■節子への挽歌6510:「力は不知にあり」
節子
今日は湯島で、映画『ひろしま』を観る会を開催しました。
やはりまだ見たことのない人が多く、暑い日にもかかわらず15人ほどの人が集まりました。
女性が多かったのも印象的です。
その報告は時評編でまた書きますが、そこでの話し合いを聞いていて、こういう場があまりないという人が多いのに驚きます。
今回も初参加の方がいましたが、盛んにこういう場がないのが問題だと言っていました。
その人は大学の教授ですのでその気になれば簡単に作れるはずですが、なぜかつくらない。
私がこういう場をつくろうとした原点は、もしかしたら節子との会話にあったかもしれません。
節子は好奇心が強く、結婚した頃も政治や経済に関していろいろと話しあいをしてきたのです。
そして節子と話していると、私も単なる「書籍上の知識」だけでは節子を説得できないことを知りました。専門知識が歩かないかで問いかけ方違ってきますが、知識があればあるほど、問いかけが知識的で無意味になっていくことも節子との話し合いで気づかされたことかもしれません。
節子と会うまでは、「知は力なり」と確信していましたが、「力は不知にあり」と考えるようになったのです。
知識は得れば得るほど、不知の世界が広がっていく。
読書意欲がまた戻ってきました。
秋が近づいているのかもしれません。
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