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2025/10/27

■第42回万葉集サロン「人麿が本当に歌いたかった歌」報告

今回のテーマは「人麿が本当に歌いたかった歌」。
宮廷歌人としてではなく、個人としての本心を歌った歌という意味でしょうか。人麿の実像はなかなか見えてきませんが、今回はちょっとそれが垣間見えるかもしれない。そんな思いで、ワクワクしながら参加しました。
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柿本人麿は、万葉集に90首近い歌を残し、『古今集』では「歌の聖」とまで言われたにもかかわらず、いつ生まれていつ没したか、いかなる生涯をすごしたかが分かっておらず、まさに謎の人なのです。
渡来人説もあれば、複数の人たちの集合ではないかという説もあります。女性説まである。さらに、刑死説もあれば、その恨みを「いろは歌」に暗号で歌い込めたという珍説まであります。ともかく謎多き人なのです。

升田さんが今回、「人麿が本当に歌いたかった歌」として採り上げた歌は次の3首です。
「献泊瀬部皇女忍坂部皇子歌」(巻2-194~195)
「明日香皇女城上殯宮之時作歌」(巻2―196~198) 
「妻死之後泣血哀慟作歌(二首)」(巻2―207~216)
いずれも反歌を伴う長歌です。

最初にまず、この3首を中心に読み上げてくれました。
最後の歌は生々しい「個人的心情」を吐露している気がして納得できましたが、前の2首は意外でした。しかし、升田さんの話を聞いて納得しました。
いずれも、歌をおくる相手が明記されている歌です。明示された対象「な」との対峙のなかに、人麿の「わ」を見ようというわけです。当時はまだ、「な」と「わ」は絡み合っていたはずです。自我意識がはっきりしてきた現代の感覚で考えると間違いそうです。
もう一つ、升田さんが注目したのは、そこで歌われている「藻」と「うつそみと思ひし時」という表現です。そこに升田さんは、死を感ずると同時に、歌を通して「命を蘇らせる」。そして、人麿の「わ」を感ずるというわけです。

升田さんは、加えて石見相聞歌(巻2―131~139)も読んでくれました。「石見国より妻を別れて上り来るときの歌」です。私はこの歌こそが、宮廷や政治から解き放たれて自分のために素直な心情を吐露した歌ではないかと思っています。この歌を読んで、私は人麿が少し好きになったのです。

今回、升田さんは、紹介した歌に出てくる「玉藻なす」と「うつそみと思ひし時」の表現に注目し、詳しく解説してくれました。
たとえば、「藻」に関して言えば、人麿以外の人は「玉藻なす」というような表現はせずに、「玉藻刈る刈る」とか「玉藻刈り食(は)む」というように、藻を食材として捉えているのに対して、人麿は「玉藻なす」というように、生きているいのちとして扱っているのです。

そして升田さんは言います。
人麿の歌の主題・表現様式などについては漢詩からの影響が多く論じられているけれど、それを踏まえた上で、人麿が求めたもの表現したかったことを考えると、きわめて日本的な〈情念の世界〉に行き着く、と。人麿が歌いたかった世界です。
人麿独特の言語感で捉え表現した生と死、生きてあることと死に逝きしものとをつなぐ絆を「思い」とする現世観。そうしたことが「玉藻なす」や「うつそみと思ひし時」という表現に現れているのです。
サロンでは明確には話されませんでしたが、升田さんは、「藻」と「水」の神話性が大きな要素として働いていると考えています。人麿が死んだときの丹比真人の挽歌「荒波に寄り来る玉を枕に置き我ここにありと誰かつげけむ」(巻2-226)も深層でつながっているだろうと升田さんは考えています。

中国詩の具体的合理的な言葉の世界を超えた日本の言葉の霊的響きに「歌」の生命をおき、人間という存在の儚さ(ある意味では無限の)を描き見る。そこにこそ、柿本人麿の
本性があるのではないか。升田さんはそう考えているようです。
神の世界とつながっている人麿であればこその人間観ですね。不老不死など全く眼中になく、死と向き合うことでいのちを実感し、「わ」を育てる。そんなことをつい考えてしまいます。
やはり人麿は新来の渡来人ではないですね。

人麿の、民謡からも取り込んだ自由な詠出の妙は漢詩を凌駕するものとして、宮廷人たちからは評価されていたのでしょう。
漢詩とは違う歌の世界。ここにこそ、日本語の形成過程を考えるヒントがあるような気がします。同時に、日本人の心を考えるヒントも、そこにありそうです。

今回は提供された材料がいつにもまして多かったのと、私の消化不足(私はともかく人麿の人間に関心が強すぎて、升田さんのせっかくの解説よりも勝手に自らの人麿像を空想していて、あんまり話を聞いていなかったため)で、いつも以上に勝手な報告になってしまいました。
ちなみに、正直、私の人麿イメージはますます混乱してしまいました。

今回は新たな万葉集サロン参加者が複数いて、セミナーになりがちな万葉集サロンに本来のサロン的な話し合いをもたらせてくれました。
やはりサロンには新参者のパワーは大切です。

 

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