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2025年8月

2025/08/31

■第12回あすあびサロン報告

暑い中、10人の参加がありました。初参加の方が2人、お一人は高校生でした。
今回は、いつものように自由な話し合いでした。

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それぞれにやろうと思っていることややりたいこと、あるいはやったことなどを紹介し、話し合いました。そうしたなかで、まちづくりや市民活動に関する意見の違いをぶつけ合うなども行われました。
最近、我孫子でも様々な活動が展開されていますが、いろいろな活動が緩やかにつながっていったり、意見の違いがぶつかり合ったりするのも大切ではないかと思っているので、あえて今回は、異論を出させてもらいました。
そうしたなかでも、いろいろな活動のタネが育ってきている気がします。

なお前回も話に出ましたが、時にはテーマを決めて、誰かの話を聞くスタイルもという意見が今回も出ました。
9月か10月は、テーマを決めて話を聞くような会を企画するようにしたいと思います。どなたか話したい人、あるいはこんな人の話を聞きたいということがあれば気楽にご提案ください。

次回の日程はまだ決まっていませんが、決まり次第、案内させてもらいます。

毎回説明させてもらっていますが、このサロンでは、年齢や立場に関係なく、みんな同じ住民の一人として参加してもらっています。
また問題や不平を話すのではなく、自分たちの住んでいるまちをさらに住みよいまちにするために、自分ができること/取り組みたいことを探していくこと、そして仲間を見つけていくことを基本にしたいと思っています。
その趣旨を踏まえていただければ、どなたでも参加歓迎です。我孫子市民にもこだわっていません。
どうぞ気楽にご参加ください。

 

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■9月オープンサロンのご案内

9月のオープンサロンは恒例の第2金曜日、9月12日です。

オープンサロンは、テーマも全くなく、参加した人次第で話題も決まりますし、話題もどんどん変わります。話す人も聴く人もいるサロンです。
出入りもいつも以上に自由で、申し込みも不要です。
気が向いたら気楽にどうぞ。
事前申し込みも不要です。

〇日時:2025年9月12日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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■節子への挽歌6491:サワガニの死

またまた残念な話なのですが、昨日まで元気に見えていたサワガニが、今朝、水の中でひっくり返って死んでいました。
いろいろな工夫をしてみたのですが、やはりだめでした。
そもそも一匹だけだったので、難しいかなとは思っていたのですが。

キリギリスに続いてのサワガニで、ちょっとやはり生きものを飼うことの難しさを感じています。
しかし、キリギリスはまた来週、吉田さんが届けてくれるそうです。今度は雌2匹だそうです。残念ながら鳴き毛は期待できません。またつがいでないので産卵も無理でしょう。どうもうまくいきません。

我孫子も、新木のほうに行ったらキリギリスがいるのかもしれません。
柏の沼南町の杉野さんにも聞いてみましたが、すぎのファームの近隣には残念ながらいないようです。

それにしてもこの夏は、生きものに恵まれました。
ベランダのバッタも大きくなっています。カマキリの姿が見えないのがちょっと気がかりですが。

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2025/08/30

■節子への挽歌6490:小学校時代の同級生

節子
小学校時代の同級生の友子さんと升田さんは最近湯島によく来ます。
節子との交流はほとんどありませんでしたが、何回かはいずれとも会っているはずです。

ワタ者節子と結婚するときに、すべての過去を一度白紙にしようと考えて、友人との交流を一度白紙にしたことがあります。
あの頃はまだ、私も頭でっかちで、節子との新しい人生に過去を持ち込まないことに使用などと青臭いことを考えていたのです。
節子と一緒に人生を始めると決めたときに、それまでの日記をすべて廃棄し、友人の住所録も捨ててしまったのです。

もちろんそんなことができるはずもありません。
節子と一緒に暮らし始めたとき、会社の近くの狭い家を借りて、節子と暮らし始めました。いわゆる「同棲生活」です。よくまああんなことができたものです。
相したら、縁を切ったはずの大学の友人たちが訪ねてきました。あげくの果てには手に一人はほぼ一畳間の借家に宿泊までしたのです。

結局、結婚通知も出したので、過去を白紙にするという思いは一時の思い付きでしかすぎず、結局は過去を引きずっての新しい人生の始まりでした。
その後、別れたはずの初恋の人までが瀬田の借家にやってきました。
結局、彼女は私にも節子にも会わずに帰ったのです。

湯島のサロンを始めてからは、仲が良かった同級生もやってきましたが、男性の同窓生は次々と亡くなってしまい、今は数名しかいません。湯島にもめったに来ない。一方、女性たちは元気で今も湯島によく来る人が数名います。それが友子さんと升田さんなのです。

ふたりともいたって元気です。
他にも元気な人も数名います。
しかし今ではみんな寡婦です。
だからとても自由です。
友子さんに至っては、今年もう2回も海外に旅行してますが、来月またパリに行くそうです。
一方、男性はみんなどこか悪くしていて、元気がありません。
私はまだいい方だったのですが、最近はどうも身体面でいろいろ不都合が出てきています。
そろそろ最後の男性たちの同窓会を企画しないといけません。

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2025/08/29

■節子への挽歌6489:サワガニがちょっと元気になりました

節子
うれしいことに、ちょっとだけサワガニは元気になっていました。
昨夜は、石の隙間に入り込んで動かなくなっていたのですが、今朝は、水の中をゆっくりと歩いていました。
今日は刺激を与えずに放置しておこうと思います。
1週間、維持できれば、後は大丈夫だろうと思います。

ドジョウは相変わらず元気です。
こちらもどうしようか悩みどころです。
もう少し大きくして食べるのも一案ですが、私には無理でしょう。
近くの手賀沼に放すのも気が引けます。
どうしたものでしょうか。

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■節子への挽歌6488:思わず「草刈り」に行ってきました

節子
相変わらずの暑さが続いています。

今日は午後、自宅で本を読んでいましたが、こんな文章に出合いました。

年寄りの百姓と話していると、「百姓仕事で一番楽しかとは、草とりたい」と、こそっと教えてくれます。「年とってくると、よくわかると」と付け加えます。畑に行くのは、草とり仕事の相手である草が待っているからです。その草と会話しながら草とりに没頭することができるのが楽しみなのです。

まさに、私が草刈りが好きな理由です。
この本は、宇根豊さんの『農はいのちをつなぐ』(岩波ジュニア新書)です。
宇根さんの本は10年ほど前に何冊か読んでいるのですが、先週、杉野さんと話していて、「農本主義」のサロンができないかと言われたので、その準備のために関連書籍を読んでみようと思ったのです。
手始めに若い人向けに書かれた、この本を読んだのですが、最初から素直に頭と心に入ってきて、あっという間に読了できました。
書かれていることのほぼすべてに共感できます。
まるで自分で書いたような文章もいくつか出て来mす。

特に、そうだそうだと思ったのが、先の文章です。
そして、最近さぼっていた畑に草刈りに行きたくなってしまいました。
幸いに少し暑さがやわらいでいたので、20分ほど草刈りをしてきました。
まあ20分では焼け石に水ですが。

収穫は今年もまた諦めたのですが、未練もあります。
タネから育った地這キュウリは元気ですが、受粉できていないのか、実が成っていません。ようやく一つだけ実を見つけました。うまく育つといいのですが。

せめて毎日、水やりにだけでも来ればいいのですが、どうも最近は体力に自信がないのです。まあもう少し涼しくなるまでは自重しようと思っています。

野草が元気で、バッタがたくさん育っています。
草刈りは、実に楽しい。草だけと話せるわけではありません。宇野さんも言うように、さまざまな生き物や畑そのものとも話せせるのです。
電動草刈り機などは言語道断ですが、それも宇野さんの本に私の気持ちを代弁してくれるような文章がありました。

この本は購入して、湯島のCWSライブラリーに入れようと思います。
農本主義サロンも、実現したいです。

 

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■新倉さんの食養生サロン「秋の食養生」報告

「食のあり方を見直す」をテーマにした新倉さんの「食養生サロン」。今回は秋の食養生がテーマでしたが、暑さがまだしばらく続きそうなので、「夏の食養生」も話してもらいました。

今回はなぜか参加者は女性だけでしたが、初参加者がおひとり。薬剤師で管理栄養士、そして今は農にまで取り組みだしている人です。これからの絡み合いが楽しみです。
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季節ごとの食養生の話の前に、新倉さんはいつも、「ふるさと薬膳」にたどり着くまでの話と「ふるさと薬膳」を全国に広げていった経緯、それに「ふるさと薬膳」のポイントを話してくれます。いつも新しい気付きのあるお話です。

新倉さんの「ふるさと薬膳」への取り組みは、中国への留学から始まります。これに関しては、興味深いエピソードがいろいろとあるのですが、関心のある方は、ぜひいつかサロンにご参加ください。
帰国後、取り組んだ「ふるさと薬膳」全国展開活動も、さまざまな示唆が込められています。「女性の自立」を考える視点や「食とは何か」を考えるヒントがたくさん含まれています。残念なのはその活動が「バブル経済」のなかで、(私からみれば)うまくいきすぎて「経済活動」にとどまったのではないかということです。
私も30年ほど前に、ある地域の伝統食の復活の活動に関わったのですが、いずれも一過性のイベントで終わってしまいました。あの頃、新倉さんの「ふるさと薬膳」の構想に出合えていたら、と思うと残念です。

「ふるさと薬膳」は一言で言えば、「その土地でできたものを季節に合わせて食べること」を基本にしようという食生活の提案です。それこそが、健康につながる「食養生」だというのです。特別の食材を工夫しての「薬膳」とは違いますので、その気になれば誰でもできる「食養生」なのです。
そのあたりは、1回目のサロンの報告をお読みください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2023/11/post-c35e3b.html

今回は、新倉さんのお話というよりも、改めて感じたことを報告させてもらいます。
農と自然の研究所代表の百姓の宇根豊さんは、「農はいのちをつなぐ」(岩波ジュニア新書)で、こう書いています。

「食べもの」は、「食べるもの」と「生きもの」、2つの特徴をもっていると私は思っています。前者は、「食材」といってもいいかもしれません。(中略)もう一つの特徴は、「生きもの」としてある、ということです。

今回、新倉さんのお話を聞いていて、新倉さんは「生きもの」である「食べ物」を、感謝しながら食べなさい、と言っているような気がしました。
宇根さんは、こうも書いています

現代社会はいつのまにか前者(食材)の説明が幅を利かせるようになりました。それは食べものが市場経済に乗せられるようになったからです。人間にとっての有用性(栄養、価格など)から価値づけするようになったからです。
この結果として、食べものは「食材」に変化してきました。食べものが価格で決められたり、栄養成分で判断されたり、そうした基準で「選択」される時の呼び名が「食材」なのです。

最近の子どもたちは、魚の切り身や肉を見て、生きている生物とつなげられないという話もあります。
そもそもわたしたちが食べているものはすべてが「生きもの」です。にもかかわらず、いつのまにか食べものは生きものではなく、「食材」「モノ」だ思う気持ちが強くなってしまった、と宇根さんは書いています。

さらに、食べ物が「食材」に変化する中で、「旬」も失われてきた、と宇根さんは嘆きます。「旬」の食べものとの出会いは季節との出会いです。こうして季節感もなくなり、ただ暑い寒いが季節になってしまいました。
私たちは自然からどんどん切り離されている。

一時期、「地産地消」という言葉が盛んに使われました。
本来は、その地域でとれたもの(つまり、その地域で生きているもの)を食べようということですが、食材発想では発想が逆転し、「食べるものはその地域でつくろう」ということになってしまいます。それで今では北海道でもゴーヤが生産されることになるわけです。
生きものは自然に左右されますが、食材は自然とは切り離されます。冬でもトマトもキュウリもできる。
味もそうです。自然がつくりだす味ではなく、人間が好む味に変えられる。その結果、果実の甘さはどんどん高くなる。キュウリも苦いところがなくなりました。
そうしたことは、果たして「食生活は豊かになっている」と言えるのか?
「ふるさと薬膳」は、単に食に関しての話ではなく、私たちの生き方の話なのです。

最後に新倉さんは中国の陰陽五行学説に基づく「五行配当表」を紹介し、それを踏まえながら、夏と秋の食養生について話してくれました。
報告が長くなったので、それぞれ一言ずつの紹介にします。

まずこれからまだ続く暑さのなかの食養生は「夏は心臓、苦味」。
体内の熱を程よく排除して心臓への負担を軽減する寒性・涼性の食べ物を中心に、緑茶、苦瓜などに含まれる「苦味」を取り入れるのがいいそうです。
そして、「秋は肺呼吸器、辛味」。
空気が乾燥することから肺呼吸器に症状が現れやすいので、体内の「陽」を育て肺呼吸器を潤す里芋、大根、にんにくなどの旬の食材に「辛味」を加えて調理するのがいいそうです。
簡単な報告ですみません。

ところで今回の参加者は女性だけだったのですが、そのせいか、サロン終了後も何やらみんなで盛り上がっていました。そして、今度は「薬膳食事会」にしようかなどという話も出ていました。サロンでは「野草茶」の話も出ていました。
ちなみに、私は大好きな果実の季節なのですが、最近の果実は甘いのであまり食べるとよくないと脅かされて、この秋の果実は少し差し控えようと思います。

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2025/08/28

■節子への挽歌6487:ドジョウの住み家づくり

節子
サワガニには何とか夜を超しました。
サワガニの住み家とドジョウのために川砂を買ってきました。
キリギリスの世界だったケースを水場に変えました。

ドジョウは元気ですが、サワガニは元気がありません。
大きな水場空間に移したのですが、やはりあまり動いてはくれません。
石でつくった洞に隠れて、静かにしています。
冷水を流したりいろいろしていますが、元気を戻してくれません。
せっかくの住み家も1日で終わりかもしれません。

カニの餌や土壌の餌も買ってきましたが、なかなか食べてくれません。
ドジョウはどうしたものでしょうか。
にこには、沢蟹とキリギリスを頼んだのですが、まさかのドジョウ。
ちなみにドジョウではない小さな小魚はメダカと同居してもらうことにしました。

でもまあそれぞれの棲み処が整いちょっと安心です。

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2025/08/27

■節子への挽歌6486:にこのお土産はサワガニ

節子
にこたち家族が房総半島に家族旅行に行っていました。
私たちはァ娘たちがまだ小さかったころは御宿に、ちょっと大きくなってからは房総白浜に毎夏行っていました。

今日、帰ってきたのですが、にこがお土産を持ち帰ってきてくれました。
サワガニとドジョウと小さな川魚です。
にこ親子が、生きものをお土産に持ち帰るのは珍しい。
いつもならつかめても翌日には現地に放すのです。
旅の途中で、川でカニを見つけたという連絡があったので、よろしくお願いしますと伝えていたのと、キリギリスが死んでしまったのを知っているので、今回は例外的にサワガニを連れてきてくれたのかもしれません。

サワガニは一匹です。
他はみんな死んでいたと言います。暑さの影響でしょうか。
お土産のサワガニも、ちょっと元気がないばかりか、脚が何本かありません。

キリギリスには出合えなかったそうで、その代わりがドジョウと小魚です。こちらはいずれも元気です。

さてどうやって育てたものでしょうか。
ドジョウはメダカと一緒に育てるとして、サワガニはどうすればいいか。
理想は庭やベランダでの放し飼いなのですが、それはできません。
明日、サワガニの住み家づくりをしようと思います。
明日まで元気だといいのですが。

 

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■湯島サロン「なんで戦争が起こるのだろう」報告

「平和」と「戦争」はいくら話し合っても、どんどん深みに入るだけのような気もします。つまり、話し合うと次々と新しい視点が出てくる。「平和」と「戦争」に関する考えも、人によって全く違うことにも気づきます。

