼には、ともかく早く医学部をきちんと卒業して、医師として活動したいという強い思いがあるからです。目標のある人の強さでしょうか。大きな喜びの前にある小さな辛さは、他者にはどう映ろうと当人には喜びなのかもしれません。

参加者の関心は、インドの現状もさることながら、やはりアーユルベーダでした。
そもそも「インドの現状」と言っても、インドは広いので、それこそ数か月の印象では、群盲象をなでるになりかねない。
アーユルベーダに関しての質問が多かったのですが、これまで何回か湯島でもアーユルベーダはとり上げていますが、けいたさんは「アーユルベーダ」ありきからではなく、とてもクールにアーユルベーダに接しようとしているのが伝わってきます。
けいたさんにとっては、アーユルベーダは目的ではなく、手段なのです。ともかく自分が体験したようなつらい思いをする人を減らしたいのです。
けいたさんの「アーユルベーダ」観がどう変わっていくか、あるいは深まっていくか、とても興味があります。

いささかほめすぎの感はありますが、次回の報告を期待させるようなサロンでした。

最後に参加者の一人の提案で写真をとっておこうということになりました。
これからのけいたさんを見守る証人たちとして、個々に了解を得ずにアップしてしまいます。この写真を撮った人は写真に出ていないですが。
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サロンでの話し合いの内容の報告は省略してしまいました。
お許しください。

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2025/05/16

■「しあわせは食べて寝て待つ」

いま私が好きなテレビドラマにNHKの「しあわせは食べて寝て待つ」というのがあります。全体にゆったりしていて、ともかく見ていて安心できます。こころも身体もあったかくなってくるようなドラマです。
https://www.nhk.jp/p/ts/B9N328J5VP/

「薬膳」の話がテーマの一つです。
とても参考になる。
湯島で定期的に新倉さんが「季節の薬膳料理」の話をしてくださっていますが、それを思い出しながら視ています。
収穫を目指した私の農作業にも参考にしようと思っています。

新倉さんの「薬膳サロン」は1年を一回りしましたが、これからも継続的に開催してもらおうと思います。
5月18日は、薬膳の話に加えて、夏の全般の食材の話をしてもらいます。
いつもとても学びの多いサロンです。
健康に気を付けている方にはお勧めです。

詳しい案内は次をご覧ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2025/05/post-aa0625.html

 

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2025/05/14

■第3回ブックサロン「CWSライブラリーを開設します」のご案内

第3回ブックサロンは、「CWSライブラリー」開設を記念して、ちょっといつもよりも長い6時間サロンです。
と言っても、話し合いはいつもと同じく、2時から4時で、それ以前は、サロンというよりも、ブックカフェ的に、参加者は自由に行動というスタイルで行います。

「CWSライブラリー」はこれまで4回にわたり、推薦図書をご案内してきましたが、できるだけ多くの人に読んでほしい本を(勝手に)選んで、貸出もしくは湯島で読んでもらおうという仕組みです。
本の提供者はサロン仲間です。もし数名の人が関心を持った本があれば、その本をテーマにした読書会的サロンも自由に開催してもらいます。湯島のサロンでも読書会をという提案もよくもらうのですが、私は読書会が苦手なのであまり開催されていません。でも、こんな本での読書会をやりたいとか、自分の著書に関する意見を聞きたいなどという形で、自由にメーリングリストで呼びかけてもらうのは歓迎です。私も参加させてもらうかもしれません。特に、「CWSライブラリー」の本をテーマにやるのは大歓迎です。

「CWSライブラリー」の仕組みなどについては、今回のサロンでのテーマです。
それ以前は、いわゆるブックカフェのように、持ち込みの本を読んでもらっていてもいいですし、「CWSライブラリー」の本を読んでもらってもいいです。あるいは好きな本の話をしてもらってもいいです。私は基本的に聞き役とコーヒー(紅茶)サービス担当です。

これを契機に、以後、毎月1回のブックカフェを予定しています。

〇日時:2025年6月4日(水曜日)午前10時~午後4時
〇テーマ:「CWSライブラリーを開設します」
〇話題提供者:佐藤修(CWSコモンズ村村長)
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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2025/05/12

■湯島サロン「向こう三軒両隣の精神は生きているのか」報告

吉本精樹さん(友活クラブ代表)の「新・向こう三軒両隣」サロンは、参加者が6人と少なかったのですが、おかげでゆっくりと話し合いができました。このくらいの人数でゆっくりと話すのが、サロンとしては一番いいのかもしれません。
主催した吉本さんはサロン終了後、こんな集まりを毎月やりたいと言っていましたが、もしかしたら毎月「友活サロン」が始まるかもしれません。

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吉本さんは、自分の体験から、人は思っている以上にみんなつながっていること、そのつながりが最近では見えなくなってきていることなどを話してくれました。
そして案内にも書きましたが、郷里の熊本の友人から、「一緒に遊んだり、過ごしたりしていれば必ず気の合わない、嫌いな奴が出て来るけど、「友」の意味は、嫌いであっても共に場を共有し、飲み食いしていれば、それ自体が生きていることに通じる。「塘」という字は、川や海と陸地の境を意味する塘だけど、異なる物質が交わる交差点に現れて塘となり、異質なモノ同士を繋ぐ堤(つつみ)になるんじゃないの」と言われたことも話してくれました。
「とも」という漢字にはさまざまありますが、吉本さんの生まれ故郷の熊本では、集落と川との境界にある堤防も「とも」と呼ばれていたそうです。「とも」というのは、とても面白い言葉だと吉本さん言います。そして、すべての人はみんなつながっている、つまるところみんな「とも」なのだとも。

しかしそうはいっても、「人と繋がれば人生楽しくなるか」といえば、必ずしもそうではありません。昔のような、「向こう三軒両隣の精神」は、お互いを窮屈にしてしまう面もあり、いいことばかりではないのです。
「とも」には「共」という平等な関係もあれば、「伴」という従属の関係もある。

