■「交換」とは「シェアすること」
グレーバーの『価値論』を昨夜からまた読み出しました。第3章あたりから面白くなってきました。
今朝、読んだパプア・ニューギニアのバイニング社会の話はとても刺激されました。
バイニングは東ニューブリテン州の内陸山岳地域に位置する分散した集落に暮らすタロイモ農耕民で、「平等主義的アナキズム」のようなものだとフィールドワークしたファヤンスは言っているそうです。
私が興味を持ったのは、そこでは、価値があるのは、「生産すること」ではなく、その成果を他者に与えることだというのです。もし道で2人の男が出会ったら、ほぼ必ず、互いに相手にその場で噛むためのビンロウジを提供し合い、また持ち帰るビンロウジを与え合うのだそうです。物々交換ですが、全く同じものを交換する。実に興味深いです。
「交換」とは「シェアする」ことなのです。これまでの私の考え方が、いかに狭かったのか気づかされました。
あんまり正確な理解ではなく、いつもながらの勝手な解釈ですが、グレーバーはやはり示唆に富んでいます。
もっとも、気になって、ネットでバイニング社会について調べてみたら、もうすでにバイニングは観光産業の餌食になってしまっていて、おそらくファヤンスの体験したバイニングは消えてしまっているようです。
人類学者の罪深さを、やはり思わざるを得ません。
なぜ私たちは、異質から学ばずに異質を市場化しうるのか。
「知」を愛さずに、「知」を消費する人には、やはり怒りを感じます。
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