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この8月、私は例年以上に、戦争に関して考える時間が多かったためか、これまでの捉え方がいかにも杓子定規だったことに気づかされました。
それで今回は冒頭、いささかの暴論を述べてしまいました。
「戦争」も必ずしも悪いことではないのではないか、と。
参加された方は、たぶんあきれて帰りたくなったかもしれません。
でも私はそれなりに考えての私見だったのです。

今日も昨日のような一日であってほしいと祈る人と明日は今日とは違うような日になってほしいという人のいずれが「平和」を期待し、「戦争」を望んでいるでしょうか。
いまの社会を楽しく生きている人は現状維持を望み、虐げられた人は現状打破を求める。現状維持が平和であり、現状打破が戦争だと捉えると、戦争には積極的価値があるのではないか。いちがいに戦争は悪と決めつけていいのか。
とまあ、今回のサロンはこういう私の暴言から始まりました。

参加者からは、すぐに反論や疑義が続出しました。
それは「戦争」の定義にもよる。現状打破は戦争によらなくてもできるし、むしろイメージとしては革命というべきではないかとも指摘されました。
戦争は「国力増強」「正義」「生活」を理由に起こるという指摘もありましたが、「生活のための戦争」があるとしたら、頭から戦争を否定するわけにもいかないような気がします。「戦争=悪」と考えてしまうと見えなくなるものがあるのではないか。
またこれに関しては、前回のブックカフェサロンでも話題になったヨハン・ガルトゥングの構造的暴力や積極的平和論。さらには、ガンジーの非暴力主義も話題になりました。
ウクライナやガザの話も、少し出ました。

もう一つの私からの問いかけは、「戦争」とは誰と誰の間で起こるのかという話です。
この問いは、国家と国家の間で起こることでは異論はなかったのですが、その「国家」に国民が入るのかどうかはいろいろな考え方があります。
国家が国民国家となり、戦争が総力戦になったのは、ここ200~300年ほどの話です。
それ以前は、政府というか権力者たちの戦いを、被支配者たちはむしろ利用して、有利な方に味方したり、支配者同士の戦いから利得を得るように働いたのです。
国民国家として国民が国家というシステムにからめとられていく動きに対して、1968年前後に欧米やわずかに日本でも、若者が動き出しました。いわゆる「68年革命」あるいは「緑色革命」です。私もその影響を強く受け、生き方がかなり変わった気がします。
でも結局は、そうした動きも、すべては「システム」の前に抑えられてしまいました。
もしかしたら、いまそれがおかしな形でまた動き出しているのかもしれません。

こうした議論とともに、私はいささか矛盾した問いかけもしました。
仮に戦争にも意味があるとしても、また戦争は政府間の争いであっても、私自身は戦争には巻き込まれたくないので、戦争は起こってほしくない。そのために私が(個人が)できることは何だろうという問いかけです。
これに関しては、具体的な回答が数名の人から出されました。
一言で言えば、まずは自らの行動を変えることだという人が多かったです。「内面的な自己への問いかけ」から「隣人へのあいさつ」といった、まさに身近な行動です。他者と対応するとき、まずは一呼吸(あるいは1日)置いてから対応するという意見もありました。私は、それができずに、即対応して他者を不快にさせることが多いのですが、それが「戦争」にまでつながっているという「想像力」が大切なのでしょう。

まあそんなこんなで、私の「非常識」な問題提起でみんな頭が混乱してしまったかもしれませんが、話し合いはいろいろと多岐にわたり、私にとっては意図通りのサロンになりました。参加者の方には、きっと不満が残ったでしょうが、時には混乱体験も大切です。そして、「常識」から離れて考えることも大事なような気がします。

「戦争を語り継ぐ行為にはどういう意味があるのか」、という話題もありました。
戦争が終わってから今年で80年、戦争体験者は少なくなり、語り部活動の継承が課題になっています。これもいささか非常識に聞こえるでしょうが、私は、この語り部活動に何の意味があるかと問いかけさせてもらいました。
広島、長崎の出身者の方もいて、しかもそうした語り部活動にもかかわっている人もいるなかでの「暴言」でしたが、いい方向での話し合いができたような気がします。
私の思いは、「語り部活動」はもちろん大切ですが、それがやや「目的化」しているのではないかという問題提起でした。
時々、サロンでも話題にしていますが、「知ったものの責任」が動き出せる仕組みがない。80年伝えてきたのに、いまだなお、日本政府は核兵器禁止条約にさえ署名していませんし、最近では核保有支持者が増えているのです。何かが間違っているような気がしてなりません。「語り伝える」だけではだめなのです。

参加者からも示唆に富む発言があたくさんありました。
たとえば、父権を頂点にしたピラミッド構造の家族を基本にしていている社会構造にこそ大きな問題があるのではないかという意見もありました。これはいつかまた別のサロンで話し合いたいテーマです。
他にもいろいろと示唆に富む話がありました。参加者の方、フォローしてもらえるとうれしいです。

8月に限らず、こういう話し合いの場をもっと持ち続けたいです。
これからも続けていこうと思います。
一人でも話し合いたいという人がいたら企画しますので、ご連絡ください。

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2025/08/26

■第4回ブックカフェサロン「読書会の呼びかけ」のご案内

「CWSライブラリー」開設を契機に始まったブックカフェサロンの4回目は、9月7日に開催します。
前回の報告でも書きましたが、今回は、「読書会の呼びかけ」をテーマにします。

湯島サロンでは、これまでもいろいろな人から「読書会」の要望がありました。
実際に連続開催したこともありますが、読書会サロンはなかなか継続が難しい。
そこで、サロンというよりも、むしろ最初からコアメンバーを決めての「読書会」にしたほうがいいと思っていました。

そこで、今回のブックカフェサロンでは、こんな本の読書会をしたいので仲間を集めたいというような人から、呼びかけをしてもらうサロンにしました。
この本を読みたいけれど、一人で読むのは大変だとか、この本をいろいろな人と一緒に読むことで理解を深めたいとか、この本を多くの人に読んでほしいので読書会をしたいとか、目的や意図は問いません。
またこんなテーマの読書勉強会をやりたいということも歓迎です。
ジャンルも、ノンフィクションや学術書、小説、漫画など、特にこだわりません。
先にサロンでお話ししてもらった「週刊金曜日」の読者会のような、雑誌を読み合う会でもいいです。
ともかくもっと書籍に触れる機会を増やしたいと思います。

すでに仲谷さんがハラりの「NEXUS」の読書会をやりたいと言っています。
もしほかにもこんな読書会をやりたいという方がいたらぜひ提案しに来てください。
お一人、原則として20分の提案時間を割り振らせてもらいます。

この日は、サロンは2時からですが、会場は12時からオープンしています。
もしお時間が許せば、早目に来て、CWSライブラリーの本を読んでもらえるとうれしいです。もちろん自分の本を持ち込んでの読書も歓迎です。
それぞれランチを持ち込んでの、本を話題にする「ブックランチ」なんていうのも面白そうです。私は12時には行っていますので、「ブックランチ」ご希望の方は、12時ころにランチ持参(隣の「サミット」でお弁当も売っています)で来てください。

〇日時:2025年9月7日(日曜日)午後2時~午後4時
〇サロンテーマ:「読書会の呼びかけ」
〇話題提供者:佐藤修(CWSコモンズ村村長)
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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■湯島サロン「道があると歩きたくなるのはなぜだろう」報告

巡礼路でもない道を、「歩きつづける人」がいます。「なぜ歩きつづけるのだろう」と気になりながら、私にはできないでいました。
ですから、沢田さんが毎年、東海道を歩いていると知って、つい軽い気分で、「歩きたくなるのはなぜ?」と訊いてしまいました。誠実な沢田さんは、私にもわかるようにと、その問いへの答えをいろいろ探してくれました。

沢田さんが東海道を歩き出したのは、どうも人生の転機にあって、時間から解放された時のようです。それまでにも100キロウォーキングなどは体験していたのですが、東海道歩きは時間の空白(自由な時間の発生)が生み出したことのようです。しかし、時間からの解放は思うようにならず、実際に歩けた時期と歩こうと思った時期には1年ほどのずれができたようです。
私は、その経緯にとても興味を持ちました。「歩くこと」を止めているのは、最近の社会環境かもしれない、人はそもそも「歩く存在」なのではないか、と思ったのです。とすれば、問いは、「人はなぜ歩けないのか」なのかもしれません。
サロンの後、そんなことをいろいろと考えていたら報告が書けずに、遅くなってしまいました。

沢田さんは今回、4つの話を用意してきてくれました。
まず、「道があると歩きたくなるのはなぜだろう」かをパワーポイントにまとめるようにAIに問いかけた結果を紹介してくれました。いまやAIはそんなことまでできるようになっているのに驚きました。
ただ正直、AIがつくった20枚ほどのパワーポイントは私の心には全く響きませんでした。でもたぶんこれを使えば、だれもが講演できそうです。

つづいて沢田さんは、「長く歩いた人」が発表している書籍などの紹介をしてくれました。そこに、なぜ人は歩くのかのヒントがあるからでしょう。
「ウルトラライトハイキング」「ロング・マルシェ」「シルクロード 路上の800日」などの紹介の後、「歩くという哲学」「ウォークス 歩くことの精神史」「ウォールデン 森の生活」などで語られている「歩く意味」を紹介してくれました。
長く歩く人の体験からはたくさんの示唆は得られるものの、沢田さんにとってはどうも満足する答えはなかったようです。私にも、ですが。

そのためか、沢田さんはそこからなぜか、「自分を振り返る話」に移り、両親の話から子ども時代、会社員時代、そして定年後に起業したことなどの話を始めました。沢田さんにとって、歩くことを語ることは、人生を語ることなのでしょう。
実際に沢田さんが「歩き出す」のは39歳の時に、社内イベントの100キロウォーキングに参加した時です。初めての「長歩き」でしたが、25時間かかって完歩したそうです。それに参加したのは、「自分を変えたい・変わりたい」という気分からだったそうです。私が沢田さんに出会ったのは、その少し前。沢田さんがまだ歩き出す前です。

100キロウォーキング完歩を契機に、沢田さんはいろいろな歩きを始めます。
同じ年には富士山登山にも挑戦、以来何回か登っています。
しかし、100キロウォーキングも富士山登山も、沢田さんには「なぜ歩きたくなるのか」の答えにはつながらないと言います。
100キロウォーキングの時は、「歩きたい」というよりも、「歩かなければ」という感じだったし、富士山登山のような登山とウォーキングは違うというのです。

東海道歩きを決めたのは、沢田さんが会社を辞めて、個人で起業するまでの1か月の空白期間です。それまでとは違い、「ゆっくりと歩きたい」と思ったそうです。九州南部から北海道北端までの2700キロをゆっくりと歩くことも考えたそうです。
しかし、実際には起業の関係で、結局、その時は歩けず、実際に歩いたのは翌年。それも、GWを含み18日間が限度、しかも歩行途中もWeb会議と電話会議しながらで、「ゆっくり歩くことを楽しみたい」どころではなかったそうです。
でも、その時も歩き切った。たぶんそこで沢田さんの「歩く姿勢」は大きく変わったのではないかと思います。「歩くこと」が、手段ではなく目的になったのです。

とりあえず完歩した東海道。沢田さんは、厳密に「旧東海道(江戸時代軍道)」を辿りたくなって、以来、毎年、正確な地図づくりにも心掛けながら歩きつづけること」になったのです。
そして、歩く過程で、普段では出合えない出会いを重ねていく。街道を歩く人、バイクで東海道を走る人、トレイルランナー、野宿の若者、レストランや居酒屋で出会う人、もちろん歩く先々での住民たち…。いつもの日常とは違う出合い、そうした一期一会を重ねていくうちに、それが歩く意味を育てていったのでしょう。ともかく、歩くことが楽しくなってくる。生きるための「手段」だった「歩くこと」の意味が変わったと言ってもいいかもしれません。

そうなると、歩く楽しみだけではなく、歩き方も楽しみたくなってくる。
今年の春は、自動車を使って、東海道53次の気になるところ16か所でテント泊をして、その周辺を歩くというスタイルで東海道を走破。キャンプ地に近い低山登山や誰もいない野営地での孤独なテント生活で、自然との一体感を強く感じるとともに、歩かずに一人で過ごす時間の楽しみにも出合えた。「泊る」「食べる(自炊)」も包み込んだ「まる一日を歩く」という生活です。

こういう話の最後に、沢田さんは、改めて、「歩きたくなるのはなぜだろう、これからどうする」と自問し、最も近い答えはこの中にありそうだと次のように話してくれました。
歩くことで、自然との一体感や魂と身体の一体感を会得したい。坐禅は「調身、調息、調心」の静であるが,歩きながらそれができるようになりたい。
そのためには、古道や旧街道、時には低山の山道を歩きたい。

沢田さんはこうも話してくれました。
健康、出会い、ビジネス(取材、著作)、冒険、記録樹立、自分を変えたい、という明確な目的から歩き始める場合も多いと思う。これは、新たな習慣を作る、未知のことに踏み込むということであり、程度の差はあれ、新たなる目標に向かっての挑戦であるので、「歩きたくなる」というより、「歩かねば」ということだと思う。
でも今は、歩かねばではなく、歩きたい自分がいる。
いまは、「歩き」に関する本を午前と寝る前に読み、日中、ほぼ毎日、自宅からの徒歩圏内で、10~20キロ歩きながら「自問」する生活をしている。と同時に、自分の歩きを発信したい気持ちにもなってきた、と言うのです。
まさに「歩き三昧」です。もちろん仕事も並行してやっている。

そして参加者に、「非日常の世界を感じるまで体力に応じて、長く(時間、距離)を歩いてみませんか?」と呼びかけました。
沢田さんは最近、自分が住んでいるところでの「長い散歩道」探しに取り組んでいますが、そうしたことはだれでもできるはずだというのです。
ちなみにそういう沢田さんの散歩コースに関して、沢田さんは自分のフェイスブックで公開していますので、ぜひご覧ください、
https://www.facebook.com/ryusaku.sawada

長くなってしまいました。
話を聞いて、気楽に問いかけた私の問いの深さに気づきました。
「歩くこと」を考えることは、まさに生き方を考えることなのかもしれません。

沢田さんが紹介してくれたレベッカ・ソルニットの『ウォークス 歩くことの精神史』に「歩行は所有のアンチテーゼである」という指摘があります。また「歩くことが公共空間の公共性と持続性を支えているのだ」とも言っています。
ここにもしかしたら「歩くこと」の本質があるのではないかという気がします。
いささか大仰に言えば、行き詰まりつつある現代社会をブレイクスルーするヒントが「歩くこと」のなかにあるのかもしれません。
普段、あまり考えたことがないのですが、「歩くこと」から気づかされることはとても多いのです。実際に長く歩けば、もっといろんなことに気づけそうです。

参加者のなかにはサンティアゴ巡礼や四国遍路巡礼の体験者が5人もいました。
巡礼と「長い歩き」では違うという話もありましたが、「歩くこと」を中心にした一日という点では共通しています。
話し合いもいろいろと示唆に富む話でしたが、そういう話を聞いていて、私も改めて歩きたくなりました。
でも最近の体力から言って、一人で歩くのには不安がある。どなたか、たとえば山手線一周歩きを企画してくれませんか。できれば3日くらいに分けて。

書きたいことが山のようにあるのですが、あまりに長くなりすぎたので、このくらいで。でも、歩くことを問うサロンをこれからも続けたくなりました。
「歩くサロン」もぜひ実現したいです。
やってくれる人がいたらぜひご連絡ください。

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2025/08/25

■節子への挽歌6484:新しい「生きる意味」が見つかりました

節子
今週は土曜まで特に大きな予定はなく、ゆっくりと過ごす予定でした。
ですから、今日も朝からのんびりと録画していたテレビドラマを見てしまいました。
総合診療医を主役にした「19番目のカルテ」です。
https://www.tbs.co.jp/19karte_tbs/