話し合いは参加者それぞれの体験談も加えて、いろいろと広がりました。
今回は長く海外生活をした人や向こう三軒両隣よりも強いつながりのあるコミュニティで育った人、あるいは人だけではなく自然も含めて多様な“とも”と共に育った人、などちょっと普通以上に「とも」を意識していると思われる人が多かったこともあってか、吉本さんが提唱する「新・向こう三軒両隣の精神」には必ずしも賛成する意見ばかりではありませんでした。

人は本来、一人では生きていけません。だから「“とも”とどう付き合うか」はとても重要な課題でした。しかし、最近では、一見、一人暮らしが可能なような社会になってきました。そうなると多くの人が「わずらわしい“とも”との付き合い」から自由になりたいと思うのは当然です。それで得た自由は素晴らしく、「楽しい“とも”」とだけ、それも付き合いたいときにだけ付き合えばよくなった。拘束される「絆」や「近所付き合い」は敬遠されるようになってきてしまいました。
いや、家族付き合いさえもが煩わしくなってきたとさえ思われます。
その一方で、「居場所がない」とか「コミュニティが大切だ」といった言説が飛び交っていますが、大きな流れは、人ではなく、お金を“とも”にする人が増えてきているように思います。

吉本さんも、そうした流れはもちろん認識したうえでの「新・向こう三軒両隣」の提案です。別に地理的な住み家にこだわっているわけではありません。逆にそうした物理的な制約に拘束されない「友付き合い」を育てることの提案なのです。

まだ工業化が進んでいない時代、農家の人や漁師の方は収穫物を自分だけでは消費しきれないので、周囲の人に配っていました。今でも私も近くの人などから野菜をもらいます。そういう人は、物々交換などを期待しているわけではなく、余ったものを社会( “とも”仲間です)に提供してくれているのです。それによって、いつか自分が困ったときに、支えてもらえるかもしれないからです。これがいわゆる「恩送り」です。「恩返し」とは思想は全く違います。昔はどこにもそうした文化があったはずです。そうした「ペイフォワード」の文化は、平等な社会を支えますが、人類はそうした文化を捨ててきてしまった。そんな気がします。

話が大きくなってしまいましたが、「恩送り」と「恩返し」のいずれを基本にするかで、社会の構造は真逆になります。そして現代の日本社会は、恩返し(交換)文化の方向でどんどん進んでいますが。前回の増田さんのサロンで話題になったタンザニアの「人の資本化」の社会や以前話題になったボルネオのブナン社会(ありがとうもごめんなさいもいらない森の民)はいまもって「恩送り」の文化にあると言っていいでしょう。

「友」のつながりが、「伴」のつながりへとなっていくことへの懸念も話題になりましたが、人のつながりが楽しい状況で続くような「ゆるやかなつながり」が私の目指している世界です。そういうゆるやかなつながりだと、自発的な「伴」はともかく、意に沿わない「伴」はうまれない。しかも、私の経験では人数の制限は特にないので、6人先の人ともつながれます。
なにしろ「ゆるやか」ですから。

吉本さんが目指している「新・向こう三軒両隣」はそうしたものとはかなり違うでしょが、どこかでつながっているように思います。
ちなみに、吉本さんは最近、「友活クラブ」を立ち上げました。
高齢者を中心にした「とも」育て活動のようですが、高齢者だけではなく、多世代にわたっての「友活」の場が大切ではないかと思っているようです。
私がめざしている「ゆるやかなつながり社会」ともつながってくるかもしれません。それでこれを機会に、吉本さんに時々、湯島でも「友活サロン」をやってもらおうと思います。湯島を拠点にした「新・向こう三軒両隣」づくり活動です。
よかったらみなさんもぜひ参加してください。
次回の友活サロンは、吉本さんから案内してもらいます。私も時に参加させてもらおうと思います。

 

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■CWSライブラリー第4回推薦書

CWSライブラリーの推薦図書がまた5冊追加されました。
いずれも湯島で貸し出しています。
関心があったら是非お読みいただき、感想をお寄せいただければうれしいです。
湯島に貸出ノートがありますので、必ずそれに記帳して借り出してください。
貸出期間は最長で2週間です。
もし読んで、その本に関してブックサロンをやりたくなったら気楽にお呼びかけください。

ちなみに、この図書は基本的に湯島のサロンの仲間からの提供です。
期間限定のものもあります。
この本をみんなに読んでほしいという本で提供してもらえる本があればご連絡ください。
ただし提供期間は3か月以上にしていただき、貸し出しに伴うリスク(毀損・紛失)は覚悟してください。

なお、CWSライブラリーに関しては、6月4日にサロンを開催し、どんな仕組みにしていくかを話し合えればと思います。近いうちに案内させてもらいます。

第4期の推薦書は次の5冊です。

〔第4回推薦書〕

■渋沢寿一『人は自然の一部である』(地湧の杜)〔増田圭一郎提供〕 
「森の人」を自認する渋沢寿一さんが、現場を歩き、話を聞き、感じてきたこと、そしてそれによって自らの生き方も変えてきたことを、とてもわかりやすく語っています。大地に根をおろす自然界の一員としての生き方を思い出させてくれます。

■山本眞人『宇宙卵を抱く 21世紀思考の可能性』(BMFT出版部)〔山本眞人提供〕
さまざまな分野の人たちとの協力、共創関係を通じて、よい方向への社会の構造転換を模索する方々にぜひ一読していただきたい、と著者は語っています。明るい未来の実現可能性のあるシナリオを描くための材料とヒントを与えてくれるガイドライン。

