■節子への挽歌6494:毎日をただただ生きています
節子
19回忌の会食に関連して、私の思いを少しだけフェイスブックに書きました。
たくさんの人が読んでくれたようですが、おふたりからていねいなコメントをもらいました。それを節子にも読んでほしいと思います。ちょっと長いですが、ほぼそのままに引用します。
まずは滋賀県の廣瀬さんです。
佐藤さん 廣瀬です。
私は先月の8月8日で妻が亡くなって丸2年になりました。
佐藤さんが書かれていた、生きる意味を見失ってしまったこと、そのあとも心ここにあらず、に深く共感します。いま唯一、週末に行う里山保全活動で仲間とチカラを合わせて作業をしているときには、何もかも忘れで没頭しています。
また、たまに行うとても危険な作業でも、常に怪我や安全に気を配っており、自分の命は無論、仲間の命をとても大切に思います。それ以外のとき(平日の仕事も含めて)は、ほぼ生きているという実感が乏しく、このままスッと消えてしまってもよいなぁ〜と思ってしまいます。またあの世で会えると良いのですが。
佐藤さんが生きる意味を再び見いだされたことをお聞きして、それが自分にとっては何に当たるのだろうと想い返しています。
それはこれから見つかるのかもしれません。あるいは最後まで見つからないかもしれません。毎日をただただ生きては、妻の遺影に「今日も生きていたわ」とつぶやいています。
そして毎日、妻に「おはよう、おやすみ、行ってきます、ただいま」と声をかけています。
以上が廣瀬さんからのメッセージです。
18年前を思い出します。
まったく同じような気がします。
もう一人は、李洋憲さんです。
もうお会いしてから20年ほどのご無沙汰かもしれません。
最近、時々、フェイスブックでコメントしてくださいます。
佐藤修先生には、現実の世界で生きるように引っ張り戻してくださる、佐藤先生らしい御友人がなん方もいらっしゃったんですね。
佐藤先生の御人徳ですね。
天国にいらっしゃるご夫人と再会できるまで、この世での生活を存分にお楽しみください。
李さんは中国の人です。まだ日本国籍はお持ちでないようです。
李さんが書いてくださったように、私は本当に友人に恵まれています。
李さんももちろんそのお一人ですが。
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