医療関係のドラマは、私には好き嫌いが極端に分かれます。
このドラマは、好きなタイプです。
でも筋書きはいつもかなり退屈で、リアリティを感じなくて、ただ見ているだけだったのですが、今回はついつい涙してしまいました。
テーマは「終末医療」の話です。

私は幸いなことに両親も妻も、家族みんなで見送りました。
だから見送られた人の様子を、3回体験しています。
3人とも最後まで、集まったみんなの声を聴きながら逝ったと確信しています。
ドラマを見ながら、その3回のことを思い出していたのですが、そこでハッと気づきました。
私の生きる意味は、孫に私の最後を体験させることなのだと気づいたのです。

私の生きる意味は、妻でした。
生前から親しい人には話していましたが(妻も知っていました。ちなみに妻の生きる意味は私ではありませんでした。なぜならもしそうなら私より先に逝くはずはないからです)、そのため妻が逝った後は、生きる意味を失い、ある意味では生きていませんでした。
生きる装いはしていましたが、惰性で生きていたと言ってもいいでしょう。
だから死に対する不安もなく、だから逆に死の意味もありませんでした。

私がしっかりと生き直そうと思いだしたのは、2~3年前からです。
でも「生きる意味」は見つかりませんでした。
あえて言えば、現世でもう少しやりたいことに出合ったことかもしれません。しかしそれらは、生きる意味とまでは言えません。

その「生きる意味」に気づいたのです。
孫のにこに、私の死を体験させせることが私の生きる意味だと。
ですから、いい死に方をしけなければいけません。事故や病院での死は避けないといけません。ということは、「いい生き方」をしなければいけないということです。

テレビドラマから気づかされることは少なくありません。
今週は無為に過ごそうと思っていたのですが、少し生き方を正すために身辺整理をしようと思い出しました。
こんな思いになるのは本当に久しぶりです。

孫に感謝しなければいけません。

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2025/08/24

■節子への挽歌6483:施餓鬼

節子
今日はお施餓鬼でした。
うっかりして、今日は湯島のサロンを入れてしまったので、私はお施餓鬼には行けなくなり、ユカにお願いしました。お施餓鬼は、兄も毎年行くので、事委は兄と娘に頼んだのです。

お施餓鬼が終わると節子の命日が来ます。
毎年、命日までには、この挽歌の番号を節子が逝ってしまったからの日数に合わせる努力をするのですが、今年は今も100ほどずれているので、修正はあきらめています。
まあ年内には追い付きたいと思いますが、追い付くことが目的になるとそれこそ内容のない記事が増えてしまいます。
まあそうでなくてもあまり内容のない記事が多くなってしまっていますが。

お施餓鬼は無事終わったそうです。
節子の命日前に一度お墓参りに行こうと思います。
ただ歩いていくのはちょっと無理ですし、自転車も自動車ももう自分ではやめていますので、行くとしたらユカにお願いしないといけません。

今日のサロンの前に、新倉さんと会食しました。
新倉さんが手作りのランチを用意してきてくれたのですが、そこで話していて、新倉さんのお孫さんの納骨の話題が出ました。
お孫さんはもうかなり前に事故で亡くなられたのですが、まだ納骨できずにいるというのです。母親が遺骨をお墓に入れたくなく、自分の手元に置いておきたいと言っているためです。
その気持ちがよくわかります。

わが家でも娘は家族の一員だったチャッピーの遺骨を納骨せずに自分の部屋に置いています。私も、節子の遺骨の一部を仏壇の位牌のそばに置いています。

施餓鬼とは関係ない話になってしまいましたが、お墓をどうするかは難しい問題です。
私が速くお墓に入ってしまえば、話は解決しますが、それは私たち夫婦の話であって、娘たちには解決ではなく、さらにややこしい話になりかねません。

おかしな話になってしまいました。
今日も思考力がまだ戻ってきていません。

 

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2025/08/23

■節子への挽歌6482:老後生活がなかったのが残念でなりません

節子
今月3回目の「戦争と平和」をテーマにしたサロンでした。
私が話したりなかった気分があったので、3回目も企画したのですが、参加者はあまりいないと思っていました。
ところが、暑さにもかかわらず、10人を超す人が集まりました。
それも思ってもいなかった人たちも。

サロンの報告は時評編で別途しますが、あまり参加者はいないと思っていたので、この1週間考えていた暴論を少し話そうと思っていました。
「戦争にも価値があるのではないか」という問いかけです。
迷ったのですが、結局、冒頭にこの話をしてしまいました。
みんなどう思ったでしょうか。
混乱した人も多かったでしょう。

私は、節子の闘病時代、いつも朝起きたときに、今日も昨日と同じ一日になりますように、と祈っていました。
しかし状況が悪化し、さらに節子を見送った意識がどん底に落ち込んだ時には、地球がなくなるほどの事件が起きてほしいと思ったりしていました。
明日に希望を全く持てない人は平和を望み、しかしその状態が耐えきれないほどの状況になると戦争を望む。
そんなことを考えると、虐げられたものにとっては、戦争とは状況を変えるための平和活動ではないかと思ったわけです。
この思いが参加者に伝わったかどうかはわかりませんが。

サロン参加者からは、終了後、あまりいいコメントはもらえませんでした。
なにしろ「戦争に価値がある」などと言ってしまったのですから。
そして、戦争と平和は同じものとさえ言ってしまった。

思いを伝えるのは、あるいは言語化するのは難しいです。そういえば、私と節子も、言語面では時々齟齬をきたしていました。
それを知って節子は、ときどき私の発言をスルーしていました。
言葉で理解するのではなく、私の思いを直接に受け止めるすべを身につけかけていたのです。当時、私はそれを半分知りながらも、言語を発していました。

言語の不要な関係。そういう関係をつくるのは難しいです。
結局、私たちもそれを完成するところまではいきませんでした。
私たちの老後生活がなかったのが、残念でなりません。

 

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2025/08/22

■第41回万葉集サロン「千鳥は鳴いたのか?」報告

今回の万葉集サロンのタイトルは「千鳥は鳴いたのか?」。
ちょっとミステリスなタイトルです。
8月17日の、酷暑の日でしたが、10人の参加がありました。

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万葉集には千鳥を歌った歌が30首近くあります。
最初に出てくるのが、有名な柿本人麻呂の
「近江の海 夕波千鳥汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ」(巻3-266)
です。升田さんは、この歌には、古代の歌のあらゆる姿があるといい、今回はこの歌をていねいに読み解いてくれました。

「夕波千鳥」は人麻呂の造語としても有名ですが、「夕」「波」「千」「鳥」、それぞれに関して、そこに含意される世界を升田さんは説明してくれました。
「夕」は、昼(人間の世界)と夜(神の世界・霊魂の世界)の境目、つまり、この世とあの世の境目を彷彿とさせる時間帯。そこに、「波」が動きを与えます。波が立つ「なぎさ」はまた、神々が誕生する場所、神々と出会う場所でもあります。
そこにさらに「千鳥」が飛び交っている。「千」は「霊」につながる「ち」でもあり、たくさんという意味もあります。そして「鳥」は、異界との往来をする、霊魂を運ぶもの。

4つの文字それぞれに込められた世界を知ると、これまでなんとなくイメージしていた現実的な風景(私は琵琶湖の夕景がとても好きです)が一挙に深まり、時空間を超えた「神」の世界を感じました。そして、神によって生み出された「人」も。
時空を超えた風景にもかかわらず、きらきらするような動きに包まれている。
ただの夕方の風景ではないのです。私には鳥さえも見えなくなりました。

そこで、「汝」が鳴くわけです。そしてそれに呼応して「わ」が覚醒し、生命が躍動してくる。「しのに」は、ふつうは「しみじみに」などと受け取られていると思いますが、升田さんはむしろそこに「勢い」を感じているようです。そこに自分を超えた主客一体として融合した、大きな「モノ」の世界を感ずるというのです。小さな主体性(「わ」の意志)を超えて、心が時空間を超えた世界(「いにしえ」)に引き寄せられる。覚醒した「わ」が、まさに世界のなかに躍動している。

ここで突然に浮かぶあがってくる「いにしえ」は、「去にし方」とも書き、過ぎ去ったことを指すと升田さんは解説してくれました。私は今、勝手に「時空間を超えた世界」と書きましたが、升田さんは、むしろそう遠くない世界を見ています。具体的には、壬申の乱とその結果の近江朝の滅亡である可能性が高いと言うのです。

この歌は、前にこのサロンでも読んだ「近江荒都歌」と同じころに詠まれたと言われていますので、そう捉えるのが一般的なのかもしれません。それにそもそも私たちは、「いにしえ」を「遠い古」とイメージしますが、「いにしえ」は「去にし方」、過ぎたことはすべて「いにしえ」なのですから。

でもそれではどうもすっきりしない。それではせっかく出現した「夕波千鳥」がただのさびしい夕景になってしまい、退屈な展開になりかねない。
ここでの「いにしえ」は、時空を超えた神の時代と受け止めたい。すくなくとも「いまの時代」とはつながらない「古い時代」です。ところが升田さんは、もっと古い時代ということになるとその必定性を述べにくく焦点がボケるように思うという。

柿本人麻呂は、持統天皇に重用された宮廷歌人です。この歌も、持統天皇と旅していた時に作られた歌かもしれません。近江京を滅ぼしたのは天武と持統です。そういうことを考えれば、「いにしえ」を近江京の滅亡と捉えるのはどうも違和感がある。
しかし、升田さんは、天智天皇は持統天皇の父親でもあるし、といいます。たしかに持統天皇にはさまざまな側面があります。歴史の流れを見れば、持統天皇は結局は天武を裏切り、父親の天智の血筋を回復させたともいえます。
このあたりの歴史は、語りだすときりがない。朝鮮半島の歴史(百済と新羅の抗争)ともつながってきます。いや、日本という国の起源にもつながっていく。
深追いはやめましょう。

ちなみに、「近江荒都」ですが、これに関しても、近江京は天智の大津京とは別に、神々の時代の古(いにしえ)にもあったという論もあります。景行天皇の高穴穂宮です。柿本人麻呂の「近江荒都歌」も、天智の近江大津京ではなく、古の高穴穂宮を歌っているという人もいます。私もそう思っています。

ちょっと横道に入ってしまいましたが、本題に戻します。
ともかく、「汝」の声で、「わ」が覚醒した。
升田万葉集サロンの大きなテーマの「な」と「わ」の話です。

升田さんは、こう解説してくれました。
歌の中心に位置する「汝が鳴けば」の詞は、「近江の海 夕波千鳥」から歌い起こされた生者と死者の霊の出会う場、神と人との領域に渾沌と拡がる「モノ世界〈た〉」の中で最終句に繋ぐ、重い意味を担っている。
「汝が鳴けば」によって幽界「た」から、「な」と対峙する形で立ち顕われてくる「わ」。それは「汝が鳴けば」から誘発されるもので、人麿の(聞く者、読む者の)意識を明確に呼び覚ます。

まあ近江京がどこでも、「いにしえ」がいつでも、そんなことはどうでもいい。大切なのは、「な」によって覚醒された「わ」の物語が始まりだすことです。

しかし、ますますすっきりしません。
せっかく覚醒した「わ」の意識が「いにしえ」に向かってしまっては、物語は前に進みません。覚醒した意識(「わ」)は、やはり前を向いてほしい。「いにしえ」にこだわっていては、「た」からも飛躍できないのではないか。
「いにしえ」を思ったことで、前に動き出せるのか。
でもまあそれは私の私見であって、意識とはそんな単細胞なものではないのかもしれません。そんな単細胞なら、相変わらず物語は生まれてこない。
「いにしえ」を思えばこそ、「わ」が浮かび上がってくる、のかもしれません。これはまた長い説明が必要かもしれませんが、次回以降、徐々に見えてくるのでしょう。

報告がまた長くなってきました。
もう読んでもらえる限界ですよね。
そこで一挙に話を飛ばして、今回のタイトルにある「千鳥は鳴いたのか?」という問いへの答えです。
升田さんは今回、「千鳥」を詠んだ歌をいくつか紹介してくれました。
この歌の後、万葉集には「千鳥鳴く 佐保川」(佐保川の枕言葉化)や、「千鳥鳴くー打橋渡す 汝が来と思へば」(528)、「千鳥は来れど 君そ来まさぬ」(3872)、「千鳥鳴くらし 居む所なみ」(4288)などのように身近な鳥として妻を呼ぶ歌などが出てきます。しかし、升田さんは、人麿や山部赤人が聞いた霊性に響く声はなく、千鳥は「鳴いた」のではなく「鳴いていた(鳴かされた)」と言うのです。

そこに出てくる「千鳥」と、「夕波千鳥」とは、私には全く違うものに思われます。
それはともかく、千鳥もまた、神の世界から離れてしまった。つまり、古代の自然観から人の世界へと変わっていくのです。
時空を超えて響いてくる、生きとし生きるものへの「寂寥」が歌の世界を形成していた柿本人麻呂の世界とは全く違うのです。
「歌聖」と呼ばれたという柿本人麻呂は、やはり特別の存在だった。

ところで今回、柿本人麻呂歌集の話が少し出ました。
これもとても興味深い話です。
これまでも時々話題になりましたが、『万葉集』の原資料には「(歌人名)歌集』の書名を持つものがいくつかあります。なかでも歌の数が多いのが「人麻呂歌集」です。しかも「人麻呂歌集」に人麻呂以外の作の歌も含まれているのです。そして「人麻呂歌集」の文字表記は助詞などの助辞が全く表記されないものがあると言うのです。

この時代は、日本語(話し言葉も文字言葉も)が成立する過程にある時代です。
私は当時、日本列島にはいくつかの言語圏があり、それが次第に一つになっていったと思うのですが、そうしたいくつかの違った言語圏の歌が、『万葉集」には混在しているような気がします。そこから当時の状況が垣間見えますし、『万葉集」は標準化のためのテキストにもなったのかもしれません。
『万葉集」の歌から、その変化の過程を読み取れるかもしれません。

升田さんの万葉集サロンが、また人麻呂に戻ってきた。
人麻呂の歌は、やはりどこか違いますね。
ぜひこの歌は声に出して読んでみてください。
「近江の海 夕波千鳥汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ」
自分が見えてくるような気がしませんか。

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■節子への挽歌6481:すぎの梨園の幸水

節子
ちょっと遅くなりましたが、節子の好きな梨の幸水を買いに、久しぶりに沼南町のすぎの梨園を訪問しました。
ここは節子のおかげで交流が始まったところですので、来るたびにいつも節子を思い出します。

すぎの梨園は家族経営で、今は息子家族に経営は引き継がれています。
杉野さんは、この地域の農業のリーダーのお一人でもあり、いろいろな社会活動もしています。
いつもお伺いするたびに、オフィスに促されて、いろいろと話をさせてもらいますが、今回も多分待っていてくれたようです。

とても魅力的な話をお聞きしました。
空き家と作業所を借りて、不耕作地を使って、「楽しい農業」をやるコミュニティができないかという話です。
たまたま最近、近くの大きな家が空き家になったそうで、そこには作業場もある。
不耕作地はたくさんあって、その活用の相談も受けているので、もしその空き家が借りられれば面白いプロジェクトが起こせるのではないかと言うのです。
残念ながら、その空き家の所有者は空き家の利用を認めてはいないそうなのですが。

空き家と作業場と不耕作地。
生活基盤と仕事基盤。
それが用意できれば、いろんなことができるのではないか。
小さなコミュニティも実現できます。
そこでサロンもできるかもしれません。
あるいは外国人のためのコミュニティもできるかもしれんせん。
なんだかワクワクします。

いまの時代、その気になれば「起業の芽」はいくらでもある。
しかし、と杉野さんは言います。
経済のパラダイムを変えないといけない。
いまこそ「農本主義」を学びたい。
そこで湯島で「農本主義」をテーマにしたサロンをやってほしいというのです。