■石垣昭子+山本眞人『西表島紅露工房シンフォニー』(地湧社)〔山本眞人提供〕
西表島で天然素材のみを使って手紡ぎ手織り、草木染の工房を営む染織家、石垣昭子さんの作業の全貌を写真と共に紹介するとともに、自然観や生き方についてのインタビューをまとめたもの。山本さんは自然と共生する暮らし・文化再生の先行モデルと位置づけています。

■佐久間庸和『冠婚葬祭文化論』 (産経新聞出版)〔佐久間庸和提供〕
「冠婚葬祭」とは単なる形だけの儀式ではなく、人間のこころに大きな影響を与える「文化の核」であるとして、長年、冠婚葬祭文化に取り組んできた著者は、「人間が人間であるために儀式がある」「冠婚葬祭とは社会を持続させるシステムそのもの」と言います。

■チャールズ・ライク『システムという名の支配者』(早川書房)〔佐藤修提供〕
世界を「システムvs生命」と捉えるといろんなことが見えてきます。システムの支配下にいる私たちは、危険なまでにシステムを信用し、人間の可能性をすっかり忘れてしまっている。歯止めをかけない限り、システムは私たちを支配しつづけるであろうという警告の書です。
  

 

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2025/05/11

■5月オープンサロンの報告

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5月のオープンサロンは久しぶりに竹形さんがやってきました。最近、経済的困窮のために千葉の自宅に引きこもって仕事をしているようですが、どうも話を聞くとその仕事もまた社会活動のようで経済的困窮の解決にはあまりつながらないような気もします。
そもそも経済的困窮に関しての捉え方が竹形さんの場合も世間的な考えとは真逆かもしれません。経済的困窮をむしろ楽しんでしまうのが竹形流の生き方かもしれません。
食費をいかに切り詰めるかを考えていくとおいしい食事にたどり着くというような、竹形流の生き方を少し紹介してくれました。たぶんその生き方は食だけではなくすべてにつながった話です。
こういう言い方をすると当の竹形さんから異議申し立てが来そうですが、私もほぼ同じ考えを持っているので、竹形さんの生き方は幸せそのものなのです。
生きづらさなど感じないでしょう。もちろん生きづらさそのものを生きているとも言えますが。

それと極にいるのが原川さんで、原川さんは自分の生き方にもつなげながら「生きづらさを感じている人のためのオープンサロン」をいま企画しています。生きづらさをむしろ肯定的に受け止めている私や竹形さんには参加資格はないようですが、私もいつか参加していいかと尋ねたら否定はされませんでした。

今回は他にも、生きづらさとは無縁に生きているような人ばかりだった気もしますが、みんなで話していて、「生きづらさ」と「生きやすさ」はやはり同じものなのだという気がますます強まりました。

先日の「なぜ生きるか」のサロンは、ちょっと私の主旨とは違った展開になったので、報告ができずに参加者の近藤さんが代わりに報告してくれましたが、参加者からも要望があったので、また「なぜ生きるか」のサロンを今度は私が問題提起者になって開こうと思います。
それとは別に原川さんによる「生きづらさを感じている人のためのオープンサロン」も始まりそうです。そこでもたぶん「なぜ生きるか」は話題になるでしょう。

ちなみに湯島のサロンでは、私の参加しないサロンを増やそうと画策している人が増えてきています。もちろん私の負担を減らそうという心遣いからです。
今月はなんと10回を超えるサロン開催になりましたが、最近はサロンが増えて、私がやりたいと思っているサロンはどうしても後回しになります。
来月からサロンの回数を減らして、私がやりたいサロンも増やしていければと思っていますが、さてうまくいくでしょうか。

人生はなかなかうまくいかないものです。
それを「生きづらい」と感じるか、「それこそが人生の面白さ」と感ずるか。それはお金がないのを貧しいというのか、お金に依存していることを貧しいというのかにもつながっていきます。

「なぜ生きるか」のサロンで話し合えなかったことが話し合えたオープンサロンでした。
参加者の皆さんに感謝します。

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2025/05/10

■5月25日から「百姓一揆呼応サロン」を始めます

2025年3月30日、全国各地で「令和の百姓一揆」デモが展開されました。
日本の食と農の先行きに危機感を持った「百姓」たちが立ち上がったのです。
掲げたスローガンで少し誤解を与えたと思いますが、決して自分たちだけのためにではありません。農の恩恵を受けている生活者への強いメッセージでもあったのです。
しかし、それに呼応して立ち上がった消費者の動きはあまり聞こえてきません。
それに、農業政策や食料自給化方針もあまり変化が感じられません。
むしろ米価は上昇するばかり。令和の百姓一揆は、そのために利用されたなどとは言いませんが、どこか腑に落ちません。

百姓一揆の後、湯島で「令和の百姓一揆に何かできるかことはないか」というテーマでサロンを開催しました。
あまりにも大きなテーマなのでそう簡単には妙案は浮かんできません。
そこで農にもつながっている金子友子さんにお願いして、湯島のサロンのひとつとして「百姓一揆呼応サロン」を毎月開催することにしました。
まずは日本の農や食の現状を知っていくことから始めようと考えたのです。
知らなければ動きはなかなか出てきません。
その第1回を5月25日に開催します。
以後、原則として、毎月開催していきます。

第1回目の今回は金子友子さんから、百姓一揆のその後の動きを少し報告してもらい、これからどんな活動をしていけばいいかを話し合いたいと思います。

また、農や食に関心を持っている人たちのゆるやかなフェイスブックグループを立ち上げました。仮称ですが、「百姓一揆呼応隊」。
https://www.facebook.com/groups/3527677107527652
まだきちんとできていませんが、よかったらぜひ仲間になってください。
そして何ができるかを一緒に考えてください。
上のサイトから参加できます。
事務局作業を分担してくれる人がいたらご連絡ください。大歓迎です。

〇日時:2025年5月25日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「食と農の現状をもっと知って考えよう」
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2025/05/09