私ももう40年ほど前に、農本主義に魅力を感じたことがあります。
でも残念ながらきちんと学んだことはありません。
最近も何冊か、それらしき本も読んでいますが、しっかりと意識したことはありませんでした。
しかし、杉野さんから改めつぃてきされたので少し考えようと思います。

杉野さんから時々お話を聞くのですが、やはり日本の農はかなり危ういです。
でも新しい取り組みによって反転させることは十分可能な気がします。

ところで、節子はともかく杉野さんちの「幸水」が大好きでした。
今回も、幸水を買いに行ったのですが、帰り際に、杉野さんの後を継いで梨づくりに取り組んでいる息子の耕資さんから、これもお薦めと、凛夏・里水・秋麗・なるみという4つの品種をもらいました。
秋麗は食べたことはありますが、残りの3つは初めてです。
特に凛夏がお薦めだそうです。
節子にはやはり幸水を供えさせてもらいました。

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2025/08/21

■節子への挽歌6480:キリギリスの死

節子
元気だったキリギリスが突然に死んでしまいました
今朝は、キリギリスの鳴き声が聞こえません。

あんなに元気だったキリギリスが死んでしまった。
餌も水も、そして霧吹きもしていたのですが、どこかに問題があったのでしょう。
キリギリスの寿命は2か月と言われていますが、私の不手際で早く死なせてしまいました。実はそろそろ自然に戻そうと思っていた矢先だったのです。

キリギリスの鳴き声がしない朝は、実に寂しい。
今日は暑いだけではなく、寂しい一日になりそうです。
気のせいか、キリギリスだけではなく、セミの声もしない。
手賀沼の湖面も鏡面のように穏やかです。
日が昇りだしました。

でもこの2週間ほど、キリギリスのおかげで、とてもいいお盆をすごせました。
感謝しています。

 

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2025/08/19

■節子への挽歌6478:戦争はウクライナだけで起こっているわけではありません

節子

久しぶりに朝、畑に行きました。
ミニトマトがもう熟しすぎて収穫はあまりできませんでした。
ミョウガはやっと収穫の方法がわかりましたが、管理が悪くてやはりうまく取れませんでしたが、いくつかは食べられそうです。
元気なモロヘイヤも少し摘まんできました。

失敗したスイカは今頃になってたくさんの花を咲かせています。
地這きゅうりも元気で、花が咲いていますが、受粉してくれる蝶が見当たりません。

体力にあまり自信がなく、今日は土掘りも野草狩りもしませんでした。
しばらくバッタと遊んでいました。
気のせいか、大きなバッタがほとんどいません。みんな子どもバッタです。

やはり何かがおかしい気がします。

今日も暑くなりそうです。
耕しも野草狩りもしなかったのに、汗が滝のように流れます。

今日は平安の一日でありますように。
最近不穏な話が多すぎます。
戦争はウクライナだけで起こっているわけではありません。

 

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2025/08/18

■節子への挽歌6477:完全に暑さに負けた夏

節子
畑に行かないといけないのですが、畑に行く自信がありません。
足腰の痛さもさることながら、どうも身体がしゃっきとしていない。
息が切れて、ともかくつかれる。
また夜、あまり眠れないのも関係しているかもしれませんが、ともかくあまり調子がよくない。
困ったものです。

今日も1日、在宅で読書していました。
先日、読みだした安藤礼二さんの「空海」は序章で止まっています。
ちょっと今回は無理そうです。
代わりに今日は、これも図書館から借りてきた「ウォークス 歩くことの精神史」を読み出しました。これも500頁の厚い本です。

キリギリスは相変わらず元気で鳴いています。
気になる問題がいくつかって、どうも落ち着きません。
かといって、それをきちんと整理する気力が出てこない。
完全に暑さに負けた夏になっています。
元気なキリギリスに見習わなければいけません。

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2025/08/17

■節子への挽歌6476:「近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしえ思ほゆ」

節子
送り火の日の昨日は、思ってもいなかったことが続いて起こってしまい、いささか汗をかいたり心の平静を乱されたりの1日に終わりました。
その疲れが残ってしまい、湯島に行くのがやっとでした。

湯島では、万葉集サロン。
柿本人麻呂の有名な「近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしえ思ほゆ」の歌が今回のテーマでした。
心身の疲れから、ぼーっと話を聞いていたのですが、話の関係で、琵琶湖の地図が示されました。そして、瀬田の話や余呉湖の話になりました。

琵琶湖は自転車で一周したこともありますし、瀬田の唐橋は毎日、渡って会社に通ったこともある。余呉湖も一周しましたが、この界隈には節子との思い出が山のようになる。
そもそも東岸の「観音の道」は、若狭の遠敷神社から東大寺までとても懐かしい場所が多く、西側の鯖街道は節子と最後に歩いた思いでもあります。
ともかく琵琶湖にはたくさんの記憶が埋め込まれています。
闘病中、小康を得たときに、近江八幡に節子の幼馴染たちに会いに行ったのも何回かありました。あの頃の節子は、明るかった。

ところで柿本人麻呂の歌ですが、ここに出てくる「千鳥」は「たくさんの霊(ち)」だと感じました。そして「いにしえ」は彼岸だとも。

この歌がますます好きになりました。

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■湯島サロン「人間にとっての時間と空間を考える」のご案内

細菌学の視点を基軸に、生物と環境の関係を考え、そこから社会の様々な問題を捉え直そうという益田サロンは、昨年、32回で一時終了しました。
32回も続いたサロンでは、「生物と環境の二重円錐モデル」が生まれました。しかし、そこから話がいささか複雑になってきて、一時中断になったのですが、益田さんは、その後も思索を続けていて、最近、こんな連絡がありました。

時間は空間と違って具体的なイメージを作ることが出来ない。
人の脳は時間を環境としたとき、この環境は空間という楽園から追放された結果、与えられた不可知のものだったことに気がついた。
実際自分とはどこに居るかを考えてもイメージの対象になるのは空間でしかない。
つまり身体しか自分とは思えない。空間には身の置き所がない。これは逆説ですね。時間は不可知なものとすべきかもしれません。

相変わらずの益田メッセージで、わかったようでわからない。
でもどこかに挑発的な魅力も感ずる。
そして、こんな話題をサロンで話し合うと呼びかけたら参加する人はいるでしょうか、と益田さんは書いてきました。
それで何人かに打診したら、数名が参加したいと言ってきました。

というわけで、久しぶりに益田サロンを企画しました。
最初に30分ほど、益田さんの気づいたことを話してもらい、その後、いつもの益田サロンのように、みんなで話し合えればと思います。

益田サロンは、みんなで話し合い考えていくサロンです。
「時間概念」を手に入れたことで、私たちの生き方はどう変わったのか。
時間と空間に関心のある人、ぜひご参加ください。

〇日時:2024年9月6日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「人間にとっての時間と空間を考える」
〇話題提供者:益田昭吾さん(細菌学者/慈恵医大名誉教授)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2025/08/16

■節子への挽歌6475:お盆の最後は、あわただしい事件続きでした

節子
早いもので、もう節子はお帰りです。
まあ短いお盆休みでした。

夕方、お墓に節子を送り届けました。
兄の家に戻っていた両親も一緒でした。
お盆には別々のところに戻るのです。

実は今日はいろんなことがあって、いささか大変な日でした。
時にこうした突発事件が起こると、脳にはいい刺激になります。
しかし即断力はあまり変わってはいませんが、考慮する範囲が狭くなっていて、ミスを犯すことが増えている気がします。むしろ、即断は避けた方がいいかもしれません。
今回も即断して電話を切った後、すぐに間違いに気づき、方針修正のために大変でした。
なにしろ連絡のあった電話がどこから来たのかを調べるところから始めないといけなかったからです。
なんとか電話をかけたひとにたどりつくまでほぼ30分。
汗をかく30分でした。
しかし結果的には即断したことのままになりました。
まったく無駄な30分でした。
もともとこの騒動は私の思慮不足からのものです。
やはり思考力は低下していることを思い知らされました。

まあその電話などでのやり取りは精霊棚の前で展開されましたので、節子は見ていたことでしょう。
まああんなてんてこ舞いのことはめったにはない事なのですが。
なにが起こったのか、これではわからないでしょうが、相手もあることなので、さすがに書くのはやめますが。
どっと疲れが出ました。
そんな事件のため、送り火も少し遅れましたが、その後、久しぶりの友人の来訪もあって、お寺でもゆっくりできずに帰宅。
久しぶりに友人との再会も、意外な話でした。

とまあ、キリギリスに鳴き声に包まれたお盆も、最後にまた、日常に引き戻される一日でした。
人生は、やはり問題続きです。
だから面白いとも言えますが。

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■第3回ブックカフェサロン「平和と戦争」報告

終戦の日の8月15日、「平和と戦争」をテーマに、参加者それぞれがみんなに薦めたい本や気になっている本を紹介するブックサロンを開催しました。
残念ながら男性ばかり、それに若い世代の参加がなかったのが残念でしたが、6人が集まりました。

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それぞれから本の紹介があり、それに関しての話し合いが行われました。
紹介された本を挙げておきます。

「詩集:詩の檻はない」*(ソマイア・ラミシュ バムタード)
「中国の旅」(本多勝一 朝日文庫)
「君あり、故にわれあり」*(サティシュ・クマール 講談社学術文庫)
「日本人のための平和論」*(ヨハン・ガルトゥング ダイヤモンド社)
「国家エゴイズムを超えて」(和田重正 柏樹社)
「ひとはなぜ戦争をするのか」(アインシュタイン&フロイト 講談社学術文庫)
「戦争倫理学」(加藤尚武 ちくま新書)

話し合いの過程でほかにも何冊かの書籍が紹介されました。

それぞれの発言から、「平和」の捉え方も、それへの取り組みも、一様ではないことがよくわかるとともに、戦争とは違う次元での、日常生活での「平和」こそが大切だという意見がみんなの共通した認識のように感じました。
ある意味では、戦争のなかにもそうした平和があり、たとえ戦争がなくても、そういう平和はないこともあるというわけです。

「日本人のための平和論」のヨハン・ガルトゥングは、構造的暴力という概念や、積極的平和という概念を提唱していますが、政府間の戦争がなければ「平和」、ということにはなりません。
たとえば、一部の人の犠牲の上に成り立っている平和は、「平和の人にとっての平和」でしかありません。つまり、平和ではない人たちのおかげで成り立っている。そう考えると、平和と戦争は、反対語ではなく、どこに視点を置いて考えるかだけの話かもしれない。
では、みんなが平和な状況って、可能なのか。
というような話が多かったような気がします。

結局、宮沢賢治が言うように、「世界がぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はあり得ない」ということになる。
そしてそのための第一歩は、まずは自らの内面的な平和を得ることではないか。
そんな議論が多かった気がします。

私たちは、ついつい「平和」と「戦争」を対置しがちですが、どうもまったく別のものなのかもしれません。

私は、今回、「詩集:詩の檻はない」を紹介させてもらいました。
2023年、アフガニスタンのタリバン政権が詩作を禁止したことに抗議を表明するためにアフガニスタンの詩人ソマイア・ラミシュさんの呼びかけに応じた世界中の詩人たちの詩を集めた詩集です。
湯島のサロンでも何回かサロンをやってもらったことがある岡和田晃さんから、私は送ってもらいました。そして1か月ほど、毎朝、ランダムに選んだ詩を一つずつ読んで考える時間をつくりました。加えて、私自身も、詩を書いてみました。
その時の「効用」、考えを深め問題を理解する効用を実感したのです。
論文を書くのは大変ですが、思いを短い言葉で書くことは、たぶん誰にもできる。
それを詩というかどうかは別にして、思いを言葉にして書いてみることの効用に気づいたのです。書くことで、あるいは声に出すことで、心が鎮まることもある。
そういう意味で、今回、私にとって平和に一番つながる本として紹介させてもらいました。幸いにサロン善他の話し合いが「内面的な平和」に向かったので、大きくは「スベラズ」にすみました。

「平和」って何だろう、というのも大きなテーマでしたが、今回はその入り口ぐらいの議論だった気がします。
それでもこうしてみんなで本を紹介し合うサロンは、とても面白く有意義だと感じました。
またテーマを変えてやってみたいです。

ちなみに今回紹介された上記の書籍のうち、*印のついている書籍はCWSライブラリーにありますので借り出し可能です。

なお、次回のブックカフェサロンは、9月7日(日曜日)を予定しています。テーマは「読書会の誘い」で、ある本の読書会をやりたい人が仲間を指そうという試みです。誰かと一緒にこの本を読んでみたいという方がいたら、ぜひ呼びかけに来てください。

それと、今回とは反対に「戦争」を切り口に話し合うサロンを8月23日に開催します。もしお時間が許せば、ぜひご参加ください。

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2025/08/15

■節子への挽歌6474:終戦または敗戦の日

節子
今日は「敗戦の日」または「終戦の日」です。
胚性ととらえるか終戦ととらえるかで、その意味は全く違ってきますが、私自身はやはり「終戦」と捉えたいです。負けたのは少なくとも、私ではないからです。
先日のサロンでも話題になりましたが、もし仮に先の戦争で日本が勝っていたら、私には極めて生きづらい社会になっていたでしょう。

私は、その戦争が始まった年に生まれ、節子はその戦争が終わった年に生まれました。
だからというわけではないですが、この時期、節子とはよく戦争の話もしました。
節子がいなくなってからは、話す相手もいません。

でも最近は、サロンでよく話すようになりました。
今日も湯島で「平和と戦争」に関する本を紹介し合うサロンです。
誰が集まるか、そしてどんな話になるかわかりませんが、今年はなぜか「戦争のこと」が気になります。

もっともこの日は、私にはもう一つの意味があります。
お盆なのです。
子どもが小さかった時には、滋賀の節子の生家に帰省して、私も同行して過ごすことが多かったのですが、いつも、キリギリスとスイカがイメージとして強くあります。
今年はそのキリギリスがわが家に来てくれました。
今朝も朝からにぎやかに鳴いています。
その鳴き声のおかげで、何かとても懐かしいお盆です。
戻ってきた節子の横で、パソコンをたたいたり、本を読んだりしています。
暑いですが、なんだかとても安心できるお盆です。

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2025/08/14

■湯島サロン「なんで戦争が起こるのだろう」のご案内

なぜかこの季節は、「戦争」が話題になりやすいです。
先日、「沖縄戦の図」を見て話し合うサロンの報告を書きましたが、そこに「人はなぜ、対立や戦争に向かうのか」を改めて話し合うサロンを開催したくなったので、話し合いたい人がいたらご連絡ください、と書いたら3人の方からやりたいというメッセージを受けました。
そこで急きょ、また「人はなぜ、対立や戦争に向かうのか」を切り口に、戦争論議をするサロンを開催することにしました。
ただ日程がうまく取れず、一方的に日程を決めさせてもらったので、ご希望いただいた方が参加できるかどうか不安です。
でもまあ、この問題は今月を過ぎても話題にしていきたいのでお許しください。

秋から、しばらく休んでいた『茶色の朝』サロンも再開します。

〇日時:2025年8月23日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「なんで戦争が起こるのだろう」(自由な話し合い)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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■節子への挽歌6473:廣瀬さんへの返信

廣瀬さん
コメント、ありがとうございます。
昨夜は私もいろいろと考えて眠れませんでした。

伴侶に先立たれると、本当に戸惑いますよね。
そしてともかく寂しい。
私も今もまだモヤモヤ感はあります。
でも、最近は、彼岸に半分入れたような気もしてきていて、もうじき会えるかという思いも強まっています。

4人はみんなきっと仲良くやっていると思います。
彼岸は、とてもおだやかであったかいと信じています。
妻が亡くなった後、ある人に誘われて、篠栗四国の霊能祈祷師の庄崎さんのところに、彼岸にいる妻の様子を聞きに行ったことがあります。
その時、受けた印象は、とても静かで穏やかで、あたたかいイメージでした。
その思いを大切にしています。

妻を見送ってから18年たちます。
よく言われますが、時間は何の癒しにもなりません。
ただ次第に、今もなお、妻は一緒にいるという感覚が育ってきます。
そして、変な言い方ですが、死を素直に受け入れられるようになってきました。
自分の死だけではありません。
死んでも無くなるわけではない。ちょっと遠くに行くだけなのだという感覚が育ってきています。だから他者の死も、あまり悲しくならなくなっています。もちろん例外はありますが。
でも、だからと言って寂しさがなくなるわけではありませんが。

廣瀬さんが書いているように、何年経ったとしても、妻を思う気持ちは変わりません。私に生きる意味を与えてくれる存在です。そして、これも廣瀬さんが書いているように、寂しくてしかたないのだけど、命を与えられた限り、精一杯生きて行くことが妻の期待に沿うことだと思っています。

私は、妻を亡くした時に、毎日、妻に呼びかける挽歌を書こうと思いました。
最近は時々さぼりますが一応、何とか続いています。
ただ最近は、あまり意味のない私の日記になっています。

廣瀬さんのコメントを読んで、もう少しきちんとした妻へのメッセージを書こうという気になりました。
ありがとうございました。

またお会いしたいですね。
長浜は妻の生家です。最近は言っていませんが、いつかまたお会いしたいです。
とてもうれしいコメントでした。

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■節子への挽歌6472:みんな、あの世で仲良くやってるでしょーか

節子

昨日、フェイスブックに「妻が帰省しました」という投稿をしました。
そこに、こんなコメントが入りました。
長いですが、全文引用します。

滋賀の廣瀬です。佐藤さん、とてもとてもご無沙汰しています。
長浜の我が家の墓参りは8月14日と決まっています。
明日、私の兄妹、私の息子と孫たちが集まります。
そして、私たちの父、母、私の妻、義理の姉(兄貴の妻)の墓参りに行きます。
ほぼ4人が同じ時期に旅立ちましたから、4人がそろって同じお墓に入っています。
はたしてあの世で仲良くやってるでしょーか? 
残された私たち兄妹、私の息子たちはとても仲良くやってるので、あの世から現世を眺めては、よかったね〜と笑ってるとうれしいです。
私にとって妻が旅立って丸2年になりますが、佐藤さんが家族と共に暮らしながらも奥様と生きてこられた時のことを今もって深く思い出されてる状況に、僕も胸が熱くなります。
たぶんこれから何年経ったとしても、妻を思う気持ちは変わらないのだろうなぁ〜
まぁ、寂しくてしかたないのだけど、命を与えられた限り、精一杯生きて行くしかないのだと、事あることに、まだまだもやもやしている私です。

以上です。
繰り返し読ませてもらいました。
とても気持ちがわかります。
何と答えたらいいでしょうか。
まだ返信できずにいます。

廣瀬さんは、もしかした節子も会っているかもしれません。
このコメントは昨夜、気づいたのですが、なんだか気になって一晩中、頭から離れませんでした。
朝起きて、すぐに返信しようと思いながら、まだできていません。

 

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2025/08/13

■節子への挽歌6471:腎臓でひっかかりし

節子
みんなでの会食の後、東邦病院に前立線がんの定期健診です。
このびょういんはともかく待ち時間の長い病院です。
カルテなどが電子化されていないので、まだ紙ベースで動いているのです。
そのため、無駄な待ち時間がとても多い。
たとえば、今日は採血が必要なのですが、採血するまでの時間が1時間。電子化されている隣の名戸ヶ谷病院では、待ち時間ゼロですが。

暑いのとお盆なので空いていると思いきや、これまでにない混みようです。
受付をすませて、待合室に行ったら、30人ほど待っています。
でも、この病院も10月には新築移転です。
今度は電子化されるので待ち時間はなくなります。たぶん。
ですから今日は、待ち時間の長い病院の最後なのです。

結局、3時間かかりました。
ところが、血液検査の結果、前立線がんの方は問題なしでしたが、クレアチニンのデータが上昇。腎臓の検査をすることになりました。新築移転する前にもう一度、来院しなければいけません。
時間の長い病院にもう一度来ることになりました。

また薬が増えるかと思うと、いささか憂鬱です。

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■節子への挽歌6470:節子の帰省

節子
おかえりなさい。

今日は迎え火です。
みんなでお墓に節子を迎えに行きました。
地味な供花を持って。

帰省した節子と一緒にみんなで食事をしました。地味な精霊棚ですが、キリギリスがずっと鳴き続けていました。
今日はちょっと涼しい気がします。
久しぶりに帰宅を節子は楽しんでいるでしょう。

キリギリスのせいか、なんだかとても懐かしい気分のお盆です。
ちょうど、節子の実家や義姉からも電話が来ました。
そういえば、久しく節子の生家にもいっていません。

地味なお盆ですが、なんだかとても懐かしい気分のお盆です。

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■新倉さんの食養生サロン「秋の食養生」のご案内

東方健美研究所代表の新倉久美子さんによる「食養生サロン」をこれまで季節のはじまりごとに開催してもらっていました。
全季節を終えたのですが、参加できていない方も多く、できればもっと多くの人に聞いてほしいと考え、新倉さんにお願いして、引き続き「食養生サロン」を季節の変わり目ごとに継続開催してもらうことにしました。

ただ少し話題の範囲を広げて、「食のあり方を見直す」を主軸にし、「農とのつながり」も視野に入れて、時に、ゲストも呼びながら、話題を広げていければと思います。
また参加者からの質問もどんどんお願いしたいと思います。食に関する気になることがあれば、みんなで話し合いたいです。

食は、私たちの生活の基盤であり、それを支える「農」とも深くつながっています。そしてそれは、私たちの生き方や社会の在り方にもつながっています。
そんなことへの意識も高めたいと思っています。

今回はその2回目です。
新倉さんの「ふるさと薬膳」の発想をお聞きしながら、今の私たちの「食のあり方」をみんなで話し合えればと思います。
これまでのように、「季節に合わせた食養生」の話もしてもらいますが、今回は秋の食へのアドバイスをしてもらえると思います。

みなさんの参加をお待ちしています。

〇日時:2025年8月24日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「ふるさと薬膳と秋の食養生」
〇話題提供者:新倉久美子さん(東方健美研究所代表・農都共生総合研究所取締役)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2025/08/12

■湯島サロン「公共貨幣ってご存じですか」報告

湯島のサロンでは「おカネとの距離感」がよく話題になりますが、おカネと言ってもいろいろな捉え方があります。そこで今年の後半は、少し「おカネ」を話題にしていこうと思います。
その第一弾として、「公共貨幣」をとり上げ、公共貨幣フォーラム代表理事の下田直能さんに入門編的な紹介をお願いしました。

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公共貨幣とは、「いかなる者にも債務を発生させることなく、公共機関が、その貨幣発行権に基づいて発行する貨幣」のことで、NPO法人日本未来研究センター理事長の経済学者山口薫さんによって提唱されているものです。

今の貨幣とどう違うのか。
私たちが現在使っているお金の99%は、日本銀行(中央銀行)や民間の銀行が政府や企業に貸し付けることで、利付き債務(借金)として生み出されていますので、山口さんは「債務貨幣」と呼びます。債務貨幣は、利子を生み出します。
いま日本では膨大な国債が債務貨幣によって発行されていますが、それに伴い膨大な利息が発生し、国家財政を圧迫しています。

日本銀行は国営と思っている人がいるかもしれませんが、日本銀行は民間の株式会社です。しかも大口株主はロスチャイルド家などの金融資本家と言われています(実態は発表されていません)。
言うまでもありませんが、株式会社の目的は、株主のために利益を上げることです。
言い換えれば「おカネ」で利益を上げている人がいるということです。

現代の経済システムでは、お金は「借金」から生まれます。何の実体がなくても、銀行は信用創造し、無からお金をつくることができるのが現在の貨幣システムです。そこで、山口さんは、これを「債務貨幣」と呼びます。
ところが、「借金」とか「債務」という言葉でもわかるとおり、ここにはある意味の「支配」関係が発生します。

おカネは3つの機能を持っているとよく言われます。
「価値尺度」「交換手段」「価値の保蔵手段」です。
しかし、実はもう一つ大きな機能があります。「権力の支配手段」です。山口さんは、その4つ目の機能を経済学者たちは隠してきたと言います。

私たちの生活を豊かにしてくれるための交換手段だったお金が、いつの間にか、権力者の支配手段になってしまい、しかも、「おカネがおカネを生む」ような「金融経済」が実体経済を支配するようになってしまっているのです。

そこで山口さんは、「債務貨幣」ではなく、みんなの生活のための貨幣システムにしなくてはいけないということで、「公共貨幣」を提唱したのです。
「公共貨幣」と「債務貨幣」という視点でおカネを考えると、同じおカネでもまったく違ったものであることがわかります。

と、ここまでが私の理解なのですが、その先の具体策がなかなかわからない。
そこで今回、下田さんに入門編をお願いしたのです。
下田さんは、ご自分が制作した「公共貨幣入門」ともいえる動画をまずは見せてくれました。
https://www.youtube.com/watch?v=IP4K2leStGs
まず、「おカネ」と言っても、いろいろあることを知ることが大切です。
そこから質疑応答の形で話し合いに入りました。

「公共貨幣」と「債務貨幣」の違いは、「貨幣の発行主体が違うこと」と「貨幣の発行(信用創造)の仕方が違うこと」のようです。

発行主体が今の日本銀行のような民間企業でなくなり、政府機関が発行することになります。企業ではなく、政府なので、信用創造からの利益は必要ありません。「利益創出のための信用創造」も必要ありません。ですからバブル経済は発生しにくくなるでしょう。景気変動は穏やかになるでしょう。

現在の債務貨幣システムでの信用創造、つまり貨幣の発行は、「おカネが必要なところ」にではなく、「おカネが儲かりそうなところ」に向けての信用創造が起こりやすいですが、その結果、おカネを儲ける人はどんどんと儲けていき、社会に必要な活動をしようとしているところには、信用創造、つまりおカネが向きにくくなるというようなことは起こりにくくなるでしょう。

さらに、信用創造はお金の増殖のために行われるのではなくなり、過剰な利子は抑えられるでしょう。ちなみに、今のように国家財政を補填するために国債発行のために銀行から政府が借金していると莫大な利子が発生しますが、公共貨幣で、政府自らが貨幣を発行すれば、利子は発生しなくなります。
さらに公共貨幣で、国債をすべて買い取り償還すれば、毎年の数兆円の債務利子は発生しなくなります。

政府による債務利子の一部は、保険などの運用利益になっているため、まわりまわって国民にも一部還元されていますので、そう簡単に今の債務貨幣システムを公共貨幣システムに代えていくことはできませんが、公共貨幣フォーラムでは今、具体的展開に向けての法案作りにも取り組んでいるようです。
しかし、残念ながら、そもそも「公共貨幣」について知っている人があまりに少ない。下田さんは、ともかく一人でも多くの人に、現在の債務貨幣システムとは違う、公共貨幣システムを知ってもらうことが大切だと考えています。

提唱者の山口さんが指摘しているように、貨幣の持つ「支配手段機能」が私は大きな問題だと思います。そこにこそ現代の債務貨幣システムの本質があると思うのです。ただ交換手段であるならばお金は私たちの生活を豊かにしてくる存在です。

金融資本の支配手段から、生活者の生活手段へと、貨幣の役割を戻していかないと、いまの社会の格差構造や対立(戦争)構造は変わらないような気がします。
いずれにしろ、公共貨幣論は、これからの経済を考えていく上での大きな示唆を含んでいます。金融の話は難しいので敷居が高いですが、本来はもっと簡単な話のはずです。自分たちだけで牛耳られるように難しくしてしまいがちな、専門家に騙されてはいけません。
お金に支配されている人が多い世の中を変えるために、まずは「おカネとは何か」をもう少し考えてきたいと思います。

サロンでは、地域通貨の話やゲゼル経済学の話も出ました。
ベーシックインカムやベーシックサービスの話も出ました。
でも話し合いを聞いていて、みんな現在の「債務貨幣」や「利子経済」に呪縛されているような気がしました。おカネの持っている、見えない支配手段機能に気づかないといけません。まずはおカネに支配されている生活を見直すことが大切かもしれません。食べ物がないと生きていけませんが、おカネはなくても生きていけるはずなのです。そんな簡単なことにどうしてみんな気がつかないのか不思議です。

なお公共貨幣についてもっとよく知りたい人は、下田さんが制作したわかりやすい動画がありますので、それをぜひご覧ください。最後に紹介しておきます。
また一般社団法人公共貨幣フォーラムというグループもありますので、そこに参加するのもいいでしょう。
https://public-money.jp/

次回は「地域通貨」をとり上げたいと思いますが、どなたか話題提供もしくは問題提起をしてくれませんか。
もしいたらご連絡ください。

〈下田さんが紹介してくれた公共貨幣関係の動画〉

「公共貨幣と債務貨幣」シリーズ
(1)「公共貨幣と債務貨幣」(5:24)
https://youtu.be/IP4K2leStGs
(2)「債務貨幣の弊害(前編)――景気変動の助長」(7:27)
https://youtu.be/w5_uu9bQddg
(3)「債務貨幣の弊害(後編)――格差拡大の助長」(5:51)
https://youtu.be/-LHstFf1N_I
(4)「公共貨幣システムの実装(1)――公共貨幣の発行」(5:35)
https://youtu.be/MHX66q00Dd4
(5)「公共貨幣システムの実装(2)――100%準備と銀行」(6:31)
https://youtu.be/Eob-p8Qk5DU

財政赤字解消と景気回復のための公共貨幣発行の提案(6:09)
https://youtu.be/nVVgu9EjraE
日本国公共貨幣法案(朗読・字幕付き)(11:48)
https://youtu.be/UqsT0wA1pM4

《出版記念オンライン講演会》の抜粋版(5:06)
https://youtu.be/6nNEyuABMfY

 

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■節子への挽歌6469:今年の精霊棚はとても地味です

節子
今年の精霊棚はどうでしょうか。
とても地味でお花もいつもの半分以下です。
特に他意があるわけではなく、なんとなく今年は小さくまとめようということになったのです。
いつも購入している市販の精霊棚セットも今年は買いませんでした。
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しかし飾ってみるといささか小さすぎる気もします。
小さすぎて、花瓶が乗りません。もちろん食事も乗りません。
でもまあ今年はキリギリスがいるのでいいでしょう。
返ってくる節子を、キリギリスが歓迎してくれるでしょう。

地味なのは、精霊棚だけではありません。
供花も、今年は花もとても地味です。
一昨日、近くのDCMにキリギリスを育てるケースを買いに行ったら、花の半額セールをやっていたのです。それで、その花を買ってきたのです。
例年だと節子が好きだったカサブランカが供えられるのですが、何しろ半額セールの花なので、いたって地味です。
でもまあキリギリスが鳴いているのでいいでしょう。

ちなみにお墓に供える花も半額セールの花です。
今年は家の庭の花もありません。
お墓あの花もとても地味です。

節子は花が好きでした。ですからお正月やお盆の花は、いつも賑やかでした。
花を買いに付き合うと1時間近くも待たされることがありました。
今年の供花を見たら、さぞかし嘆くことでしょう。
いや、嘆くよりも多分笑い出すでしょう。
しかし怒ったりがっかりすることはないでしょう。
なにしろ、そういうことには全くこだわらないのが、わが家の文化ですから。

難波ともあれ、今年はキリギリスが鳴いているので、もうそれだけで節子にとっては最高のお盆になるはずです。
節子の成果でのお盆は、何時もキリギリスが鳴いていました。
まあ、私の記憶だけかもしれませんが。
でもあの頃の夏を思い出します。