■非難ではなく議論をしてほしい

自民党の西田昌司参院議員が、那覇市での憲法シンポジウム(主催・県神社庁など、共催・自民党県連)で、ひめゆりの塔の展示内容について、「ひどい。歴史の書き換えだ」とし、「日本軍が入ってきてひめゆり(学徒)隊が死んだ。そして米国が入ってきて沖縄が解放されたとの文脈で書かれていた」と述べたことが問題になっています。

自民党でも問題になっているのは当然として、野党の立憲民主党でも野田党首が批判しています。

西田さんはまた、「自分たちが納得できる歴史をつくらないといけない」ともいっているそうです。せめて野党であれば、この発言を受けて、きちんとした議論をする契機にしてほしいと思いますが、また野田さんはつぶしてしまいました。今もまだ自民党応援団のようです。

私もかつてひめゆりの塔の展示を見ていますが、当時の記憶がないのが恥ずかしいです。できればもう一度、行ってみたいです。「歴史の書き換えだ」と断定することには賛成できませんが、これを契機にきちんとした議論が起きればと思います。
これはとても重要な問題のように感じます。

○×教育で育った日本の人たちは、議論というと○×発想で取り組みますが、○×の対立型で相手を排除する議論ではなく、違った指摘を契機に新しい気付きが得られるような議論をしてほしいものです。

先日、湯島では「対話とは何か」をテーマにサロンをしましたが、「議論とは何か」のサロンもやりたい気分です。でも、知識での議論は退屈です。自分の考えがあってこその議論ではないかと思います。それに議論は「否定」からは始まらないような気もします。
せめて西田さんには「なぜそう思うのか」をもっときちんとと訊かないと議論は始まりようもないでしょう。

 

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2025/05/08

■SUN10ROサロンをスタートさせます

先月、河村光彦さんと櫻井勝さんにお願いして、「黒澤組の2人が語る黒澤明監督からのメッセージ」をテーマにしたサロンを開催しました。
20人近くの方が参加され、大賑わいだったのですが、その報告でも書きましたが、これを契機に、「SUN10ROクラブ」(「さんじゅうろうくらぶ」と読みます)を立ち上げることになりました。

「なぜ人間は仲良く良心的に生きていけないのか」というテーマを描きたくて映画を作りつづけたという黒澤明監督の精神に共感し、黒澤映画からのメッセージを読み解きながら、社会に広げていこうとしている河村光彦監督の活動のゆるやかな応援団です。
具体的には、黒澤映画を材料に、フェイスブック上などでいろいろ意見を交わし合いながら、時には、河村さんの映画『Life work of Akira-Kurosawa』の上映会や河村さんの講演会、河村さんの黒澤監督からのメッセージを受け止めて社会に問題提起していく書籍の出版活動などをゆるやかに応援していければと思っています。
もしよかったらぜひご参加ください。
以下のサイトから簡単に参加できます。
https://www.facebook.com/groups/1312667559794431

まだフェイスブックのグループページができたばかりで、これから少しずつ活動をスタートさせていく予定ですが、毎月、30日に湯島で「SUN10ROサロン」を開催することになりました。
SUN10ROクラブのメンバーが中心になって主催しますが、メンバー以外の方も参加大歓迎です。黒澤映画に関心のある人はもちろんですが、まだ黒澤映画を一本も見ていない人も歓迎です。

その第1回を下記のとおり開催します。
第1回は、河村さんが黒澤映画によって、どう生き方を変えてきたか。あるいは生きることの意味をどういま考えているかなどを話してもらい、黒澤映画について話し合えればと思います。
同時に、このサロンをどういう風に展開していくかなども話し合えあればと思います。

なお初回を記念して、参加者には河村さんが制作した映画『Life work of Akira-Kurosawa』(2024年日本映画ペンクラブ奨励賞受賞)のブルーレイディスクを河村さんからプレゼントしてもらう予定です。

〇日時:2025年5月30日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「黒澤映画から学んだこと」
〇ナビゲーター:河村光彦さん(映画監督/SUN10ROクラブ)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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■憲法サロン2025「日本国憲法第1条を読む」報告

今年の憲法サロンは、日本国憲法第1条天皇を話題に選びました。
かなり激しい議論になるかなと思っていましたが、例年とは全く違った参加メンバーで、天皇制への強い意見をお持ちの方はいませんでした。

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最初にまず、天皇個人と象徴天皇制に対する好き嫌いを訊いてみました。
おひとりだけ、天皇制ではないのですが、国歌「君が代」に強い拒否感をお持ちの方がいたのと、人としての人格が認められていない天皇への強い同情感をお持ちの方が2人ほどいましたが、大方は天皇にも天皇制にも特別の強い思いを持っていないように感じました。
天皇制は、今やそういう存在になっているのでしょうか。つまり「脱政治化」されてしまったのでしょうか。
私自身は、そうは考えていないので、今年の憲法サロンで取り上げることにしたのです。
象徴天皇制度によって民主主義の復権ができるのではないかと思ったからです。
しかしどうやら、「国民の主権意識」は象徴天皇に吸い取られて一括葬り去られてしまったようです。反対の選択肢もあったと思うのですが、日本国憲法に込められた「権力者」の意図にからめとられたようです。

話し合いに入る前に、添付の資料に基づいて少しだけ話をさせてもらいました。
そこで農本主義思想家の権藤成郷が唱えていた日本型コミューン主義を紹介し、その実現のために天皇制度を基軸に考えられないかと問いを投げさせてもらいました。

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権藤成郷を紹介している内田樹さんの『日本型コミューン主義の擁護と顕彰』によれば、「幕末から近代に至るまで、日本におけるすべての革命的な思想は、中間的な権力構造の媒介物を経ずに、国民の意思と国家意思が直結する「一君万民」の政体を夢見てきた」と言います。
そして、「国民の意思が中間的な権力構造の媒介物を経ないで国家意思と直結する「一君万民」の政体」こそ、日本型コミューン主義だというのです。