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■節子への挽歌6468:久しぶりの畑

節子
明日は迎え火です。
精霊棚のために、迎え馬と送り牛を畑のナスとキュウリでつくろうと思い、期待して畑に行きましたが、残念ながら小さなナスが一つ見つかっただけでキュウリは育っていませんでした。市販のナスとキュウリでつくるしかありません。
それで前からの約束通り、にこにナスだけ渡して、作ってもらうことにしました。

久しぶりに畑に行きましたが、相変わらずの荒れ放題。
しかし、モロヘイヤは元気そのもので、収穫を待っています。
地這キュウリは順調に育っていました。
ミニトマトもだいぶなっていますが、今回も収穫はしませんでした。
ミョウガはまだ花芽は見つかりません。枯れだしているのに心配です。
この1週間、雨と暑さと腰の痛さで畑をさぼっていましたが、野草が相変わらず元気です。
バッタもたくさんで、安心しました。
こう暑くて雨が降らないと生きものには酷な夏です。

小さなバッタを2匹、連れ帰り、キリギリスのケースに入れてみました。
食べられないといいのですが。

夕方、にこが馬と牛を作って持ってきてくれました。
精霊棚もつくりました。
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■第4回SUN10ROサロンへのお

8月30日開催の第4回SUN10ROサロンは、黒澤監督の「生きものの記録」をとり上げます。
今回も、映画を観ていない人のためにサロンの前に映画の上映をしますので、まだ観ていない方は気楽にご参加ください。

今回の話題提供者はSUN10ROクラブメンバーでもある折原利男さんです。
折原さんは、最近、「黒沢映画の今日性 核を射抜いた『生きものの記録』と『夢』」をある同人誌に発表しました(ペンネーム:森沢周行)。
黒澤映画の『生きものの記録』(1955年制作)は、ビキニ環礁での第五福竜丸被爆事件などで、一挙に広がった原水爆への恐怖を真正面から取り上げた作品ですが、折原さんは、この映画を、3.11の福島原発事故の後、改めて観て、強いインパクトを受けたそうです。そして、そこに黒澤監督の先見性や使命感を強く感じ、今こそ多くの人に観てほしいという思いで、映画作成のきっかけから完成するまでの関係者の発言なども調べ、シナリオをていねいに読み込んで、この論考をまとめたそうです。
その論考も添付します。
折原さんは、引用したシナリオのセリフとト書きを追うと、「ともかく言わずにはいられないことを言おう」(黒沢)としたこの映画が、いかに綿密に練られ、仕上げられていたのかがよく分かるので、ぜひとも読んでほしいと言っています。

ダウンロード - e9bb92e6b2a2e698a0e794bbe381aee4bb8ae697a5e680a7e383bbe5ae8ce68890e7a8bf.pdf

『生きものの記録』はご覧になった方もいるでしょうが、観ていない方のためにサロンの始まる前に上映しますので、ご希望の方は午後1時過ぎに湯島にお集まりください(上映は1時半からです)。
そのため、サロンはいつもより1時間遅い午後3時からのスタートになります。

サロンでは、折原さんの問題提起を受けて、そのあと、河村監督のコメントをもらった後、河村さんも加えて、参加者みんなで話し合えたらと思います。

SUN10ROクラブ以外の方も歓迎です。

〇日時:2025年8月30日(土曜日)午後1時半~4時半
  映画鑑賞:午後1時半~3時(午後1時開場)
  サロン:午後3時~4時半
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○話題提供者:折原利男さん(文筆家)
〇サロン会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

「SUN10ROクラブ」(「さんじゅうろうくらぶ」は、「なぜ人間は仲良く良心的に生きていけないのか」というテーマを描きたくて映画を作りつづけたという黒澤明監督の精神に共感し、黒澤映画からのメッセージを読み解きながら、社会に広げていこうとしている河村光彦監督の活動のゆるやかな応援団です。
河村さんが、フェイスブックのSUN10ROクラブでいろいろと情報発信しているので、ぜひお読みください。
https://www.facebook.com/groups/1312667559794431
毎月30日に、湯島でSUN10ROサロンを開催しています。サロンは、SUN10ROクラブのメンバー以外にも公開です。ぜひ気楽にご参加ください。

SUN10ROクラブへの参加は常時受け付けています。
フェイスブックのグループに直接申し込んでいただいても大丈夫ですし、SUN10ROサロン事務局にご連絡くださっても大丈夫です。
まだ活動が本格化していませんが、事務局作業を分担してくださる方がいたら、大歓迎です。

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2025/08/10

■8月オープンサロン報告

8月のオープンサロンは途中での出入りもあって、話題もいろいろと変わりました。
最初にやってきたのは、最近、ポルトガルに観光旅行に行っていた人で、お土産にナッツ入りの焼き菓子を持ってきてくれました。ポルトガルと言えば有名なエッグタルトは日持ちがしないのでお土産委はできなかったそうです。今回、彼女は観光旅行ツアーに参加したそうですが、コースを見ていなかったようですが、ある日、突然に、今日はサンティアゴ大聖堂に行くと言われたそうです。というわけで、思ってもいなかったサンティアゴに行ったそうです。
そのためか、今回の参加者の中に、なんと3人ものサンティアゴ巡礼者がいました。これは偶然でしょうか。
というわけで、サンティアゴ話でちょっと盛り上がっていました。

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続いての話題は、政治話で、参政党が話題になりました。
参政党絶対否定者から参政党にも良いところがあるという人まで幅がありました、まさに「エコーチェンバー効果」で、反対か賛成かで触れる情報が全くと言っていいほど違ってくる。しかも日本では○×教育の文化があるため、一度、ある方向に行きだすと戻れなくなるようです。そして、対立が激化する。
異論を話し合って世界を広げるのが政治という考えもありますが、なかなかそれは難しい。参政党に関して話し合うと、いつも思うのは基本的な情報がシェアされていないために話し合いが成り立たないことが多いのです。
そして結局は、政策論ではなく人物論になってしまい、政治の話がいつのまにか違う話になってしまっている。今回もそんな感じがしました。
一度、参政党の議員をサロンに呼びたいと思っていますが、まだ目途が立っていません。どなたか来てくれませんかね。ボコボコにされることを覚悟のうえで、ですが。

政治と言えば、IT政治の話題も出ました。ここからマイナンバーカードの藩士になって、そもそも日本の人たちは政府を信頼しているのかという話になりました。
たぶんみんなあんまり信頼していないような気がしますが、もしかしたらそこにこそ政治の基本的問題はあるかもしれません。

そこから外国人問題など、いろいろと政治がらみの話へと広がっていきましたが、最近のオープンサロンは政治談議が多くなった気がします。

オープンサロンは毎月第2金曜日に開始しています。
次回は9月12日です。

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2025/08/09

■湯島サロン「沖縄戦の図を見て何を思いますか」報告の追加です

昨日、表題サロンの報告を書きましたが、不十分でした。
サロンで話題になった重要なことを書き落としていましたが、今日、長崎の平和式典を見ていて、やはり書いておこうと思いました。報告の追加をさせてもらいます。

「沖縄戦の図」と「原爆の図」を見て、参加者の一人が言ったのです。
戦争は沖縄で終えられたが、広島と長崎の「原爆投下」は新しい戦争の予兆だったのではないか。「沖縄戦の図」は過去の記憶を、「原爆の図」は未来の予兆を描いている。この2つの絵は、そう物語っているのではないか。
正確ではありませんが、私はそんな風に聞きました。

言い換えれば、「戦争」が全く違ったものになったのです。
「戦争」が、人の手から離れてしまったと言ってもいいかもしれません。
でも、その予兆を止める手立てが、この2つの絵には込められているのかもしれません。立木夫妻は、その戦争の予兆に気づき、止めようとしているのではないか。

ところで、戦う人がいなければ戦争は成り立たない。国民みんなが武器をとるのをやめれば戦争は起こり得ようもないのです。にもかかわらず、なぜか国民は武器をとる。戦場に行くのです。そして、「お国のために」という口実で、人を殺し、死んでいく。しかし戦争を起こす人たちは、戦場には行きません。この事実を、私たちはもっとしっかりと考えなければいけません。
いずれにしろ、国民がその気になれば、戦争など起こりようもない。
しかし、もしかしたら、これはこれまでの戦争なのかもしれません。
核兵器は、国民すべてが武器を捨てたとしても、起こりえるのです。

もう一つは、これは話題にはしなかったのですが、なぜ戦争の絵はいつも残酷で悲惨なのか。戦争の写真は、必ずしもそうではありません。あったかい写真も含まれている。
戦争の中にも「愛」や「優しさ」のあることもまた、伝えていきたいことです。
たとえば、「戦場のクリスマス」や「シンドラーのリスト」です。
「悲惨」を伝えることも大切だけれど、「愛」や「優しさ」を伝えることも大切です。
「甘い」と言われそうですが、「語り伝え」の中にも、ぜひ、「愛」や「優しさ」を大切にしてほしい。そうすれば、戦いの構図が見えてくるはずです。
構図が見えてくれば予兆を止めることもできるでしょう。
「心あたたまる戦争の図」はないものでしょうか。

話し合いを思い出しながら、補足していくと、まだまだ話したりなかったことがよくわかります。
戦争に関してのサロンをもう一度やりたくなりました。
サロンで、鴨下さんが投げかけた「人はなぜ、対立や戦争に向かうのか」を改めて話し合うサロンを開催したくなりました。
話し合いたい人がいたらご連絡ください。
3人以上集まったらまた案内させてもらいます。

 

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■公共貨幣ってご存じですか

明日の湯島サロンは「公共貨幣」をテーマにします。

ぜひ多くの人に参加してほしいと思っていますが、日程的に参加できない人もいるでしょう。幸いに明日、話題提供してくださる公共貨幣フォーラム代表理事の下田さんが、「こうきょうかへい」に関するとてもわかりやすい動画を4本、アップしてくださっています。

1弾の「公共貨幣と債務貨幣」は、案内文でも紹介していますが、他にも下記のようなものがあります。

2弾「債務貨幣の弊害(前編)――景気変動の助長」(7:27

https://youtu.be/w5_uu9bQddg

3弾「債務貨幣の弊害(後編)――格差拡大の助長」(5:51

https://youtu.be/-LHstFf1N_I

4弾「公共貨幣システムの実装(1)――公共貨幣の発行」(5:35

https://youtu.be/MHX66q00Dd4

ぜひご覧ください。

明日のサロンでは、こうした公共貨幣の紹介に合わせて、公共貨幣フォーラムがいまどのように、その実現に向けての取り組みをしているかのお話も聞けると思います。
まだ参加可能ですので、参加ご希望の方はご連絡ください。
案内は下記にあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2025/07/post-8ac36c.html

 

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■長崎の2つの平和の鐘

今日は長崎に原爆が投下されてから80年です。
私が子供の頃の記憶では、原爆は「広島」ではなく「長崎」でした。
たしか小学3年の時に学校で観た映画『長崎の鐘』が強烈な記憶を植え付けたからです。
しかし、いつの間にか原爆と言えば、「広島の原爆ドーム」をイメージするようになりました。なぜなのでしょうか。

今朝のNHKのニュースでは、長崎の平和公園から始まりましたが、その後、浦上天主堂からの実況報告が中心になりました。復元されたもう一つの「長崎の鐘」も映し出されました。今年は、2つの鐘が鳴り響くそうです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250807/k10014886281000.html

長崎の平和公園の平和祈念像が嫌いなので、長崎の報道はいつもあまり見ないのですが、今年はきちんと見ようと思います。
被爆した浦上天主堂が、もし長崎のシンボルになっていたら、もしかしたら歴史は変わっていたかもしれません。
いつもそんな思いが浮かんできます。

 

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■節子への挽歌6464:記者の飯田さんが戻ってきました

節子
今日は朝早くから国際箸学会の小宮山さんと河端さんと会っていました。
朝起きたときは、腰の痛さから行けるだろうかと心配でしたが、歩き出したら意外と腰の痛さは消えて、何とか湯島にたどり着きました。

いろいろ話しているとき、スマホに電話が入ました。
出てみると東京新聞の飯田さんでした。
千葉支局から本社の社会部に移って、昨日から霞が関に来ているというのです。
飯田さんは、以前、国際箸学会のことを東京新聞で取り上げ、大きな記事にしてくれたことがあります。小宮山さんとも面識がある。
それですぐ湯島に来ないかと伝えました。

飯田さんはやはり変わっていない。
生涯、記者を目指している。
名刺には管理職らしきタイトルがついていましたが、今なお「記者」でした。
しかも、最近は、在日外国人の動きに関心を持っていて、川口のクルド人とも接点があると言います。
彼は記者ですから、知っていることの一部しか話さない。
“物知り人”は知っていることの10倍を話しますが。
いつか湯島でサロンをやってほしいと頼みましたが、彼に話してもらうのは難しい。
しっかりした記者は口が堅いからです。

それはそれとして飯田さんはとても元気そうでした。
能登に実家がありますが、先の能登大地震の時には他またまた実家に帰省したそうです。

今回は、ただ顔を見に来てくれただけですが、またきっと来てくれるでしょう。
こうやって転勤したからと言って、わざわざ来てくれる人がいる。
私もまだ社会との細いつながりが残っているようです。

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2025/08/08

■湯島サロン「沖縄戦の図を見て何を思いますか」報告

この時期になると毎年、立木夫妻の「原爆の図」が話題になります。
あの絵は、一度見たら、忘れられません。
立木夫妻は晩年、沖縄に通って「沖縄戦の図」を描き上げました。
「沖縄戦の図」に取り組む丸木ご夫妻の活動は一昨年、ドキュメンタリー映画にまとめられ発表されているのでご覧になった方もいるでしょう。
https://sakima.jp/movie/

今回、鴨下カズアキさんからの急な呼びかけで、「沖縄戦の図」を見て思うことを話し合うサロンが開催されました。
急な呼びかけだったにもかかわらず、8人の人が集まりました。
しかもインドの若者ヤシュカさんまで参加してくれました。
Photo_20250808060901

「沖縄戦の図」は、沖縄の宜野湾市の佐喜真美術館に収蔵されています。ですからなかなか簡単には見られませんが、丸木夫妻の描いた「原爆の図」は、埼玉県の東松山市の丸木美術館で常設展示されています。それでこのサロンのために、わざわざ、見に行った人がいて、その人が「沖縄戦の図」の図録も購入してきて、参加者に回覧してくれました。

最初に鴨下さんから、沖縄戦の図につい紹介がありました。
沖縄戦の図は全14部で、最大サイズは180cm×850cm。1983年から5年かけて制作されました。日本兵による島民虐殺や集団自決も描かれています。「原爆の図」とはまた違った哀しさ・怖さを伝えています。

最後に、鴨下さんは「人間は必ずいつか死ぬのに、なぜ対立し、戦争に向かうのだろうか」「他者のことを考えて行動することはできないのだろうか」と問いかけました。
そして自由な話し合い。
しかし、丸木さんの絵を見たら、そう簡単に話せるものではありません。

丸木美術館に行って「原爆の図」を見てきた人は、一緒に行った友人と絵を見ながら話しているうちに、「人間て何なの」と涙が出てきてしまったという話をしてくれました。そしてこう付け加えました。
でも、結局はやっぱり何らかの経験が無いと、なかなか思いは伝わらない、と。
たしかにそうかもしれません。自分の経験からしか他者の思いを理解できないのかもしれません。「語り伝えていくこと」は難しい。

私は、沖縄戦の図は今回初めて見ました。サロンの前にネットで、サロンでは図録で。正直に言えば、絵が「過激」すぎて、逆に生々しいメッセージが伝わってこないのです。がんばって想像力を高めても、限界がある。頭ではわかろうとするのですが、身心がついて行かない。しかもどこかで生理的な反発さえある。
でもいろいろな人と一緒に見ながら話していると、自分一人で見ているのとはちょっと違った気がします。体験がシェアされるとは言いませんが、視野が少し広がる気がします。他者の感想や意見を聞くとなんだか想像力が広がっていく。
そんな経験は何回もしています。