言い換えれば、日本型コミューン主義、さらに言えば多数決原理を主軸にする民主制政治とは違った個人を尊重する民主主義政治(宮本常一が報告している対馬の寄り合いを思い出します)を可能にする要素を「天皇制」は持っているのです。
そうなっては困るので、憲法では第4条で、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と定めたわけですが、「国事」とは何か「国政」とは何かの解釈次第で、いかようにも解釈は変えられます。
国家の臣民を自認している憲法学者にはできないことでしょうが、これを逆手にとって、日本型の民主主義政治を実現する道があると思います。

それはともかく、国家レベルではなく、もう少し小さい範囲では、こうしたコミューンは実現しています。というか、それが本来の人間社会の原型だったはずです。
たとえば明治初期には「隠岐コンミューン」というのが記録されています(資料参照)。
しかし、国家レベルとして実現するには、「主権者の国民」と「総意の象徴の天皇」の間に、「決して権力化することのない官」という行政機関をどうやってつくるか、が課題になります。これは難題ですが、しかし、そういう日本型コミューン主義政体を考えるのは無駄ではないと思います。

増田さんの7回目のサロンで、山本眞人さんが示してくれた「ネオ・リベラリズムと国家に抗う島々(コミュニティ)のネットワーク」が、近代国民国家に代わる可能性があるのです。
これは、日本構想学会の西さんがサロンで提唱していた「2国連邦国家」とは違って、国家のパラダイムを変化させると言ってもいいでしょう。

その実現のためには3つの要素が必要です。
制度的には、「主権者の総意を集約する仕組み」と「象徴がそれから逸脱しないかどうかを監視するしくみ」が必要ですが、それ以上に必要なのは、「主権者の意思の存在」です。
そうしたことを実現するものとして「憲法」は存在すると言ってもいいでしょう。

そして、主権者としての意識を持っている国民の思いをすべて包み込む存在としての象徴が天皇ということです。言い換えれば、天皇は主権者の総意を受けて言動するわけです。それが政治を動かしていく。
しかし、日本国憲法は、国民の主権の総意を天皇に集めたうえで、「国政」にかかわってはいけないとしたわけです。こうして国民の主権は無効化され、残るは権力の象徴たる総理大臣を決める国会議員を「多数決」で選ぶ権利がそれに代わってしまったわけです。

最後に「オメラスの話」をさせてもらいました。
象徴たる天皇は、中間の権力者によって幽閉される恐れがあります。いやすでに日本の天皇はそうなっているのかもしれません。天皇家族に関するマスコミの取り上げ方にそうした一面を感じます。私たちはみんな「オメラスの平和」のなかで、主権などという煩わしいことから自己を開放しているのかもしれません。

とまあこういう話を少しだけさせてもらったうえで、話し合いにはいりました。
もう少していねいに私の問題意識や実践戦略を話せばよかったのですが、やはりどうもうまく問題提起できなかったようで、後から参加者の一人から「退屈だった」と叱られました。

話し合いでも話題はいろいろと出ましたが、どうも「天皇制を核にして民主主義を実現しよう」という提案は賛同を得られなかったようです。
「天皇制是か非か」論議が展開されると思って、あらかじめ関連図書を読んで参加してくださった方もいるのですが、今回は「是か非か」論ではなく、「存在する制度の活かし方」論をしたかったので、申し訳ないことをしました。

参加していた北さんからはコミュニティに関連して、バタイユの「無頭の共同体」、アセファル組織の話が出ました。別に象徴などいらないのではないかというわけです。たしかに小さなコミューンでは状況主義的リーダー制でうまくいくでしょうが、それで果たして地球全体を包めるかどうか。
ちなみに、6月1日に湯島でアセファル組織のサロンを開催する予定です。

と同時に、北さんからは「象徴」は人間でなければいけないのかという問いかけもありました。もちろん人間でなくてもいいですが、でもそれがAIにはしたくない。神のようになってしまいかねないからです。
サンマリノ共和国のように、期限を持って抽選で決めるのも一案でしょうが、制度的には悪用防止の難しさがあります。小さなコミューンではいいでしょうが。
1400年続いている天皇家という特殊な存在は、やはり私には魅力的です。これまでは(いまもなお)「中間的な権力」に利用されてきてしまいましたが。

ほかにもいろんな方向に話題は展開しましたが、あまり異論のぶつかり合いにはなりませんでした。サロンの前に、新倉さんがみんなの心を穏やかにしようという思いからか、抹茶を点ててくれました。サロンが論争にならなかったのはそのせいかもしれませんね。

サロンで少し話題になった「オメラス」の話ですが、10年ほど前にブログに書いた小論「オメラスとヘイルシャムの話」があります。もしお時間が許せば、お読みください。
このテーマでのサロンもやったことがありますが、どなたかの賛成があれば、もう一度やりたいと思っています。
http://cws.c.ooco.jp/heilsham.htm

なお、参加者のおひとりが5月9日号の「週刊金曜日」を持ってきてくれました。「象徴天皇制を問う」が特集されていて、とても興味深いです。
湯島のCWSライブラリーにありますので、湯島に来た時にでもぜひお読みください。

 

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2025/05/07

■第7回増田サロン「デヴィッド・グレーバーとポスト資本主義ガバナンス」報告

増田圭一郎さんと一緒に「地湧の思想」を考えていく連続サロンの第8回(2025年4月29日)は、ゲストに横断的探求者の山本眞人さんをお招きしました。

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「文化人類学というと、研究成果が出ているものの、そこから得られるのは単なる知識の延長でしかないということになりがちなので、自分たちの行動指針に反映されるような話をしたい」という増田さんからの提案に、山本さんは「良き風の人」(土の人に対して)としての役割を果たそうとする文化人類学者のグレーバーを選び、その遺作『万物の黎明』をとり上げてお話してくださることになりました。