正直に言えば、私は「原爆の図」は嫌いです。できれば見たくない。「沖縄戦の図」もそうでした。でも見るたびに、「言葉」にはできない何かを感じているのも事実です。だから、ともかく「原爆の図」も「沖縄戦の図」も、機会あるごとに見ていくことが大切なのかもしれません。一人で見るのは異常に疲れるので、できれば他者と一緒に見たいし、感想を話し合えればもっといい。

呼びかけた鴨下さんは、何か結論を出したり合意を得たりすることを目指すのではなく、ともかく、絵を見て、話し合って、それぞれが何か感じればいい、と言います。
だからみんな自由に、思い思いに、気楽に話し合いました。

参加者それぞれの話は、それぞれに示唆に富むものでした。
インドの若者ヤシュカさんの話だけ紹介しておきます。あまりにも意外だったので。
彼に「戦争」と聞いて何を思い出すかと問いかけてみました。
私たちは、「戦争」と言えば、第二次世界大戦を思い出しますが、それはむしろ特殊なのかもしれません。ベトナムや韓国では、「戦争」と言えば、ベトナム戦争、朝鮮戦争でしょう。ではインドではどうなのか。
返ってきた答は意外な答えでした。なんと「アベルとカイン」の話が出てきたのです。これをどう消化すべきか、私にはわかりません。
しかし、改めて、異文化交流の難しさを実感しました。

それはともかく、丸木さんは、戦争体験をしっかりと後世に伝えるためにこの図を描いたと言っていいでしょう。
その意図はきちんと伝わっているでしょうか。
「過激な」この絵に対して生理的に拒否する人もいるでしょう。
逆にそのくらい「過激」でないと、伝わらないともいえる。
「体験」を伝えることは、異文化間でなくても、つまり日本国内でも、もっと言えばコミュニティ内でも難しい。
しかも、「伝えたくない」という動きも必ずある。しかも、悪意や反発からではなく、善意からの反対の動きになることもある。
「はだしのゲン」の取り扱われ方を見るとそれがよくわかります。

戦争に限りません。たとえば水俣病や原発事故体験でもそうです。
記憶を風化させないための「語り伝え」活動は盛んですが、それに関してもいろいろな意見が出ました。
「語り伝え」活動に関しては、私も思うことがたくさんあります。
この問題は改めてサロンしたいと思います。

思うことがたくさんあって、今回もまた報告がうまく書けません。
参加された方、フォローしてくれませんか。

ちなみに、8月16~19日には文京シビックホールで、恒例の「原爆の図展」が開催されます。
https://www.kokuchpro.com/event/973ff55c0ab96e88d663436274bb48eb/
まだ見たことがない人、ぜひ時間をつくって見に行ってください。
サロン仲間の升田さんが、時間帯によってはいるかもしれません。

 

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2025/08/07

■第3回SUN10ROサロン「羅生門」報告

第3回SUN10ROサロンは、黒澤映画『羅生門』をとり上げました。
河村光彦さんが出版した電子書籍『藪の中の光』をガイドブックにしながら、映画を見た後、みんなで話し合いました。

『羅生門』は、日本映画を世界に広げていくための道を開いた映画です。
私が最初に観たのは小学生の頃ですが、もう70年以上前に制作された映画なのです。
原作は芥川龍之介の『藪の中』と『羅生門』です。いずれも短編です。

これまでのSUN10ROサロンでも、河村さんはていねいに解説してくれていますので、大枠はみんな知っているのですが、やはり一緒に映画を見て、話し合うと新しい気付きがいろいろとあります。河村さんの話も納得できる。新しい発見もある。
もう40回ほど見ている河村さんも、新たに気付いたことがあると話してくれました。

Sun10ro20250700000

『羅生門』では、ある事件をめぐって、4つの証言がなされるのですが、芥川の原作では証言は3つです。いずれも当事者の証言ですが、みんな犯人は自分だと言っている。
つまり少なくとも2人は嘘をついているわけです。
いやもしかしたら3人とも嘘をついているのかもしれません。
「嘘」とはいったい何なのかも問われている。

黒澤明は、しかし4つ目の証言をそこに加えます。
そこがこの作品のポイントのひとつです。
なぜ加えたのか。
芥川の見ていた世界と黒澤の見ていた世界は、全く違うのです。
黒澤明は、この世界が、そして人間が好きだった。
いや、そうでなければ生きていけないと思っていたのかもしれません。

黒澤映画で育ってきている河村さんは、黒澤さん以上に人間を信じています。
これまでの話を聞いていると、私にはそう思えます。
河村さんの黒澤映画解釈は、いささか「惚れ込みすぎ」ではないかと思うことがあるのですが、人間を信じたい、いや人間は信じられるんだという黒澤監督の思いが河村さんを覆っている。河村さんにとって、黒澤映画は「光」なのです。ですから決して「惚れ込みすぎ」などではないのです。

話を『羅生門』に戻します。
4つ目の証言に加えて、黒澤監督は最後に、棄てられていた子どもを貧しい木こりが引き取ると言い出す話を加えています。そこに居合わせた僧侶ではなく、4つ目の証言をした、しかももしかしたらちょっと嘘もついてしまった木こりが言いだすのです。そして、木こりに抱かれた赤子はなぜか泣き止む。それまで激しく降っていた雨も止む。光が射してくる。

黒澤監督はある本で、こう語っています。

ぼくが映画をつくる上でのたった一つのテーマは、人間を否定的には見ていても、最後は信ずるよりはしょうがない。そうでなければ生きてゆけないということですね。

人間は弱い存在かもしれませんが、信じられる存在だ。だとしたら、信じようというわけです。信じあえば、みんな弱さから抜け出せる。

このあたりの話は、河村さんが『藪の中の光』でしっかりと書いています。
とても読みやすい本なので、よかったらぜひお読みください。
電子出版で簡単に入手できます。

SUN10ROサロンでは、こうした話の合間に、河村さんの体験談がちらほらと出てきます。
知られざる黒澤監督の素顔や映画界の話は、河村さんならではの話です。
それに、そもそも河村さんの生き方自体が、実にドラマティックなのです。
毎回、楽しい話が出てきます。
それこそがSUN10ROサロンの魅力でもあります。

SUN10ROサロンは、毎月30日に開催しますので、ぜひ遊びに来てください。
次回8月30日は黒澤映画『生き物の記録』をとり上げます。
ゲストは、サロン仲間の折原利男さん(森沢周行さん)。
折原さんは平和や反核に関わる活動に取り組み、湯島でも時々サロンをしてくださっていますが、最近、「黒沢映画の今日性ー核を射抜いた『生きものの記録』と『夢』」という論考を発表しています。その論考をベースにお話をしていただき、河村さんとの対話からサロンを始めたいと思います。
今回のように、サロン開始前に、『生きものの記録』を見ていない人を中心に映画上映も行いますので、いつもより開始時間は早いですが、開催日は8月30日です。
また別途案内させてもらいます。

SUN10ROクラブのフェイスブックグループもできています。もしよかったら参加してください。まだ具体的な活動はできずにいますが、ゆっくりとゆるやかなつながりを育てていければと思っています。
https://www.facebook.com/groups/1312667559794431

 

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■第41回万葉集サロン「千鳥は鳴いたのか?」のご案内

毎日暑いですね。
万葉集の時代の日本は、こんなに暑くなかったでしょうね。

今回の万葉集サロンは、ちょっとミステリスなタイトルです。
「千鳥は鳴いたのか?」

千鳥(チドリ)は世界中を渡り歩いている鳥です。
万葉集には千鳥を歌った歌が30首近くあります。
なぜかスズメを歌った歌はないそうですが、千鳥はよく出てくる。

万葉集の最初に出てくる千鳥の歌は、有名な

「近江の海 夕波千鳥汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ」(巻3-266)

です。いうまでもなく、柿本人麻呂の歌です。

升田さんは、この歌には、古代の歌のあらゆる姿があるといいます。
万葉集をよく読んでもいない私でも、なんだかそんな気がします。
ともかく当時の世界が何となく見えてくるような気さえする。

今回は、まずこの歌をゆっくりと読んでみたいと升田さんは言っています。
そこからきっと、今のようには暑くない、まだ自然がしっかりと生きていた風景が見えてくるでしょう。
この歌を口に出して読んだだけでも何か涼しくなりませんか。

この歌に込められた古代の世界は、山部赤人に引き継がれているようだとも升田さんは言います。
人麻呂と赤人と言えば、万葉集の二大歌人ですが、要するにこの歌にこそ、万葉集のエッセンスが込められているのかもしれません。
人麻呂の歌につづいて、赤人の歌、そしてその他の千鳥の歌を読んでいくことになりそうです。

そんなわけで、今回は万葉集にある「千鳥の歌」を読んでいきますが、升田さんはそこに「千鳥は鳴いたのか?」という魅惑的なタイトルをつけてくれました。
この問いかけをどう受け止めますか。
また一つ、升田万葉集の世界が広がっていくように思いませんか。

みなさんの参加をお待ちしています。
きっと暑さしのぎにもなると思います。

〇テーマ:「千鳥は鳴いたのか?」
〇日時:2025年8月17日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2025/08/06

■湯島サロン「なぜ私はハムレットの生き方に魅了されるのか」報告

インドの若者ヤシュカさんの「なぜ私はハムレットの生き方に魅了されるのか」は、私の不手際で「不発」に終わってしまいました。ヤシュカさんの深い思いをきちんと受け止められなかったのです。異文化をつなげるのにいささかの油断がありました。
参加者はみんなヤシュカさんには魅了されたと思いますが、なぜヤシュカさんがハムレットの話をしたかったのかは、たぶん理解できなかったと思います。そして、ヤシュカさんがハムレットのどういう生き方に魅了されているのかも。いやそもそも「魅了されている」というのはどういう意味なのかも。

ヤシュカさん自身も、十分に思いを話せなかっただけでなく、参加者のみなさんがハムレットをどう捉えているかを聞いて、日本の人たちへの理解を深めたかったのだと思いますが、たぶんそこまでいかなかったのではないかと思います。

とはいえ、サロンは大賑わいでした。
そしてお互い、いろんな気付きがあったと思います。
ヤシュカさん自身、いいサロンだったと言ってくれていますが、やはり私がもう少し準備すればよかったと反省しています。
サロンの数日後にヤシュカさんと話し合いましたが、サロンの前に話すべきでした。ヤシュカさんの提案してきた「問題」を、私がきちんと理解していなかったのです。
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というわけで、なかなか報告が難しいのですが、反省を込めて主観的な報告を。
そして第2回目のヤシュカ・ハムレットサロンの予告を。

意外だったのですが、最初にヤシュカさんはなぜ芸術や文学なのかから話しだしました。わたし自身、そのことにあまり気にはしてなかったのですが、どうもヤシュカさんにとってはとても大事なことのようです。
いまの社会は科学や技術に価値が置かれ、芸術さえもが、その流れに取り込まれて、本来の「質」を失ってきている。そのことにヤシュカさんは疑問を持っているようです。
ヤシュカさんは、芸術に目覚めるまでは、エンジニアに向けての教育を受けていた。それは「論理」の世界であり、数量が思考の基準にある。ヤシュカさんが言うには、今や学校教育では、Classical Educationはなくなって、科学がその場所を奪ってしまったというのです。

日本は、その典型かもしれません。だからこそ近代西欧に対抗して経済大国にもなったのではないか。日本の人たちは、芸術や文学に、どういう価値を見出しているのだろうか。
日本には西欧の文学もたくさん入ってきている。でも、日本の人たちはそういうものをどう受け止めているのだろうか。それで日本人は変わったのだろうか。
科学は生きていくために大切です。しかし、もっと大切なことが芸術や文学にはあるのではないか。自分よりも3倍も4倍も長く生きている日本の人たちは、芸術や文学から何を学んでいるのか。それをヤシュカさんは知りたかったのです。
そのために、まずは自分の考えをさらけ出して、批判を受けたかった。あるいは話し合いをしたかった。

ヤシュカさんが話し合いたかったのは、芸術論や文学論ではありません。
生きるとは何か、豊かさとは何か、そして人とはなにか、なのです。
現代は経済的には豊かな時代かもしれませんが、知的には貧しい時代です。科学は便利さを与えてくれますが、豊かさは与えてくれない。

ヤシュカさんは、サロンで、“Sublime”という言葉を何回も使いました。
「卓越した」「荘厳な」「崇高な」というような意味ですが、ヤシュカさんは「神との歩み」という意味を込めています。“Sublime”という言葉はあまりなじみがありませんが、“subliminal”、サブミニナル効果と言えばよくつかわれます。潜在意識に働きかけるというような意味ですが、ヤシュカさんが言う「神と共に」ということにつながっています。
ヤシュカさんが話したかったのは、言葉のやり取りではなく、そうした“Sublime”のやりとりだったのかもしれません。

なにやら本題とはずれていますが、ヤシュカさんが「ハムレットの生き方」を話し合いたかった背景には、こうした大きな問題があるようです。
それはまさにヤシュカさん自身の、これからの生き方につながっている。
そして、こうした問題を話し合うには「ハムレット」が一番だというわけです。

ヤシュカさんがハムレットの生き方に魅了されているのも事実です。ではどこに魅了されているのか。サロンでは参加者の数名が、それを具体的にヤシュカさんに問いかけました。でもその議論はかみ合いませんでした。ヤシュカさんと参加者の意識の次元が違っていたのかもしれません。私も含めて、みんな急ぎすぎたのかもしれません。これも科学教育時代の問題かもしれません。あいまいさで理解することに、私たちはあまり慣れていないのです。

たとえば、ハムレットは「悩む人」「優柔不断な人」など、いろんな見方があるでしょうが、ヤシュカさんはハムレットの内面の深さに魅了されているようです。思考の次元が、そもそも違う。
でもこれも話し合ってこそ、意味が伝わるのであって、その意味では、やはりきちんと「ハムレット」を読んだうえでの議論をしなければ、表層的な言葉のやりとりになってしまいかねない。
ヤシュカさんは、「ハムレット」の日本語訳にもいささかの疑問を持っているような気もします。そういうところから話し合っていくのもいいかもしれません。

というわけで、ヤシュカさんのハムレットサロンは、もう一度開催します。
今度はきちんと「ハムレット」を読んだうえで、ヤシュカさんと話し合いたいと思います。話し合いに参加する人は、あらすじではなく、きちんとハムレット戯曲の台本を読んだ上で、参加してください。
私も、報告が書けないので「ハムレット」を読んでみました。「あらすじ」で読むのとは全く違います。できれば音読するともっといい。「ハムレット」を読んでいたので報告が遅れてしまいましたが。

話し合いを訊くだけの参加者も歓迎する形で、サロンを開催します。
もしかしたら1回では終わらないかもしれません。

日程はヤシュカさんと相談して決まり次第、案内させてもらいます。

ちなみにサロンの雰囲気の報告は、参加した金子友子さんがフェイスブックで書いてくれています。この報告とは全く違ったものが伝わると思いますが、事実に近いのは友子報告の方です。

 

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■80年目の広島原爆の日

最近は、6日と9日には私も黙とうをすることにしています。
どうしてみんな忘れてしまうのでしょうか。

賛成党支持者は、黙とうはしないでしょうが。

広島市長の松井さんの呼びかけは、とてもよかったです。
石破さんがスピーチをしている間、ずっと下を向いて読み上げていたのがとても残念です。
思いは必ず姿勢と表情に出ます。

いつも思うのですが、テレビで市長や首相や子供たちの話を聞きながら、どうも何か大切なものが欠けているような気がします。
1分間の黙とうですが、今年も思うことがたくさんありました。

 

 

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■緊急シンポジウム「学問の自由は守られるのか?―新学術会議法成立を受けて―」のYouTube

8月3日に開催された、日本学術会議「特殊法人化」法案に反対する学者・市民の会主催の「学術会議問題をめぐる緊急シンポジウム」の動画配信されたものが編集されて公開されました。
私は参加できなかったのですが、この問題には大きな不安を持っています。
ニーメラーのような悔いをしたくないと持っているのです。

この問題には、今の日本の政治状況が象徴されていると思っています。

長いですが、今回、編集されて、頭出しができるようになったので、関心のあるところだけでも見られるようになっています。
ぜひこの問題への関心を持ち続けていきたいと思います。
https://youtu.be/WOz9ANYp3uE

核爆弾が廃棄される社会を実現するためにも。
■緊急シンポジウム「学問の自由は守られるのか?―新学術会議法成立を受けて―」のYouTube
(2025年8月6日)
8月3日に開催された、日本学術会議「特殊法人化」法案に反対する学者・市民の会主催の「学術会議問題をめぐる緊急シンポジウム」の動画配信されたものが編集されて公開されました。
私は参加できなかったのですが、この問題には大きな不安を持っています。
ニーメラーのような悔いをしたくないと持っているのです。

この問題には、今の日本の政治状況が象徴されていると思っています。

長いですが、今回、編集されて、頭出しができるようになったので、関心のあるところだけでも見られるようになっています。
ぜひこの問題への関心を持ち続けていきたいと思います。
https://youtu.be/WOz9ANYp3uE

核爆弾が廃棄される社会を実現するためにも。

 

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2025/08/05

■節子への挽歌6461:丸木夫妻の絵は苦手です

節子
昨日は丸木夫妻の有名な「原爆の図」や「沖縄戦の図」をめぐってのサロンでした。
坪倉さんが急にこのサロンをやりたいと言ってきたので、急遽、呼びかけたのですが、8人もの人が集まってくれました。
しかも、このサロンのために、升田さんがわざわざ暑い中を「原爆の図」を常設展示している東松山の丸木美術館まで言ってくれて、「沖縄戦の図」の図録を買ってきてくれました。

丸木さんの図は、やはり苦手です。
私は、甘いですが、戦争の中にも愛や優しさを見つけたい。
「戦場のクリスマス」や「新ダラーのリスト」にこそ、戦争の真実を見たいと思っている自分が、いつもいるのです。

丸木美術館に絵を見に行った升田さんの言葉が印象的でした。
沖縄戦の図と原爆の図をみて、前者には戦争の終わりを、後者には戦争の始まりを見た、というのです。
たしかにそうかもしれない。

考えさせられるサロンでした。

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2025/08/04

■節子への挽歌6460:昨夜は久しぶりに深夜の読書をしてしまいました

節子

私の寝室にはエアコンがありません。
窓を開け話して寝ていますが、ことにの夏の暑さはいささか異常で、眠れないことが少なくありません。
それで我慢できない時にはエアコンのあるリビングに来て寝ています。

昨夜も暑い夜でした。
しかし昨夜はリビングで過ごしましたが、眠らずに本を読んでしまいました。
時評編に書いたのですが、トッドの『西洋の敗北』です。
久しぶりに眠らずに読みたくなる本に出合いました。

というわけで、今日は寝不足で眠いです。
午前中、1件用事を済ませて湯島ですが、大丈夫でしょうか。

暑い中これから出かけます。
うまく湯島にたどり着けるといいのですが。

 

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■『西洋の敗北』をお勧めします

暑いので先週は自宅でおとなしくしていることが多く、おかげで何冊かのたまっていた本を消化できました。
2さつ、ぜひとも多くの人に読んでほしい本がありました。

1冊は昨年出版された本ですが、エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』(文芸春秋)です。
最近の世界情勢を読み解いている本ですが、日本のマスコミ報道やネット情報に嵌っている人にはぜひお薦めです。
ウクライナ戦争に関する情報は、あまりのひどさに最初からうさん臭さを感じていましたが、最近はようやくそれが少しずつ見えてきました。しかし、トッドのこの本を読むと、とてもすっきりします。
アメリカ隷従派も陰謀論者も、ぜひ読んでほしいです。

もう一冊は、今年翻訳出版されたフレデリック・グロの『歩くという哲学』(山と渓谷社)です。8月20日に湯島で沢田さんに「道があると歩きたくなるのはなぜだろう」というサロンをやってもらいますが、その関係で読んでみたのですが、これが実に面白い。
副題に、「世界を動かした小説、詩、哲学は、歩行によって生まれた」とありますが、いろいろな人が登場して、歩くことの意味を考えさせてくれます。
とても読みやすい本です。

ついでにもう1冊。
最近出た、小川公代さんの『ケアの物語』(岩波新書)です。
これも軽く読めますので、お勧めです。
この2週間、比較的在宅が多かったので20冊ほどの本を読みました。
と言っても、しっかりと読んだのは、上記3冊を含めて、7冊ですが。
あとは例の通りの粗雑な読み方や拾い読みです。

 

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2025/08/03

■節子への挽歌6459:丸いスイカのおすそ分けをもらいました

節子
せっかくのスイカをだめにして元気をなくしていたら、ジュンがスイカを持ってきてくれました。昨日止まったにこの友達の祖母からもらったおすそ分けです。
今年初めてのスイカです。少し元気が出ました。

ユカはスイカが大好きです。
ただ買ってくるのはいつも「カットスイカ」なのです。
私は、丸くないスイカはスイカではないと考えていますので、これはスイカではありません。だから今年もまだスイカは食べたことがなかったのです。
ユカは、どうせ丸いスイカを買ってきても食べきれないのだから、と言いますが、ユカはスイカの食べ方を知らない。まったくスイカの食べ方も教えなかった親の顔が見たい。いや、私のではなく、母親、つまり節子のです。食べ方を教えるのは母親の役割ですので。

節子の実家は滋賀ですが、夏に帰省するといつも家にはスイカがごろごろありました。
スイカは畑でできるので、まあたくさんあるので、誰もそう食べようとしないのです。
あの雰囲気は今から思うと実に懐かしい。
スイカでも切ろうかという一言は私にはうれしかったですが、節子にはそううれしくなかったのかもしれません。

今朝届いたスイカは、お店を通さなない、正真正銘のスイカです。
ちゃんと畑で育った「丸いスイカ」です。
実においしい。
やはりスイカは、お店を通してはいけません、高価な商品になってしまうので、私向きではありません。

来年こそは、スイカの収穫を目指そうと思います。
やはりスイカは畑に転がって育った丸いスイカでなくてはいけません。
カラスからは守れましたが、暑い夏には勝てずに、自然に取っていかれたのは残念です。
そういえば、今朝の畑にはナスが成っていましたが、あれも収穫しないとまた自然に戻ってしまいそうです。

夕方、元気を出して収穫に行こうと思います。

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■節子への挽歌6458:せっかくのスイカが収穫できませんでした

節子
衝撃的な不幸な事件です。

朝、畑に野菜の水やりに行ってきました。
そろそろスイカを収穫しようと思ったら、なんとスイカが腐っていました。
カラスからは守ったのですが、またまた収穫時期を見まちがえました。
それでも一部は食べられるかもしれないと思って自宅に持って帰って切ってみましたが、やはり全部だめでした。
でも皮が薄くよく熟していました。
あまりのショックに写真を撮るのを忘れてしまいました。

どうも私には収穫には恵まれないようです。
でもまあ大きくなったバッタにもたくさん会えたのでよしとしましょう。
今朝はたくさんのバッタが元気に飛び交っていました。
ここにキリギリスがいると最高なのですが、どこかにキリギリスで困っているのはらはありませんかね。
そこから数匹、わが畑に移住してきてくれませんかね。

私と入れ違いににこが、昨日泊った友だちと一緒に、昨日の花火大会の会場の清掃に出かけました。ボーイスカウトの活動なのです。

今日も暑くなりそうです。

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2025/08/02

■節子への挽歌6457:手賀沼花火大会

節子
今日は手賀沼の花火でした。
まあこの季節はいろいろと複雑な思いが襲ってきます。

そもそもこの場所に転居した理由の一つは、手賀沼の花火会場がすぐ目の下だったからです。
節子がこの場所の開発が進んでいることを知って、まだ売りに出される前に不動屋さんに連絡して購入したのです。ここに転居したのは、まさに節子のおかげです。

しかし節子はここでゆっくりと花火を見ることはほんの数回でした。
最期の夏は、音だけしか楽しめませんでした。
私も病室で音だけを聞いていました。

節子がいたことは、毎回、いろんな友人が来て賑やかでした。
でも今はもう花火に友人を呼ぶ元気は私にはありません。
代わりに娘たちが友人を呼んでいますが。

昨日はにこの友立ち家族が2組やってきました。
それで狭い屋上で10人での花火見物でした。
台風が懸念されましたが、幸いに早目に通り抜けてくれて、まあほどほどの花火日和でした。

最初に節子と花火を見たのは、滋賀県の瀬田川の花火でした。
あの頃が、私には一番楽しい時代でした。
まさに「生きている」と感じられる毎日でした。

花火を見るたびに、昔を思い出すようになってしまいました。
過去を振り返るようになってしまうと、人生はもうワクワクしなくなる。
ちょっと寂しい気もしますが、まあそれが人生なのでしょう。

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■湯島サロン「私が『週刊金曜日』の社長になるまで」報告

7月27日、『週刊金曜日』の前の編集長で現在社長の文聖姫さんに「私が『週刊金曜日』の社長になるまで」と題してサロンをやってもらいました。暑い日だったにもかかわらず、20人近い人が参加しました。
『週刊金曜日』ファンはいまもかなりいるようです。
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『週刊金曜日』は、市民の立場から主張できるジャーナリズムを目指して1993年に創刊された雑誌です。「市民の立場」というのは、いささか微妙な表現ですが、次の3点を大事にしています。
まず「スポンサーに依存しないこと」。広告宣伝や企業広告などは一切掲載していないので、誰かに「忖度する」必要はありません。忖度しないのはスポンサーだけではありません。「権力と対峙する」姿勢を基本におき、国家権力の監視に努め、必要があれば権力に異議申し立てしています。そして、偏った市民にならないように、「読者参加型」の仕組みをつくっています。
この3つの柱によって、「本当のことをだれにも遠慮せずに伝えること」をミッションにしている雑誌です。

今回の参加者の中には、創刊以来の愛読者や今も各地で開催されている読者会の参加者もいました。また『週刊金曜日』そのものは知らないが、同社が出版した書籍『買ってはいけない』は知っているという若い世代の人もいました。

今回は、タイトルからわかるように、『週刊金曜日』の話が中心ではなく、その編集長になり社長になった文聖姫さんのこれまでの人生についてのお話でした。
文さんは、異色の経歴もさることながら、同誌が導入した編集長社員公選制で最初に編集長になった人です。雑誌は編集長によって、内容もスタイルも大きく変わりえます。文聖姫さんが社員によって編集長に選ばれたのも興味がありますが、その文さんがどんな姿勢で編集に取り組んでいたのかも興味があります。
しかも編集長の任期を終えた後、発行人になったのです。

編集長就任時のインタビューで、文さんはこう答えています。
「私もマイノリティです。どんな気持ちなのか、誰よりもよくわかります。言いたいことがあっても言えない人々の声を伝えたいです」

案内文にも書きましたが、私はこの「マイノリティの気持ちが誰よりもよくわかる」という言葉に惹かれました。文さんはどんな人生を送ってきたのか。
文さんは在日コリアン2世で、現在の国籍は「韓国籍」ですが、2018年1月までは「朝鮮籍」でした。

文さんは、まずなぜ自分が日本で生まれたのか、から話を始めました。
第二次世界大戦終了時、文さんの父親は韓国の済州島にいたそうですが、冷戦構造のために日本に来ざるを得ず、そこで結婚。文さんが生まれたのです。
小学校から高校までは朝鮮学校に通い、青山学院大学卒業後、父親の関係もあって朝鮮総聨の機関紙『朝鮮新報』の記者となり、主に韓国・北朝鮮関係の記事を担当。ところが、あり得ないと信じていた拉致問題の存在が明らかになったことで、文さんの人生は変わります。そして、ジャーナリズムの世界からアカデミズムの世界への転身を目指したのです。

『朝鮮新報』を辞め、東京大学大学院で韓国朝鮮文化研究に取り組み、9年かけて博士号を取得。ジャーナリズムの世界からアカデミズムの世界へと行く予定でしたが、大学教授の席はなかなか見つからず、そうこうしているうちに『週刊金曜日』の社員として再びジャーナリズムの世界に戻ってきたのです。
しかし、今度は「市民ジャーナリズムの世界」です。もちろんアカデミズムの世界も諦めたわけではなく、今も大学で講師として教鞭も取っています。

東京大学大学院の博士過程を修了した時に受けたインタビュー記事がありますので、ぜひ読んでみてください。
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/interview/graduates/vol_18/

文さんは、自らの紹介に重ねるように、北朝鮮の話もしてくれました。
『朝鮮新報』時代は記者として2度にわたり平壌特派員も体験。また大学院時代は研究のために北朝鮮を訪問しているので、北朝鮮の変化や実態を体験的に知っているのです。日本のマスコミなどの報道とは違った北朝鮮の実態を感じさせるものでした。
これに関しては、博士論文をベースに北朝鮮の経済を紹介した『麦酒とテポドン 経済から読み解く北朝鮮』(平凡社新書)に詳しくまとめられているので関心のある人はぜひお読みください。湯島のCWSライブラリーにも置いています。

文さんが『週刊金曜日』の社長になるまでの話は、とても興味深いとともに、いろんな問題提起を含意したものでした。
最近、選挙争点にもなった「在日外国人に対して日本はどう対処しているのか」の実例の話や、マスコミ報道とはちょっと違う北朝鮮の話などもありました。
しかし、文さんの話が終わった後の話し合いでは、やはり『週刊金曜日』が話題になりました。みんなやはり市民ジャーナリズムの必要性を感じているのです。

創刊当初、『週刊金曜日』は5万部を超える発行でしたが、最近は実質1万部弱のようです。もっとも電子版読者はいまも5万を超えているようですが、
またSNSでの情報発信もやっていて、若い世代へのアプローチも心掛けているようです。しかし、残念ながら今回参加してくれた2人の大学生は『週刊金曜日』を知らなかったようです。

参加者からは『週刊金曜日』へのエールが続き、どうしたら社会への発信力を高められるかに関する提案もありました。
『週刊金曜日』としても、2年前から「週刊金曜日サポーターズ」制度をつくり、支援金提供者を募るなど、経営危機を乗り越える手立てをいろいろと考えているようです。文さんからはその紹介がありました。
『週刊金曜日』の内容やスタイル自身も、文さんご自身、編集長時代にいろいろ革新に取り組んできています。

昨今のマスメディアやネットメディアの状況から、「忖度せず、流れに抗い、真実を報道する」『週刊金曜日』がもっともっと多くに人の目に留まってほしいと思いますが、なかなか苦戦しているようです。
創刊当初からしばらく購読していた私としては、正直に言えば、「本当のことをだれにも遠慮せずに伝えること」をミッションにしているという原点の見直しがいま求められているような気がします。
メディア状況も大きく変わっています。創刊から30年たった今、市民ジャーナリズムの世界も大きなパラダイム転換が求められているのかもしれません。
そもそも「市民」が多様化してきていますから、情報伝達や問題提起よりも、創発的なプラットフォーム型のメディアが効果的かもしれません。

いつか今度は「市民ジャーナリズムの可能性」のようなテーマで、文さんにまたお願いして、話し合えるサロンを実現できればと思っています。

ちなみに『週刊金曜日』の購読は次のサイトから申し込めます。https://www.kinyobi.co.jp/
また「週刊金曜日サポーターズ」としての寄付は次のサイトから手続きできます。
https://www.kinyobi.co.jp/supporters/

いろいろなことを気づかせてくれ、いろいろなことを考えさせてくれたサロンでした。

 

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