最初に山本さんは、『万物の黎明』について簡単に解説してくれました。
お読みになった方もいると思いますが、山本さんの紹介を書いておきます。

穀物栽培が普及して国家、都市、文明が成立する「農業(新石器)革命」についての定説が、ここ30年ほどの考古学、歴史学の研究で全面的に覆されたものの、明かになったたくさんの事実を踏まえた、「歴史の新しい語り方」を提案する歴史家が出てこない。そこで、文化人類学者グレーバーと比較考古学学者ヴェングローが協力して、このテーマに挑戦して書いたのが『万物の黎明』。
そこには、「歴史の新しい語り方」に挑戦するにあたって、1700年前後の北アメリカ先住民の酋長カンディアロンクという人物を重視し、彼の視点から新大陸の歴史をたどり直すと同時に、その視点から啓蒙思想の時代に成立したヨーロッパ中心の「世界史の語り方」の解体を試みている。

啓蒙思想の時代以来の西欧中心の「発展段階論的」な世界史の語り方に代わる歴史観とはなにか。これを読み取るのが、『万物の黎明』を読む魅力ですが、実際には難しい問題です。そこで山本さんは、単線的・直線的歴史観と多線的・紆余曲折的な歴史観を提示し、思考の枠を広げてくれました。
ここでは時間軸や空間軸の捉え方も示唆されましたが、地湧の思想との関係に論を進めるために、山本さんは「ポスト資本主義的ガバナンス」の話へと話題を進めました。

1990年代後半の反グローバリズム運動と2010年前後の金融危機後の「ウォール街占拠運動」を要とする反ネオ・リベラリズム運動を通じて起きた前衛主義を否定する方向への世界の民衆運動の大転換の中から「ポスト資本主義的ガバナンス」が芽生えはじめているのではないか、と山本さんは考えています。そして、「ウォール街占拠運動」を主導した活動家グレーバーは、この過程で、世界各地の運動をつなぐ要となっています。
さらに、山本さんは、さまざまな潮流がポスト資本主義的ガバナンスとして「ピア・ガバナンス」を生み出してきていると言います。このことは私もまったく同感です。統治から協治へ、あるいはミュニパシリズもそうした一例だろうと思います。

山本さんはまた、21世紀に入り、ネオ・リベラリズムと「土着の思想」の対峙が強まっているが、「ネオ・リベラリズムと国家に抗う島々(コミュニティ)のネットワーク」というイメージが描かれるようになっているとも話をしてくれました。
そして、その発端の一つであるメキシコのサパティスタ蜂起の話から、国家を超えた動きが近代国家体制の背景に育ち始めていることを示唆。そこでのキーワードは、それぞれの動きへのリスペクトであり、“encounter(出逢い)”“assemble(集い対話する)”“create(創造)だという話もしてくれました。
ちなみに、山本さんは「地湧の思想」をネオ・リベラリズムに対峙する「土着の思想」と位置づけています。

参加者の菅野隆さんからは、こうした「島々」の一つとして、タンザニアの「人の資本化」を特徴とするコミュニティの話が紹介されました。山本さんは、ボリビアのコミュニティづくりも面白いと言います。まだ世界は捨てたものではないのです。

しかし増田さんは、ポスト資本主義ガバナンスの世界ネットワークの動きは、デジタル化抜きには起こらなかったことに一抹の不安があると言います。
インターネットのインフラがほんとうにコモンズ(本当の意味の共有)になるには、人々の価値観、意識が根底から変わらなければいけない。台湾のオードリー・タンさんのデジタルコモンズは、そうなることを前提に話しを進めているようだが、そのためには国家などを超えた人々の共有意識が出ないといけないというのです。
デジタル・インターネットとヒューマンネットは、次元が違いますが、絡み合っているのは間違いなく、私も同じような危惧の念を持っています。

山本さんと増田さんの話を受けて、話題はコミュニティと個人の関係、集団の規模の問題、コミュニティの基本である食の安全と次世代の教育の問題など、様々な話題に広がりました。
私が特に関心を持ったのは、分業と所有権の話題です。というのは、分業と所有権のあり方こそがいまの社会を方向づけているように感じているからです。
分断を促進する効率志向の分業と支え合いから自然発生する分業、分断を促進する排他的な所有と支え合いを育てる共生志向の総有。そのいずれかによるかで社会のあり方や私たちの生き方は真反対になるような気がしています。

私がグレーバーや地湧の思想、あるいはコモンズに関心を持つのはそのためでもあります。
『万物の黎明』を訳した酒井隆史さんも同書の訳者あとがきで、「奴隷所有と密着していた古代ローマに由来するヨーロッパにおける所有権概念を、人類史において異例中の異例のもの(そして極めて暴力的なもの)として相対化をはかる、本書をつらぬく(あるいはグレーバーの著作をつらぬく)問題設定をみてとることができる」と書いています。

長くなってしまいました。
今回は山本さんのメッセージをしっかりと伝えたかったので、当日配布された資料も参照しながらまとめさせてもらいました。話し合いに関する報告は省略させてもらいました。

最後に、『万物の黎明』から私たちは何を学べばいいかという、いつもながらのめちゃくちゃな質問をさせてもらいました。

増田さんは、グレーバーたちの研究した『万物の黎明』に書かれていることが、現実の世界で進んで実現するのではないか、そのために「ケアと自由」が次の鍵となるだろうと指摘してくれました。
山本さんは同書の最後に書かれている「3つの自由」が重要だと指摘してくれました。移動し離脱する自由、服従しない自由、社会的関係を創造したり変化させたりする自由という3つです。

少し私見を加えさせてもらえれば、この3つ目の自由は、「新しい人との関係の形成を可能にする場と能力」にかかわっています。湯島でのサロン活動はその場づくりを目指しているのです。

ちなみに、山本さんは『コモンズ思考をマッピングする』という素晴らしい本を3年前に出版しています。ぜひ読んでほしい本です。CWSコモンズライブラリーの推薦図書として湯島に置いて貸し出しもしています。ぜひご利用ください。

たくさんの元気をもらったサロンでした。

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2025/05/06

■明日明後日、日本学術会議「特殊法人化」法案に反対する意思表示ができる集会があります

「日本学術会議「特殊法人化」法案に反対する学者・市民の会」の呼びかけで、5月7日(水)、8日(木)の両日、衆議院第2議員会館前で「人間の鎖」行動が行われます:
案内を添付します。

また、学術会議「法人化法案」反対のために動いている大学人が中心になって、この問題の重大性を(特に若い世代を含む)広範な市民に訴えるための動画を作成し、SNSで拡散中です。
マスコミ報道ではなかなか見えてこない動きですが、湯島のサロンでも、日本ではデモがあまり行われないという人がいますが、そう思っている人はぜひ現場に一度行ってみてください。
この動きを拡散してもらえるとうれしいです。

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2025/05/05

■新倉さんの食養生サロン「改めてふるさと薬膳と夏の食養生」のご案内

東方健美研究所代表の新倉久美子さんによる「食養生サロン」をこれまで季節のはじまりごとに開催してもらっていました。
前回で、全季節を終えたのですが、参加できていない方も多く、できればもっと多くの人に聞いてほしいと考え、新倉さんにお願いして、引き続き「食養生サロン」を継続開催してもらうことにしました。

ただ少し話題の範囲を広げて、「食のあり方を見直す」を主軸にし、「農とのつながり」も視野に入れて、時に、ゲストも呼びながら、話題を広げていければと思います。
食は、私たちの生活の基盤であり、それを支える「農」とも深くつながっています。そしてそれは、私たちの生き方や社会の在り方にもつながっています。
そんなことへの意識も高めたいと思っています。

今回はその1回目として、新倉さんの「ふるさと薬膳」の発想を改めてお聞きし、今の私たちの「食のあり方」をみんなで話し合えればと思います。
これまでのように、「季節に合わせた食養生」の話はこれからもしてもらおうと思いますが、今回は夏の前半の食へのアドバイスをしてもらえると思います。

みなさんの参加をお待ちしています。

〇日時:2025年5月18日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「改めてふるさと薬膳と夏の食養生」
〇話題提供者:新倉久美子さん(東方健美研究所代表・農都共生総合研究所取締役)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2025/05/04

■湯島サロン「言霊の道のなかの神代の扉」のご案内

今回は、ちょっと戸惑うようなタイトルのサロンのご案内です。
「言霊」はともかく、「神代の扉」?
「陰謀論」よりもあやうい話かもしれません。
なにしろまだ文字がなかったとされる「神代」がテーマのサロンですから。

話してくれるのは万葉集サロンの常連でもある橘美花さんです。
サロンでの発言を聞いていて、橘サロンをお願いしたいと申し出てから1年以上経過しましたが、ようやく引き受けてもらえました。

橘美花さんは、日本の「古史古伝」や「神代文字」に関心をお持ちです。
「古史古伝」とは、「古事記」以前の書で、有名なのは「竹内文書」、最近話題なのは「カタカムナ文献」です。私も一時、かなりはまったことがあって、カタカムナに関しては相似象学会の機関誌を購読していました。神代文字も魅力的な世界です。

今回はそうした世界を論理的に話題にするのではありません。
むしろ感性的に、あるいは最近の言葉を使えば、スピリチュアル(霊性的)に、そうした世界に触れたいと思うのです。
そのため、橘さんの体験的な神代の扉との出会いの話をお聞きして、その世界を垣間みたいというのが狙いです。
漢字が入ってくる以前の日本列島にあった「神代文字」。
「古事記以前」の書の以前にあった書や「古史」や文字以前の歴史を書にした「古伝」。
そうした世界にもちょっと触れてもらえると思います。

橘さんのお誘いのことばを紹介します。

ちょっとしたきっかけから、情報を受け取ったり、人と出会ったり、由縁のある場所へ行ったりと、みなさんも様々な形で、導かれているご経験があると思います。

私の一歩は…神社とアニメ

ステキ!面白い〜!
なぜ⁈ どうして? もしかしたら⁈
もっと、知りたい! 不思議〜!

言霊をキーワードに、興味と好奇心から面白さを感じて、個人的に探求して行くうちに、、、
ユニークな出会いを得ながら
知らずに光の扉に吸い込まれていて

点が、結ばれて線に…
線が、繋がって面に…

いつしか、未知なる不思議な世界へ
入っていたようです。

お話しを通して、みなさんとシェアしながら。
面が、どんどん形になってゆく…
ご縁でそうなったらいいなと感じています。

どうですか。ちょっとスリリングで、あやしいでしょう。
どんなサロンになるか楽しみです。

できればこれを皮切りに、神代の扉の向こうとつながるようなサロンを続けていきたいと思っています。

〇日時:2025年5月28日(水曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「言霊の道のなかの神代の扉」
〇ナビゲーター:橘美花さん(むすひのひめみこナビ)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2025/05/03

■湯島サロン「海外生活から戻ってきて感ずる日本社会」報告

日本の社会を、ちょっと違った視点から話し合ってみようというサロンの2回目は、40年ほどドイツに暮らし、10年近く前に帰国した野瀬栄子さんに話題提供をお願いしました。
みなさん関心が高いようで、10人を超す参加者がありました。
特に海外生活の体験がある女性の参加が多かったのが印象的です。

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ある特定の社会にだけ生きていると社会は見えなくなりがちです。日本の大企業社員は、かつてはほとんどそうでしたから、社会は経済的側面以外は見えていなかったのかもしれません。私の言葉でいえば、みんな「ひきこもり」でした。
もちろん霞が関をはじめとした行政職員もそうだったと思います。
それに対して、形の上では家に閉じ込められていた女性たちは、仕事に埋没しがちな男性とは世界の広さが違っていました。なぜなら「生活」は様々な世界とつながっているからです。特に海外に転居して、そういう文化から解放されると一挙に世界が開かれていく。
これは私見ですが、世間の常識はこれとは真反対のような気がします。
その「常識」をひっくり返さない限り、新しい流れは生まれません。
こうした思いが、このシリーズのサロンを企画した理由です。

野瀬さんは、話したいドイツでの体験が山ほどあるようで、話はほとんどがドイツの話でしたが、その中にも日本の社会の問題点が浮き彫りになるような話もありました。そこを中心に話し合いが行われました。

野瀬さんは、意見をはっきり言うことの大切さをドイツで気づかされたようです。
日本ではかつては価値観や生活にばらつきがないとともに、万仲さんのサロンで話題になった「クウキ」が社会を支配していたので、何も言わずとも「伝わる」という文化だったのかもしれません。
しかし、日本も価値観が多様化し、「言葉で言わなければ伝わらない社会」になってきたようです。今はその端境期のために、いろんな問題(事件)が起きているのかもしれません。
野瀬さんは、ドイツで意見は言葉に出さないと伝わらないことを体験し、帰国後もそういう生き方をしているようです。しかし、そこで今度は別の問題にぶつかる。「どう言葉にすればいいか」です。ドイツと日本とでは相手の受け取り方が違うからです。
日本でも黙っていては伝わらない状況が広がっていますが、ドイツのように言葉で伝えるのではなく、むしろ他者とはかかわらずに形式的に他者に合わせる、つまり本音は隠すというようになっているのかもしれません。

かつてはお互いを思いやる気持ちがあったのに最近は薄れてきているというのも野瀬さんが感じたことのようです。
たとえば、公共の場で、次の人のためにドアを開けて待っているという風習や重い荷物を持って階段を上っている人に声をかけて手を貸す行動も消えてきているのではないかと野瀬さんは言います。
帰国後、以前のように次の人のためにドアを開けて待っていても無視されるので、最近はやらないようになってしまったという話もしてくれました。
まさにここにこそ大きな示唆があるように思います。
社会の劣化や変化は、こうして進んでいくのでしょう。野瀬さんには以前のように後の人への心遣いを、裏切られても続けてほしいですが、そういう文化が希薄なところで暮らしていると、当然と思えていた習慣がやめてもいい習慣になっていく。こうして世界の文化はどんどん交じり合って、たぶん「悪貨が良貨を駆逐していく」。

文化交流で、逆の流れももちろんあります。「良さを学び合う」流れです。たぶんこちらの方が主流だと思うのですが、問題は「良し悪さ」の基準は立場や人によって逆転しうるものだということです。
ドイツから帰国後、日本社会の良さにもおそらくいろいろと気づかれていると思いますが、そういう話はあまり出ませんでした。
むしろ悪い点が目に付くようになっているのかもしれません。

これは前の坂口さんのサロンでも話題になりましたが、日本の自然景観や都市景観、とりわけその境界の景観(例えば新幹線から見える景観)が海外に比べて美しくないという話がありました。
私はそういうふうに一括して評価することを好みません。鉄道沿線の景観や都市の街並みがとてもきれいなところは日本にもたくさんありますし、美しくないところは海外にもたくさんあるはずです。
人は自分のほんの小さな体験で世界全体を見がちですが、異質な体験が強いと、その印象に全体が支配されてしまうのかもしれません。
そして、自分の故郷の良さよりも悪さに目が行ってしまう。それが、自分の故郷の良さを高めていくことになり、結果的には「良さを学び合う」ことになればいいのですが。いずれにしろ、文化交流は、「悪貨が良貨を駆逐していく」ばかりではありません。もしそういう傾向があれば、反転させなければいけません。

野瀬さんは、ドイツではお金のかからない楽しみ方3S(サッカー、水泳、散歩)が大事にされているという話もしてくれました。たぶん日本に帰ってきて、あまりにお金のかかる遊び方が広がっているのを感じているのでしょう。
余暇さえもが経済成長に寄与するための市場になり、余暇が労働になってしまっていることには、日本の中にいるとあまり違和感を持たないのかもしれません。

ほかにもいろいろな話題が出ました。日本におけるカタカナ外来語の使用増加、周りを気にする国民性、子供たちの教育環境の変化、移民(海外からの移住者)の増加、なども話題になりました。親の生き方や価値観が子供に与える影響、地域社会との連携の重要性なども話は盛り上がりました。
書いていたらきりがないですが、いずれにしろ日本の社会はどうもあまり良い方向には進んでいないようです。
でも日本にはみんなあまり意識していないかもしれませんが良い点はたくさんあるはずです。悪い点にだけ目を向けていると、そうした良い点も失いかねない。
日本国内だけで暮らしているとなかなかそれが見えてこない。
海外で暮らしてみて気づいた日本の良さをテーマにするのがいいことに気づきました。

次回は、いろんな国での海外生活体験者たちに、「守りたい日本の良さ」をテーマにサロンでやりたいと思います。話し手を募集します。よろしくお願いします。

 

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2025/05/01

■5月オープンサロンのご案内

5月のオープンサロンは予定通り5月9日です(毎月第2金曜日です)。
オープンサロンは、テーマも全くなく、参加した人次第で話題も決まりますし、話題もどんどん変わります。話す人も聴く人も歓迎のサロンです。
出入りもいつも以上に自由で、申し込みも不要です。
気が向いたら気楽にどうぞ。
事前申し込みも不要です。
何しろオープンサロンですので。

〇日時:2025年5月9日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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